インタビュー

作法を変えずに進化、「らくらくホン F-02J」開発者インタビュー

これまでと変わらない安心・安全を実現し、新しさも追加する携帯電話

 2016年12月14日に発売された、シニア向け携帯電話「らくらくホン F-02J」。息の長いシリーズとなっているこの端末、外観や中身であるソフトウェアの見た目は、前モデルの「らくらくホン ベーシック4 F-01G」とほとんど変わらないが、実は内部は大きく変わっており、「あえて変わっていないように見せる」のに多大な労力が必要になったという。

「らくらくホン F-02J」

 スマートフォンなど多くの製品が「進化し、変わっていること」をアピールしようと躍起になるなか、「らくらくホン」シリーズはなぜ変わらないでいるのか、そしてどのような思想で作られているのか。開発に携わった富士通の担当者に話を伺った。

これまでのらくらくホンとあまり変わらないように見えるが、変わっていないように見せるのに大きな苦労があったという

スマートフォンと比べても段違いの開発ボリューム

「らくらくホン」の商品企画を担当する富士通コネクテッドテクノロジーズの堀田辰則氏

――「らくらくホン F-02J」のコンセプトと、前モデルのF-01Gからアップデートした部分を教えていただけますか。

堀田氏
 お客様がらくらくホンに求めることは、らくらくホンならではの見やすさ、聞きやすさ、操作性など、以前と変わらない使い勝手のため、何よりもそれを重視しました。ただ今回、「らくらくホン F-02J」では、端末のプラットフォーム(OS)が変わり、これまでの資産をそのまま活かすことができず、そんな中でも“変わらない価値”を守るため、社内でのコンセプトは「完全コピー」としていました。

 らくらくホンシリーズは、シニアユーザーに向けてメニューの構成やハードウェアキーなどにこだわって作り込んできましたので、らくらくホンをお求めになる方に対して今まで通りの形で提供できるよう、新しいプラットフォームに合わせて作り込んでいく、そこがコンセプトでした。

――ぱっと見は変わった感じはあまりありません。が、ほとんど1から作り込んでいるんですね。

堀田氏
 何年も続けているシリーズの端末ですから、今までは(プラットフォームが同一だったため)ベース部分を流用しながら開発できるところもありました。しかし、今回は全て作り直しです。シリーズの初期に担当していた開発メンバーが今は別の仕事をしているなど、これまでの仕様の確認にも手間がかかりましたし、一筋縄ではいきませんでした。

――特に作り直すのが難しかった機能はありますか。

佐藤氏
 サブ液晶の常時点灯と、歩数計のリアルタイム更新ですね。前機種のF-01Gまでは実現できていたのですが、今回からプラットフォームが変わって、その制約の厳しさから、最初は対応できないんじゃないかという話も出ました。

「らくらく」シリーズの開発を担当する富士通コネクテッドテクノロジーズの佐藤賢利氏

池田氏
 最終的には、当社がもっているHCE(Human Centric Engine)を活用したうえで、プラットフォーム側でも工夫して、消費電力を抑えたままサブLCDを常時点灯できるようにしました。ほとんどゼロからの開発でしたので、最近のスマートフォンと比べても段違いの開発規模、難易度でしたね。見た目ではそういう感じは受けないんですけど、中身はかなり手が入っています。

「らくらく」シリーズの開発を担当する富士通コネクテッドテクノロジーズの池田和彦氏

――反対に開発しやすくなった部分はあったりしますか。

池田氏
 開発環境が整っているという意味ではやりやすいのですが、最近のスマートフォンなどとまるっきり一緒というわけにはいかないですね。一番大きなところはユーザーインターフェース(UI)の作り込み方の部分です。

堀田氏
 単純に気にしなければいけない箇所がすごく多い。ソフトウェアだけでも数百件のカスタマイズ箇所がありましたし、外観も、ボタン配置、ボタンの凸量、形状など、らくらくホンならではの60項目くらいのポイントを全部リストアップして、それを1つ1つ確認していく作業が必要でした。

 そうやって、カメラの位置、決定キーの位置など、細かいところを全部今まで通りの使い勝手にすることを目指しました。デザインに関しても、形状や持ち心地も含め、ぱっと見でらくらくホンとわかるように作ったつもりです。

ボタン配置、凸量、形状も従来機種を参考に
カメラ位置も従来機種と変わらないことにこだわった

――「らくらくホンとわかるデザイン」とのことですが、どういったコンセプトでデザインしたのでしょうか。

鎌田氏
 デザインのコンセプトは「安心を持ち歩く」です。従来のらくらくホンの印象を変えずに、確実に握ることができて落とさない、そして開閉しやすい、というのを狙ってデザインしました。ポイントは角がないところです。担当デザイナーの1人が個人的にもっていたテーマが、「河原にある石」。水の流れでエッジが取れて、自然な心地よいフォルムになっていく、というものですね。これによって、どこにもエッジがないフォルムが完成しました。

