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KDDIのエリア化が完了した「富山・黒部峡谷鉄道」ってどんなところ? トロッコ電車に乗ってアンテナを見てきた

 KDDIは8月、富山県の黒部峡谷鉄道の全区間で、携帯電話通信のエリア化対策を完了した。これにより、“トロッコ電車”の愛称で親しまれる同鉄道の始発駅(宇奈月駅)~終点(欅平駅)までの全区間で、auやUQ mobile、povoの4G LTE通信を利用できるようになった。

 今回は、実際に富山県を訪れ、黒部峡谷鉄道のトンネル近くにあるアンテナなどを見学する機会を得た。そこで、関係者の話も含め、現地からのレポートというかたちでお届けする(編集部注:本稿でご紹介する場所は、特別な許可を得て撮影した場所を含みます)。

もともとは産業用だったトロッコ

 富山県黒部市の黒部峡谷鉄道は、その名の通り、黒部峡谷の観光などに用いられる山岳観光鉄道だ。始発駅(宇奈月駅)~終点(欅平駅)までの20.1kmを約1時間20分で走行。日本でも有数の深さを誇る黒部峡谷の間を縫うように走り抜けていく。

 今でこそ“トロッコ電車”の愛称で人々から親しまれる黒部峡谷鉄道だが、実はもともと観光向けのものではなかった。はじまりは黒部川の電源開発で、敷設工事の開始は1923年(大正12年)にまでさかのぼる。

黒部峡谷鉄道の歴史などを説明する、黒部峡谷鉄道 営業部 営業企画・広報グループ チーフマネジャーの谷本悟氏

 当初は、発電所の建設資材を運んだり、作業員を乗せたりといった用途で用いられていた黒部峡谷鉄道。しかし、「黒部峡谷の自然を楽しみたい」といった声が絶えず、1953年(昭和28年)に旅客鉄道としての営業を開始した。

 黒部峡谷鉄道の谷本氏は、「最初は観光向けではなかった鉄道が、観光鉄道に変わっていった歴史を持っている。今から同じものを作ろうとしても投資(すべき額)が大きすぎて利益が出ないから、私の想像では誰も手を出さないと思う。こういう歴史を持った鉄道であるということを頭に入れて乗っていただくと、景色以外にも見えてくるものがある」と語る。

黒部峡谷鉄道が旅客鉄道としての営業を開始する前の乗車券。「安全の保証はしない」という条件が書かれている

 谷本氏が語る通り、これまで刻まれてきた歴史を知っていれば、黒部峡谷鉄道をより一層楽しめることは間違いないだろう。とはいえ、トロッコ電車として純粋に楽しめるような魅力も、黒部峡谷鉄道にはたくさん詰まっている。

この日筆者が乗った電車の先頭車両は、ハロウィン仕様となっていた

 筆者が今回乗車したのは宇奈月駅~黒薙駅間。目の前いっぱいに広がる山々と、エメラルドグリーンの水面に圧倒されて言葉を失った。

 車内では富山出身の室井滋によるナレーションが流れ、見どころなどが案内される。美しい景色を楽しみつつ山間部の新鮮な空気を味わえば、リフレッシュできることうけあいだ。

 黒部峡谷鉄道が運行するのは4月〜11月までの期間で、冬季は運行しない。最も多い年は50万人以上の乗客数を記録したこともあるという。最近では新型コロナウイルスの影響もあって数が落ち込んでいるが、それでも毎期間中、33万人~34万人程度が利用しているそうだ。

“決して簡単ではなかった”エリア化の舞台裏とは

 中部山岳国立公園に指定されている黒部峡谷一帯は、携帯電話の基地局設置に関係省庁の許可が必要となる。また、設置機材を運ぶための自動車道路が沿線に通っておらず、基地局を設置するうえで複数のハードルをクリアしなければならない。

