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AIの未来はクラウドではなく“エッジ”に、Armが示す新たな戦略と機会
2025年11月6日 13:25
Armは6日、テクノロジーイベント「Arm Unlocked Tokyo 2025」を開催した。「エッジAIがもたらす新たなチャンス」と題した講演には、同社ソフトウェア&エコシステム担当シニアディレクターのジョン・トンプソン氏が登壇した。
AIはコンピューティングを再定義し、世界のあらゆる側面を変えつつある。講演では、AI時代における進化のスピードや直面する課題、そしてArmがエッジコンピューティングの基盤をどのように築き、この変革を推進しているのかが語られた。
AIがもたらす再定義と課題
AIはもはやゲームチェンジャーにとどまらず、世界そのものを再構築している。過去1年でAIモデルの規模は数百万から数十億、さらには数兆のパラメーターへと急拡大した。エッジで動作するモデルも高度化し、音声やタッチ、センサーなど多様な入力を扱うマルチモーダルへと進化している。これにより、従来以上のメモリ、帯域幅、計算能力が求められている。
AIアプリケーションの普及も驚異的で、ChatGPTのユーザー数は短期間で100万から1億、そして10億人規模へと急増した。現在ではノートパソコンやモバイル、ブラウザーなど多様なデバイスにAIが統合され、利用の場が広がっている。
世界は、自律的かつローカルで動作し、目標を持って行動する「エージェントAI」の時代に突入している。この変化は、AIコンピューティングの領域を拡大させるとともに、効率とレイテンシーの新たな基準を生み出している。
一方で課題も多い。CPU、GPU、NPUを組み合わせたヘテロジニアス・システムの構築が進む一方、統合の複雑化やコスト増が課題となっている。さらに、最先端のデータセンターでも電力や冷却の限界が見え始めており、電力制約のあるモバイルやエッジデバイスでは、効率的で最適化された設計が不可欠になっている。イノベーションのペースを保つためには、AIによるエネルギー消費の削減が求められるとトンプソン氏は述べた。
進化する製品カテゴリとArmの戦略
AIの波は、あらゆる製品カテゴリを変化させている。データセンターはAIクラウドへ、車両はソフトウェア定義からAI定義へと進化し、知覚や自動化、パーソナライゼーションの新たな段階に達した。スマートフォンやパソコンは、思考や創造を支えるAIコンパニオンやワークステーションへと変わり、IoTはレイテンシーや電力制約を重視するAI対応エッジへと姿を変えている。
Armは、こうした多様なニーズに応えるため、より専門化・最適化されたコンピューティングを提供するプラットフォーム戦略を展開している。その中核となるのが、演算サブシステム(CSS)。これは、車載向けの「Arm Zena」、モバイル向けの「Arm Lumex」に続き、今後はパソコン向け「Arm Niva」、IoT/エッジAI向け「Arm Orbis」なども展開予定となっている。
CSSはAI時代に最適化された設計で、市場ごとの要件に合わせた調整が可能。設計時間の短縮や開発リスクの軽減、サイクルの高速化を通じ、パートナー企業が変化の激しい市場に迅速に対応できるよう支援する。
エッジAIを後押しする5つの要因
AIのパーソナル化が進み、エッジ性能が競争力を左右する中、AIをデバイス上で実行する動きが加速している。エッジ移行を支える主な要因として、次の5つが挙げられた。
1つ目はレイテンシー。ユーザーは即時の応答を求めており、クラウド往復による遅延は特に音声対話で違和感を生む。
2つ目はプライバシーと信頼。マルチモーダル対話では多くの個人データを扱うため、デバイス上で安全かつプライベートに保持する必要がある。Armv9の機密コンピューティング機能がこれを支える。
3つ目はエネルギー効率。バッテリー寿命を損なうことなくAI体験を提供することが求められる。
4つ目はコスト。クラウド実行は常に持続可能とは限らず、オンデバイスAIのほうが開発者やOEMにとって手頃な場合が多い。
5つ目は可用性と復元力。AIはオフライン環境でも動作する必要があり、デバイス上での実行によって接続状況に左右されない体験が可能になる。
また、人と機械のインターフェース(HMI)は、タッチ操作から音声など自然な対話へと進化している。この変化に合わせ、リクエストの背後にある意図を理解する「コンテキスト・インテリジェンス」が一層重要になっている。
ArmのCPU、GPU、NPU技術は、産業オートメーション(ジェスチャーや音声応答)、小売(非接触決済)、家庭(プライバシーを重視した支援)、ロボティクス(人と協働するAI)など、幅広い分野で「理解し応答するデバイス」を実現している。常時オンの意識を持つ階層型コンピューティング設計により、シームレスなスケーリングを可能にしているという。
技術進展と広がる市場機会
Armv9 CPUは「SVE2(Scalable Vector Extension 2)」を搭載し、低レイテンシーで信頼性の高いAI体験を実現する。CPUはセンサーやNPU、ユーザーとの相互作用を調整し、システム全体のコンテキストを管理する役割を担う。
ハードウェア性能の向上と効率的なモデルの登場により、最先端のAIモデルが急速にエッジへ展開されている。アリババのQwen 3、グーグルのGemma 3、OpenAIのモデルなど、2025年に発表された多くがエッジ対応バリアントを持つ。たとえばMetaのLlama 3(10億パラメータ)は、1年前のLlama 2(130億パラメータ)を上回る性能を達成しており、わずか1年で10倍の効率改善を果たした。これにより、かつてはクラウド専用だった機能が、エッジデバイス上で実現可能になりつつある。
市場調査によると、エッジAIチップセットの市場規模は2030年に800億~1000億ドルへ拡大する見込みで、2028年までにAIがすべてのIoTプロジェクトにおいて主流になると予測されている。
トンプソン氏は「AIの未来はエッジにある」とし、「エッジはインテリジェンスが終わる場所ではなく、始まる場所です」と語った。Armとそのエコシステムパートナーは、LLMとエージェントが新たなプラットフォームとなる時代の中で、より良いユーザー体験の実現をリードしていくという。

