インタビュー

ドコモ吉澤新社長、「ローエンドスマホも投入する」

スポーツ×ICT、VR、タスクフォース――ドコモの戦略を聞く

 NTTドコモの新たな代表取締役社長に、吉澤和弘氏が就任した。群馬県出身で61歳になったばかりの吉澤氏は、加藤薫前社長とともにショルダーホンの開発を担当し、NTTドコモの創業期からモバイルに関わってきた。

 インタビュー終盤、吉澤氏は、今後ドコモとしてローエンドのスマートフォンを投入する考えを明らかにした。

NTTドコモ新社長の吉澤氏

学生時代にサッカー

――本日はよろしくお願いします。5月の会見(社長交代発表時)では、加藤前社長が吉澤さんのことを「スポーツマン」と表現していましたね。

吉澤氏
 学生時代にサッカーをやっていたんですよ。小学校5年生~大学生くらい……社会人になってからも、福岡で電電公社のチームで3年ほどやっていました。

――それは趣味以上のレベルですね。

吉澤氏
 今はさすがにできませんが、観戦するのは好きです。NTTドコモが(Jリーグの)大宮アルディージャのスポンサーですから、そのホームゲームも半分ほど観戦しに行っています。

――趣味に関連してアプリなども利用されるのですか?

吉澤氏
 サッカー観戦に関してはそうでもないですね。ジョギングもするんですが、それは(活動量計の)ムーブバンドなどを使っています。今はしていませんけどね(笑)。

新分野と通信の2本柱に

――先日の就任会見では、「更なる価値をお客さま、世の中へ」というコンセプトを掲げられました。今までも、ドコモは付加価値の提供を実践してきたと思いますが、これまでとの違いは?

吉澤氏
 大きな違いを述べたというよりも、今までの路線を踏襲しつつ、これから注力する分野をご紹介したつもりです。

 これまでのような、キャリアとしての顧客獲得競争というステージは終わって、次のステージであるサービスレイヤーでの競争というステージに変わってきた、というのは、(前任の)加藤もそうでしたし、私もそういう認識です。もちろん通信事業をおろそかにするわけではありません。それはしっかり強化しつつ、そういった物に乗るサービス、プラットフォームを作る段階に来たと。

――通信とサービスを2本の柱にしていくとのことでした。

吉澤氏
 収益か取扱高になるかわかりませんが、この3年くらいで同じ規模にしていきたいと考えています。サービスのほうは、取扱高で見る形になると思います。金額感としては通信と比べて1兆円ほど離れているので、その向上を目指します。

――具体的なサービス面で言うと、2015年10月から、さまざまな体験コースを楽しめる「すきじかん」、今夏には電力見える化などのサービスを含む「dリビング」が新たに提供されます。

吉澤氏
 「すきじかん」はまだ急激に伸びているわけではありません。宣伝もさほどしていませんから、PRをもう少ししないといけませんね。ヘルスケア系のサービスはパックにしたのですが、これは好調です。

 リアルでのサービスという面で見れば、ただ「どうですか?」と提案するだけではなく、場合によっては、ユーザーの他のサービスの取引状況などを分析した上でリコメンドしていかないと、うまくフィットしないかなと思います。

スポーツ分野に期待

――では、これから着手する分野としては、どういったところになりますか?

吉澤氏
 ひとつはスポーツですね。dマーケットなどでも取り扱っていませんし。NTTドコモとして大宮アルディージャのスポンサーもありますし、ラグビーチームもあります。また来年2月に開催される冬の札幌アジア大会のゴールドスポンサーになりましたので、応援するだけではなく、選手を支援する取り組みもスタートしました(※関連記事)。「5Flags」(ファイブフラッグス)というもので、言うなればスポーツ選手へのクラウドファンディングのような仕組みです。ウィンタースポーツの選手は資金面で苦労されている場合もあるとのことで、グッズ購入などで支援できます。観戦だけではなく、選手育成などにも注力しつつ、スポーツという世界を拡げて、オリンピックを見据えていきたいなと。

――一昔前ですと企業としてスポンサーになるだけでしたが、5Flagsはユーザーと選手の距離を縮めるような取り組みですね。

吉澤氏
 はい、まさにその通りです。コンテンツとしては、NTTグループとして大宮アルディージャの本拠地のスタジアムで実験を行って、スタジアム向けソリューションを作ろうとしています(※関連記事)。スタジアムにカメラやWi-Fiスポットを設置して、たとえば観客の手元にあるスマートフォンやタブレットから、さまざまな角度からの映像を楽しめるようにします。観覧席の一部では食事をオーダーしてデリバリーできるようにする仕組みもあります。スタジアムへ向かう道のりにある商店街には多くの観客が訪れますので、そういったところとお互いにタイアップして送客し、ポイントが付くですとか、スポーツを通じたさまざまな取り組みをしたい。

