法林岳之の「週刊モバイルCATCH UP」

違約金「1000円」案に見る総務省の議論の危うさ

 6月11日、総務省で開催された「モバイル市場の競争環境に関する研究会」において、総務省から携帯電話サービスの完全分離プラン、回線契約の期間拘束などに関する省令案が示された。

 期間拘束のある契約の契約解除料を「1000円」までとするなど、その内容について、業界内で波紋が拡がっている。消費者としては安価な料金で利用できることは望ましいが、はたして総務省の議論の進め方は適切なのだろうか。

改正電気通信事業法の成立を受けて

 2018年10月に開催された「モバイル市場の競争環境に関する研究会」。2017年12月から2018年4月まで開催されていた「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会」を受け継ぐ形でスタートした研究会だが、その発端となったのは、2018年8月の菅官房長官の「携帯電話の料金は不透明で、他国に比べ、高すぎる。4割程度は下げられる余地がある」という発言にある。

昨年8月、菅義偉官房長官が携帯電話料金について発言

 あれから約10カ月、本誌では「モバイル市場の競争環境に関する研究会」の議論の内容をお伝えする一方で、菅官房長官の「4割下げられる余地がある」という発言の根拠となるデータが不正確であること、研究会で議論されている内容が業界全体の実態を十分に考慮していないことなども指摘してきた。

 約半年間、「モバイル市場の競争環境に関する研究会」で議論されてきた内容を踏まえ、今年3月5日には電気通信事業法の改正案が閣議決定され、5月17日には国会で成立、11月16日から施行される予定となった。本誌では改正電気通信事業法の内容について、昨年秋まで総務大臣政務次官を務めた小林史明議員(自民党)による説明なども記事として取り上げてきた。

 今年11月の改正電気通信事業法の施行へ向けて、NTTドコモは4月に新料金プラン「ギガホ」「ギガライト」を発表し、5月に行なわれた新製品・新サービス発表会では新しい販売施策などについても合わせて発表した。auも5月の新製品発表会において、すでに提供中の「auピタットプラン」「auフラットプラン」を改定した「新auピタットプラン」「auフラットプラン7プラス」「auデータMAXプラン」を発表した。両社とも11月に施行されるタイミングで、何か不都合があれば、見直しをするとしたものの、消費者への浸透を図る時間も考慮し、販売方法も含め、改正電気通信事業法の施行よりもひと足早く対応した形だった。

突如、出てきた「違約金1000円」案

 改正電気通信事業法の施行へ向けて、各携帯電話会社も体制を整えてきたモバイル業界だったが、6月11日、総務省で開催された「モバイル市場の競争環境に関する研究会」において、総務省から携帯電話サービスの完全分離プラン、回線契約の期間拘束などに関する省令案が示された。省令案は施行される電気通信事業法の細かな補足を決めるものだが、ここに来て、思わぬ案が飛び出してきた。それが期間拘束のある契約についての契約解除料、いわゆる「違約金」を1000円までとする案だ。

 この案では期間拘束のある契約は、長くても2年以内とし、中途解約時の違約金の上限額を1000円までと提案している。同時に、期間拘束があるプランとないプランを比較したとき、その月額利用料の差は1カ月あたり170円が相当であるとしている。ちなみに、現在の各社の料金プランでは、期間拘束がある契約を中途で解約する場合、契約解除料として、9500円が請求される。期間拘束の有無による月額利用料の差額は、NTTドコモのギガライトやauの新auピタットプランの場合、1500円となっている。

 この1000円という違約金の根拠について、総務省の料金サービス課は、総務省が実施したアンケートの結果、「違約金が1000円であれば、携帯電話会社を乗り換える」という回答が8割を占めたことから、違約金の上限として、提案したという。アンケートの内容については、追って公開されるそうだ。総務省としては適切な提案だと考えていたようだが、11日の会合では研究会に参加する委員から「アンケートの根拠は十分なのか?」という指摘を受けるなど、異論が相次いだという。ただし、同時に一部には「0円でもいいのではないか」という意見もあったそうだ。

 また、期間拘束の有無による月額利用料の差額が「170円が相当である」とした根拠については、現在の料金プランの契約解除料、期間拘束の有無による月額利用料の差額から算出したという。その数式は、現在の料金プランでは9500円の契約解除料に対し、月額利用料の差額が1500円であるため、「9500円÷1500円=6.3」という数式により、約6カ月で元が取れると計算した。これを今回の違約金の案である1000円を当てはめると、「1000円÷6カ月=166.6」という数式になり、結果を四捨五入して、170円という結果を導き出したのだという。

違約金1000円で成り立つのか?

