ニュース

Arm、2021年のフラッグシップスマートフォン向けCPU/GPU/NPUの最新デザインを発表~CPUのCortex-X1は30%、GPUのMali-G78は25%、Ethos-N78は25%性能向上

Armが発表した新しいCPU「Cortex-A78」、GPU「Mali-G78」、NPU「Ethos-N78」(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)

 ソフトバンクグループ(以下ソフトバンクグループ)の傘下で、半導体のデザインや開発ツールなどを半導体メーカーに提供する英Arm(アーム)は、5月26日(現地時間)、半導体メーカーがスマートフォン向けSoC(System On a Chip)を設計するのに必要な新しいIP(知的所有権)デザイン(設計図のこと、それを元に半導体メーカーはSoCを設計する)を発表した。

 ArmはCPU(Central Processing Unit、中央演算装置)の「Cortex(コーテックス)」シリーズ、GPU(Graphics Processing Unit、画像処理装置)の「Mali(マリ)」シリーズ、NPU(Neural Processing Unit、人工知能処理装置)の「Ethos(エトス、英語の発音ではイーソスが近い)」シリーズという3つのIPデザインを、Qualcomm(クアルコム)やMediaTek(メディアテック)、HiSilicon(ハイシリコン、HUAWEIの子会社)などの主要な半導体メーカーに提供しており、それらのSoCはスマートフォンにも採用されている。

 たとえば、現在日本でも販売が始まっている5Gスマートフォンなどに採用されているQualcommのSnapdragon 865には、Arm社が提供しているCortex-A77(コーテックスエーセブンティーセブン)がCPUの基本デザインとして採用されている。

今回発表された製品種類前世代からの性能向上比
Cortex-A78CPU(中央演算)25%
Cortex-X130%
Mali-G78GPU(画像処理)25%
Ethos-N78NPU(人工知能処理)25%

 今回Armが発表したのはそのCortex-A77の後継となる新CPUのIPデザインとなる「Cortex-A78」(コーテックスエーセブンティエイト)、その性能強化版となる「Cortex-X1」(コーテックスエックスワン)、昨年発表されたGPUのMali-G77の後継となる「Mali-G78」(マリジーセブンティエイト)、さらにArmが近年力を入れているスマートフォンなどで音声認識や画像認識などを高速化するNPUとなる「Ethos-N78」(エトスエヌセブンティエイト)。それぞれ前世代と比較して25%(Cortex-A78)、30%(Cortex-X1)、25%(Mali-G78)、25%(Ethos-N78、電力効率)などの性能向上を実現している。

スマートフォンの心臓部となるSoCを構成する各部の設計図を提供しているArm

スマートフォンのSoCが出来上がるまで(筆者作成)

 Armは2016年にソフトバンクグループに買収(別記事参照)されたイギリスの企業。スマートフォンやIoT(Internet of Things)向けなどに半導体メーカーがデザインするのに必要なIP(知的所有権)をライセンスしてライセンス料を得るなどの形でビジネスを展開している。現在スマートフォンの市場では限りなく100%に近くArmが提供するIPに基づいたCPUが利用されており、AppleのiPhoneにも、Googleやそのパートナーが提供するAndroidスマートフォンにもArmのIPに基づいたCPUが採用されている。

 Armはそうした基礎的なIPだけでなく、IPデザインと呼ばれる一種の半導体の設計図を、半導体メーカーに提供しその代価としてライセンス料を得るという形のビジネスも行なっており、現在ではそちらの方が主流になっている。

 スマートフォンの中にはSoC(System On a Chip、エスオーシー)と呼ばれる1チップでコンピュータを構成できる半導体が内蔵されており、それを元にさまざまな機能が実現されている。

 AppleのiPhoneであればApple自社製の「A13 Bionic」、AndroidスマートフォンであればQualcommの「Snapdragon 865」などが採用されている。それらのSoCの中には、OSを起動したりアプリケーションを動かしたりするCPU(Central Processing Unit、中央演算装置)、ゲームのグラフィックスなどを処理するGPU(Graphics Processing Unit、画像処理装置)、AIの処理を行なうNPU(Neural Processing Unit、人工知能処理装置)などの複数の演算装置が用意されており、目的に適したものが利用される仕組みになっている。

