インタビュー
「arrows SV F-03H」「arrows M03」開発者インタビュー
使われ方から突き詰めていった上質ミドルレンジ端末
2016年7月14日 12:18
7月6日、NTTドコモから2016年夏モデルとして「arrows SV F-03H」が発売された。富士通製のこの端末は、2015年に登場した「arrows Fit F-01H」に続く、コストパフォーマンスを重視した“ミドルレンジ”のスマートフォンだ。同社製のフラッグシップのarrows NXシリーズのような絶対性能の高さはないが、防水・防じんをはじめ高い耐久性を示すMILスペックに対応し、ミドルレンジには少ないワンセグ機能も装備した、プレミアムなミドルレンジAndroidスマートフォンとなっている。
一見すると、明らかに従来のarrowsシリーズとは異なるフォルムの端末。側面の金属フレームや前面・背面のシンメトリックな見せ方などから、昨今のトレンドに沿ったデザインを採用しているように感じるものの、そこには富士通、あるいはarrowsならではの特徴とこだわりが詰まっているという。「arrows SV F-03H」の開発に携わった方、そしてほぼ同じ仕様のSIMフリースマートフォン「arrows M03」の開発に携わった方、合わせて5名にそのこだわりを伺った。
人に“寄り添う”スマートフォンをコンセプトに
――最初に「arrows SV F-03H」の基本コンセプトと、ターゲットとなるユーザー層を教えていただけますか。
吉澤氏
今回のarrows SVは、30~50代の幅広いユーザーをメインターゲットとしています。ミドルレンジを求めるユーザーですので、スマートフォンは日常的に使う道具として重要なアイテムなんですが、基本機能が充実していればスペックはそこまで高くなくてもいいというユーザー層。ただ、デザインに関しては上質な物を求めていて、見た目が格好いいものを、という人に向けてしっかりアピールできる商品として企画しました。
吉橋氏
全体のデザインコンセプトは、前のモデルから「arrows」のロゴが大文字から小文字になったところにもあるように、今までの先進的なイメージから、より人に“寄り添う”ようなものとしました。
スマートフォンは地球上で人に一番近い電気製品だと思うんですよ。“寄り添う”という新しい考え方だと、今までのようなデザインだとちょっと“ギュンギュン”すぎる。お風呂で使うとかプールで使うとか、寝ている時に使うとか、“もっと人の生活に寄り添う形として突き詰めたらどうなるか”を探求しました。
今まで我々のスマートフォンはスクエアな(角張った)形状が多かったんですが、arrows SVでは角を丸みで落として、手に取りやすい形を軸にしました。そういうデザインはスマートフォンにおいてありふれたものになりがちなのは最初から分かっていたんですが、そこにさらに富士通らしさ、arrowsらしさをどこまでスパイスとして入れられるかが重要です。
そこで、arrows SV(Superior Value:高価値)というブランドに対して、我々は“鉱石”のイメージでスマホを削り上げ、磨き上げていくスタイリング、というコンセプトで詰めていきました。
――なぜ側面はこのようなラウンド形状としたのでしょう。
渡辺氏
ユーザーの使い方、使い勝手から形を作り上げていったところが理由としては大きいのかなと考えています。縦持ちの時は側面のラウンド形状で持ちやすくし、写真撮影などで両手指先で四隅を支える横持ちの時は、四隅に凹ませている部分があるので、そこでしっかりグリップ感が得られるようにするなど、ユーザーの使い方から発想を得て形にしていったんです。
吉橋氏
ワンセグを見る時もそうですよね。ミドルクラスでワンセグ機能付きはarrows SVだけだと思っていますが、ワンセグがあるならテレビが見たい、テレビが見たいとなると、おそらく横画面で見る。そうすると横持ちすることが他メーカーのスマートフォンより多いんじゃないかと。画面には触れたくないので、必然的に四隅を持ちたくなるはずです。
今までは、いかに格好良く見せるか、薄く見せるか、店頭で見栄え良く見せるかといったアプローチの仕方が多かった。でもそうではなく、あくまでもユーザーが使うところを想定しながら、機能も仕様も含めて考えた上で、今回四隅を工夫することにしたんです。
渡辺氏
人に“寄り添う”という話ですが、今回の一番の大きな特徴は、側面は丸く、上下や四隅はちょっとエッジが出ているというフォルムだと思います。派手に滑り止め構造にするのではなく、少しの気配りで持ちやすさを改善するのが“arrowsらしさ”かなと思っています。
