藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

拡大するeSIM、海外旅行でも活躍するその仕組みは?

 コロナも一段落して感染の検査やワクチン接種証明書の必要もほぼなくなり、今年は夏休みに海外旅行に行く人が多いのではないでしょうか。

 そうした場合、海外旅行中のスマホで、ネットやアプリをどう使えるようにするか、悩ましい問題ですが、ここで力を発揮するのがeSIMです。コロナ前と比較してeSIMに対応したスマホの割合はかなり増加しており、多くのスマホでeSIMが使える状況になっています。

 eSIMについては、本誌「ケータイ Watch」で何度もとりあげられていますが、ここではあらためてeSIMとは何か、どのような仕組みで動作するのか、海外旅行で利用するときのヒント、課題などについてまとめていきたいと思います。

eSIMとは

 世界的に携帯電話では、1990年代に導入された2GのGSM(Global Systems for Mobile Communications)の時代からSIM(Subscriber Identity Module)カードが用いられてきました。

 SIMカードには契約者情報などが書き込まれており、通信経由で加入者の識別や携帯電話サービスの正当なユーザーであることを認証するなどのために利用されてきたのです。

 また、SIMカードは国際間で共通化されており、ユーザーが海外に行ってもそのまま携帯電話サービスを利用するローミングのために利用されてきました。

 SIMカードには、国際標準に基づき加入者やデバイスを識別するために付与されるIMSI(International Mobile Subscriber Identity)、利用するネットワークを特定する情報、認証のためのキー、電話番号(電話を利用する場合が主)などが記録されています。これらの情報はプロファイルと呼ばれます。

 モバイルネットワークから見ると、このプロファイルが個々のモバイル通信サービスの利用者あるいはデバイスを特定するためのキーとなります。ユーザーから見ると、プロファイルは自分が利用する通信事業者や加入しているモバイル通信サービスを示します。

 SIMカードは端末の小型化と集積回路技術の進化に伴い、小型化が進みました。

 図1のように1990年代台当初はクレジットカード大でしたが、その後MiniSIMとなり、2000年台にMicroSIM、2010年台にNanoSIMが導入されました。ちなみに、iPhone5シリーズ以降など現在利用されているスマホの多くはNanoSIMを利用しています。

 eSIMは一般にnanoSIMよりも更に小さなサイズとなりますが、もともとはスマホのような人が使う端末ではなく、M2M(Machine-to-Machine)とかIoT(Internet of Things)と呼ばれるモノの通信で使うために2010年代前半から導入されました。

 ここでいう「モノ」とは、家庭の電気やガスのメーターだったり、温度・湿度や振動、水位のセンサー、クルマや自転車、またはさまざまな機械や装置のことを意味します。

 スマホであれば、ユーザーが使い始めるときに加入する通信事業者のSIMカードを挿入したり、利用する通信事業者を変えたときにSIMカードを入れ替えたりすることができます。

 一方、モノの場合にはそのような作業は大きな手間が掛かります。また、振動などでSIMカードの接触が不安定になることは許されません。

 そこで、SIMカードを半導体チップとしてモノの中にハンダ付けなどして「埋めこんで」しまうこととしました。eSIMは元来embedded SIMを意味していますが、SIMカードを埋め込む(embed)というのがその名称の由来です。

 もともとはIoT/M2M向けとして導入されたeSIMですが、やがてスマホなどコンシューマデバイスにおいてもその有用性が認識されるようになりました。eSIMを使えば、通信事業者を変更したり追加したりする際に、SIMカードをショップや宅配で受け取って自分で抜き差しする、わずらわしさから開放されます。

 つまり、オンラインだけで処理が完結することで、ユーザーの事業者選択、追加・変更の自由度が大きくなります。こうして、コンシューマー向けeSIMが2010年代後半から導入され始めました。

eSIMの仕組み

 SIMカードは図2のように、ハードウェアとしての半導体チップとそのチップ上で動作するソフトウェア基盤であるOS(Operating System)、OSを利用して動作するSIMアプリケーションおよびIMSIなどのプロファイルから構成されています。

 eSIMも基本的には同じ構成ですが、eSIM上ではプロファイルを柔軟に書き換えることができます。また、一般にプロファイルを複数持つことができますが、通常各時点では1つのeSIMは1つのプロファイルのみをオンにして利用します。

 eSIMを使ってモバイル通信サービスを利用するためには、次のことが必要となります。

(1)利用する通信事業者の選択とプロファイルのダウンロード
所望の通信サービスを選択し、当該サービスを受けるためのプロファイルをダウンロードして、eSIM内にストア。このダウンロードの処理をRSP(Remote SIM Provisioning)と呼ぶ。(RSPには、プロファイルのダウンロードだけではなくプロファイルの削除や書き換えも含まれる。)
(2) プロファイルの有効化と通信サービスの利用開始
ダウンロードしたプロファイルをオンにして、当該の通信事業者ネットワークへのアクセスを開始し、通信サービスの利用を開始。

 これらのeSIM関連の仕様については、世界のモバイル通信事業者が加入する業界団体であるGSMA(GSM Association)で標準化しています。プロファイルの形式についても標準化されており、異なるeSIM製造ベンダや異なる通信事業者間で共通となっています。

 実際のプロファイルのダウンロードと有効化の仕方は、IoT/M2M向けeSIMとコンシューマー向けeSIMの場合で少し異なります。

IoT/M2M向けeSIMの場合

 IoT/M2M向けeSIMはモノに埋め込まれているため、作業者がその場へ行くことなくリモートでプロファイルをダウンロードし有効化することが望ましいとされています。

 IoT/M2Mプロファイルのダウンロードは、図3(1)に示すようにSM-SR(Subscription Manager Secure Routing)と呼ばれるネットワーク内にあるサーバから行います。