黒部峡谷鉄道のエリア化について説明する、KDDIエンジニアリング 建設事業本部 モバイルプロセス本部 屋内センター 屋内設計Gの嶋田直樹氏

 今回KDDIがエリア化を実現した黒部峡谷鉄道の線路幅は762mmしかなく、新幹線の半分程度。これは「ナローゲージ」と呼ばれ、日本でも数社しか保有していないという。

 同鉄道の路線内には41のトンネルがあり、最長のものは約1kmにわたる。これらは一般的なトンネルより狭く、湾曲している形状のため、トンネル外からの電波が内部まで届きにくい状況にあった。

トンネルから顔を出したトロッコ電車。トンネルと車両の間の空間には、それほど余裕がない
少し高いところからトロッコ電車を見ると、まるでミニチュアのようだ

 そこでKDDIでは、直進性の高い電波を発するアンテナを、トンネルの入り口付近に設置。そこから電波をトンネル内に“吹き込む”ようなイメージで、今回のエリア化を実現した。

黒部峡谷鉄道の黒薙駅付近。写真上部に写っている筒状の装置が、電波をトンネル内に飛ばすためのアンテナだ。景観を考慮してアンテナの下の装置などは茶色に塗る必要があったが、アンテナ自体の塗装は免除されたという

 先述したように、黒部峡谷鉄道のトンネルの長さは、最長のもので約1kmもある。

 そこでKDDIは、トンネルの長さに応じ、アンテナをトンネルの始点・終点の2カ所に設置して両方から電波を飛ばしたり、トンネル内にアンテナを追加で設置したりする工夫も実施している。

今回は、本稿で最初に紹介したトンネルとは別のトンネル付近にあるアンテナも見学した
ヘルメットと蛍光チョッキを身につけ、トンネル内部へ足を踏み入れる
列車が通過する際の一時的な避難場所として、“待避所”が一定間隔で設けられている
トンネル内部のアンテナ

 KDDI 技術統括本部 エンジニアリング推進本部 品質管理部 エリア企画G グループリーダーの金月昭太氏によれば、アンテナ設置前の準備として、夜中にトンネル内を歩いて調べることもあったという。

金月氏

 紅葉シーズンが終わると、黒部峡谷は冬の季節を迎える。降り積もる雪への対策もまた、エリア化を実現するうえで避けては通れないことのひとつだった。

 KDDIによって設置されたアンテナは金属でできており、プラスチック製のものから性能はそのままに、強度アップを実現。また、設置場所についても、なだれの影響を受けないようなところが選択された。

 KDDIエンジニアリングの建設事業本部 モバイルプロセス本部 工程管理センター 執行管理4Gでグループリーダーを務める船本一弥氏は、「一度設置してしまえば基本的にメンテナンスは不要」としたうえで、「アンテナを設置してからの越冬は今回が初めてなので、『冬を越えたら壊れていた』となる可能性もある」とコメント。

 その言葉からは、黒部峡谷の冬がいかに厳しいものであるかが伝わってきた。

写真左から、オプテージ ソリューション事業推進本部 パートナー営業部 モバイルキャリア営業チームの柴草芳美氏、金月氏、谷本氏、船本氏、嶋田氏

エリア化の好影響は、意外なところにも

 さまざまな試行錯誤の末に実現した黒部峡谷鉄道のエリア化。その恩恵を受けるのは、観光客だけではないようだ。「(黒部峡谷鉄道で)作業をする人々からも、ありがたいという声はいただく」と金月氏は語る。

 今回の黒部峡谷鉄道の乗車中、UQ mobileの回線で電波の強度をチェックしていた筆者。見ている限りでは、黒部峡谷鉄道の宇奈月駅~黒薙駅間で、圏外になることはなかった。動画視聴や音楽鑑賞など、トロッコ乗車中もさらに快適に過ごせそうだ。

 ちなみに11月30日までは、「黒部峡谷トロッコ電車オータムパック」として、“おみやげ券”などがセットになった乗車券がお得な価格で販売されている。

 木々が美しく色づくこの季節、山の中を走るトロッコ電車に興味を持った方は、ぜひ黒部峡谷を訪れてみてはいかがだろうか。