 Armが提供するIPデザインは、そうしたCPU用の設計図、GPU用の設計図、NPU用の設計図として半導体メーカーに提供され、半導体メーカーはその設計図を元にして自社のSoCの全体の設計図を作り、それを元にして半導体を製造し、スマートフォンメーカーへ出荷する形になっている。スマートフォンの性能は、そうしたCPUの設計図、GPUの設計図、NPUの設計図などの善し悪しで決まってくるため、各半導体メーカーとも最新の製品には、よりよい設計図を欲しており需要は増えている状況だ。

Qualcomm Snapdragon 865のCPUとなる「Kyro 585」はCortex-A77がベースになっている。
2019年9月に行なわれたIFAでKirin 990を手に持ち発表するHUAWEIのリチャード・ユー氏

 たとえば、現在日本でも販売が始まった5GのAndroidスマートフォンの多くには、米国の半導体メーカーQualcomm(クアルコム)が提供しているSoCとなるSnapdragon 865(別記事参照)が採用されている。

 このSnapdragon 865にはArm社が提供しているCPUのIPデザインとなるCortex-A77が採用されており、その高い処理能力を実現できる大きな要因となっている。このほかにも、台湾のMediaTekの5G向けのSoCとなる「MediaTek Dimensity 1000シリーズ」にはCPUとしてCortex-A77、GPUとしてMali-G77(マリジーセブンティーセブン)が採用されているし、HUAWEI子会社となるHiSiliconがHUAWEI向けに製造するKirin 990 5G(HUAWEI Mate 30 Pro 5Gに採用されているSoC)にはCPUとしてCortex-A76(コーテックスエーセブンティシックス)、GPUとしてMali-G76(マリジーセブンティシックス)が採用されているなど、幅広くArmのIPデザインは半導体メーカーに活用されている。

 近年Armが開発したIPデザインのライセンスを受けることで、SoCの開発コストを圧縮できる点などが評価されており、採用する半導体メーカーが増えている。このため、Armにとっても重要なビジネスになってきているのが現状だ。

最新CPUのCortex-A78とその性能強化版となるCortex-X1を発表、前世代に比較して最大30%性能向上

発表された3つの製品、CPUの「Cortex-A78」、「Mali-G78」、「Ethos-N78」(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)

 そうしたArmが発表したのが、新しいCPU、GPU、NPUのIPデザインだ。それぞれCPUの「Cortex-A78」、昨年発表されたGPUのMali-G77の後継となる「Mali-G78」、さらにArmが近年力を入れているスマートフォンなどで音声認識や画像認識などを高速化するNPUとなる「Ethos-N78」となる。

Cortex-A78の概要(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)
Cortex-A78は最先端の製造技術5nmに最適化されている(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)

 Cortex-A78は、昨年の同時期に発表されたCortex-A77の後継となる製品で、内部の構造(マイクロアーキテクチャ)を見直し、同じ消費電力(1W程度)であれば前世代と比較して20%ほど性能が向上することが大きな特徴となる。

 また、設計の最適化を行ったことで、同じコア数であればダイサイズ(半導体を実現するチップの底面積のこと、小さければ小さいほど、消費電力を少なくできるし、低コストで製造できるなどのメリットがある)を15%小さくできる。なお、Cortex-A77では、7nm(セブンナノメートル)と呼ばれる製造技術に最適化されていたが、新しいCortex-A78は5nm(ファイブナノメートル)というこれから導入が開始される最先端の製造技術に最適化されていることも大きな特徴となる。より進んだ製造技術に対応することで、さらなる省電力と性能向上を期待できる。

Cortex-X Custom Program(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)

 また、Cortex-A78では、新しい仕組みとして「Cortex-X Custom Program」(コーテックスエックスカスタムプログラム)が導入される。従来からArmは顧客となる半導体メーカーに対して特別なライセンスを与えて、独自の改良を加えることを認めていた(Build on Arm Cortex Technologyと呼ばれている、たとえばSnapdragon 865のCPUはこれに基づいてCortex-A77に独自の改良を加えている)。

