インタビュー

「携帯料金値下げ」政策はなぜ波紋を呼んだのか――小林史明議員に聞く

 今春、携帯電話各社から「月額2980円」を軸とした20GB程度の料金プランが提供される。それにあわせて、MNP(携帯電話番号ポータビリティ)の手数料などが無料化するなど、乗り換えの手間を減らす取り組みが取り入れられる。

 そうした各社の施策を強く推し進めた要素のひとつは、総務省による競争政策の推進と言える。しかし、2020年秋の政権交代で、菅義偉総理の重要政策課題として携帯電話料金が挙げられて以降、政策としての仕組みが整う前に割安な料金プランが発表された。

 ユーザーとしては値下げとなる状況を歓迎したい一方で、長期的に見ると、今後も競争が続く取り組みと言えるかどうか、懸念を抱く向きもある。

小林議員

 はたしてこのままの進め方で良いのか。総務大臣政務官を務めた経験を持つ、自民党の小林史明衆院議員に、現状の政策手段の課題について聞いた。聞き手は法林岳之氏と本誌関口。

なぜ混乱が起きたのか

――昨秋以降、総務大臣を通じて発せられる通信業界関連の取り組みに対して、個人的にも、読者の声も、混乱が広がる場面がたくさんあったと感じています。もちろん、政権が変われば政策も変わることは承知していますが、なぜこうなってしまったのか。今のかたちの進め方でよいのでしょうか。

小林氏
 私の考えている「改革の進め方」や、総務省での通信関連の改革の経験を踏まえると「全体像をちゃんと示す」、そして「関係者に共有する」ことが大切です。

 もちろん、できれば合意を得る。これ、とっても大事ですよね。

――はい。

小林氏
 疑問を持つ人もいれば反対する人もいます。合意を完全に得られなくても、全体像を示して、そこに向かっていくことは共有する必要があるでしょう。そして合意形成を進める必要がある。

 それらをやらなかったときのデメリットは、「何か指摘が挙がるたび、ちょっとずつ対応する」ことに陥ってしまう可能性があります。そうすると予見しづらくなって、民間事業者として混乱しますよね。

 一方、全体像が共有されていればモチベーションを持って動けるのではないでしょうか。

 企業といえども、1人1人の働きによって動いています。モチベーションを高めないといけません。改革後、その事業者のモチベーションが落ちてしまうことは避けねばなりません。

 今の通信改革を進めるなら、「通信事業の(これからの)全体像」をどうするか、まず示さなきゃいけない。

 基本スタンスとしては、政治・行政、特に行政が民間ビジネスへ過度に介入するのではなくフェアな競争環境を作る。すると適正な競争が起き、適正なサービスが提供されるようになる。これが基本です。私も政務官のときにそういう構造を描いたと考えました。

 現在は、全体像の共有が不足していると思います。

――2020年10月27日には、総務省から「アクション・プラン」が発表されています。これは全体像と言えませんか?

10月27日に発表された「モバイル市場の公正な競争環境の整備に向けたアクション・プラン」

小林氏
 いったん(目標が)羅列はされた、と。ただ、本当に関係者へ共有されたのか。そしてその先の「合意形成」が本当に行われていたかが課題ではないでしょうか。

議論が落ち着く前に

――確かに、有識者会合での議論が進む前に、MNPの手数料無料化が打ち出されました。MVNO向けの接続料も最近になって方向性はまとまりつつありますが、まだ議論の途中といえるステータスです。そのあたりがちぐはぐに思えています。

小林氏
 (政策実行までは一般的に)論点が提示され、そこから有識者会合で多様なメンバーで合意を形成していく。そういう流れですよね。

 ただ、ご指摘があるところは、もしかしたら先に結論ぽいものが出たのではないか、そのプロセスに問題点があるんじゃないかと感じられる方が多いんじゃないでしょうか。

 論点を整理して、合意形成して、議論する、そして結論が出る。これが本来の姿でしょう。

――これまでも総務省では競争を進めるための取り組みがありました。この1~2年だけではなく、安倍前総理が携帯電話料金を指摘した2015年のことよりも前に、たとえば2008年のモバイルビジネス研究会から続くような取り組みです。一方で、今回は別のところから、突然、政策が入り込んできたようにも見えています。そうしたことは問題がないでしょうか。

小林氏
 その質問へストレートにお答えできているものかわかりませんが……私の問題意識としては、(事業者と行政の)相互に問題があるような気がするんです。

 たとえば論点が提示されて、競争環境ができあがっていく。それに対して、競争の結果、適正な価格が出てくる。これがずっと目指してきたかたちです。

 でも今回、世の中に「やっぱり高いよな」という議論が巻き起こったとき、キャリアの皆さんは一気に料金を下げたんです。

 それって変な感じしますよね。「下がるんじゃないか」「それって何なんだ」って国民からは思われます。通信業界に関わってきた私からもそう見えます。言われたら下がるの? と。

 そしたら、もっと下げろって言われますよ。

 これまでは競争環境を作れば料金が下がるということで、環境作りを進めてきた。でも下がらなかった。そしてみんなで下げろとなったら、下がるんだ、じゃあ言おうとなっちゃった。

 これ、やっぱり相互に問題がありますよね。

 事業者側にも「フェアに対応してたのか」ということがあって、そこにアプローチがきたということです。

 これから、お互いに仕切り直さないと、ゴールが常に動くことになりかねないですよね。今はゴールポストが動きつづけているように思うんです。これは(行政、民間の)どちらにも不透明感が出てしまう。

なぜMVNOが選択肢にならなかったのか

法林
 事業者が対応し、「結局下がった」ことを裏返すと、競争政策の作り方が、突っ込みきれていなかったということになりますか?