 NTTグループとしては都市対抗野球もあります。もっと楽しく観戦いただけるようにしたり、ビジネスと連携したりすることを考えたいです。

――選手の育成で、センシングデバイスを活用して科学的なトレーニングですとか。

吉澤氏
 今回はまだそこまでやっていませんが、今後は必要になりそうですよね。今も、ラグビーのレッドハリケーンズの選手に、心拍測定機能付きウェアの「hitoe」(※関連記事)を身に着けてもらいデータを測定する、といった取り組みを行っています。

――スタジアムのスマート化は海外でも関心が高いようです。

吉澤氏
 欧州のスタジアムや米国の野球ですとか、いろいろやっていますよね。日本でももっとできることはあると思います。

「VR」にどう取り組む?

――さまざまなジャンルへの挑戦、という視点でいくと、たとえば最近「VR」(仮想現実)関連の話が話題です。

吉澤氏
 旅行分野で取り組んでいます。旅行先の観光地を、訪れる前に臨場感ある形で下見できる……といったもので、自治体向けのサービスです。

――コンシューマーへ直接ではなく、B2Bでの取り組みですね。

吉澤氏
 最近はVRもいろんな分野で利用されています。ゲームやエンターテイメントはもちろん、不動産ですと間取りをVRで確認するですとか。そういう提案をさせていただいています。

――観光のお土産として「ご当地VR」みたいなものがいいかもしれませんね。金閣寺のような場所を訪れると、普段は入れない部屋の映像をVRコンテンツとしてダウンロードできるとか。

吉澤氏
 かつてはお土産で提灯を買うといった形でしたが、VRでですか。なるほど、それはいいですね(笑)。

禁止行為規制がなくなった世界で

――通信業界としては、5月、電気通信事業法が改正されて、NTTドコモにとっては禁止行為規制がなくなりました(禁止行為規制に関する2014年の関連記事)。

吉澤氏
 一番影響があったのは、ある事業者に対して提供する回線の価格を、他の事業者も同じ条件にしなさいというものでした。これはたとえばMVNOさんとの部分で影響がありました。それが縛られることなくなりますので、メリットは大きいですね。

 たとえば監視カメラのシステムを展開する事業者の場合、映像を送信するモバイル回線の契約が必要になることがあるでしょう。MVNOになって自らやるという場合、ビジネスモデルや事業規模によって、ドコモがそうした企業と組んで、あわせていくことができます。

 回線の提供だけではなく、たとえばドコモがコールセンターを受託できるようになります。実際にいくつか案件が出てきているところです。

――MVNO側のアイデアにあわせたメニューをドコモがカスタマイズして提供できると。

吉澤氏
 そうですね、回線だけではなく、さまざまな支援ができるようになりますね。「+d」のひとつという捉え方もできると思います。

――既にいくつか仕込みがあるとのことですが、どういったものになりますか?

吉澤氏
 ひとつは監視関係ですね。医療機器みたいなもので、自宅にある機器の情報をどうチェックするか。もっと効率的にやりたい、といったところと組ませていただくとか。何かあったときに電話がかかってきて、その機器の状況を見にいかなきゃいけない、機器が故障したといったときでも、モバイル経由で全て情報がアップロードされる。言ってみればIoTですが、MVNO事業者さんとの協調という案件が出てくると思います。

――MVNOになりたいという事業者を支援するMVNE(モバイルバーチャルネットワークイネイブラー)に、ドコモ自身がなるといった捉え方もできます。

吉澤氏
 はい、MVNOそのものをパートナーとして考えるということですね。

――「MVNO事業者さんとの協調」ですか。MVNOへの姿勢という面では、時代の変化を感じます。

吉澤氏
 昔と比べると、たしかにそうですね(笑)。

AI、ビッグデータへの取り組み

――社長就任会見では、「モバイルICTの高度化」として、AIやビッグデータといった分野への意欲を示されました。国内外で競争が激しくなっている分野でもありますが……。