「らくらく」シリーズのデザインを担当する富士通デザインの鎌田正一氏

 デザインで工夫したところは、わかりやすい部分では、テンキー側ボディの側面に設けた“くびれ”です。閉じた状態でそこに指を添えれば、しっかりホールドでき、しっかり開けられる。くびれの先にボタンを配置して、手で触っただけでボタンに指がかかるような、そういう“安心”をテーマにデザインをブラッシュアップしていきました。

「河原の石」を意識したという角のないデザイン

くびれを使ってホールドでき、しっかり開けられる

 もっと細かいところを言うと、表面パネルにも微細なパターン柄を入れています。デザイナーの想いとしては、安心・安全のイメージをここにも加えたかったんです。例えば幸福、繁栄を意味する吉祥文様の七宝柄とかをここに入れて、よく見ないとわからないけれど、細かい部分にも想いがちゃんとこもっている、というのを伝えたかったんですね。

 ただ、そういう模様は人によって好き嫌いが分かれるので、避けることにしました。デザイナーの想いが強すぎると、やっぱり嫌われてしまいますので(笑)。でも、単調な単色ではなく奥行き感のあるパネルを表現するために、縦長の微細なドットのパターンにしています。想いを柔らかくして、お客様に届けようと。

前面パネルには縦長のドットパターンがデザインされている

堀田氏
 従来からの“らくらくホンらしさ”は出していく必要があるんですけど、買い替える方はその時に何か新しいことを求めると思うんです。それは色であったり、形であったりすると思いますが、今回はドットのパターン柄にして、少し変わった感じを出しつつ、あまりクセが強くならない範囲に止めました。遠目からでは気付きにくいのですが、近くで見るとおしゃれ、というのを狙っています。

従来のものを踏襲しながら、“安心”を高める新しい機能も取り入れる

――完全コピーというお話ではありますが、新たに追加した機能はありますか。

堀田氏
 迷惑電話対策機能が一番のポイントかなと思います。振り込め詐欺のような迷惑電話がいまだに話題になっていて、たびたびニュースにもなりますが、そういった面でも対処できるようにして、“安心”というらくらくホンの基本的な部分をより高めるようにしています。

――迷惑電話対策の機能は、ユーザーからの要望が多いものだったのでしょうか。

堀田氏
 どちらかというと弊社からの提案ですね。シニアの方からよく聞く話が、「そんな電話がかかってきても、絶対に自分は引っかからない」というものです。アンケートを取っても同様の傾向なんですけど、実際そうはいっても引っかかってしまう時もあります。むしろ引っかからないと思っている人の方が引っかかりやすい。それもあって実装した機能になります。

 この機能を使うと、電話帳に登録されていない電話番号からかかってきた時に、発信元に迷惑電話対策の設定をしているというガイダンスが流れます。ただし、電話帳にない人からかかってくることが多い、という人もいらっしゃると思いますので、初期設定では機能をオフにして、お客様が設定を選べるようにしました。

――迷惑電話対策機能の実装に当たって、苦労した部分や難しかったところは?

堀田氏
 通信事業者が提供するサービスであれば、端末に電話がかかってくる前の段階でガイダンスを流したりもできるんです。今回はそれを端末側で搭載してやっているので、電話がかかってくると、いったん端末に通話がつながった状態になり、その直後にガイダンスが発信元に流れます。

 発信元に流すガイダンスを自分には聞こえないようにすべきだとか、UI面で考慮しなければならない部分が多かったですね。それ以外で難しかったのは、視覚障害の方などに配慮した音声読み上げ機能を取り込んだことでしょうか。

池田氏
 音声読み上げ機能はらくらくスマートフォンシリーズにも搭載していますが、そちらはタッチ操作による読み上げです。ところが、らくらくホンはキー操作ですので、その操作方法に合わせて読み上げられるようにするのに苦労しました。

――新しいプラットフォームにしたことで、これまでは難しかった機能を比較的楽に実装できたなど、メリットみたいなものはありましたか。

堀田氏
 VoLTEに対応できたのが大きいですね。従来のらくらくホンからこだわっていた“聞きやすさ”も基礎部分を強化できました。あと、シニアの方もよく写真を撮られるのですが、今までスマートフォンなど他の端末で培ってきたチューニングの技術をしっかり取り込めました。ディスプレイ解像度も高くなっているので、旧機種と比べると撮影した写真を段違いにきれいに見られるようになりましたね。

ディスプレイ解像度がアップし、美しさが増した

――LTEに対応したことでVoLTEにも対応したわけですが、そもそもLTEの高速通信を活かせるシーンはあるでしょうか。

堀田氏
 ブラウザでももちろん高速通信は利用できるので、コンテンツの読み込みや大きめの画像を送る時に、LTEの通信速度の速さは感じていただけるとは思います。ただ、そこまでWebサイトや写真を使い倒すような方が利用する端末でもないと思っていますので、どちらかというとVoLTE対応による高音質化の恩恵の方が大きいのではないかと。

池田氏
 考えてみれば、今回はWi-Fiにも対応していますし、かなりハイスペックならくらくホンになっていると言えますね。

――「LINE」に対応しています。他の(Androidベースの)フィーチャーフォンでもLINEには対応していますが、らくらくホンもそれと同じアプリを使っているのでしょうか。

