石川温の「スマホ業界 Watch」

KDDIで始まった2.3GHz帯の「ダイナミック周波数共有」とテレビ中継の今

 KDDIは7月3日より、2.3GHz帯での携帯電話サービスを開始した。5G SAとして、2026年までに全国で8300カ所の基地局が設置される計画だ。

 2.3GHz帯はもともとテレビ局がマラソンやゴルフ中継、さらに報道用の映像や音声の中継素材を送るために利用されてきた。しかし、スマートフォンなどで急拡大するトラフィックに対応するため、総務省の意向により、携帯電話事業者も使えるように制度が改正されてきた。

 もちろん、これまで使ってきた放送事業者も2.3GHz帯を継続して使っていきたい。そこで、「ダイナミック周波数共用」として、放送事業者と携帯電話事業者が周波数帯を共有できるように準備を進めてきたのだった。

 2.3GHz帯の携帯電話事業者への割り当ては、1社のみの枠に対して、KDDIしか名乗りを上げなかった。2.3GHz帯は、グローバルでも利用されており、iPhoneなどの製品でも対応済みだ。今回、40MHzという帯域幅で割り当てられるなど、かなり魅力的な周波数帯だったはずなのだが、他キャリアは放送事業者との共用が技術的に難しいと判断したのか、KDDIのみが手を上げたのだった。

 KDDIの髙橋誠社長は割り当て当時「ウチしか手を上げていなくて正直、ビックリした。2.3GHz帯は周波数共用に対応しなくてはいけないが、ウチの技術陣が何とかできそうだということで立候補した。技術陣には『必ず使えるようにしろ』とプレッシャーをかけた」と語っていた。

 今後、2.3GHz帯は通常、auやUQモバイル、povoのユーザーが利用している状態となる。放送事業者がスポーツ中継や報道で2.3GHz帯を使いたいときは電波産業会(ARIB)が運営する「ダイナミック周波数共用管理システム」に利用登録を行う。その後、携帯電話事業者の自動制御システムに停波指示が飛び、携帯電話事業者が飛ばしていた2.3GHz帯が停波となる。その結果がダイナミック周波数管理システムに通知される仕組みだ。

 予定していた時間が終了すれば、自動的に2.3GHz帯が携帯電話ユーザー向けに吹かれることとなる。あらかじめスケジュールを予定していくことも可能だし、緊急の報道で使いたいときはシステム登録後、最長でも45分以内には停波できるという。

 放送事業者が2.3GHz帯を使う際、干渉などの影響がでそうな場所の基地局のみ停波の対象となる。

 実際、お正月に開催されている大規模な駅伝大会の中継でも2.3GHz帯で中継素材を伝送しているようだ。将来的には、1月2日と3日、大手町から箱根にかけて、放送事業者が中継素材を送るため、auユーザーなどが使えていた2.3Hz帯が一時的に停波されることになるだろう。

 停波されると言っても、2.3GHz帯のみであり、他の周波数帯は生きているため、「ネットの速度が劇的に遅くなる」という弊害はなさそうだ。

テレビ中継で広がる通信技術の活用

 これまでテレビ局が手がける中継といえば、巨大な中継車を出したり、ワゴン車からアンテナを伸ばして、中継素材を送るといったことが当たり前であった。だからこそ、放送事業者用無線局(FPU)といった専用の周波数帯が必要だったのだ。

 しかし、最近、記者会見場でテレビクルーを見ていると、「LiveU」というロゴが入ったリックサックを背負っている人たちが本当に多い。

 LiveUとは、カメラで撮影した映像を複数のSIMカードが刺さった機材で通信を行うことで、テレビ局に伝送できる機械となっている。

 1枚のSIMでは、特定のキャリアしか通信できないため、安定性に欠ける。しかし、複数のキャリアのSIMカードが刺さっていることで、安定かつ高速な通信で映像をクラウド経由で送れるというわけだ。

 実際、中継現場でクルーに同行する仕事をしたことがあるのだが、LiveUを背負ったカメラマンと、Teamsでテレビ局からの指示を受けたディレクターがマイクを持って中継するという、機動力あふれるスタイルがすでに当たり前になっているようであった。

 通信事業者側からすれば、将来的には複数のSIMカードを挿さなくても、5G SAとスライシングによって、安定かつ高速、超低遅延な中継が可能になるとみているようだ。

 実際、KDDIとフジテレビジョンは2023年3月5日に開催された東京マラソン2023において、5G SA商用ネットワークでネットワークスライシングを活用した地上波放送の実証実験に成功している。

 放送用のカメラ専用スライスやスマホカメラ専用スライスを構成することで、一般ユーザーが使う通常スライスとは異なるルートを確保し、中継に必要な通信品質を確保したという。

 いきなりすべてのテレビ中継が、5G SAとスライシングによる通信に置き換わるということはしばらくないだろうが、着実に利用シーンは広がっていくことだろう。

 今回、ダイナミック周波数共用というかたちで放送事業者がだけが使っていた2.3GHz帯を通信事業者に開放されることになったが、5G SAやスライシングが浸透していくことで、将来的には放送事業者が2.3GHzを使って中継をするという機会がさらに減っていくのかもしれない。

 KDDIとしても、そうした未来を予測した上で、ダイナミック周波数共用というチャレンジに挑んだのだろう。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。