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「魔法」で次のデバイスへと変化する
クアルコムが注力するこれからのビジネス
(2015/5/19 07:00)
米クアルコムは現地時間12日~13日にかけ、本社のあるサンディエゴにて同社の最新の取り組みを披露する「International Editor's Week 2015」を開催した。さらに14日には、サンフランシスコで「From the Internet of Hype to the Internet of Everything」と題した、「Internet of Everything(IoE:あらゆるもののインターネット)」周辺の製品・技術・動向を紹介するイベントも行われた。
ここでは、サンフランシスコのイベントでの展示内容を交えつつ、同社のこれまでの歩みと、スマートフォンの“次”に向けた同社のテクノロジーや活動など、プレゼンテーションで解説のあった内容をリポートする。
チップ製造・ライセンス事業に加え、市場拡大のための草の根活動も
2015年7月に設立30周年を迎える米クアルコムは、今や世界中の約200箇所にオフィスを構え、3万人超の従業員を抱える、名実ともに無線通信の半導体製造におけるトップ企業となった。今回のイベントが行われた本社のある米サンディエゴには、40棟以上のオフィスがほとんど固まるようにして建ち並び、周囲に通信・チップセットメーカーなど他の先端企業のビルが軒を連ねるなかでもひときわ目を引く。
同社の主要ビジネスの1つは、ご存じの通り、Snapdragonシリーズをはじめとするモバイル端末・通信端末向けのチップセット製造となっている。が、それ以外にも2つの柱があり、1つは同社が特許を保有する通信技術等を他社に提供するライセンス事業、もう1つは新規事業に位置付けられる、例えばワイヤレス給電技術の「Qualcomm Halo」、クラウドによるヘルスケアサービスの「Qualcomm Life」、AR技術である「Qualcomm Vuforia」のようなプラットフォーム事業などもキービジネスとして掲げている。
1985年にCDMA技術を開発し、立ち上げ当初からチップセット、インフラ、携帯電話端末を提供してきた同社は、現在、そのうちチップセット以外の事業から手を引いている。同社は新たな技術の発明と、それを元にしたチップセット製造、そして世界中にいる265ものライセンシーへの技術提供に集中することで、インフラや端末を開発する企業の発展を促し、モバイル分野におけるエコシステムの構築に成功したわけだ。
クアルコムの歴史は発明の歴史でもある。過去30年間に同社が技術開発に費やしてきた金額は、およそ360億ドル。モバイル通信の根幹となるCDMAに始まり、ここ数年ではLTEなどの技術が世界標準としてスマートフォンなど多数の機器に応用されているが、LTE自体、研究開発がスタートしたのは10年も前のことだ。その時点では普及するかどうか定かでないものを、同社の成長や市場拡大のために先行投資するのは、かなりリスクのあるビジネスモデルであるとも言える。
これまでのところは右肩上がりの業績を残しているクアルコムだが、今後同社のビジネスやビジネス環境はどう変わっていくのだろうか。同社によると、現在世界における4G(LTE)による接続数は、2Gと3Gを合わせた通信全体の8%。2015年第1四半期時点で3Gと4Gの接続数は31億であり、これが2019年になると58億コネクションと、倍近くに伸びると見ている。
このような予測のもと、チップセットやライセンスを提供するパートナーやライセンシーに対しては、「いかに彼らの作ろうとしているものにテクノロジーを最適化できるか」「世界で起ころうとしていることを自分たちがどう学ぶか」にフォーカスして取り組んでいる。ワールドワイドに膨大な数の端末を提供しているサムスンや、中国市場で存在感を高めているXiaomiのような大企業から、南アフリカなどの新興国向けに廉価な端末を提供している中国のMDOやSandroidといった小企業まで、多様な規模のメーカーの発展を後押しするチップセット・ライセンス提供を行っていく。
その他、テクノロジー関連のスタートアップに投資するQualcomm Venturesの運営に加え、社員向けのアイデア共有・実現プログラム「Qualcomm ImpaQt」の推進、将来を見据えた子供向けロボット競技会のチームスポンサード、女性技術者のキャリアをサポートする取り組み、小中学校などでテクノロジーに触れる機会を提供する「Qualcomm Thinkabit Lab」などを通じて市場の拡大を目指すとしている。
高速・高度化する通信技術の一方で、課題は山積
Snapdragonチップセットにおいては、クアッドコアあるいはオクタコアなどマルチコア化による処理速度の向上、4K動画への対応、カメラ機能の拡充などマルチメディア性能の強化、認識技術の搭載といった点が注目されがちではあるが、クアルコム本来のキーテクノロジーである通信技術や通信速度についても、着実に進化が続いていく。