 Cortex-X Custom Programではそれをさらに拡張し、Armが最初からより高性能にカスタマイズしたデザインを提供し、半導体メーカーが簡単にハイエンド向け製品などを構築できるようにする。

Cortex-X1の概要(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)
強化されたCPUコアを1つと8MBと倍になったL3キャッシュ(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)

 具体的には「Cortex-X1」というCortex-A78をベースにしたカスタム版を半導体メーカーに提供する。Cortex-X1では、CPUのコアの1つをより強力な性能を持つCPUコアに改良し、CPUなどが共有するキャッシュ(L3キャッシュ)を標準の4MBから8MBに拡張する。それにより、シングルコア時の性能を引き上げアプリケーションの起動を高速になるなどの効果をもたらす。Cortex-A78では前世代(Cortex-A77)と比較して20%の性能向上となっていたが、Cortex-X1では30%とピーク性能が引き上げられている。

演算ユニットを増やしたMali-G78は25%の性能向上、最大10TOPsのNPUとなるEthos-E78も追加される

Mali-G78の概要(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)

 新しいGPUとなるMali-G78は、前世代となるMali-G77で導入された「Valhall」(バルホール、開発コードネーム)アーキテクチャーに基づくGPU。GPUの演算ユニットとなるシェーダコアは、従来製品では最大16コアまでとなっていたが、Mali-G78では24コアまで拡張され、それにより従来製品と比較して25%の性能向上が実現されている。

 その結果、3Dゲーム時の描画性能が6~17%程度と引き上げられているほか、マシンラーニング(機械学習)ベースのAIアプリケーションをGPUを利用して演算する場合にも15%ほど性能が引き上げられている。

Mali-G78の3Dゲームでの性能(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)
Mali-G78のマシンラーニングでの性能(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)
Mali-G68(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)

 また、ミッドレンジ向けの製品向けにMali-G68という製品も別途提供される。30%ほど電力効率が改善されており、より低価格な製品などで採用しやすいようにする。

Ethos-N78の概要(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)

 近年にArmのIP製品ラインナップに加わったNPU製品向けには、Ethos-N78が導入される。NPUを利用すると、スマートフォンが音声認識や画像認識などの処理を低消費電力で行なうことが可能になるため、近年では採用例が増えている。Armは昨年Ethos-N77を発表したが、Ethos-N78はその後継となり内部設計を見直し、メモリーの利用効率が改善されるなどしたことで、ピーク時の性能が2倍になり、前世代と比較して25%ほど電力効率が改善されている。

Ethos-N78は90通りの構成が可能で、1TOPs~10TOPsまで様々な構成が可能(出典:Arm、Bringing the Digital World into Our New Reality)

 また、Ethos-N78は設計に柔軟性(スケーラビリティ)を持たせていることが大きな特徴で、Armによれば、最大で90もの組み合わせの構成が用意されており。それにより、1TOPs(Tera Operations Per Second、マシンラーニングに基づいた推論で利用される性能指標)から10TOPsまでの性能を実現できるような設計を行なうことが可能になっている。

 例年Armは、5月頃に新しいIPライセンスを発表し、翌年に出荷される半導体メーカーのSoCに採用されることが多い。昨年の例で言えば、「Cortex-A77」は、12月にQualcommが発表したSnapdragon 865に採用されたことが明らかにされており、今年に入りSnapdragon 865は5Gスマートフォン(ソニーモバイルのXperia 1 IIや、サムスン電子のGalaxy S20 5G/ Galaxy S20+ 5G、シャープのAQUOS R5Gなど)に採用されて、日本でも出荷が開始されている。従って、今回発表された製品も同じようなスケジュール感で、2021年に出荷される製品などに採用されていく可能性が高く、Armもこうした新しいIPデザインが2021年に登場するフラッグシップスマートフォンに採用される見通しだと説明している。