法林岳之の「週刊モバイルCATCH UP」
パブリックコメントから見える改正電気通信事業法省令案の『是』と『非』
2019年8月27日 06:00
8月23日、総務省は改正電気通信事業法に関係する省令案に対するパブリックコメントなどを公開した。
今回の省令案については、端末購入補助の上限や契約解除料の低廉化などが盛り込まれていることもあり、一般ユーザーから高い関心を持たれているが、各携帯電話会社やMVNO各社に加え、業界関係各社からもパブリックコメントが出されるなど、業界全体への影響の大きさが懸念されている。
パブリックコメントから見える改正電気通信事業法省令案の是非について、考えてみよう。
省令案で示された端末補助2万円と契約解除料1000円
2019年3月に閣議決定され、5月に公布された改正電気通信事業法。この電気通信事業法の細かい決まりなどを補足する省令案が今年6月に示され、7月22日まで意見募集が行なわれていた。
今回の改正電気通信事業法ではモバイル市場の競争促進を図り、利用者利益の保護を図るため、3つのポイントが挙げられている。
- 通信料金と端末代金の完全分離や行き過ぎた囲い込みの是正・電気通信事業者及び販売代理店の勧誘の適正化
- 販売代理店に対する届出制度の導入
これらを実行するために必要となる規則の案が今回のパブリックコメントの対象になった省令案になる。具体的な内容については、本誌でもニュースで取り上げてきたが、もっとも注目されるのは「完全分離プランの導入」と「期間拘束の是正」の2つだ。
完全分離プランは回線契約と端末購入を完全に分離をすることで、端末購入補助などを制限するもので、すでにNTTドコモは月々サポートを5月いっぱいで廃止し、すでに分離プランを導入済みのauとソフトバンクも改正電気通信事業法が施行される10月以降は全廃し、UQモバイルやワイモバイルもこれに続く予定だ。
ただし、急激な環境の変化は市場に与える影響が大きいことから、省令案では端末の割引を最大2万円まで認め、2万円以下の機種についても「0円以下にならない限りは可」としている。
また、いわゆる型落ち端末などを割安に販売することについては、製造が中止されていないモデルで、最後の調達から24カ月が経過したもの、あるいは製造が終了し、最後の調達から12カ月が経過したものは、半額までの割引が認められる。製造が終了し、最後の調達から24カ月が経過したものは、さらに8割引まで認められる。
期間拘束の是正は、1年や2年といった年単位の契約を結ぶことで、月額料金を割り引いてきた割引サービスについて、契約期間中に年次契約を解約する場合の契約解除料を現在の9500円から1000円に抑え、期間拘束の有無による料金プランの差額を「1カ月あたり170円」にするという内容だった。
アップルやクアルコム、在日米国商工会議所が反発
7月22日まで募集されていたパブリックコメントが8月23日公開されたが、今回のパブリックコメントで目を引いたのは、直接的な関係がある各携帯電話会社だけでなく、アップル、クアルコム、在日米国商工会議所が意見を述べている点だ。
なかでも強烈に反発しているのがアップルで、省令案については「競争の抑制につながる」として、反対の立場を示し、在庫端末の扱いについては「在庫端末の特例に関する現行案は、修正すべき。」といった意見を述べている。
アップルがこうした立場を取り、意見を述べる背景には、アップルがこれまで国内市場で伸びてきた要因が関係している。iPhoneやiPadはモデルチェンジごとに機能の強化が図られてきた一方、ある時期から価格帯が少しずつ高くなり、昨年のiPhone XS Maxではいよいよ20万円に迫るモデルをラインアップに加え、業界を驚かせた。こうした高い価格設定ながら、国内でiPhoneが高いシェアを獲得できた背景には、各携帯電話会社が月々サポートなどの販売奨励金を使い、ユーザーが購入しやすくしてきたことが関係している。
また、型落ちモデルなどの在庫端末については、多くのAndroidスマートフォンが1年単位でモデルチェンジをしているのに対し、iPhoneはモデルチェンジ後も従来モデルを継続して製造・販売(納入)し、さらに前の機種をサブブランドで安価に販売している。もう少し具体的に言えば、現在の最新機種はiPhone XS/XS Max/XRだが、2年前にiPhone Xと共に発売されたiPhone 8は現在も生産が継続され、各携帯電話会社からも現行機種として割安な価格で販売されている。しかし、省令案で示されている「製造が中止されていないモデルで、最後の調達から24カ月が経過したもの」には合致しないため、今後は割引販売ができなくなってしまうわけだ。
