インタビュー
「AQUOS R9 pro」開発者インタビュー、1インチ超センサーに3眼搭載でカメラはどう進化したのか
2024年12月24日 00:00
この冬、シャープから「AQUOS R9 pro」が登場した。今夏、「AQUOS R9」が発表された際、「AQUOS R pro」シリーズの後継モデルが発表されなかったことから、「今年は1インチセンサー搭載のproはない」と思った方も少なくないのではないだろうか。かくいう筆者もその一人だったが、今年の“pro”は冬モデルとして登場した。
「AQUOS R9 pro」は、相変わらずのゴッツイ性能のメインカメラを搭載するが、AQUOS R6から搭載されていた一眼カメラは、三眼システムに変更された。これはある種の“特化路線”からの後退では、と思ってしまうかもしれないが、実のところまったく逆である。
今回、「AQUOS R9 pro」はこれまでのAQUOS R proシリーズと比べ、超広角カメラが追加された。これにより、メインカメラは23mm相当という、普段使いしやすい画角に変更された。さらにセンサーサイズも1/0.98インチと、わずかながらであるが大型化。ついでに画素数も増えている。
一方、先述した超広角カメラは13mm相当と、従来よりも広い範囲を撮影できる。さらに65mm望遠カメラも搭載している。そして当然、どのカメラもライカ監修だ。
今回は「AQUOS R9 pro」の企画や開発を担当した、シャープの通信事業本部 パーソナル通信事業部 商品企画部 係長の篠宮大樹氏、同企画部 主任の今井啓介氏、同事業部 第一ソフト開発部 係長の佐藤農氏、I002PT(プロジェクトチーム) 課長の村上則明氏に話を聞いた。
「カメラを超える」
――「AQUOS R9 pro」企画の経緯やコンセプトといったところからお聴かせください。
篠宮氏
「AQUOS R9 pro」のポイントはカメラになります。
「AQUOS R6」でカメラに1インチセンサーを採用しました。これはスマホのカメラの常用域を1つのカメラレンズでカバーする、というコンセプトで強力なカメラでした。
その後、「AQUOS R7」「AQUOS R8 pro」と研ぎ澄ましていきました。そして、今回の「AQUOS R9 pro」の企画にあたっては、「これまで通りで良いのか」という議論があり、カメラシステムを生まれ変わらせることにしました。
今井氏
「AQUOS R9 pro」を開発すると決まったのが2023年1月ごろになります。コンセプトは発表会などでも申し上げていますが、「カメラを超えること」です。これまで磨き続けてきたカメラをどうすれば、フラッグシップにふさわしいものになるか、と。結果として三眼カメラシステムにたどり着きました。
三眼カメラにするかどうか、社内でもライカとも議論し、この形がフラッグシップでいいよね、となった経緯があります。
ターゲットとしては、カメラへのこだわりが強いお客さまとしています。普段使いはもちろん、望遠や広角も使い、エクストリームなシーンを美しく撮りたい、アクティブに外の世界に飛び出していきたい、というような方を想定しました。
デザインについては、このコンセプトを体現するものとしてミヤケデザインによるものを引き続き採用しています。「AQUOS wish4」などとはテイストが若干違いますが、“pro”は特別、という立ち位置で監修いただいています。
――あらためて、三眼カメラでどういった体験を目指したのか、教えてください。
篠宮氏
これまでの機種も、もちろん、その時々のスマホとしては最適な解でした。
その一方で、市場の状況やお客さまの期待するところは常に変化します。「AQUOS R9 pro」を企画したタイミングでは、フラッグシップスマホの価格が上昇しており、「そもそもフラッグシップスマホとは?」を問われていると考えました。
スマホの可能性を追求する上で、普通のカメラを超える考え方があるのではないか、と。そこを今、やるべきかどうかがポイントでした。
――「カメラを超えること」を後押しした材料は?
