インタビュー
KDDI高橋社長ロングインタビュー
「楽天との提携」の狙い、ドコモの値下げ宣言への違和感
2018年11月2日 19:22
KDDIが11月1日、楽天との提携を発表した。コード決済、ネット通販の物流、そして通信サービスにおけるローミングという3つの分野だ。
携帯電話事業では、来秋から新たな競争相手となる楽天との提携に、どんな勝算を見いだしたのか。KDDIの高橋誠代表取締役社長へのロングインタビューをお届けする。
本誌取材に対し、高橋氏は、楽天との提携では今後、光回線の卸など、他の分野に拡充することを明らかにした。またドコモが先駆けて来春の値下げを宣言したことに違和感を示す。このほかローミングに関わる裏話として、かつてのDDI時代に国内初ローミングを手がけたというエピソードまで語る。
驚きの発表
――昨日は、楽天と共同ではなく、決算会見での発表でした。急に発表することになったのですか?
高橋氏
いえいえ、前からスケジュールは決めていました。単独にしたのは、自分たちの想いをきちんとお届けしたかったから、ですね。
――それにしても楽天と提携という発表には驚きました。
高橋氏
なぜ提携することにしたか、というと、昨日の決算でもお伝えしたように「ほっとくとNTTさんに行くよね」と思ったからです。
国の政策として競争促進がある中で、既存の大手事業者のどこかがローミングを受け入れて、ということになるでしょう。(もしKDDIが提供しなければ)今のMVNOと同じように、NTTさんのネットワークを使うところが増えることになる。(競争環境として)アンバランスになっていくなと途中で思い始めたんですよね。
――ローミングで提供するエリアは、東名阪以外、ということになりました。
高橋氏
全てのエリアをお貸しするとMVNOと変わりありません。MNOとして最低限やらなければいけないところはやっていただく。
その上で、我々にとって多額の設備投資がかからないところでお貸しできれば、中長期でネットワーク収入が得られるわけです。
――楽天側から東名阪でのローミングについてリクエストはありませんでしたか?
高橋氏
そこは、当社にとって(楽天側のリクエスト以前に)前提でしたから。混雑するエリアをお貸しして、さらに混雑してしまうと当社のお客さまにご迷惑をおかけしてしまう。だからそれはないのが前提、ということです。
交渉は春から
――きっかけは楽天側からの提案だったとのことですが、いつごろのお話ですか?
高橋氏
今春ですね。
――今回の発表を受けて、今年1月末の決算会見で、当時社長の田中孝司氏が、質疑応答で楽天の新規参入について問われて、時代の転換を象徴するものとして熱弁を振るったことを思い出しました。
高橋氏
そうでしたね。ただ、(楽天からの提案は)時期としてはその後でした。
――楽天との提携において、一番重要視されたポイントは?
高橋氏
繰り返しになりますが「放っておいたらNTTさんに行く」ですね。
――ローミングに関する交渉はすんなり妥結したのでしょうか。
高橋氏
条件交渉はもちろんいろいろとやっています。結構時間をかけてやっていました。当社に楽天の方々が出入りしている中で、機密を保って。
――KDDI側の交渉チームは、高橋社長自身が率いたのですか?
高橋氏
そうです。
ローミングは相互? 固定回線の提供も
――ローミングの形は、au網を楽天へ貸すだけで、相互ではない、ということでよろしいですか。
高橋氏
4Gについてはそうです。5Gでどうなるかはわかりませんが、そもそも5Gの周波数帯をお互いまだ得ていませんし。
――KDDIは固定回線も手がけています。楽天との提携で、固定回線の提供は?