アップルがこうした施策を設けているのは「Appleでは前の世代の製品でさまざまな価格帯を設けることにより、お客様に最適なiPhoneを選べる自由を提供しているのです」としており、省令案がそのまま施行されると、「AppleとAppleのお客様、さらには私たちのサプライヤーやデベロッパーに対しても差別的な影響を与えかねません。」と強く反発している。
こうした意見に対し、総務省は「なお、通信契約とセットではなく端末単体で販売する場合の端末代金の値引きや、メーカによる端末の販売価格自体の引下げについては、いずれも制限はないものと承知しています。」と答えている。つまり、各携帯電話会社で回線契約とセットで販売する端末は制限するが、メーカー自らが販売する端末を下げることは制限しないとしている。
アップルの主張について、筆者は一定の理があると見ているが、その一方で、最近の高価格路線を考えると、やはり、各携帯電話会社の端末購入補助(販売奨励金)に頼った価格設定が先行している印象も残る。ライバルメーカーの中にはiPhoneの最新モデルと十分に戦える内容を持ちながら、日本円換算で10万円前後の価格を実現している製品も数多く投入されており、アップルの描いてきた端末のビジネスモデルと製品の路線に限界が見えてきたという指摘も聞こえてくるくらいだ。
それでも違和感が残る省令案
今回の省令案については、本誌記事でも何度か取り上げられ、本連載でも『違約金「1000円」案に見る総務省の議論の危うさ』で、その決定プロセスなどの問題点を指摘した。その他にも多くのモバイル業界に携わる記者やライター諸氏が多くの記事を各誌に寄稿していたが、その多くも同じように、省令案を決めるプロセスやその内容などについて、厳しい意見が述べられていた。パブリックコメントにも多くの個人が意見を述べ、同様の否定的な意見がある一方、省令案に賛成する意見も掲載されていた。
筆者は現時点でも省令案で示された「契約解除料1000円」「端末購入補助の上限2万円」という案について、違和感を持っている。なかでも1000円という値を導き出したアンケートという手法とその分析方法については、まともな政策決定プロセスとして認めがたいと考えている。アンケート総数の約6割が携帯電話会社の乗り換えを考えておらず、その残りの4割に対して、「どの金額なら乗り換えるか?」というアンケートに基づいて、1000円という金額を導き出しているのだから、半数以上の人の意見が反映されていないことになる。
端末購入補助については、完全分離プランに否定的なアップルの言い分も理解できるものの、すでにauやソフトバンクは分離プランを導入し、NTTドコモも5月いっぱいで月々サポートを適用した販売を終了しており、市場は分離プランに動き出している。
今回の省令案では、各携帯電話会社だけでなく、端末を販売する代理店が登録制となるため、かつてのような乱売が抑えられる効果も期待されるため、2年間の時限措置という形での上限2万円という設定は、金額を再検討する余地があるものの、市場的にも「しかたがない」という見方もできる。
ただ、在庫端末の割引については、現在の省令案が現在の市場環境に合致していない部分もある。省令案ではいずれも「製造が中止されていないモデルで~」や「最後の調達から24カ月が経過~」「製造が終了し~」というように、製品の製造終了や調達終了を起点に、割引の範囲を決めている。
しかし、完全分離プランでは必然的に商品サイクルは長くなる傾向にあり、iPhoneに限らず、スマートフォンそのものがある程度、成熟してきたことを鑑みると、製品としての息の長いロングライフのモデルが増えてくることが予想される。スマートフォンや携帯電話などに限った話ではないが、一般的にこうした息の長いモデルは長くなればなるほど、製造コストが安くなり、各携帯電話会社への納入価格が抑えられ、割引や値下げをしやすくなる余地がある。
これらのことを考えれば、製造終了や調達終了を起点に割引を決めるのではなく、発売日などを起点にして、「発売から何十カ月後は○割引きが可能」とした方が実状に合い、消費者にもわかりやすいのではないだろうか。ただ、OSやプラットフォームのサポート期間を考慮すると、あまり古い端末を長く使うことはセキュリティ的にも問題があるので、その点も鑑みたうえで、必要以上にロングライフにならず、適切なタイミングで循環するような割引施策のルールを検討するべきだろう。
パブリックコメント募集は意味があるのか?
