インタビュー

5Gに向けた取り組みを語るドコモCTO尾上氏

4Gでは「4×4 MIMO」導入で500Mbpsを実現

 グローバルなキャリアの業界団体であるGSMAが主催する「Mobile World Congress」(MWC)では、ネットワークの進化は重要なテーマの1つ。「Mobile World Congress Shanghai」(MWC上海)では、次世代の高速通信規格「5G」に向けた取り組みが、さまざまなキャリアから紹介されている。

 そのMWC上海会場で、ドコモのCTOで、取締役常務執行役員の尾上誠蔵氏に、標準化の最新動向や同社の取り組みを聞いた。

ドコモのCTO、尾上氏

――MWCでは、キーノートなどの裏でGSMAのメンバーがミーティングをしていると聞きます。今回は、どのような話があったのでしょうか。

尾上氏
 GSMではCSO(chief strategy officer)グループでボードに入っていますが、今、大きな取り組みとしては、「ビジョン2025」の準備の段階に入っています。(5Gに向けた)「ビジョン2020」は3年ぐらい前に発表し、うまく行っているものとそうでないものがありますが、その次の段階ですね。まだ「こうします」と対外的に発表できるようなものはありませんが、モバイルオペレーター(キャリア)として、どういう姿になっていくのがいいのか。業界全体のためには、どうすればいいのかということを議論しています。

――2025年ということは、「5.5G」のような話が出ているのでしょうか。

尾上氏
 そういった技術的な話というより、ビジネス的な話ですね。日本だと、レベニュー(収入)ソースとして音声とデータがあり、それが落ちてきている。落ちるところまで落ちて反転攻勢に出ているところもありますが、世界全体で見ると、レベニューはやっと天井を打ったところで、これからどうするのかとなっています。そういった場で、ドコモが先行的にやっているスマートライフ領域まで含め、ビジネスの構造的な話をしています。

――その前段である2020年には5Gが商用化されます。この進捗状況を改めて教えてください。

尾上氏
 現時点で発表しているのは、こういう実験をしたというようなもので、その成果は着実に出ています。2020年に向け、技術仕様がちゃんと固まるのかというのが、皆さんが持たれている疑いですが、そのためにどうすればいいのかということで、3GPPに働きかけたり、影響力を持ったプレイヤーと話をしています。3GPPの「リリース15」が2018年に出れば、2020年にはしっかりとしたものができると思います。3GPPも実際に動いていますし、むしろ、もっと早くできないのかと今議論しているところです。

5Gの導入に向け、ノキアやエリクソン、ファーウェイなどのベンダーと、実証実験を行っている

 その背景の1つには、先ほど申し上げた、本当に2020年にできるのかと疑いを持つ人がいる一方で、逆に2017年、2018年に始めるという人も出てきているからです。例えば、韓国では平昌(ピョンチャン)の冬季オリンピックで、コマーシャルというより、プレコマーシャルのような形でやると宣伝されています。そういうことに対して、「フラグメンテーション(断片化)」が起きて問題だと言う人もいます。

一部の国では、5Gが標準化前に導入される可能性も出てきた

 ただ、(先行的にやる場合は)最終的には標準化に準拠したものへ移行できるシナリオを持ってやるべきですし、そうは言っても、できるだけ早くスペックのコアの部分ができていれば、多少標準から外れていても後々合わせやすくなります。それもあって、基本部分は早く決めようという提案も出ています。

――LTEも段階的に進化していますが、どの段階で正式な5Gと名乗れるのでしょうか。

尾上氏
 難しいところですが、真実を言うと、誰も定義はできません。これも(尾上氏が普段から提唱している)神話の1つですが、ITU(国際電気通信連合)が決めると思っている人が意外と多い。ただ、技術的な観点で言うと、3GPPのリリース15が5Gという前提で作業をしています。3GPPもできるだけ5Gという言葉は使わないようにしていますが、多くの人がそう思っているということですね。

尾上氏は「5Gの神話」として、ありがちな誤解に反論している

――リリース15で5Gになるということですが、何か大きな技術の変化があるのでしょうか。

尾上氏
 Massive MIMOや、変調方式をちょっと変えた方がいいのではという議論はあります。それはそれでありますが、一番違いが大きいのは、やはり基本的なフレーム構成が変わることですね。無線の基本的なパラメーターや、サブキャリアの間隔などを、新たな数値の体系として作られます。それをリリース15でやり、将来の拡張を見込めるようにします。リリース15と、その次の「リリース16」の違いは、新しい機能が加わる程度で、基本的な構造はリリース15ではっきりします。