高橋氏
うちの光回線も使って欲しいと思っていますよ。光回線の卸を楽天さんへ提案しています。
――まだ決まってはいないと。
高橋氏
はい、ですから昨日の発表内容には含めませんでした。いくつか議論する中のひとつです。採用していただけるかなと思っています。
――となると、ローミング、決済、物流以外の分野での提携も検討中だと。
高橋氏
光がそのひとつで、わかりやすいところですよね。
これまでと違う時代
高橋氏
昨日もお伝えしましたが、やはりこれからは「協調と競争」、つまり「協争」の時代だと思います。
少し前まで、「プラットフォーム」と言えばメーカーや通信キャリアだけかと思っていましたが、今では、さまざまな分野で、プラットフォーム化を目指す動きがありますよね。
たとえば鉄道業界や自動車業界で言われる「MaaS(Mobility as a Service、サービスとしてのモビリティ)」もそうですし、商社さんも自分たちが取り扱う幅広い商材をもとにプラットフォーム化すると言っています。これまでとレイヤーが異なる形になってきているんだなと。
「協争」で対NTTも?
――基本的に、これまで同じ分野の事業者はライバル同士ですね。
高橋氏
今回の楽天さんとの提携では、当社が手がけた設備をお貸しするのですが、時代の転換によって、お金のかかる設備は一緒に作るという形があり得ます。そういう発想はコストエフェクティブ(コスト効率化)になっていきますし。
もう少し深く言うと、NTTさんの“黒子戦略”(NTTが2014年ごろから提唱、翌年から実施してきた戦略)も同じだと考えています。ひとつのネットワークを構築し、さまざまな事業者へ卸で提供していく。
(通信会社間の競争として)どれだけのトラフィックをお互い持ち合うか、という見方もできます。対NTTみたいなことになっていくのかもしれませんね。
日本で初めてのローミングは……
――かつてイー・モバイル参入時にはNTTドコモがローミングを提供しましたが、KDDIがモバイルサービスで他社にネットワークを貸し出すという事例は、過去にあまりなかったのでしょうか。
高橋氏
過去は……IDOに貸したことがあります(笑)。
(編注:IDOは関東・東海のみでサービスを提供、その他のエリアはDDI-セルラーのエリアをローミングで利用する形だった。両社ともにKDDIの前身会社)
日本で初めてローミングの仕組みを作ったのは僕たちですから。当時、ローミングという概念が本当にわからなくて、すごく苦労した記憶があります。
IDOは、HICAP方式(ハイキャップ、アナログの携帯電話向け通信規格方式、いわゆる1G/第1世代にあたる)のときはNTTドコモさんから(ローミングで)借りていたんですが、上手くいかなくって。その後、DDI-セルラーとローミングしはじめたら上手く行き始めたんですよね。
――そんな話まで今日お伺いできるとは思っていませんでした(笑)
高橋氏
そう、実は相互接続屋でした。そのときの相手が吉澤さん(現NTTドコモ社長の吉澤和弘氏)だったんですよ。
――あ、そうなんですか。それはそれで驚きです。
auユーザー転出もシミュレーション
――ここまでのお話ですと、ローミングについては、auユーザーにとってはあまり違いがない印象です。
高橋氏
当社から楽天へ、どれだけ乗り換える方がいるか、試算はするわけです。転出される方が増えれば増えるほどローミングトラフィックは増えます。少なければ少ないほど増えません。
理想はau以外から楽天へ加入で、競合2社から楽天さんへ乗り換えが増えると、その分KDDI側のトラフィックが増えます。でもそう簡単にいきませんよね。
冷静に(シミュレーション用のグラフで)直線を引いていくと必ず利益が出るように設計したつもりです。当社は貸す側なので、そういう計算は当然と言えます。決して損はしない形です。
――ユーザー目線で行くといかがでしょう。
高橋氏
そこはローミングするからといって変わりはないですね。そこはお互いに競いあう。もし「ローミングするからauから顧客を奪わないでくれ」といった話をすると難しいことになります。