吉澤氏
 まずパートナーにはどんどん出していきたいと思ってます。AIは、人間の代替になる部分としては、「口」にあたるコミュンケーションがあります。ドコモには意図解釈エンジンがあって、ロボット玩具の「OHaNaS」などで採用されています。(遠隔地の家族の)見守りといった分野でも、リビングに設置して、問いかけがあれば安心、なければ……といった分野は絶対にやりたいと思っています。

 それから「目」にあたる部分として、画像・映像の認識ですね。視界にある物を認識するというだけではなく、人にお会いしたときにその人の名前が出てきて趣味がわかってスマートグラスへ表示する。

 それから人の行動を先取りするようなAIですね。ドコモではモバイル空間統計を実用化しており、人の動きがわかります。たとえば溜池山王駅を19時に移動して、自宅の方向に動き始めれば、「帰宅するんだな」ということで、家族へメールをいち早く出すとか、あるいは赤坂方面に移動しはじめれば、これは呑みに行くのだなと(笑)。

 そうした人の動きをもとにしたソリューションとして、5月にはタクシー会社さんと実証実験をすると発表しています。タクシーの需要を予測して配車するといった仕組みです(※関連記事)。

――タクシーだけではなく鉄道などでも応用できそうですね。

吉澤氏
 鉄道会社さんもイベントがあれば、過去の経験値から今でも対応はきっとできるでしょうね。大宮アルディージャでも浦和レッズ戦ならたくさんの方が訪れるけど、福岡ならそこまでじゃないとか。でも、突然の出来事が発生した場合は、人々の動きは予期せぬものになることがあります。そうした場面で役立つのではないでしょうか。

――ユーザーとAIとの接点として、スマートフォンにも何らかの機能が搭載されていくのでしょうか。

吉澤氏
 それもあるでしょうけども、分析して判断してアクションを返すというのはクラウド側でしょう。ただ自動運転のように、クラウドに行っていたら間に合わないと言う場合は、もっと手前で判断せねばならないので、いわばエッジコンピューティングのような形で判断する、ということになるのでしょう。5Gとの組み合わせ、エッジコンピューティングとの組み合わせで実現していきたいですね。

――反射神経の部分と熟考する部分と、ですか。実際にユーザーが利用できるようになる時期はいつごろになるのでしょう。

吉澤氏
 目にあたる画像認識といった部分ですとそう時間はかからないのでしょう。でもリアルタイムでやるのはもう少しかかるかもしれませんが、2020年には自動運転という話もあります。

 パーソナルエージェントはどこが究極なのかわかりませんが、いちいち、スマートフォン見ながら操作するのは大変ですので、スマートグラスや別のデバイスを使うといったことが考えられます。

――そうしたさまざまなデバイスの販売という視点でいくと、今年になってから割引関連の施策に対して、総務省の要請があって、販売スタイルに変化が訪れています。新技術の導入と展開に懸念はありませんか?

吉澤氏
 たとえばスマートフォンの場合、CPUやメモリ、ディスプレイはまだまだ進化すると思っています。フレキシブルなディスプレイですとか。ただ、デバイスが分かれると、なかなか利用されない面はあります。たとえばスマートウォッチもなかなか普及しません。一番の課題はバッテリーで、そこが解決されてモバイル通信機能が標準的になって、ディスプレイももっと大きく見られるようなものになれば、便利なデバイスとして利用されるようになるのでしょう。そこは我々としては、いろいろ試されていますが、もっとチャレンジしないとと思います。

――スマートフォンに限って言うと、ここ最近、スペックは大きな進化感がない、同質化が進んでいると指摘されています。でも、吉澤さんはスマートフォンはまだまだ進化するし、スマートウォッチのようなものへの期待もあると。これは次の冬なのか、もっと先なのかわかりませんが、ドコモとしてもっともっと面白い物を仕掛けていくという宣言と受け止めてよろしいですか?

吉澤氏
 宣言ですか(笑)。いや、そういうものをもっと考えていきたいです。

――デバイス関連でも「+d」な発想になるのでしょうか。

吉澤氏
 そうですね……スマートフォンを中心として、そこから派生する、ペアになる面白いデバイスを出したいとは思います。たとえばディスプレイって、何か引き出すようなもの、あるいは小型でどこかに写し出すプロジェクターですとか。最近もソニーさんから面白いものが出てきていますが、モバイルを考えるともっと小さな物がいいですね。

――そうしたデバイスを手がける際には、スマートグラスではドコモショップだけではなく眼鏡屋さんで販売するですとか、売場についても工夫されていくのでしょうか?

