石川温の「スマホ業界 Watch」

楽天モバイル「0円廃止」で値上げの狙いは? 「お得意様」獲得に向けて舵切り

 楽天モバイルが”ゼロ円プラン”を7月に廃止すると発表して以降、ネットでは楽天モバイルから、何処に乗り換えるのがいいのかといった記事であふれるようになった。

 自分も何本か執筆しているが、確かに「楽天モバイルにだまされた」「楽天モバイル、ふざけるな」とお怒りの読者のために、メディアやライターが「楽天モバイルからの乗り換え先」を提案したくなるのはよくわかる。

 ユーザーとすれば「あれだけゼロ円から始められるプランを訴求していたのに、値上げするなんて」という怒りがこみ上げてくるのは納得できるというものだ。そりゃ、1年でコロコロと料金プランを変えられてしまっては「大丈夫かな」という気にもなってくる。

 ただ、今回の楽天モバイルの値上げは「ユーザー側」だけでなく、「経営側」、どちらから見ても理解できるものだったりもする。

 楽天モバイルの経営側とすれば「NTT ドコモ・ahamo が出てきて窮地に立たされた。ゼロ円と言ってみたものの、赤字を垂れ流しているので、なんとかしたい」のだろう。楽天モバイルは2023年度に楽天モバイル事業の単月黒字化を宣言している。2023年末まではあと1年半。そろそろ、赤字の解消に向けてアクセルを踏まないことには間に合わないのだろう。

「ロイヤルユーザー」の獲得がカギ

 楽天モバイルとしては、2回線目やタブレット用など、できるだけ安く使いたいという「ゼロ円ハンター」を集めて契約者の数を稼ぐと言うよりも、実際に回線をしっかり使い、楽天市場でも買い物をして、楽天銀行に口座を持ち、楽天証券で資産運用してくれる「お得意様」の獲得を重視する方向に舵を切ったようだ。

 確かに日本の通信業における歴史を振り返ってみると、安価なプランで顧客を集めたキャリアは軒並み、経営が傾き、会社がなくなるという憂き目を見ている。

 たとえば、PHS最大手だったウィルコムは、契約者が減り、回線がガラガラだったことを生かし「だれとでも定額」という音声定額制サービスを開始したところ、一気にユーザーを獲得。過去最高の契約者数を獲得したが、次世代PHSへの投資ができずにソフトバンクに救済されてしまった。

 第4のキャリアとして参入したイー・モバイルもネットブックとモバイルWi-Fi ルーターを組み合わせて「100円PC」として販売。契約者を増やしたものの、経営は芳しくなく、結局、イー・モバイルに割り当てられていた1.7GHz 帯が欲しかったソフトバンクに買収されてしまった。

iPhoneで生まれ変わったソフトバンク

 そのソフトバンクも、ボーダフォンを買収して参入した当初は「ホワイトプラン」など、基本料金が安く、さらにソフトバンク同士は無料で通話ができるという低価格路線をユーザーを集めてはいた。しかし、賢く使うユーザーばかりが集まり、通信料収入は厳しいものがあった。

 そんななか、アップルがiPhoneを発表。日本では当初、ソフトバンクが独占的に扱えたことで「iPhoneを使いたい」という、データ通信料金も上限まで支払うロイヤルカスタマー中心の経営に生まれ変わることができた。もちろん、孫正義社長(当時)が喉から手が出るほど欲しがっていたプラチナバンドを獲得したことで、NTTドコモやKDDI から乗り換えやすくなったというのも大きいだろう。

長年の信頼を武器にするドコモ

 NTTドコモにとってのロイヤルカスタマーといえば、「NTT」という絶対的なブランドを信じ、長年、使い続けてくれるユーザーだ。家族まるごとドコモ回線、自宅はドコモ光、クレジットカードは「dカード GOLD」というユーザーに支持されている。

 ソフトバンクでiPhoneが扱われたときも「ドコモからiPhoneが出るまで待つ。絶対、ドコモがiPhone を出してくれるのを信じている」というドコモユーザーは多かった。

契約を組み合わせて継続利用に繋げるKDDI

 KDDI のロイヤルカスタマーといえば光回線やCATV とのセット割引である「スマートバリュー」を契約している人たちだ。早くから固定回線とモバイル回線を組み合わせて割引が適用されたことで、ユーザーが解約しにくくなったし、家族でのまるごと契約も増えた。

 また、KDDIは早くから三菱UFJ銀行と「じぶん銀行(現、auじぶん銀行)」を作り、住宅ローンなども手がけるようになった。いまでは普通預金の金利も高くなるなど「少しでも得したい」というユーザーの気持ちを捉えている。

 最近では、Netflixや YouTube Premium などの利用料をセットにした使い放題プランを展開。KDDIはさまざまな契約とモバイル回線を組み合わせ、辞めにくくロイヤルカスタマーにしていくのに長けている。

楽天モバイルのねらいは「楽天」ユーザー

 楽天モバイルがロイヤルカスタマーとして狙いを定めているのが、楽天本体のサービスをアクティブに使っている4000万弱のユーザーだ。

 今回、楽天モバイルでは、ゼロ円を廃止する一方で、楽天スーパーポイントの付与を6倍にするというアナウンスをしている。

 楽天市場などで毎月、それなりの金額、買い物しているユーザーであれば、携帯電話料金はポイントで支払ってしまい、ほとんどの通信の負担がなくすことも不可能ではない。

 楽天経済圏にどっぷりと使っている人が楽天モバイルを使えば、相当、お得に暮らせるようになるというわけだ。

 これまで楽天モバイルに1円を支払ってこなったユーザーが流出しようとも、楽天モバイルにとっては痛くもかゆくもない。

 逆に「楽天スーパーポイント6倍」が気になる楽天のロイヤルカスタマーが、他社回線から楽天モバイルに切り替える方が、遙かに収益にもプラスに働くし、簡単には解約しない可能性がある。

 もちろん、他社回線から楽天モバイルに乗り換えてもらうには現在、97.2%の人口カバー率をかぎりなく99.9に近づける必要はある。

 楽天モバイルがゼロ円プランを辞めたことで、4キャリアの戦いは「いかにロイヤルカスタマーを囲い込むか」というフェーズに突入したと言えそうだ。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。