小林氏
 「追い込みが足りない」というご指摘ですが、「観点として足りないところがあった」と言えると思います。

 総務大臣政務官時代、「国民に選択肢を提供する」「フェアな競争環境を作る」ことを目指したとご紹介するとき、「選択とは何か」と何度も語ったことがありました。

 ひとつは「選択できる選択肢があること」です。たとえば選択肢として用意されていても、実際に選ぶ際にはとても難しくて選べないのなら、それは選択肢と言えません。

 そして「選択する上で十分な情報があること」「選ぶ人がきちんと判断できる状況にあること」ということをあわせて、3つが「選択」だと話してきたんです。これはモバイル分野でも同じです。

 たとえば「MVNO」です。

 ユーザー側にちゃんと情報が共有され、理解していただいた上で、キャリアを選ぶのかMVNOを選ぶのか。これに正面からアプローチできていなかった。競争環境を実は作っていなかった、そこが抜けていたんです。

 (行政側は)サプライサイドというか提供側だけに目を向けて、受容する側に目を向けていなかったんじゃないか。

 ちょっと話が飛びますが、今後、デジタル庁をやるんだというときに、ユーザー側をどうやってカバーするのか。たとえばどんどん出張してスマホ教室をやる、来ていただく、みんなで使う、そのために必要な情報を提供し、選んでいただく。そこまでやって完成ではないでしょうか。これまでユーザーは置いてけぼりになっていなかったか、その観点かなと思います。

どうやって課題を解決するのか

――なぜ今回は混乱してしまったのか。属人的なかたちではなく、問題を解決する構造はどうあるべきでしょうか。たとえば米国のFCC(連邦通信委員会)のように、総務省とは別に通信専門の行政組織を立ち上げるべきか。どう思われますか?

小林氏
 ミッションを担う組織で、専門性を備え、多様な立場の人が集まらないと成果を達成できないでしょう。別組織の立ち上げだけが解決法ではないのでしょう。

 じゃあどうしたらいいのか。やはり「基本のプロセスをちゃんと踏む」ことに尽きると思います。

法林
 これまでの流れを見ていると、たとえばSIMロックは原則禁止となりましたが、「このSIMカードはiPhoneでしか使えない」「IMEIでのロック」といった動きもあります。でも、それに対する施策もまた議論に時間がかかります。モバイル業界のスピードに行政がついていけていない感もあります。

小林氏
 そういう意味ですと、変わって欲しいのは(行政と民間の)両者だと思います。たとえばその「ロック」も行政が全部指導しないと変えないんでしょうか? と。

 それ(行政が施策を打ち出し民間がそれに対抗するかのような施策を取り入れること)をずっとやり続けた結果、今のいびつな関係です。だとすれば、民間側もユーザー目線でちゃんと事業を進める。かつての囲い込み、“4年縛り”にユーザーからの不信感が溜まっていました。

 言われて変わる、安くなる、といった流れもまた不信感が募る。

 それらをクリアすることを腹を決めてやらなければいけないのでしょう。

 一方の総務省にも、多くのご指摘があると思います。たとえば有識者会合のメンバーに専門性があるのか、多様性があるのかという点があって、それをスルーしてきていいのか。

 これを機に仕切り直す、というのがひとつの解決に向けたアプローチではないでしょうか。専門性を備えた人を入れ替える。一方で、ユーザーの感覚を踏まえる人、そしてこれから5G、6Gに向けてどんな通信の世界かを描けるという観点も必要。議論のダイバーシティを確保することで担保すべきなのでしょう。

――そうしたアイデアを現実にするには、これからどれくらいの時間、ステップがかかるのでしょうか。もちろん総務大臣のような立場にある方が決めれば、すぐかもしれませんが……。

小林氏
 もちろんトップの決定であれば動くでしょう。

 でも総務省全体で、議論の多様性を確保して合意形成をはかることが、ある程度、腹落ちしていないといけないでしょう。事業者も、「もう一度、腹を決めてユーザーに向き合う必要がある」ということを、言われて変わるのではなく納得していただく必要があるのでしょう。

――双方が変わらなければならない、という指摘はよくわかります。現実にできればと願うところですが、たとえば自民党内でワーキンググループを立ち上げて、という流れになるんでしょうか?

小林氏
 総務省だけではなく、政府全体での審議会や有識者会合のあり方全般にも関わります。いろんな場面で散見されることであり、私たちの大事な課題で、解決に取り組まねばならないでしょう。モバイルの話は、目の前にあるもので、ちゃんと答えを出したいですね。

 ただ、個人的にはワクチン接種を含めた大臣補佐官を担当しており、そちらをまず解決していきます。

 自民党内では、今、通信改革の全体像を議論する機会がありません。どちらかと言えば、放送改革の話が中心です。近日、通信事業者からヒアリングする機会を設けていただくよう、調査会長の山口先生(山口俊一衆院議員、情報通信戦略調査会)にお願いし、やっていただく予定です。そこから議論がスタートすることになると思います。

――なるほど。これからの動きも注目していきます。ありがとうございました。