キャップレスのUSBでユーザビリティを高めつつ、MILスペックにも対応
――おっしゃるように他社のミドルクラスでアンテナ内蔵のワンセグ搭載機種はほとんどありません。フルセグは搭載していないものの、先日の熊本地震のように災害があった際などは、ワンセグは貴重な情報源となりますよね。
吉澤氏
アンテナが付いていないのならテレビ機能を載せている意味がない、といったら言い過ぎかもしれないですが、テレビ機能を載せるからにはきちんとアンテナを内蔵して、ユーザーがいつでも見られるように、という考えで企画しました。
arrows NXのようなフラッグシップで、マルチメディアを楽しみたい、というところまでいくとフルセグが必要かもしれません。けれど、ミドルレンジを求めるユーザー層に向けてとなると、どちらかというと安心・安全の側面から、ワンセグできちんと情報を受け取れるようにすることが大切なのではないでしょうか。
――MILスペック対応で、さまざまな部分の耐久性を高めた端末となっていますが、実際のところ強度面ではどのような工夫をされているのでしょうか。
石川氏
arrows SVは金属を使っていてそもそも強いイメージがありますが、しっかり堅牢性を訴求するためにも弱い部分がないかあらゆる検証を行って確認しました。一番弱い部分をシミュレーションで突き止めた上で補強するなどの対応を開発の初期から行っています。
金属の奥に樹脂のフレームが入っていまして、パネルの貼り合わせの構造も含めて全体で強度を確保している作りです。金属が守ってくれているように見えますが、実際には全体で守っています。ユーザーがどういう使い方をしているのか、どんな落とされ方をすると壊れるのか、という情報がだんだん蓄積されてきているので、あらゆるシーンを想定して設計しています。
――MILスペック対応でありながら、USB端子はキャップレスになりました。ここはユーザビリティ上、大きな変化かと思います。
吉澤氏
「arrows Fit F-01H」でもUSBポートにキャップが付いていたんですが、キャップレスのニーズが高いということは認識していました。ユーザーがキャップを開ける手間を省いて心地よく使えるよう、防水・防じんに対応しながらキャップレスにできないかと考え、今回はこだわって作り込みました。ただ、端子部に砂などの異物をが詰まったままにしているとハードウェアには良くありませんので、そこは注意していただければと思います。
――その一方で指紋などの生体認証機能は搭載されませんでした。期待していた人も多いと思うのですが、これはどういった理由によるものでしょうか。
吉澤氏
ターゲットユーザーには、ハイスペックな端末の値段が落ちてきたところで購入した人なども含まれています。そのため、デザインや見た目はハイスペックモデル並のしっかり上質なものにしなければいけません。つまりデザインが一番のプライオリティになっていたんです。上質感だけでなく、スリムという要素もそこに入ってきます。だから、持ちやすさを考えつつ薄さも重視する必要がありました。
そのようにいろいろ検討していく中で、今回は指紋認証を入れない、という選択をしました。今回のコンセプトではデザイン、カメラ、電池もち、MILスペック準拠の強さ、日常シーンでの使い勝手の良さ、心地よさ、といったところが最重要だったわけです。今後どうしていくかについてはユーザーの利用状況を見ながら検討していくことになると思います。
ドコモ向けは強度の高いハードアルマイト、SIMフリーはau網にも対応
――「arrows SV F-03」と「arrows M03」は、ハードウェアの基本スペックは同じかと思いますが、どこか異なっているところはあるでしょうか。
吉橋氏
最も大きな違いはボディカラーとロゴです。ドコモのarrows SV F-03」ではゴールド、ホワイト、ブラックの3色展開で、一方の「arrows M03」はホワイトとブラック以外にMVNO事業者ごとのオリジナルカラーがあります。「arrows M03」は背面に富士通のロゴエンブレムがついていて、ドコモの方はarrowsというブランドロゴが描かれています。
ホワイトは、ドコモの方は液晶外側のフロントパネルも白にしていて、背面はソファーの素材のようなファブリック柄がテクスチャーとして入っています。MVNO向けは、ホワイトも含め、フロントパネルは全種類黒としました。背面については真っ白のソリッド。全体的なクオリティというところでは差はないようにしていますし、材質も変えていません。