篠宮氏
ひとつは、スマホの進化軸でまだ足りない、もっと訴求できる分野が何かという点です。これは、やはりカメラです。専門機材のカメラに比べると、スマホのカメラは伸びしろがあります。それがポイントのひとつです。
世の中全体の動き方、人々のアクションの起こし方が変わってきています。コロナ禍も終わり、外出することが増えました。その中でスマホにできることは何か。
そう考えると、やはりカメラに可能性があります。これまでのやり方だけでなく、必要な要素を揃えよう、と。
実際、発表時の反響を含め、「AQUOS R9 pro」は好意的に受け取っていただいているかな、と。常に持ち歩くスマホで写真を撮ることが当たり前になっているので、そこに伸びしろを期待している人が多いのではないでしょうか。
3つのカメラの特徴は
――三眼の組み合わせに落ち着いた理由や背景をお聞かせください。
今井氏
まず、前機種から受け継いできている1インチクラスのセンサーは搭載しようと決めていました。
今回、望遠カメラには1/1.56インチのセンサーを搭載しています。通常ならメインカメラに採用するようなセンサーです。
なぜこのカメラにしたかというと、ポートレートです。望遠カメラの画角は(35mmフィルム換算焦点距離)65mm相当で、この画角が人間の見たままを撮るのに適しているということは、ライカからのお墨付きでもあります。
もうひとつは広角カメラ。いままでの一眼システムだと、メインカメラも広角寄りの画角(AQUOS R8 proは19mm相当)からクロップしていました。しかし「AQUOS R9 pro」の広角カメラでは、標準カメラ(AQUOS R9 proは23mm相当)の画角からクロップせず、センサー全体を使い切ることができます。この広角カメラは122度まで撮れて、マクロにも対応しています。
さらに14chのスペクトルセンサーも搭載し、色味もAIを組み合わせて、さらに正確に捉えます。これがライカ監修のVARIO-SUMMICRONカメラシステムになります。
――メインのカメラは1インチではなく、少し大きな1/0.98インチになりました。
今井氏
エクストリームな場面を含めて撮れるようにという考えがあった、と先にお伝えしましたが、三眼システムを構成するなかで、今回はマクロ対応の広角カメラをご用意し、望遠カメラも搭載しました。
一方、標準カメラに1インチ超えのセンサーを採用した一番の理由は、やはり光を集める量です。そこは進化し続けないといけません。その上で選定しています。さらに今回のセンサーは光学手ぶれ補正(OIS)にも対応し、市場からの声も踏まえ、より画質に有利なモノというところでたどり着きました。
――ちょっと無理があるかな? とは思いますが、レンズの工夫で集光量をさらに高めるという選択肢はどうでしょう?
佐藤氏
レンズサイズを大きくしようとすると、高さ方向に長くならざるを得ません。短い(薄い)まま大口径レンズにするには限界があります。
――そもそもスマホの厚みに1インチセンサー、そしてレンズを搭載することが技術の結晶ですね。
篠宮氏
構造に関しては社内で議論を尽くしました。そもそも「AQUOS R6」開発時に1インチセンサーを搭載するときにも検討を重ねましたが、今回はさらに光学手ブレ補正(OIS)も搭載し、望遠カメラもあるのです。
本体サイズとしては、ディスプレイに合わせてやや大きくなっていますが、基本的にあまり変わっていません。ここに3つのカメラを納めるために、数カ月ずっと議論を重ねました。
――そうした話をうかがうと、たとえば1インチセンサーを用いずに三眼カメラにしつつ、その上で画質処理エンジンなどで補うという選択肢もあるのでは? とつい思ってしまいます。
篠宮氏
やはり、フラッグシップの存在意義がかなり問われていると思っていました。少しでも妥協したモノを作ると、フラッグシップと言えなくなるよね、と。あくまでそこはプラスしていくという考え方にしています。
――デザイン面でカメラ部分の存在感が大きいですね。ミヤケデザインでもありますが、ここまで存在感があるものになったのは驚きました。
篠宮氏
そうですね。デザインも潔くしています。カメラを目立たないようにするという考え方も検討材料のなかにはありました。しかし、今回に関しては、しっかりこだわったことを強調しています。こうした潔い形にする方がコンセプトに合致すると考えました。
競合の1インチカメラスマホ、どう感じた?
――「似ている」と感じさせるデザインのスマートフォンが先に発売されていましたが、どう感じられましたか?