 さて、読者のみなさんは、この「違約金1000円」という案、その算出するプロセスについて、どう受け取っただろうか。

 もしかすると、一人の消費者としての立場だけを考えれば、携帯電話料金はとにかく安ければいいと考え、「1000円でいいじゃないか」という見方をするかもしれないが、自分自身のビジネスに置き換えて考えてみると、必ずしも「Yes」とは言えないのではないだろうか。

 今回の総務省の省令案には、その内容や手順など、さまざまな問題がある。

 まず、期間拘束のある契約の「9500円」という契約解除料は、現在の料金プランによって、設計されている。これをいきなり1/10近くまで下げることになれば、当然のことながら、各携帯電話会社は料金プランの設計を見直さざるを得なくなるはずだ。

 9500円という金額が妥当かどうかは、別途、議論をする余地があるが、少なくとも「モバイル市場の競争環境に関する研究会」で半年以上、議論をされてきた結果を踏まえ、改正電気通信事業法が国会で成立し、その法律に合わせた料金プランや販売方法を各携帯電話会社が整えた段階で、「1000円にします」ではさすがに無茶が過ぎる。

 まさに今、新しい料金プランに移行したり、検討している段階なのに、これから数カ月後や1年後に、再び新たに設計し直された料金プランが発表されれば、消費者はまた検討し直さなければならなくなってしまう。総務省は消費者への周知というプロセスをまったくわかっていない。

アンケートは未公開

 しかも今回の1000円という金額が算出された根拠は、消費者を対象にしたアンケートに基づいたものであり、提案時にはその内容も結果もまったく明らかにされないという「杜撰さ」だ。

 アンケートにどういう項目があったのかはわからないが、「契約解除料はいくらがいいか?」と聞かれれば、誰でももっとも安い項目を選ぶのは当たり前だ。もし、消費者へのアンケート結果によって、政策の具体的な内容を決めてしまうのであれば、どんなビジネスも成立しなくなってしまう。

 「ガソリン代はいくらがいいか?」というアンケートを採り、「100円以下がほとんどを占めたから、今後は1リットル100円以下を義務とする」とされて、企業は納得するだろうか? ガソリンスタンドの小売店は支持するだろうか? もっと極端なことを言えば、総務省の職員は自分たちの給料を消費者によるアンケートで決められた場合、それを納得して、受け入れるのだろうか。

 いくら総務省が各携帯電話会社の監督官庁とは言え、そして各携帯電話会社が国民の共有財産である電波を借り受けて事業を展開しているとは言え、NTTドコモもKDDIもソフトバンクも、そして、これから携帯電話事業に参入する楽天もいずれも株式を市場に公開した企業であり、株主をはじめとするステークホルダーが存在する。

 こうした関係者の存在を無視し、まるで「思い付き」のようなアンケート結果に基づいて、企業の収益やビジネスの根幹に関わるようなことを安易に提案する姿勢は、とても正しい手法とは言えない。

密室で示された方針

 さらに、今回の「違約金1000円」案が提示された6月11日の会合は、利害関係がある各携帯電話会社の出席が許されず、ほぼ密室で行なわれたことも問題視されている。

 通常、「モバイル市場の競争環境に関する研究会」などの会合は、開催日の一週間前程度に総務省のWebページに情報が掲載され、事前に申し込むと、傍聴ができる形を取っている。

 ところが、6月11日の会合は非公開で行なわれ、動きを察知した一部のメディアが報じたことで、会合後、総務省料金サービス課がメディアの取材に応じた形となっている。

 つまり、利害関係のある当事者を呼ばず、発言させないばかりか、メディアもシャットアウトする形で、「違約金1000円」の案が提案されたことになる。当事者の収益に影響があろうが、料金プランとの整合性が取れなくなろうが、そんなことはお構いなく、まるで都合の悪いことを隠すかのように、省令案を推し進めようとしたわけだ。これはもう総務省の「暴走」と言って、差し支えないだろう。だからこそ、一部の委員からは「アンケートは根拠が十分なのか?」「政策決定に適した統計ではない」といった指摘が相次いだわけだ。

