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フルキーボード端末「Astro Slide 5G」が来日したので触ってみた!

Astro Slide 5G

 イギリスのスタートアップメーカーのPlanet Computersは、今冬、クラウドファンディング発の新製品「Astro Slide 5G」を発売する。その発売を前に、同社のCEOのDr. Janko Mrsic-Flogel(以下、ヤンコ博士)が来日し、日本のクラウドファンディング出資者向けに小規模ながらユーザーイベントを開催した。

 実は筆者も出資者の1人としてイベントに参加するつもりだったが、せっかくなので取材という形を取らせていただき、イベントで見聞きした情報や実機を触った感触などから、Astro Slide 5Gの特徴などをお伝えしたい。

Planet Computersってどんな何者?

Planet ComputersのCEOヤンコ博士

 Planet ComputersのAstro Slide 5G、と言われても、「何それ?」と思われる方も多いかと思う。まずはどういったメーカーのどういったスマホなのか、そこから解説しよう。

 Planet Computersはイギリスのスタートアップ企業だ。第1世代の「Gemini PDA」は2018年に、第2世代の「Cosmo Communicator」は2019年に発売されていて、Astro Slide 5Gは第3世代の製品となる。スタートアップとはいったが、もうスタートアップとは呼べないくらい、ちゃんとスマートフォン事業を継続しているメーカーでもある。

Astro Slide 5G(左)とCosmo Communicator(右)。開くと見た目がほとんど同じである

 同社のスマートフォンの特徴は、タッチタイピングもできるキーボードを搭載していることだ。これはGeminiもCosmoもAstro Slide 5Gも変わらない。ただ、デザインが少し違う。GeminiとCosmoはノートパソコンを縮小したようなクラムシェルデザインだが、Astro Slide 5Gは名前の通り、スライドデザインを採用する。

 形は変わっているが、いずれのモデルもれっきとしたAndroidスマートフォンだ。Playストアや各種Android向けアプリが普通に使えるし、SIMカードを挿せば4Gネットワークにも接続する(GeminiはWi-Fiモデルもある)。

なぜか日本人に非常に人気のフルキーボード端末

 GeminiもCosmoも、クラウドファンディングからスタートして、製品化されている。Astro Slide 5Gも2020年3月よりIndiegogoでプロジェクトを開始していた。

なぜか国別シェアトップの日本。人口の多いアメリカも抜いている

 イギリスの小さなメーカーによるクラウドファンディングプロジェクト、となると、日本あんまり関係ないじゃん、と思われるかもしれないが、全くそんなことはない。同社の製品、なぜか日本人にウケが良く、同社のIndiegogoでの国別シェアでは日本が25.6%と1位だったりする。日本にはフルキーボード端末大好きの民がたくさん生息しているのだ。もちろん筆者もその一人である。

 そんな日本からの人気もあり、初代Geminiのクラウドファンディング初期出荷版から日本語キーボードが選択可能で、日本の無線通信の認証も取得していたなど、Planet Computersは日本に力を入れている。発売前にCEO自ら来日し、ユーザーイベントを開催するのも、そういった背景がある。

 といっても、この昨今の情勢だとイギリスから日本に来日するのは困難だ。しかし聞いてみたところ、CEOのヤンコ博士はのっぴきならない個人的事情で来日していて、時間が作れたのでユーザーイベントを開催したという。このような状況でもユーザーイベントをやってしまうあたり、やはり日本への力の入れようを感じてしまう。

従来モデルの弱点をカバーする新デザインを採用したAstro Slide 5G

スライド機構。頑丈に作られているが、開いた状態で落としたりするとヤバそうである

 GeminiとCosmoのクラムシェルデザインには弱点があった。何をするにも本体を開く必要があり、両手が必要になる。また、実質的に横画面専用となるので、使いにくいアプリも多い。Androidスマホではあるが、Androidスマホの良さが一部失われてしまっているのだ。

 そうした弱点を解決するべく、Astro Slide 5Gでは新しいスライドデザインが採用されている。これならば普通のスマートフォンのように片手でもタッチパネルディスプレイを使えるし、GeminiやCosmoでは不得意だった縦画面のみのアプリも使いやすい。

 また、ただスライドするだけでなく、開き切った時にディスプレイが少しチルトするようになっている。卓上においてタッチタイピングすることを前提としたデザインだ。

キーボード側背面カバーを外した状態。キーボード側のスライド機構が見えている
通常はカバーがついていてこんな感じになる
開いた後、ディスプレイを折るようにするとチルトする

 このスライド機構はかなり独特で、なんというか説明しにくい。キーボード側の背面にちょっと側面へと飛び出るフックのようなパーツがあり、それがディスプレイ側の背面のスライド機構とつながっている。フックが飛び出つつスライド機構もスライドし、最後に折れるようにディスプレイがチルトする、そんなイメージだ。

 今回のイベントでは、主催のヤンコ博士も数時間前に日本で受け取ったばかりという、最初の量産試作機を触ることができた。ヤンコ博士がイギリスから持ってきていた量産前の試作機に比べると、量産試作機はスライドの滑らかさなどが明らかに改善していた。特殊なスライド機構だけに、かなり微調整しつつ開発しているようだ。