今回、公開されたパブリックコメントにはさまざまな意見が寄せられており、省令案に対する肯定的な意見も否定的な意見も網羅されていた。ただし、なかには以前から指摘している各携帯電話会社の説明不足に起因する誤解に基づいた意見、各社に対する不信感を反映した意見なども見られたが、それ以上に気になったのは、パブリックコメントに対する総務省の反応だ。
パブリックコメントは本来、政策などに対し、国民から意見を募り、その意見を政策に反映するためのものだ。
しかし、今回公開されたパブリックコメントを読んでみると、寄せられた意見に対し、総務省が一定の説明をしているものの、基本的には自分たち(総務省)が進めてきた政策が正しいものであるという前提の説明に終始しており、「参考にします」と答えているのは今回の件に直接、関係ない意見などが述べられているケースに限られている。
つまり、寄せられたパブリックコメントには参考になるものがなく、総務省が考える意見のまま、押し通すようにしか読めないのだ。今回のケースに限った話ではないが、どうもこのパブリックコメントという仕組みそのものが形骸化しているように見えてしまうのだ。
モバイル業界の競争政策については、これまでもMNP開始(2006年)、イー・モバイルなどの新規参入(2007年)、「格安SIM・格安スマホ」を謳うMVNO各社の後押し(2013年頃)など、さまざまな取り組みが実施されてきた。思い返せば、2007年のモバイルビジネス研究会以降、十数年に渡って、各携帯電話会社や業界に対するさまざまな制限がかけられてきたが、はたして消費者の目から見て、モバイル業界では競争が働き、いい方向に進んできたと捉えているだろうか。目先で言えば、料金の低廉化が挙げられるが、SIMロック解除の義務化などの一定の成果はあったものの、実際には総務省が業界に口出しをする度に、契約や料金が複雑化し、販売の現場もユーザーも疲弊しているように見える。
今回の改正電気通信事業法とそれに伴う省令案が示された背景には、主要3社の寡占状態が料金の高止まりを招いているという指摘があるが、2007年のモバイルビジネス研究会から十数年、研究会をくり返した結果が「高止まり」なのであれば、この取り組みは構成員なども含め、一度、リセットすることを考えるべきではないだろうか。
楽天の参入によって、「料金の低廉化が期待できる」「競争環境が整う」という意見もあったが、10月にサービスインを控える楽天モバイル(MNO)の体制(ネットワーク)は、本当に主要3社と戦えるレベルに達しているだろうか。これはまた別の機会に触れたいが、東名阪で1.7GHz帯しか使えないモバイルネットワークが主要3社の巨大なモバイルネットワークと戦えるはずもなく、筆者が見る限り、どんなに料金が割安であったとしても現状の主要3社やそれらのネットワークを利用するMVNO各社から乗り換えるメリットはなさそうだ。
また、今回のパブリックコメントでは、「総務省では、改正法の施行後の状況について毎年度評価・検証を行い、その結果を踏まえて本省令案の内容などの見直しの必要性について検討することとしており、総務省において、これらの評価・検証が適切に実施されることが望ましいものと考えます。」という回答が何度も書かれているが、評価・検証は誰が行なうのだろうか? もし、これまでと同じように、総務省が選んだ有識者などによる研究会で評価するのであれば、それ以前に、一度、総務省の担当部門や有識者が出席する形で、メディアを対象にした説明会を開き、きちんと質疑応答に答えるような取り組みを検討するべきではないだろうか。
また、これまでの研究会はいずれも「傍聴」という形での参加が認められているものの、録音も録画も許されておらず、国民は基本的に本誌などのニュース記事を読むか、後日、公開される議事録などに目を通すことでしか内容を確認できない。携帯電話サービスという、国民にとって、もっとも身近なサービスを扱っていることを考えれば、研究会の会合をインターネットでライブ配信をして、広く国民に知ってもらったり、議論に参加してもらうくらいの取り組みをすべきないのだろうか。
次回の「モバイル市場の競争環境に関する研究会(第16回)」は、「ICTサービス安心・安全研究会 消費者保護ルールの検証に関するWG(第14回)」と合同開催という形で、8月29日に開催される予定だ。今回のパブリックコメントを受け、どのような議論が生まれ、どのような方向性が打ち出されるのかを注目したい。