 昨年の「4割下げられる余地がある」「諸外国に比べ、料金が高い」とした菅官房長官の発言の根拠がまったく不正確だったことは、本連載でも指摘したが、今回も「無責任な提案」と受け取らざるを得ず、総務省の一連の政策立案に対し、かなりの危うさを感じる。

契約解除料9500円の見直し

 今回の「違約金1000円」の案は、業界関係者や周辺から聞こえてくる情報などをまとめると、かなり唐突なものだったようだ。

 実は、期間拘束のある契約の契約解除料については、これまでの「モバイル市場の競争環境に関する研究会」において、何度か議論されてきた経緯がある。その議論を踏まえ、各携帯電話会社と総務省の担当者の間では、水面下で今後の見直しについて、調整が行なわれていたという。

 各社の採算との兼ね合いもあるが、現在の9500円を一定額、どうやら半分程度までは下げることが検討されていたようだ。最終的な判断は改正電気通信事業法が施行される11月の段階まで待つ方向性だったが、その水面下の調整を完全に無視するような形で、今回の「違約金1000円」案が一部のメディアに報じられ、会合での提案に至ったという。

 各社の担当者にしてみれば、まさに寝耳に水、青天の霹靂とも言える状況で、いったい何故、この案が飛び出してきたのかがまったくわからない状況のようだ。

株主総会の直前

 また、今回の提案のタイミングが各携帯電話会社にとって、あまり好ましくないタイミングだという指摘もある。なぜなら、主要3社は今週以降、株主総会を控えており、今回の報道を見た投資家からは、当然、今後の業績にどれくらいの影響が出るかを質問されることになる。

 計画されていた値下げなどであれば、説明ができるだろうが、今回のように、突然、業績に影響が出るような省令案が飛び出してきてしまうと、各社ともかなり説明に困ることになりそうだ。もっとも株主は各社の経営陣ではなく、総務省に対して、厳しく質問をしたいところかもしれないが……。

定期契約の妥当性は?

 ところで、一連の議論では、「違約金」と表現される契約解除料が「悪しき慣習」のように取り扱われているが、実際はどうなのだろうか。確かに、金額は再考の余地があるだろうが、契約の本質的な内容とメリットを鑑みれば、「そもそも問題視できることなのか?」という指摘もある。

 くり返しになるが、議論の的となっている契約解除料は、期間拘束のある契約を解除したときに発生する。期間拘束のある契約は、俗に「縛り」とも呼ばれるが、この「縛り」については、多くの人に話を聞いてみると、さまざまな解釈が入り交じっているように見受けられる。

携帯各社の「縛り」

 まず、もっとも基本的なのが各携帯電話会社との契約の継続する期間を決めることによる「縛り」だ。かつては1年単位、現在は2年単位の契約が主流だが、一定期間、契約の継続を約束することで、月額基本使用料が割り引かれるしくみとなっている。

 当初は月額基本使用料が半額に割り引かれていたが、現在は前述の通り、月に1500円、割安という設定になっている。もちろん、期間を拘束しない契約を選ぶこともできるため、期間拘束を取るか、割安な料金のメリットを享受するかというしくみになっているわけだ。

一般的な商慣習としての「縛り」

 こうした年単位の契約による期間拘束が好ましくないという指摘もあるが、期間を決めた契約はスポーツクラブや英会話スクールなど、さまざまな業界の一般的な会員サービスで広く普及している商慣習であり、モバイル業界が特殊というわけではない。

 仮に、年単位の契約を廃止する方向に議論が進んでいった結果、月々の基本使用料が期間拘束がない水準、つまり割高になってしまったら、消費者はそれは受け入れるだろうか。少なくとも筆者は月々の利用料金が安い方が好ましいと考えているが……。

端末購入と割引にまつわる「縛り」

 次に、「縛り」として、よく挙げられるのが月々サポートなどの月額割引だ。これは今回の改正電気通信事業法により、すでにNTTドコモは5月いっぱいで取りやめ、auとソフトバンクも順次、終了する予定となっている。この月額割引は本来、端末購入に伴って受けられる「割引」であり、「縛り」とは言えないだろう。消費者側の選択で、回線契約を解約したり、他の機種に機種変更することによって、月額割引が終了するのは当然のことだろう。

 また、現在は端末の購入代金を分割で支払うことが多いが、この分割払いを「縛り」と捉える人もいる。しかし、端末代金の分割払いは、あくまでも商品を購入した代金の分割払いであり、各携帯電話会社を解約したからといって、支払いが免除されるわけではない。ちなみに、端末代金の分割払いは、仮にその携帯電話会社を解約しても一括清算する必要がなく、継続して最終回まで支払うことができる。

契約解除料の9500円は妥当なのか?