――ある程度、ユーザーが乗り換えることを想定した上で、ということですね。楽天が戦略的、競争的な価格設定やポイントなどの組み合わせなどでサービスを設計してくると……。
高橋氏
それは対抗していかなければいけない、競争していかないと。そうでなければ独占禁止法に違反することになりますよね。
ビール業界でも一緒に商品を輸送するなど、“協争”はすでに導入されています。このコンセプトはやっぱり、これからの時代、アリかなと思っています。
auを利用しつづけたくなる仕組み
――交渉は今春からとのことでしたが、今夏、KDDIはNetflixとの提携を発表しています。異なる価値、レイヤーの取り組みを同時に進めた形ですね。
高橋氏
Netflixパックはとても好調です。そもそもNetflixのようなサービスを単品で、店頭でご案内しても、一般的に歩留まり(ここでは契約後の解約率といった意味)が5割なんです。ところが、バンドルのNetflixパックの解約率は1%を切っています。これはコンテンツ提供者にとってインパクトがある結果だと思っています。
――ライフデザイン戦略の中で、今回の発表では決済・物流といった分野もありますが、そのあたりにも関わりそうなお話ですね。
高橋氏
ライフデザイン戦略では、単体で大きく収益を得られるサービスと、収益規模はさほど大きくなくとも顧客維持(リテンション)に効果があるものの2種類があると思っています。
たとえばauスマートパスは単体で収益を得られる。一方、電力やeコマースはリテンションに効果がある。そういう意味で決済・物流の取り組みはリテンションに効く。コード決済の「au PAY」もリテンションをもたらす仕掛けのひとつだと思っています。
――ユーザーとのタッチポイントが増えることによる効果だということですか。
高橋氏
auはいくつか独自アプリを提供していますが、全てを足すと1日あたりのアクティブユーザー数(DAU)は1000万を超えています。ユニークユーザー数だと多少減るかもしれませんが、それでも結構な規模感だと思っています。
「ローミングだけで戦略的にプラス」
――決済と物流での協力は、現在のauにとってウィークポイントを補完してもらう形と捉えたのですが、実際はどうなのでしょうか。
高橋氏
発表会の紹介では、たしかにローミングとの引き換えにバーターで、という見せ方にしましたが、実際のところ、私自身の中では「ローミングだけでも損はしていない」と考えています。
先ほど申し上げたように、条件上、ローミングで損しないよう設計しています。少なくともNTTさんに持っていかれるよりも戦略的にプラスです。
でもローミングの提供だけ発表すると、KDDI側が損をする、と受け止められる可能性がありますよね。ですから、あわせて2つの分野の提携も打ち出した。実際はローミングだけでもプラスだと思っています。「決済・物流とのバーターで、ローミング提供は見合わないのでは?」と思われるかもしれませんが、そうではないんです。
物流面での協力はデータドリブンの未来に
――なるほど。
高橋氏
楽天さんは包括的な物流サービスを提供する「ワンデリバリー構想」を掲げ、商品保管~出荷までを担う「楽天スーパーロジスティクス」を展開しています。こうした楽天さんの取り組みは、これからの進化が大きく期待できると思っています。
楽天さんから教えていただいたところによると、西友さんの業務を受託している。そこで配達業務を進めたところ、18時~20時の宅配は90%以上のユーザーが在宅していることがわかった。そうなると昼間の配達に必要なリソースを見直せます。ユーザーが在宅する時間がわかることで、より効率的な物流リソースにできる。データドリブンな進め方なのです。
当社自身はヤマト運輸さんとも良好な関係にあり、楽天さんとの提携を発表するにあたって、私自身からヤマト運輸さんへ電話をかけて「まずは(KDDIのショッピングモールである)Wowma!だけで進める」とお伝えしています。
当社のWowma!とAmazonさんと比べて大きな違いのひとつは送料です。物流面での協力で、そのあたりが効率的になります。
au PAY、うまくいく?