吉澤氏
側面の処理については、どちらもアルミを使っているのは同じです。ただし、ドコモ向けはハードアルマイト、MVNO向けの方は通常のアルマイト処理ですので、ドコモの方が強度の高いものになります。最近はスマートフォンの買い替えサイクルが長くなっていることもあり、日常使用の中で傷つきにくく、長くきれいなまま使っていただけるように、ハードアルマイトを使いましょうということになりました。このあたりはコスト的な理由により変えているということです。
影長氏
MVNO向けの「arrows M03」は、コストと中身のパフォーマンスのバランスを重視しています。コストレベルがキャリア向けとMVNO向けでは大きく異なるので、品質を落とさず、それでいてなるべくコストダウンできるものということで仕様を変えています。
――前モデルの「arrows M02」ではドコモだけでなくauのネットワークに対応していることでも話題になりました。今回の「arrows M03」も同じように対応しているのでしょうか。
影長氏
はい、「arrows M03」はau様が対応しているバンドのアンテナも付いています。どのネットワークを使っているお客様でも利用できるように、というポリシーです。
ドコモ網のお客様はドコモ網、au網のお客様はずっとau網のMVNO事業者を継続して使うものと思っていたのですが、ユーザーからの反響は想像以上に大きいものでした。昨今は(安価な料金)プランの競争があって、MVNO事業者間を移動(契約変更)することも十分に考えられる時代になってきました。端末が対応するネットワークに制約が少ないのは、お客様にとって良いことだと思っています。
インカメラの画角が広がり、「Super ATOK ULTIAS」の文字入力もさらに便利に
――電池は3日間もつとしていますが、長持ちさせるための新たな工夫が?
石川氏
「arrows Fit F-01H」から比べても1割以上大きい2580mAh容量の電池を採用しているのと、電流を低減可能なディスプレイを採用していることなどにより電池もちを高めています。Android 6.0のDozeモードも多少電池もちに影響しているところがあります。
――arrows SVが採用するAndroid 6.0は、USB Type-Cにも対応しています。今回USB端子は従来通りのMicro USBですが、Type-Cにするという案はなかったのでしょうか。
吉澤氏
選択肢としてはあったのですが、ミドルレンジのユーザー層がどう捉えるかというのと、おそらく多くのユーザーの手元にある充電ケーブルはまだType-Cではないので、普及度の面からもまだかなと考えました。
石川氏
部品としても防水・防じん対応のType-C端子はまだ存在しないという理由もあります。今回はキャップレスのMILスペック対応が優先とのことでしたので、従来のMicro USBとしました。
――カメラについては、特にインカメラの画角が広がっていますね。個人的にもここはかなりうれしいと感じた部分でした。
吉澤氏
カメラはユーザーが日常的によく使う機能ですので、明るく撮れて、思い出をきれいに残せるという点にはこだわりたいと思っています。搭載するセンサーについても、ミドルレンジであっても妥協したくないなと。インカメラで自撮りしたいとか、後ろの背景も含めて撮りたいというニーズがあったので、そこはしっかり広角のものを使いたいと考えました。
――その他、UIやソフトウェア面で進化している部分はあるでしょうか。
吉澤氏
文字入力ですね。今までの「Super ATOK ULTIAS」の予測変換機能では、数字、顔文字、絵文字はきっちり対応できていなくて、具体的には「パート2」と入力する時、“パート”とカタカナ変換した後に記号入力モードに切り替え、数字の“2”を入力する、という手順でした。しかも一度そのように入力をしても学習されず、同じ文字を頻繁に入力する場合はまた次も同じように手間をかけて繰り返し入力する必要があったんです。
SNSなどの流行で文字によるコミュニケーションが増えているなかで、こうした手間は減らしたかった。今回のarrows SVからは、一度「パート2」と入力したらきちんと学習して、次に「パート」を入力した時は「パート2」も予測変換候補に表示されるようになりました。あとは顔文字も一度入力した後はその顔文字が出やすくなっています。
arrowsシリーズの今後のデザインはどうなる?