 ここまで説明してきたように、各携帯電話会社の年単位の契約というしくみは、一般的な商慣習と照らし合わせても許容できる範囲にあるという見方ができる。ただし、前述の通り、9500円という契約解除料そのものは見直すべき時期に来ている。

 実は、こうした期間を決めた契約は、モバイル業界でもかなり古くから存在し、本誌のバックナンバーを検索してみると、1999年10月に当時のJ-フォン(現在のソフトバンク)から発表された「J-Year」という年間契約割引サービスが記事が見つかる。

 J-フォンに限らず、当時は各社が同様の年間契約による割引サービスを提供していたが、当時の1年単位の契約では契約解除料が5000円に設定されている。この5000円がどう導き出されたのかはわからないが、その後、2006年にMNP開始に合わせ、NTTドコモが「ひとりでも割50」や「ファミ割MAX50」、auが「誰でも割」、ソフトバンクが両社対抗策の「家族割引MAX」や「自分割引50」を導入し、2年単位の契約をスタートさせている。この2年単位の契約では、拘束期間が1年が2年になったことで、契約解除料は実質的に2倍の9500円に設定され、それが現在に継承されている。

 しかし、当初の1年契約の時代や2年契約が生まれたMNP商戦から十数年が経過し、端末もケータイからスマートフォンへ移行したことで、月々の利用料金の比重は音声からデータ通信に変わってきている。もちろん、携帯電話技術の世代が新しくなったことで、料金プランそのものの水準も大きく変わってきている。このことを考慮すれば、9500円という契約解除料は、もう一度、見直すべきだろう。

 ただし、新しい契約解除料は決して「消費者アンケート」を元に、「密室」で決めるようなものではなく、少なくともある程度、業界のことを知る人たちが納得できるルールに基づいて、算出されるべきだ。

必要以上の民業への介入は規制緩和の流れに逆行する

 総務省では現在の「モバイル市場の競争環境に関する研究会」をはじめ、各携帯電話会社の競争を促し、料金の低廉化を図るための研究会をこの十数年、継続的に開催してきた。研究会で指摘された内容を元に、SIMロック解除や過度なキャッシュバックの規制など、一定の成果を上げてきたが、その一方で、総務省が打ち出した方針により、各携帯電話会社が料金プランや運用などを見直さなければならなくなり、結果的に消費者の手間が増えていること、混乱を招いていることも少なくない。

 たとえば、現在、販売店で機種変更をするには、説明に何時間もかかってしまうが、これは総務省の指導によって、消費者に契約内容をすべて口頭で説明し、確認を取るしくみを導入するようにしたためだ。

 もちろん、消費者保護の観点から、そういった取り組みが必要であることは認めるが、必要以上に手続きが複雑化してしまった弊害も見えてきている。ある販売店のスタッフは、「一度でもいいから、総務省の職員には店頭のお客様対応を1日、体験してもらいたいくらいだ」とグチをこぼしていたが、それくらい店頭での対応にはスタッフも辟易している。

 また、今回の「違約金1000円」という省令案が生み出されたプロセスからもわかるように、総務省が打ち出す政策内容が本当に適切なのかどうかが疑問に感じられることがかなり増えてきている。そもそもの話として、いくら監督官庁とは言え、民業に必要以上に口出しをすることは、通信の自由化以降、推し進めてきた規制緩和に逆行することになってしまう。

 目指すところは料金の低廉化のはずだが、個別の細かな事案に対応することばかりに目が向いてしまい、業界全体としての方向性を正しく導くことができていないように見受けられる。何のための規制なのか、何のための指導なのかをもう一度、業界全体として、考え直すべきに時期に来ているのではないだろうか。

法林 岳之

1963年神奈川県出身。携帯電話・スマートフォンをはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるゼロからはじめるiPhone XS/XS Max/XR超入門」、「できるゼロからはじめるiPad超入門 Apple Pencil&新iPad/Pro/mini 4対応」、「できるゼロからはじめるAndroidスマートフォン超入門 改訂3版」、「できるポケット docomo HUAWEI P20 Pro基本&活用ワザ 完全ガイド」、「できるゼロからはじめるAndroidタブレット超入門」、「できるWindows 10 改訂4版」(インプレス)など、著書も多数。ホームページはこちらImpress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。