今井氏
お答えづらいところですが、驚きを持って受け止めました。カメラに特化したスマートフォンを追い求めると、この答えに行き着くんだろうな、と。
我々の方向性は間違っていなかったな、とも感じました。一方でシャープ独自のシャッターキーなどもありますので、そこは胸を張っています。
――あちらもライカと協業されていますが。
篠宮氏
発表報道を見て「あっ!」と驚いたというのが正直なところです。
――AQUOS R9 proは、AQUOS R9からも遅れての発売となりますが、AQUOS R9と同時期に発売することはできなかったのでしょうか。
篠宮氏
発売タイミングはその都度、議論して決めています。今回のモデルに関しては、実際にやりたいことをしっかり開発して、この時期までに提供、というのが正直なところです。作り込んだからこそ、完成度を高めた製品をお届けできると思っています。
中の人がオススメする機能
――あらためて、他社のカメラ特化モデルに対してAQUOS R9 proの推しポイントは?
今井氏
まずユーザーインターフェイス面では、望遠や広角のカメラが切り替わる位置チを明確にしました。
また、画質設定や花火モード、星空モードで色調選択を追加しています。
このあたりは発表会などで紹介しきれなかった進化ポイントです。
このほか、「ナチュラル」と「ダイナミック」という2つのカメラモードを選べるようになりました。
――ナチュラルとダイナミックはどう異なるのですか?
佐藤氏
基本的な画質はライカが良しとするものをベースにしています。しかし、お客さま全員がライカが良いとする画質を良いと考えるかはわかりません。
SNSで映える写真は、ライカの方向性とは異なります。そういった、映えるハッキリした写真を好む方も居ますので、ライカ監修の「ナチュラル」と、少し派手に撮れる「ダイナミック」を切り替えられるようにしました。
――それでもライカはOKを出すのですね。
佐藤氏
ライカはナチュラルの方を監修しています。ライカとの協力では、ダイナミックを標準的な設定にすることは難しいでしょう。
たとえば、動画もビデオフィルターをご用意してますが、標準では、静止画撮影における「ナチュラル」モード相当になっています。
――ライカの世界観に加えて、ユーザーに選択肢を、と。
今井氏
こだわりを持つお客さまにお応えしたいと考えたのです。
篠宮氏
レンズフィルターを利用できるようにすることも、その考え方の一環です。
今井氏
「AQUOS R9 pro」では、専用アダプターを付けると、市販の62mm径のレンズフィルターを使えます。光芒が出るクロスフィルターなどが使えるわけです。専用アダプターはマグネットで簡単に脱着できます。
――こうしたフィルターはソフトウェア処理でもできそうですが……。
篠宮氏
確かにできなくはないでしょう。しかし実際にレンズフィルターを使う場合と比べ、完成度に違いが出ます。ハードウェアの良さがあります。フィルターメーカーともやりとりして、最適な状態を設計しています。
――なるほど。
佐藤氏
画質関連で言うと、絶対的な正解はありません。好みによります。たとえば薄暗い電球照明のカフェとかのシーンでは、調整によって黄色くなったり青っぽくなったりします。
スマートフォンのカメラでは、たとえば白いカップの色が変わっても、雰囲気を残すことを重視するものが多いです。しかしホワイトバランスが変わると、たとえば食べ物が美味しくなさそうに見える、といったケースもありえます。雰囲気を残しつつ実際に近くなるように調整しました。
色調だけでなく、シャープネスに関しても同じことが言えます。
こうした部分はライカの監修を受け、肌を柔らかく表現するといったチューニングを施しました。
――そうした色調やシャープネスの調整だけではなく、背景と人物、あるいは食器とフードなど、カメラが捉える被写体をセグメンテーションして調整しているのですよね。
佐藤氏
おっしゃる通りです。たとえば、遠くのビルと近くの人を同じ調整はできません。
――色調で言うと、「AQUOS R8 pro」に続き、14chのスペクトルセンサーが搭載されています。今回、進化したポイントがありますか?
佐藤氏
前機種だと、「いまそのときカメラを向けているもの」からスペクトルを分析していました。一方、今回の「AQUOS R9 pro」では時系列のデータも見るようにしています。
「AQUOS R8 pro」では、同じ場所や被写体でも、カメラの角度を変えたときにスペクトル分析が変われば、ホワイトバランスも都度変わっていました。
しかし、「AQUOS R9 pro」では、撮影しようとした場面の途中で、ホワイトバランスが変わるということが起きないよう、過去のスペクトル分析の時系列を考えた上で、最適になるように工夫しています。
――時系列とは?