――arrows SVと同じタイミングで発表したタブレット「arrows Tab F-04H」ともデザインコンセプトを合わせたと伺っています。今後秋冬以降のモデルにもこのデザインコンセプトは継承されていくのでしょうか。
吉橋氏
他のメーカーでは、デザインを継承していく戦略を立てているところもあるかと思います。当然そういう道もあるでしょうが、スマートフォンの使われ方は日に日に変わっていくものです。時代やユーザーが使うサービスに合わせて形をどうマッチングさせるかを優先して考えたいと思っています。踏襲案的なデザインにするのか、もう少し違ったアプローチやデザインにするのか、幅をもたせながら検討していきます。
――側面を丸くして、ディスプレイ面をフラットにするのがトレンドの1つとなっているようですが、ディスプレイ側から地面に落とすと一発で画面が割れる、というケースも多く、格好いいけど弱いなと感じるところがあります。arrows SVでは画面周囲のフレームをわずかに立たせてディスプレイ面を守る構造にしていますが、フラットにしたいということは?
渡辺氏
デザイナーとして正直に言えばフラットがいいんですけど(笑)、お客様にとって結局どっちがいいかなと思うと、落とした時に割れない方がいいだろうと。お客様が修理しなくて済むのであれば、画面保護用のフレームエッジは必要なのかなと思います。技術の進歩で割れないガラスや樹脂みたいなものが出てくれば自由度が高まるので、それに期待したいですね。
――その他、デザインする上でこだわった部分や苦労したことはありますか。
吉澤氏
色についてはすごく悩みました。ドコモ向けの「ゴールド」は、白黒の無彩色がある中で、店頭でも日常でも目立ちます。高級感や存在感があるし、男性にも女性にも選ばれやすいだろうということで、ゴールドのなかでも微妙な色違いを多数検討しながら決めました。
――先ほども話されていたように、MVNO向けには独自カラーも出されています。
影長氏
標準色としてピンクを加えました。明らかに女性向けと分かるカラーのスマートフォンはMVNOではそう多くなくて、MVNO事業者様と話をしていくなかで、より積極的に女性に向けてアピールしよう、と考えたのがこの色です。色が1色増えるとコストがかかる上に、どの色をどのくらい出荷するべきか、という読みも難しくなってきますが、このピンクはより幅広い層や女性にアピールする時の標準色になると考えています。
渡辺氏
ボディカラーは通常はドコモ向けとMVNO向けで3~4色程度なんですけど、今回は全部含めるとけっこうな数になりました。色を決めるもう1人の担当者と共に色を決めるのはもちろん、金属部分と樹脂の塗装の部分で色を合わせるところもかなり苦労しましたね。
次はフラッグシップモデルのarrows NX? 「ヌガー」へのバージョンアップは?
――2016年の夏モデルから、フラッグシップモデルについては1メーカー当たり年間1モデル(シリーズ)のみ、というようなドコモの戦略変更がありました。おそらく次はハイエンドモデルのarrows NXになるかと思いますが、開発は進んでいますか。
吉澤氏
今回は「ミドルレンジのモデルしか出ていない」と市場には見えていると思うので、今後ハイエンドモデルはやめるのではないかという話もされていますが、決してそういうわけではありません。もちろんハイエンドモデルも継続して検討していくべきものと考えています。
――ここ最近はMILスペックに対応しているわけですが、スマートフォンの頑丈さには今後も配慮していくことになりますか。
吉澤氏
事実として買い替えサイクルが伸びていて、ユーザーが1つの端末を持つ期間が長くなってきているのが明らかですので、堅牢性や傷つきにくさは特に重視して対応していく必要があると考えています。もちろん日常使用時に落下させてしまうことも考えられるので、そういうことにも対応できるようにやっていきます。
――長期間使うと想定すると、ユーザーはOSのバージョンアップにも期待すると思いますが。
吉澤氏
OSバージョンアップについては、可能な範囲で対応する方向で考えています。ただ、バージョンアップに関しては期待している人と、そのままでいいという人と、2極化していると思っています。バージョンアップする際には、ユーザビリティが劇的に変わってしまうと困るような部分には配慮しながら対応したいですね。
影長氏
MVNO向けの「arrows M03」に関しては、ユーザー層の裾野が広いんです。フィーチャーフォンから変えるほどではないけれど使ってみたいと思っているお客様ですとか、格安SIM・格安スマホなら買ってもいいかな、というお客様も含まれています。そういうお客様は、使い勝手が大きく変わるとびっくりしてしまうことが多いんですね。
OSのバージョンアップに対応するにはそれなりの開発費がかかり、当然ながら製品の値段にも跳ね返ってきます。それを考えると、SIMフリーの「arrows M03」に関しては、OSバージョンアップすべきかどうか慎重に検討していく必要があると思っています。
――本日はありがとうございました。