現在リリースされているSnapdragonのうち、エントリー向けとなるSnapdragon 210(X5 LTEモデム)はLTEカテゴリー4(下り最大150Mbps)に、ミッドレンジのSnapdragon 618/620(X8 LTEモデム)はLTEカテゴリー6と7(下り最大300Mbps)に、そしてハイエンドのSnapdragon 808/810(X10 LTEモデム)はカテゴリー9(下り最大450Mbps)にそれぞれ対応している。またモデムチップ単体では、最新のSnapdragon X12 LTE Modem 9x45がLTE カテゴリー9と10対応で下り最大450Mbps、上り最大100Mbpsに達する。X5 LTEモデムと比較すると、3倍の下り通信速度と、40%の消費電力削減を果たしている。
LTE カテゴリー4以降において、これら高速通信を支える中心技術となるのは、CA(キャリアアグリゲーション)だ。複数の周波数帯の電波を束ねて同時利用することで通信速度を向上させるCAは、ご存じの通り、日本国内でも各キャリアが2波を束ねた下り最大225Mbps程度の高速通信サービスとして運用が開始されている。
ただ、電波の周波数は限られた割り当て範囲しか使用できないのに加え、その国の複数のキャリアによって周波数帯が細かく分割利用されている現状では、単純なCAでこれ以上高速化するのは難しい。例えばカテゴリー9では3波を束ねるCAも可能となっているが、少なくとも日本国内で3波CAを1キャリアが実現するのは、電波の占有状況から見ると困難と言わざるを得ない。
そこで考え出されたのが、電波使用の免許が不要な帯域を使用するLTE-U(Unlicensed)だ。LTE-Uでは、免許が必要な従来の通信帯域とともに、免許不要の通信帯域も束ねて使うことで高速化を図る。また、LTE通信とWi-Fi通信を組み合わせるLTE/Wi-Fiリンクアグリゲーションも検討が進められている。
さまざまな工夫で高速化への道筋を付けている同社ではあるが、一方で課題もつきまとう。国ごと、キャリアごとに利用しているネットワーク技術や周波数帯が異なることから、それらの組み合わせパターンが無数に発生し、それぞれに適したチップを用意しなければならないのだ。同社マーケティング部門のバイスプレジデント ティム・マクドノー氏によれば、そうした異なるネットワークや周波数帯の組み合わせで作られたLTEチップは、2014年9月時点で2300パターン以上(出荷見込みのデバイスを含む)となっており、LTE-UやLTE/Wi-Fiリンクアグリゲーションの機能が盛り込まれる今後は、その増加ペースがさらに加速するものと考えられる。
チップセット製造から端末としてリリースされるまでの間に行わなければならないテスト項目の数も膨大だ。クアルコム自身が行うテストから、インフラベンダーやキャリア、端末製造メーカーが独自に実施するテストまで、1台の端末が世に送り出されるまでにトータルで100万件近くのテストを経ているという。
すでにスタートしている次の有望市場へ向けた取り組み
これまで主にモバイル端末に利用されることの多かったSnapdragonチップセットは、来たるべきIoE(Internet of Everything)時代に向け、ノートPCやIoT(Internet of Things)関連デバイス、無線ルーター、そして自動車にも搭載されていく。しかしこれは予定ではない。すでにクアルコムがスタートしているビジネスカテゴリーであり、実際に2014年度はモバイル(通話機能をもつ端末)を除く分野で10億ドルもの利益を上げているという。
自動車分野においては、3G/4G通信用のクアルコム製チップが搭載されたアウディA3を2013 Consumer Electronics Showで発表しており、マクドノー氏いわく、2016年後半から2017年にかけては車載システム専用のチップセットSnapdragon 602Aを採用したコネクテッドカーが登場予定。2018年には2億5000万台規模の市場になると見込まれる自動車分野へ本格的に取り組んでいく。
IoT分野では、いわゆるスマートホームやスマートシティにおいて、テレビ、カメラ、オーディオ、冷蔵庫、洗濯機のようなAV機器や家電はもちろんのこと、効率的な情報収集と管理を行えるようにするガス・水道メーター、ゴミ箱がターゲットとなる。スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスも含まれるこの分野は、2018年に35億台規模もの巨大な市場になると見ている。
無線LANルーターのようなホームネットワーク機器にも同社は力を入れていく。今やルーター1台にインターネット接続だけでなく、大容量コンテンツのアップロード、クラウドサービスとの連携、メディアサーバーやファイル共有、バックアップなど、あらゆる機能が求められ、家庭内ではそれを複数のユーザーがスマートフォンやタブレット、PCから同時に使用するケースも増えてきた。
こうした負荷の高い多数の機能を処理するのに、MU-MIMO(マルチユーザーマイモ)をはじめ進んだ技術をサポートするクアルコムのSnapdragonチップセットや無線通信チップは大きなアドバンテージがあるとし、2018年には7億台規模の市場に成長すると踏んでいる同分野に攻勢をかけていく。
マクドノー氏は、プレゼンテーションの最後にアーサー・C・クラークの「十分に発達したテクノロジーは魔法と見分けがつかない」という格言を引き合いに、「2008年に初めて登場したHTCのAndroidスマートフォンの時から見て、今のスマートフォンは魔法のよう。このスマートフォン(のテクノロジー)が次に自動車へと変化していくのも魔法みたいではないか」と述べ、今後もスマートフォンから変化した多様なデバイスがメーカー各社から登場することになるだろう、と語った。