吉澤氏
 売場についてはまだ考えていません。ですが、なかなか難しいですよね。かつて「Vertu」(※関連記事という高級ブランドの携帯電話がありました。銀座にストアを設けていましたが、何台売れたのか知りませんが、ほとんど売れなかったのではないかと思います。Vertuの回線も私どもを利用していただいたのですが、当時、英国本社の方と何度もお話しました。

――Vertuのあたりも担当されていたのですか。今のお話は専用の売場を設けたとしても、販売への影響という面では……ということですね。

次のスマホ、まだヒミツ

――年間サイクル化(※関連記事)の話もあって、ユーザーにとって選択肢がどうなるのか、気になるところです。

吉澤氏
 それは、次の商品発表会、ちょっと先ですね。

――何かヒントもダメですか?

吉澤氏
 はい(笑)。

ドコモを切り崩すイチキュッパへの対策は

――2015年暮れの総務大臣からの要請を踏まえて、ライトユーザー向けプラン、長期利用者向けの施策などが導入されました。

吉澤氏
 安倍首相の発言を契機に進みましたが、総務省での議論がなければやらなかったのか、というと、そういうわけではありません。もともと要望があって、タスクフォースの議論はトリガーになったけども、お客さまの要望に応えられたと思っています。次として、いろいろな第三弾みたいなものはあるけれども、私どもとしては、ひとつ、まずフィーチャーフォン(の契約が)まだちょっとあって、早めにLTEへ切り替えていただきたいところもある。

 ワイモバイルさんなども含めて、他社さんの料金は、MVNOさんの格安スマホに準じたような格好です。そうした動きは、MNPが一時、活発さがなくなって、今一度刺激を加えて顧客を獲得するためのキャンペーンと考えられます。安くなるのは1年間で、2年目から高くなりますよね。我々もそういった意味合いを見つつ、そうした他社さんの施策は、場合によってはドコモのユーザー、特にフィーチャーフォンをお使いで、料金面でスマホへの切り替えをためらっている方に向けたものかもしれない、と私自身は捉えています。

 逆に言えば今のフィーチャーフォンの方に対する料金を考えるですとか。LTE対応のフィーチャーフォンの投入を考えていますので、「結局スマートフォンは使いたくない、フィーチャーフォンがいいな」という方に向けて、料金を考えていかなきゃいけないと思っています。

――なるほど、料金と端末両方で取り組むのですね。

ドコモ、ローエンドスマホ、やります

――日本市場ではハイエンド、フラッグシップが主流とされていました。割引施策などが影響していたものですが、実質0円廃止やSIMロックフリースマホの増加などで、そうした志向にも変化がでてきたのではないかと思えます。次の冬春以降、ドコモとしては、ミドルクラスなどの端末にどう取り組むのでしょうか。

吉澤氏
 今はハイエンドとミドルですよね。(ミドルは)シャープさんや富士通さんに製造いただいていますが、そのあたりのラインアップを変えるつもりはあんまりありません。ただ、ちょっとローエンドを考えなきゃいけないかなと。

――それは先ほどの「LTE対応フィーチャーフォン」とは別ですか。

吉澤氏
 はい、別です。スマートフォンとしてのローエンドですね。ただ、そんなたくさんの機種というか、日本のお客さまはローエンドと銘打ってしまうと途端に敬遠されてしまう。単価として安いけれども機能としてはほとんど遜色ないものを提供いきたいですね。

 タブレットですと「dtab」としてかなり安いものを提供しています。それと同じようなイメージで、少しローエンドのものを考えたいです。

――それはドコモのブランドで?

吉澤氏
 はい、もちろんそうです。

――ワイモバイル、UQからiPhone 5sが投入されました。業界としては驚く部分もありましたが、ドコモにとって影響は?

吉澤氏
 そういうのもありなんだな、と思いました。もちろん出てくる可能性は考えていましたが、実際にそうした動きを受けて何か、ということはありません。

 auさんとて「iPhone SE」限定で料金をかなり下げて提供するキャンペーンも実施されていますね。そうした動きは把握しています。

――サービス競争へステージが変わってきている、と冒頭、仰っていましたが、販売現場ではまだまだ割引などで熾烈な競争が繰り広げられているわけですね。

吉澤氏
 最前線の営業、販売部隊としてはそうですね。でも、(総務省の)ガイドラインなどでせっかく健全化しようとしているところに、それにそぐわない売り方や値付けなどがあれば、総務省なりに話していかなければいけないと思います。そうした部分を考慮しながら、私どももしっかり対抗策を練っていきます。

――ありがとうございました。