スライド機構を説明するヤンコ博士。こんな感じにぐいっとスライドさせる

 開くときは両手を使う。縦に持ち、左右の手でそれぞれディスプレイ側とキーボード側の筐体に指をかけて左右にスライドさせ、最後にディスプレイ側の根本を押し込んでチルトさせる。ほかのデバイスにはない、ちょっと変わった動作だが、使っていればすぐに慣れ、手元を見ずに開閉できるようになりそうだ。

 このほかにも横に持って両端を左右の手で握り、親指でスライドを押し出すのも無理ではないが、ちょっと難しい。片手で開くのはほぼ不可能だろう。

 閉じるときはチルトを戻してからスライドさせるので、これも片手では不可能だ。GeminiとCosmoも開くときは両手が必要だったものの、閉じるときは片手でもできなくはなかったので、ちょっと手間は増えたかな、とは思う。

 しかし、そもそも開かないと何もできなかったGemini/Cosmoと違い、Astro Slide 5Gは普通のスマホの作業は閉じたままでOKだ。開くのは卓上で作業をするときくらいと、頻度は圧倒的に減るので、開閉の手間が多少増えてもあまり問題にはなりそうになく、総合的な使い勝手は向上していると見るべきだろう。

タッチタイピングできる絶妙なサイズ感のキーボード

片手サイズながらタッチタイピングできるギリギリのサイズ感

 Astro Slide 5Gの重量は約300g、大きさは172.4×76.5×17.8mm。普通のスマートフォンに比べると、だいたい2倍の重さと厚みだが、縦横の大きさは大型ディスプレイ搭載のスマートフォンと大差がない。これはカバンに入れているのを忘れるくらいのコンパクトさだし、普通の大画面スマートフォン同様、ジャケットのポケットなどでも気軽に持ち運べる。ノートパソコンやキーボードを装着したタブレットとは桁違いの機動性だ。

コンパクトながら立体的な形状で、指のかかりが良い

 キーボードはこのサイズを端から端まで使い、目一杯の大きさが確保されている。パソコンのフルサイズのキーボードに比べると、キーピッチは小さいし、かなりのキーが省略されている。しかし本体サイズとキーボードのバランスが絶妙なのだ。

サイズとしては大画面スマホとほぼ同じくらい。ただ、メジャーメーカーほど狭額縁ではない

 筆者は初代のGeminiをクラウドファンディング出資で入手したが、2年ほど、メモ端末としてガッツリと使い込んだ。やや慣れが必要だが、ちゃんとタッチタイピングができるので、普通に仕事道具として使えるのだ。高速タイプしようとすると、ややミスタイプが多くなるものの、口述筆記に近い速度で入力できる。それがポケットから取り出して一瞬で展開できる端末でできる。しかも4G内蔵でメモは自動同期する。機動力の求められる取材時のメモ端末としては、ベストチョイスと言って良いほどのバランスなのだ。

日本語キー配列。英語キー配列だとハイフンがさらに訳がわからないことになるのでおすすめしにくい

 キーボード配列は複数の言語から選択できるが、日本人ユーザーは日本語キーボードを選ぶのが妥当だろう。しかし日本語キーボードも最適化が微妙な部分があり、具体的には日本語入力時に使用頻度の高い「-(ハイフン)」がシフトキー入力になっている。これは海外製コンパクトキーボードの「あるある」なのだが、従来モデルから気になっているポイントでもある。

KEYBOARD MAPPERアプリ。初代Geminiにはなかったのでユーザーが開発したアプリとかを使っていた

 といっても、Astro Slide 5Gにはキーボードの割り当てを変更する純正アプリ「KEYBOARD MAPPER」が提供されるので、不満がある割り当ては変更してしまえば良い。キートップの印字と合わなくなるが、まぁそこは我慢しよう。

 量産試作機のAstro Slide 5Gを触ったところ、Geminiよりはキータッチが改善したかな、という印象を受けた。キータッチは好みの問題でもあるので、何がベストかはユーザー次第だと思うが、Astro Slide 5Gはこのコンパクトさを考えると、かなり打ちやすい部類だと思う。

 また、キーボードにはバックライトも搭載する。初代Geminiにはなかった(Cosmoには搭載されていた)機能だが、発表会などではプレゼン時、会場照明が落とされるので、このバックライトはかなり役立つ機能になるはずだ。

なぜか充実している各種インターフェイス

右側面、というかスライド機構側に電源キーがある。その隣はSIMトレイ。ディスプレイ筐体にあるので、開いた状態でも押しやすい
左側面に音量キーとカスタマイズキー。こっち側はキーボード筐体にある

 一般的なAndroidスマホ同様、閉じたときの左右側面(長辺側)に電源キーや音量キーがある。ちなみにGeminiは電源も音量も「Fn+α」で、側面キーはなかったが(受話ボタンだけあった)、開かないと使えない端末だったので問題はなかった。しかしAstro Slide 5Gはそうもいかないというわけだ。