 IoT/M2M向けeSIMには、図2に示したPP(Provisioning Profile)と呼ばれるプロファイルがあらかじめ設定されています。

 このプロファイルは、新たなプロファイルをダウンロードするためのみに利用するためのモバイル通信用のプロファイルです。SM-SRからPPに示される通信事業者ネットワークを通してeSIMにショートメッセージ(SMS)を送り、これをトリガーに新たなプロファイルをダウンロードするためのセキュアな通信経路を設定します。

 実際のプロファイルは、モバイル通信事業者やeSIMプロバイダーが運営するSM-DP(Subscription Manager Data Preparation)というサーバからSM-SRを通してeSIMにダウンロードします。このプロファイルが実際の通信で使うOP(Operational Profile)となります。このOPをオンにすることにより、新たなモバイル通信サービスを利用し始めることができます。

 SM-DPは、eSIMを利用した通信サービスを提供する通信事業者の顧客管理システムとつながっており、そこからOPを受け取ります。

参照:GSMA SGP.02 “Remote Provisioning Architecture for Embedded UICC Technical Specification”

コンシューマー向けeSIMの場合

 コンシューマー向けeSIMの場合はIoT/M2M向けとは異なり、スマホなどで人が操作してプロファイルをダウンロードすることが前提となります。

 そのため、図3(2)に示すようにスマホなどの端末側にダウンロード処理をサポートするLPA(Local Profile Assistant)という機能が備わっています。つまり、IoT/M2M向けではネットワーク内に存在したSM-SRの機能が、コンシューマー向けでは端末内のLPAに取って代わられます。

 スマホなどのユーザーは、自分の要求に合った通信サービス(例えばモバイル通信事業者Aで7日間、3GB利用)を選択した後、LPAを利用してそのサービスに対応するプロファイルをダウンロードします。それに先立ち、LPAが例えば事業者AやeSIMプロバイダーが運営するSM-DP+サーバとの間にセキュアな通信路を設定します。

 SM-DP+は、M2M/IoT向けのSM-DPに相当しますが、コンシューマー向け要件を満たすために機能的には少し異なるのでこのように呼ばれます。

 SM-DP+から上記の通信路上で、LPAを介してプロファイルをeSIMにストアし、これが本来の通信で使うOP(Operational Profile)となります。このOPをオンにすることにより、新たなモバイル通信サービスを利用し始めることができます。

 ここで、プロファイルのダウンロードにスマホなどが持つWi-Fi通信の機能を使えば、モバイルネットワークの利用は必要ありません。それで、コンシューマー向けeSIMにおいてはダウンロード用のプロファイル(PP)は必須ではありません。実際、Wi-Fi通信機能を持つことが前提のiPhoneをはじめ多くのスマホなどでPPは持っていないようです。

参照:GSMA SGP.22 “RSP Technical Specification”

海外旅行でのeSIMの利用

 コンシューマー向けeSIMについては、一般のユーザーが利用する機会が増えています。

 例えば、ネットワーク障害などで、普段使っている通信事業者の回線が使えない場合の予備回線用として利用できます。また、用途別に複数事業者を使い分けるなどの目的で国内で複数の通信事業者と契約する場合にも利用できます。

 一方で、今後多くのユーザーが見込まれるのが海外旅行での利用です。

 旅行中の限定された時間の中でも、ネットへのアクセスには高いニーズがあります。eSIMを使えば、オンラインで現地の事業者を利用するためのプロファイルをダウンロードするだけで、すぐにネットへのアクセスが可能です。現地の通信事業者のSIMカードを買って、スマホの中のSIMを入れ替えるなどの面倒がありません。

 国内で利用する場合も海外旅行で利用する場合も、eSIMを利用するにはユーザーが契約を希望するサービスプランに対応するプロファイルをスマホにダウンロードする必要があります。

 いずれのケースでもダウンロードの仕方は同じような流れになりますが、慣れていないととっつきにくいものです。

 最近はeSIMプロファイルのダウンロードの流れを日本語で分かりやすく説明したアプリやサイトもあり、参考になります。それでも、いくつかの点で手間取ることがあるようです。特に、LPAにSM-DP+サーバのアドレスやプロファイルを特定するコードを入力する必要がありますが、この操作が少し複雑です。これについては、今後人手を介さずにeSIMアプリが自動で処理することが期待されます。

 ダウンロードしたプロファイルをオンにしたときに、本来とは異なるAPN(Access Point Name)が設定されてしまう問題が生ずる場合もあります。APNというのは、モバイルネットワークからインターネットなどの外部ネットワークにつながる接続ポイントを示す文字列です。プロファイルで示される通信ネットワークに接続したときに、APNが正しくないと通信路の設定がうまくいきません。この場合正しいAPNを入力し直す必要があり、少し手間がかかります。

eSIMの今後の展開

 eSIMは、例えばスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスでも利用が広がっています。

 スマホを親機とし、スマートウォッチを子機として、親機と同じプロファイルを子機のeSIMにダウンロードして利用することも可能です。

 そうすると、親機と子機が同じ電話番号を持つことになるため、例えば着信通話をどちらのデバイスで応答することも可能です。ただし、こういった電話番号を共有するサービスは全ての機種のデバイスやモバイル通信サービスパッケージで使えるわけではありません。

 コンシューマー向けeSIMを、クルマを初めとするIoT/M2Mデバイスでも利用する事例も出てきています。人がデバイスを直接操作でき、またWi-Fi機能があれば、IoT/M2MデバイスでPP利用時に必須のSMSが不要となるなどのメリットがあるためです。

 eSIMの持つ柔軟性により、今後用途がますます広がっていくことが期待されます。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士