――もうひとつの決済では、コード決済の「au PAY」の立ち上げで、楽天ペイと協力していくことになります。
高橋氏
これまでにも既にau WALLETを提供しており、他社に先駆けたキャッシュレスサービスでしたが、周知を図る部分がヘタでした。ポイントとチャージ額を合算すると、約1000億円以上がお客さまの手元に貯まっています。これらを利用してWowma!でお買いものしていただけると解約率が下がる傾向があります。そこまで体験値を持って行ければ、ということで、注力している部分です。
一般的にコード決済は、クレジットカードとは違う仕組みで、手数料が安いです。当社のコード決済加盟店の開拓が遅れている中で、たとえばコンビニ系はあるベンダーにお願いするとカバーできるので大丈夫です。楽天さんの決済サービスが利用できるのは全国120万店以上で、その全てがコード決済の楽天ペイ対応というわけではありませんが、共同で進めていければというところです。
――コード決済というサービスを提供するだけで、利用していただけるものでしょうか。
高橋氏
そこは単純で、1000億円以上貯まっているので、使える場所を増やしただけです。いかに環流させるか、リテンションを高めるか。別途、金融系サービスを作るので、そこに回ってくればハッピーと。
――先日「auのiDeCo」が発表されましたが……。
高橋氏
そこはまた今度で(笑)。とはいえ、考えていることは結構シンプルなんです。決済では使える場所を増やしただけ。
――とはいえユーザーからすると、使える場所が増えるだけで「本当にau Pay、使うようになるかな」とクエスチョンマークが頭の上に浮かびそうです。
高橋氏
(使ってもらえないとしても)それはそれです。多額の投資をしているわけではありませんから……でも使っていただきたいですね。
――コード決済の競合を見ると、たとえばLINEは金融機関や加盟店を意欲的に増やそうとしています。まだ立ち上がったばかりですがAmazonも参入してきています。
高橋氏
そうですね。たとえばLINEさんの決算状況も拝見していますが、厳しそうだと感じています。また利用の動機付けといった部分での課題といった面では、コード決済ではありませんが、(経済圏といった面で)メルカリさんのユーザー間のやり取りは継続性がありそうだと見ています。
4割値下げ論に「何もしなくていいとは思っていない」
――この時期の話題としては、料金面の動向も気になります。「既にauは3割下げている」と説明されていました。
高橋氏
そうですね。ただ、ドコモさんが打ち出す値下げの内容がどのような内容になるかまだわかりません。また楽天さんがどのような新しい料金プランを発表されるか。
何も対応しなくていい、とは思っていません。「総務省からの宿題は先にかたづけた」と言ったものの、お客さまや株主の方々へ利益をいかに還元するか、やらなければいけないなと思っています。
そうした中で、あらためて日本の通信品質は、素晴らしいと感じています。総務省が免許割当の際に、いつまでにどれだけのエリアを、と条件にしているおかげかもしれません。
たとえば欧州は、通信事業者から投資家に対する還元が大きい。その結果、通信事業者のキャッシュがなくなり、設備投資が進められず、品質が向上しないままで競争政策が促進され、料金が安くなった。ネットワーク品質と価格は、日本がやはり素晴らしいと思いますし、それをもたらした総務省の政策は決して悪くないと思うのです。
――この夏以降、政治からの値下げに関する発言が強く伝わった中で、一般ユーザーからすると、菅義偉官房長官の発言がNTTドコモの「来春値下げ」の要因に見えます。
高橋氏
個人的には、社長職に就任して以降、増収増益をもたらしていくことが本当に大事だと感じています。利益があってこそ、お客さまへの還元や設備投資、社会への貢献ができます。そうした中で、具体的なプランを示さず、減益だけ先に宣言することは、一般的には違和感がありますよね。競争しながら、「相手がこう出てきたから、対抗します」、その結果減益になる。これはあり得る話ですが、先に減益というのは違和感があります。
――確かにドコモが楽天対抗というのであれば、実際に楽天のプランを見てから、というほうが納得できます。
高橋氏
なぜこの時期に言わなきゃいけなかったのか。民間企業として違和感は残りますね。
――なるほど。本日はありがとうございました。