佐藤氏
1秒前とか2秒前とかのスペクトル情報を参照しています。カメラのアングルを変えるだけでも、センサーに入る光のスペクトルは変わります。しかし“入ってくるスペクトルは変わったものの、前のホワイトバランスを維持した方が良い”というときは、ホワイトバランスが維持されるようになりました。プレビューの色が変わることも減っています。
――これはシャッターを切らずともスペクトル情報は分析され続けているのですか?
佐藤氏
分析され続けます。カメラをオフにするとデータは消えますが、そうでなければ最適なホワイトバランスを維持するようになりました。
かかってきた電話をAIで書き起こし
――話は変わって、「AQUOS R9 pro」に搭載される生成AI機能、電話の内容を録音してメモしてくれるという機能は、使い勝手の良さを重視されていて、そこはシャープらしさを感じます。
村上氏
シャープとしては試行錯誤しながら、というところが大きいです。
グーグルも生成AI関連の開発を進めており、そうした機能をAndroidとして盛り込んでいきます。しかし、日常生活で便利な機能を生成AIで実現するというところは、シャープが独自に取り組むべきかなと。
使っていてワクワクしたりとか、人に寄り添ったりするAIがあります。それを考えたとき、夏モデルのAQUOS R9に引き続き、スマホユーザーでは絶対に使うような部分で、生成AIに取り組みました。
「AQUOS R9」では電話に出る前、忙しいときにAIが代わりに電話に出てメッセージを要約してくれる、そんな受話ボタンを搭載しました。「AQUOS R9 pro」ではそれに加え、電話に出たあと、通話中をアシストする機能を追加しました。
電話をしているときにAIが会話を一緒に聞いてくれて、会話を解釈してスケジュールを自動確認してくれたりします。たとえば歯医者から電話がかかってきて、予約変更して欲しいけど来週木曜日はどうか、と言われたとき、来週の木曜をキーワードとして認識して予定を調べたりとアシストします。
自動でメモとしても記録されるので、通話後に振り返ることもできます。弊社のアンケート調査でも、電話中にメモを取る人が一定数いらっしゃいますが、そうした負担を減らすことができます。
――これらの処理はすべてオンデバイスで?
村上氏
苦労したポイントはまさにそこです。クラウドならパワーが出せて、簡単に回答できます。しかしスマホ上となると、限られたリソースで言語モデルを動かさないといけません。これが思ったよりも大変でした。
――Webサイト上では「Snapdragon smart」のロゴがあります。これはクアルコムが用意したライブラリを使った機能ということですか?
村上氏
どこからが、というのが難しいところです。Snapdragon上でモデルを動作させるために、クアルコムにはサポートいただきました。そこの上にシャープで変換処理を加えています。
――ちなみにどの生成AIモデルを使っていますか?
村上氏
Llama2を使っています。
――質問しておいてなんですが、こうした生成モデルの違いって、どのくらい違いや意味があるのでしょう。
村上氏
そこは使い方次第です。最新モデル(Llama 3.2が9月に公開されている)の3Bパラメータであれば、遜色ないように見え始めています。生成AIモデルを変えることは、今後やっていく必要があるかと。
――今回はハイエンドモデルのみの搭載ですが、サイズの小さなモデルを使うようになれば、幅広いモデルに搭載できるようになりますか?
村上氏
その可能性はあります。
――通話録音テキスト起こしは、最近、各社のスマートフォンに搭載され、弊誌でも記事が読まれています。この機能が刺さる人は多いかと感じているところです。
村上氏
同じように思っています。前回のAQUOS R9の反響はまさしくでして、この機能に関してはポジティブな反応が多かったと感じています。
電話の苦手意識……ではないですが、文字起こししてアシストするとかのニーズはあるかな、と。
同様のことを他社もやっているのを見て、目指すところは間違っていないよな、と感じています。
――他社だとテキスト起こしできるといった機能はありますが、通話のアシスタントとしての機能は、AQUOS R9 proが上手にまとまっている印象です。ここは最初から目標としていたのでしょうか。
村上氏
電話をどう発展させていくか、というロードマップがあり、2機種目でここまで到達しました。
――スマートフォンが代わりに応答するといったことも、実装されていくと思いますが今後、どのような進化プロセスを考えていますか?
村上氏
まさにおっしゃる通りのようなところです。
――本日はありがとうございました。