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5Gの低遅延を活かして「リモート合奏」、ソフトバンクとヤマハが実証実験――5GとSRv6 MUPを活かした取り組みを技術者から聞いた

 ソフトバンクとヤマハは、ソフトバンクの通信技術「SRv6 MUP(Segment Routing IPv6 Mobile User Plane)」を適用した5Gの商用ネットワークで、ヤマハのリモート合奏サービス「SYNCROOM(シンクルーム)」の共同実証実験を開始した。

 ご周知の通り、ソフトバンクは全国に携帯電話の通信基盤をもつ企業。一方、ヤマハは楽器や音響機器のほか、高機能ルーターなどネットワーク機器などを展開している企業。

 一見すると、共通性が見当たらないような気がするが、今回の「SRv6 MUP」と「SYNCROOM」には、技術面で似通っているところがある。今回は、5G通信やSRv6 MUPの特徴の一つである「低遅延」という点にも注目しながら、ソフトバンクとヤマハ両社の担当者から、今回の実証実験の内容や技術面について話を聞いた。

IT統括 IT&アーキテクト本部 担当部長 松嶋 聡氏
先端技術研究所 先端ネットワーク研究室 室長代行 堀場 勝広氏
テクノロジーユニット統括 コミュニケーションサービス開発本部 開発管理部 開発推進課 喜島 大揮氏
ヤマハ ミュージックコネクト推進部 サービス企画・開発グループ 北原 英里香氏
同 原 貴洋氏

ソフトバンクの「SRv6 MUP」

「SRv6 MUP」のイメージ

 ソフトバンクの「SRv6 MUP」技術については、弊誌でも既報の通りであるが、本稿でもあらためて簡単に説明する。

 通常のモバイル回線を使ってデータ通信を行う場合、ユーザーの端末とサーバーなどの間に、モバイル通信専用の交換機を経由して通信する。ソフトバンク IT統括 IT&アーキテクト本部 担当部長の松嶋 聡氏によると、ユーザーの端末が常に移動しているため、ユーザーの端末と通信している基地局を特定するために交換機を経由しているという。

 「SRv6 MUP」技術では、この交換機を介さずに通信できる技術で、SRv6ネットワークのプロトコルに変換するルーターをそれぞれに設置することで、直接通信できる。

 たとえば、同じ大阪市内のユーザー同士で通信する場合、交換機が東京にあれば、パケットは東京の交換機を経由して通信されるが、ルーター同士のネットワークでは、大阪市内での通信で完結することができるようになる。

 これにより、これまでボトルネックの一つとなっていた交換機に依存することなく通信できるので、交換機に障害が発生しても通信できるようになる。

 ソフトバンクでは、「SRv6」の全国展開を完了させており、今年(2023年)2月からは、「SRv6 MUP」のフィールドトライアルを5Gの商用ネットワークで開始している。

ヤマハの「SYNCROOM」とは

 ヤマハの「SYNCROOM」は、離れた場所にいるユーザー同士が、オンライン上でリアルタイムに音楽演奏ができるアプリケーション。パソコンやスマートフォンアプリで利用できる。

 「SYNCROOM」では、ヤマハが開発した技術を活用し、インターネット回線を介して、オーディオデータをユーザー間で極力小さな遅れで双方向送受信を行っている。ネットワーク状況を測定し、なるべく小さなバッファーサイズでかつ安定した音声データのやりとりを行うことで、音楽合奏に適した低遅延を実現しているという。

 ソフトでは、複雑なルーター設定を行わなくても最大5拠点まで同時に接続できる。一般ユーザーでも、かんたんかつ離れた場所同士で、演奏活動ができる。

 ヤマハ ミュージックコネクト推進部 サービス企画・開発グループの原 貴洋氏によると、低遅延を追求するために、ユーザー同士をP2Pで接続しており、安定した通信環境のために、できるだけ光回線で有線接続をすることをすすめているという。

 ネットワーク上ではどうしても品質にばらつきが出てしまい、本来であればデータをある程度バッファーとして貯めておくことで、このばらつきを吸収しているが、合奏の場合遅延は少なくしないといけないという。

 ヤマハでは、バッファーサイズを少なくし遅延を抑えながら、音となるデータを途切れさせないように、バッファーサイズを自動で調整したり、失ったデータを補完する仕組みをとるなどを行っている。

ユーザー同士を直接接続できる技術

 2つのサービスでは、どちらも経由地を少なくして通信する技術をとっている。これが、この2つのサービスの共通点。

 簡単にいうと、大容量で高速な通信ができる5G通信で、低遅延が期待できるSRv6ネットワークを利用し、「SYNCROOM」ユーザー同士で相互接続できれば、より低遅延で音楽合奏が楽しめるようになるのでは? というのが、今回の実証実験だ。

 実証実験は、クローズドな環境で実施されており、実証開始から日が経っていない段階ではあるが、ヤマハ 原氏は手応えを感じているという。「私の感覚」と前置きしながらも、「SRv6 MUP」非適用の5G回線では、そこまで大きくないものの遅延が大きい傾向である一方、今回の実証ではこの部分が変わっている印象を受けたとしている。

 ヤマハ 原氏は、現行の「SYNCROOM」を利用する際、多少技術的な知識が必要になってしまっていると指摘。一方で、楽器を演奏するユーザーは必ずしもネットワークに関するリテラシーを保有しているわけではないとし、現行のように光回線勝有線接続という壁を乗り越えてこなかったユーザーにも、「SYNCROOM」を手軽に使ってもらいたいという思いがあるとしている。

技術者としても“腕がなる”取り組み

 リアルタイム性が求められる合奏の取り組みについて、プレッシャーに感じることはないのだろうか?

 ソフトバンク 松嶋氏は、周りからのプレッシャーを感じる一方で、熱狂的なファンの存在や、「SRv6 MUP」の技術の特性を最大限に活用できるアプリケーションを見つけられた期待感が決め手になったとコメント。

 松嶋氏も、音楽を身近に感じてもらい、裾野を広げていきたいという点や、新しい5Gという技術を活かした価値を提供できるのでは? という思いがあるという。

 また、技術者としても、遅延を1msという小さいところから削る取り組みを続けていく楽しさも感じているといい、今回のSRv6ネットワークを最適にルーティングする取り組みについて「ネットワークの総合力としては非常に試されるトライアル」とコメントしている。

5Gの低遅延を身近に感じられる取り組みになるか?

 5G通信が始まって3年近く経過する。

 「超高速」「大容量」「低遅延」というキーワードを掲げ、コロナウイルスという社会情勢にももまれながら華々しくデビューした5Gだったが、一方でいまいち消費者にそのメリットが伝わっていないように感じる。

 実際に、携帯各社でも5Gのユースケースを模索しており、多くは高画質の動画コンテンツや、ゲームコンテンツなどを展開している。VRやARグラスなども登場してきているが、端末がまだまだ高額であったり、処理のクラウド化といったものがそこまで進んでいなかったりしている状況で、特に「低遅延」という特徴は、まだ医療や土木など法人関係のソリューション程度でしか活かされていない。

 今回の取り組みでは、双方向でリアルタイム性が求められる「楽器の合奏」を行うもので、まさに5Gや今回のSRv6 MUP技術をフルで活かすことができる取り組みであると感じた。

 実証では、クローズドな実験となるため、残念ながら一般ユーザーは参加できないものとなるが、将来的には離れたユーザー同士で路上ライブができたり、旅先でセッションできたりと、音楽をより身近に手軽に楽しめるようになるかもしれない。