 たとえば、フレームが2msでと出たら、遅延も2ms以下にはなりません。それが技術かと言えばそうではありませんが、そういった数値の体系があり、そこに向けて技術を積み上げ、速度が出たり、遅延が小さかったりという結果が出るということになります。

――ちなみに、5Gでは高い周波数帯がマストだというのは「神話」だとおっしゃっていました。その真意を教えてください。

尾上氏
 よく、「ミリ波=5G」だと思っている人がいて、それはそうではないということです。そうは言っても、性能を出すには広い帯域が必要です。そこも使いますが、単独で使ってもシステムとしての運用がうまくいきませんし、色々な組み合わせでやっていきます。ミリ波なら5Gというような(単純な)話ではないということです。

 また、5Gは必ずしもブロードバンド向けだけのものでもありません。IoT向けもあり、高い周波数から低い周波数まで含めて、どう使うのか。ここも組み合わせが基本にあり、そういった議論をちゃんとしなければいけないと思います。

――その5Gに向けた進化の中で、今年度は今の4Gを500Mbpsに高速化します。これは帯域をさらに増やし、キャリアアグリゲーションしていくということでしょうか。

尾上氏
 いえ。キャリアアグリゲーションを増やすのではなく、ついに「4×4 MIMO」が入ります。いろいろなやり方があり、どういうロードマップがいいのかは検討しているところです。

今年度中にはLTE Advancedを500Mbpsに高速化。これは4×4 MIMOで実現するという

――4×4 MIMOだと、電波の反射しない開けた場所などでは、効果が限定的になりそうですね。

尾上氏
 確かにキャリアアグリゲーションはリソースを使うので、確実に2倍いきますが、伝搬路に頼るMIMOは使い方が違います。キャリアアグリゲーションで直接的に上げるのと比べると、限定的になるでしょう。ただ、意外と効果もあります。MIMOは実装に負荷がかかりますが、それができるような時代になってきたとういことです。

――500Mbps以降も、速度は上がっていくと思いますが、そうなると5Gへの移行も「変わった」というより、シームレスになりそうですね。

尾上氏
 500Mbpsまで高速化すると書かれたスライドの横に、ボンヤリ、1Gbpsと書かれていたと思いますが、2020年の前には、そこまで行けると思っています。LTE-Advancedの延長線でどこまで行くのかはまだ分かりませんが、自然な流れの中で、もう少し4Gの進化も続きます。

――たとえば、変調方式を64QAMにする。

尾上氏
 それもありますね。

 また、5Gでドーンと速度が上がることを期待する人もいますが、展開のペースもありますし、一夜で急に変わることはありません。長期的に見て、5Gを入れると、その先にさらなる進化があるという見方をしていただければと思います。そうでないと、技術的に成り立ちませんからね。

 過去を振り返ってみてもそうですが、LTEは37.5Mbpsから始まっていますし、3Gも384kbpsからです。そこに新しい世代の技術を入れ、その後の進化があります。

――なるほど。2020年の5Gは、あくまで進化のスタート地点ということですね。ちなみに、先ほどIoTのお話がありましたが、こちらに関して、ドコモの考えを教えてください。

尾上氏
 もちろんしっかりやっていかなければいけないし、ビジネス的にも要求されると思います。ただ、4Gでも何個も規格があり、今は「カテゴリー0」や「カテゴリー1」のほかにも、「カテゴリーM」「NB-IoT」まであります。どういうシナリオで、どうすればいいのかは、今、検討しているところです。

 事情が複雑で、いろいろな人と話をするのですが、NB-IoTがいいという人もいれば、カテゴリーMがいいという人もいる。今持っているインフラから進化させる前提なので、その違いもあります。どの周波数を使えばいいかまで含めると、とにかく標準がたくさんありすぎて……(苦笑)。あとは市場が決めていくのだと思いますが、5GのIoTを含め、何がいいのかはこれから検討します。

――今の乱立状況だと、デバイス側も大変そうですね。

尾上氏
 むしろそこが深刻です。ブロードバンド向けだと、今のスマートフォンのように十数Bandを実装できますが、安く作ろうと思ったら、何Bandも入れるわけにはいきません。今は、ある意味“力業”で解決している状況ですからね。

――本日は、どうもありがとうございました。