iモードができるまで
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ドコモ・ドットコムのオフィスにて。栗田穣崇さんと
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こんにちは、ひらちれですー。ひらちれは、iモードを発売と同時に買ったんですけれど、それはアイラブ広末涼子様がCMしていたからなんです(笑)。が、当時から便利なサービスだな~と漠然と感じておりました。だって、メールはすぐに使えるし、その日の天気と占いが毎日届くし……。今じゃもう当たり前になってはいるけれど、当時はやっぱりその便利さに感動したものです。
さて、普段の「もばポケ」は携帯電話向けのコンテンツを中心にご紹介していますが、今回はこのiモードの開発に当初から係わられた、元NTTドコモ・ゲートウェイビジネス部、現ドコモ・ドットコム所属の栗田穣崇さんに、ズバリ「iモード」そのものについてお話を伺ってみました。前編・後編に分けて、インタビュー形式でお送りします!
栗田穣崇さんについて
1995年のNTTドコモ入社後、1997年4月に現・ゲートウェイビジネス部に配属。1999年2月サービスインの「iモード」に立ち上げ段階から加わり、サービス開始後はエンターテイメント系のコンテンツを中心に、多数のコンテンツプロバイダーさんと関わっていらっしゃるとのこと。
現在は、NTTドコモの子会社「ドコモ・ドットコム」にて、引き続きiモードコンテンツのコンサルティングなどを行なっているそうです。ドコモ・ドットコムは、各コンテンツプロバイダーさんへのコンサルティングやノウハウの提供、出資などを通じて、モバイルマルチメディアビジネスの発展を促進することを趣旨とした会社で、2000年10月に設立されています。
松永真理さん(元「とらばーゆ」統括編集長。リクルートからドコモへリクルートされたキーパーソン的女性)の「iモード事件」を拝読すると、その作中にもサブキャラとして登場してらっしゃる栗田さん。さて、どんなお話が飛び出すでしょうか……。
“インターネットと携帯電話でビジネスをする”
1997年春、たった7人の新事業部でiモード部隊が立ち上がった……
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栗田 穣崇(くりた しげたか):1972年生まれ。1995年NTTドコモ入社。2年後の1997年4月に社内公募で新事業部(現ゲートウェイビジネス部)へ配属。iモード立ち上げの段階から開発に参加する。現在はiモードコンテンツのコンサルティングを行なう、NTTドコモの子会社「ドコモ・ドットコム」所属。ゲーム、スノーボード、旅行を趣味とする28歳。 |
■ iモードのコンセプト
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1997年当初は、まだiモードというサービス名称も決まっておらず、コンセプトを出し合うところからスタートしたという栗田さん
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平地:まず、ゲートウェイビジネス部では、iモードの開発にどのように携わっていらっしゃったのでしょうか。
僕が「インターネットと携帯電話でビジネスをする」という新しい企画の社内公募に応募して、当時の新事業部(現・ゲートウェイビジネス部)へやってきたのが1997年の春でした。その頃の開発メンバーはまだ7人くらいで、松永真理さんが来たのはそのあとで、夏前(5月)だったでしょうか。当時はもちろんまだ「iモード」というサービス名称もなく、ただ「携帯電話に情報を流してサービスしよう」「それはインターネットを使ってサービスしよう」という、そこの部分だけしか決まっていなかったので、まずはみんなで色々と意見を出し合い、コンセプトから考えていきました。
その中で松永さんが、「コンシェルジュ」という言葉を使ったんです。みなさんご存知と思いますが、これはホテルのサービスで泊まったお客に旅を楽しんでもらうために、レストランやコンサートのチケットを手配してくれるサービスです。iモードのコンセプトもそれに似たような感覚で、その人がしたいことを叶えてあげるという部分に着目して誕生しました。
メールは直接端末に届くように
平地:具体的には、どういう部分を担当されたのでしょう?
まず、iモードのトップ画面のメニューには何が必要かということになり、インターネットなんだからブックマークは欲しいとか、画面を取って残しておきたいとか、iMenuの“メニュー”はカタカナがいいかローマ字がいいかとか、細かい所を詰めるところから全般的な開発まで係わっています。
メールの機能については、現行で出てる端末をたくさん触って、メールをガンガン使ってる女子高生に会社の人間だというのはふせて(笑)、街でいろいろと話を聞いたりもしました。メールについては当初、パソコンでEメールを受信するのと同様に自分からサーバーへ読みに行く方式を考えていましたが、メッセージが瞬時に届くという利便性はポケベルでわかっていたし、女子高生なんかは実際にそれをチャット感覚で使っていたので、250文字という制限はありますが、携帯電話のメールも直接端末に届くようにしました。今は当たり前になっていますが、これがiモードメールの普及を促した一番の要因だと僕は考えています。
絵文字の呼び名
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ひとつひとつ個別に名称が決められている絵文字は、開発当初栗田氏がメモ書き風に書いたものがそのまま採用されたりしているという
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それと、絵文字も考えましたね。当時の携帯電話の画面は、今のものに比べるとずいぶん小さくて、3行くらいしか表示できなかったですよね。でもiモードはもっと画面を大きくしたくて。画面を大きくしたら、今度は何か画像も入れたいということになり、でも開発当初はまだ技術的に一枚絵の画像が入れられないと言われたので、絵文字を考えようということになったんです。雑誌や漫画などからアイコンぽいものを探して、それを参考に元となる絵を自分で考えたりしました。
平地:絵文字ってひとつひとつに呼び名があるんでしたよね?
そうですね。自分がメモ書きっぽく書いたものがそのまま採用されたりして(笑)。斜めの矢印などは、格闘ゲームのコマンドに便利かと思って作ったものだったりします。あと、画面がカラーになった時には、星座のマークをエレメンタルごとに色分けしたり。
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栗田氏が所有する端末「SO503i」と同じ機種の愛機で一緒にiモード画面を確認するひらちれ
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ゲーム感覚ですぐ使えるように
端末の仕様に関しては、なるべくボタンを押す回数が少なくて済み、直感的に操作がわかるように考慮しました。目指したのは「ゲーム」で、ゲームは取り扱い説明書がなくても、とりあえずすぐに遊べるじゃないですか。あと、いちばん最初に出た「F501i」の「トゥインクルブラック」とか、端末のボディーカラーの名前なども考えましたね。
平地:ひらちれが始めて使った端末も「F501i」でした。そういえば、「iモード」の名称はどのように決まったんでしょうか?
当然、かなりの数の言葉が候補に挙がりましたが、松永さんがinformationの「i」という意味合いも含めて「i」がいいよと言っていて。とりあえず「i」を使おうってことになったんですが、「i」だけだとそのうち「iサービス」とか呼ばれちゃってかっこ悪いんで、それに「モード」を加えたらどうだろうかと僕が提案して、「iモード」になりました。
平地:もはやみんなが普通に使っている「iモード」ですが、やっぱりいろいろな誕生背景があるんですね。なんだか改めて勉強になります。
というわけで
お話は尽きませんが、ひとまず前編はここまで。今や日本中に浸透しているiモードですが、当初は名称も決まっておらず、暗中模索な状態からあらゆる開発工程に関わられたという栗田さん。来週の後編では、ドコモCMでおなじみのあの広末ちゃんのエピソードなども登場するかも?! お楽しみに!
(聞き手:平地レイ/文責:編集部)
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・ ひらちれのお部屋(iモード用)
http://www.hirachi.com/i/
(平地レイ)
2001/04/05 00:00
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