池田氏
 基本は同じですね。チューニングの仕方や文字のサイズ加減などはターゲット層に合わせて調整しています。もちろんLINEさんのアプリですから、弊社で可能な範囲で対応している、という形です。

――LINEはやはりシニアユーザーからも使いたいという声が大きいのでしょうか。

堀田氏
 シニアユーザーからLINE対応を望む声が少なからずあります。ただ、そういった方はどちらかというと「らくらくスマートフォン」の方を選ばれる方が多いですね。なので、今回はLINE対応を全面的に押し出しているわけはないという温度感でいます。

――その一方で、iモードには非対応となりました。フィーチャーフォンとしては従来のインターネット機能がどんどん絞られてしまっているのかなと思います。その代わりとして「らくらくコミュニティ」のような富士通の独自のサービスを押し出していく、という考えもあるのでしょうか。

堀田氏
 従来のサービスが終焉に向かっていくから「らくらくコミュニティ」を、というつもりはありません。らくらくコミュニティはシニアの方が楽しくいろんな情報をやりとり可能な、安心して利用できるSNSだと考えています。

 今のところ、らくらくスマートフォンのユーザーが多数ですが、らくらくホンでももっと使いやすくなるよう、端末のホーム画面に入口を設けて簡単にアクセス可能にしています。が、らくらくホンユーザーでさまざまなコンテンツを使いこなしたい人はそんなに多くないのかなと。代わりにニュースとか天気とか、乗換案内とか、よく使う機能をシンプルにわかりやすく使える、というのを目指すべきと思っています。

 むしろ今回、機能制限できる機能も用意していて、ブラウザとLINEとらくらくコミュニティの3つを、あえて使えなくすることもできます。今まで電話とメールくらいしか使っていなかった方で、新しい機能は不要という人は、その3つの機能をオフにしておけば、不要なデータ通信もなく、安心して利用できます。

シニアユーザーに使ってもらった意見を元に、開発最終段階まで調整

――その他に開発で苦労したところや、こだわったところはありましたか。

池田氏
 ソフトウェアに関していうと、開発中に実際にらくらくホンを使っている社内ユーザーに評価してもらって、そこで得たフィードバックも開発に反映しています。そういうユーザー評価をしながら随時ソフトウェア開発にも反映していったので、途中で仕様変更も多くて、後半まで大変でした。

佐藤氏
 社内の年輩社員やOB、家族の方に開発中の端末を渡して、1~2週間使ってもらうこともありました。意見をたくさん集めて、それをソフトウェア開発の部署で揉んでもらって、対処するところを決める、というやり方でした。そのなかで、らくらくホンに関しては、「変わらないこと」に対するニーズが大きいと感じましたね。変わらないことへの安心感みたいなものでしょうか。

 あとは、端末サイズが大きくならないようにするのは、難しい部分でした。LTE対応ということで、どうしても電池容量が必要になってきています。できるだけ小さくして、使いやすさも損なわない“らくらくホンらしさ”をこれまで通り維持できるよう、電池容量と大きさのバランスを見て作っています。

堀田氏
 そういう意味では、3.0インチの小型ディスプレイを採用したのもこだわりです。他社のAndroid搭載のフィーチャーフォンは3.4インチが主流で、当社でも3.4インチを使っている機種が他にあります。本当は、同じサイズのものを使うのが一番開発効率が高いんです。

 ですが、大きくない端末サイズ、すぐに電話をかけられるワンタッチダイヤルボタンの並び、そういったらくらくホンの“顔”みたいなものを守る必要があるだろうということで、3.0インチをあえて使っています。

 それでも、画面のUIは今までのらくらくホンと同じように大きな文字にして、メニューの配色とコントラストも工夫しています。3.0インチだからといって「画面が小さい」という声も今のところほとんど聞かないですね。全体の大きさと画面のバランスがよく取れたのではないかと思っています。

メニューの配色、コントラストにまで気を配ったという

――このサイズ感がデザイナーとしても守るべきところであると。

鎌田氏
 しっかり握って持てるサイズ感もそうですが、今回は四つ角のアールも、握った時に手のひらに当たるところなので、心地よさという大事なところに効いてくる点だと思います。お客様には長く使っていただく商品ですから、長く使っているうちに心地良くなくなると、らくらくホンとしての価値も劣化していきますよね。

 例えばワンタッチダイヤルとかサブディスプレイの配置は、長く使っているお客様にとって、作法が変わってしまうと特に混乱してしまう部分です。こうした作法を変えずに端末としてどこまで進化できるか、というのが、我々の継続的な課題かなと思っています。

らくらくホンの最大の特徴とも言えるワンタッチダイヤル。この配置もこだわり

――今後もらくらくホンの新機種が出るとして、追加したい機能はありますか。

堀田氏
 機能追加の要望は、どちらかというと視覚障害の方や、シニアではない若い方からが多いんです。もちろん、ご要望にお応えしてという場合もありますが、いつも身近にある携帯電話なので、持っているだけで安心や楽しさを高めていけるような機能を、我々から引き続きご提案していきたいと思っています。

――本日はありがとうございました。