 電源キーは指紋センサーも内蔵している。人前でパスコードやパターンを入力するのはセキュリティ上、避けたいので、生体認証対応はありがたいポイントだ。

 このほかにも割り当てをカスタマイズできる側面キー「SMART BUTTON」もある。なくても困らないキーだが、あったらあったで便利に使えてしまうものなので、こうしたユーザー目線でのデザインは非常にありがたい。

閉じたときの下端(開いたときの右側)。ポート類はキーボード側にある

 開いたときの側面(短辺側)には左右それぞれ1つずつ、USB Type-Cポートがある。つまり2個のType-Cポートがあるというわけだ。Androidスマホとしては面白い仕様だが、卓上において作業するとき、電源ケーブルをどちらに伸ばすかは卓上の配置次第だし、充電しながらType-C周辺機器を使うこともできるので、便利な仕様でもある。あとはイヤホンマイクジャックもある。

SIMカードトレイ

 SIMカードはデュアルスロット仕様で、細長いSIMトレイに2つのnanoSIMと1枚のmicroSDカードを装着できる。このほかにもeSIMにも対応している。至れり尽くせりだ。もちろん名前の通り5Gにも対応している。

やたら充実しているインターフェイス類

 このほかにも、ワイヤレス充電やNFCにも対応している。かなり普通のスマホに近い仕様を搭載するが、残念ながら防水仕様ではない。まぁフルキーボード搭載で防水だったら画期的すぎるところだが。

 ディスプレイは6.39インチの有機ELで、解像度は2340×1080。アスペクト比は19.5:9で、最近流行りのウルトラワイド比率だ。推定ディスプレイサイズは147×68mm。もっとディスプレイの大きなスマホも珍しくないが、チルトスタンド内蔵みたいなデザインだし、ステレオスピーカーも内蔵しているので、実は動画視聴にも向いている。

 インカメラは横画面(開いた)状態でディスプレイの左に配置されている。スタンドもあるので、出先でのテレビ会議にも便利だが、ノートパソコンなどに比べるとディスプレイのチルト角が浅く、カメラ位置も低く、Astro Slide 5G自体が体に引き寄せた位置で使う前提なので、映される自分の顔面はあおりアングルになるので注意しよう。要するに鼻の穴がガッツリ映る。

コロナ禍で進められた製品開発

 Astro Slide 5Gのクラウドファンディングプロジェクトは2020年3月末に開始し、当初は2021年3月より出荷開始の予定だった。もろにコロナ禍にぶつかっているのだ。

 Planet Computersは中国のODMに製造を委託しているが、コロナ禍で国際移動が困難になった影響が大きい。本来はPlanet ComputersのスタッフがODM工場に行って調整するべき事柄も、全て遠隔でやる必要がある。そこで大きなタイムラグが生じてくる。

試作された背面パネル。こうした試作を繰り返して製品仕様が決定されていく

 例えばODM工場側からの提案に対し、Planet Computersが検討して返答するというようなリモートでもできるようなことも、イギリスと中国とでは時差が問題となり、ちょっとしたやり取りも一晩待たないといけない。

 今回のAstro Slide 5Gは新しいスライド機構を採用するので、そのメカニカルな機構の調整も大変だ。試作品のやりとりは郵送になり、何回も繰り返さないといけないのに、1回ずつにかなりの時間がかかる。

主要スペック

 さらに半導体不足など、部品供給も影響があった。プロセッサには当初はMediaTekのDimensity 1000を採用予定だったが、ライセンスを受けられなかったため、開発途中で同800に変更された。

「COVID-19接触通知システム」に対応している

 こうした困難もあり、3月予定だった出荷は11月以降へと遅延してしまった。しかし、この状況では短い遅延だったとも思う。筆者はクラウドファンディングにはよく出資をするが、コロナ禍でなくても、数ヶ月の遅延は当たり前だ。製品開発が初めてのメーカーなどは、数年かけつつもプロジェクトが頓挫してそのまま放置、なんてのもよくある話でもある。Planet Computersは今回が初製品ではなく、過去2モデルの製品化経験があるため、コロナ禍でもこの程度の遅延で済んだが、むしろよく発売に漕ぎ着けたな、と感心するくらいでもある。

 なお、あまりフォローにならないフォローをしておくと、クラウドファンディングでは仕様変更はよくあることだ。Astro Slide 5Gはプロセッサ以外にもいろいろな仕様が変更されているが、スペックアップもしていたりする。メモリは6GBから8GBになったし、ディスプレイは少し小さくなった代わりに有機ELとなった。出荷時OSは当初、Android 10の予定だったが、Android 11に変更されている。あとインカメラは画素数が増えたし、リアカメラはソニーのセンサーになっている。仕様が固まる前に出資者を集め、開発期間中に調達しやすいベストな部品に仕様変更する、というのは、クラウドファンディングでは当然のことでもあるのだ。

Indiegogo出資者向けには11月ごろから出荷

歴代製品。Cosmo(中央)はGemini(右)にサブディスプレイを追加しただけな感じだったが、Astro Slide 5G(左)はだいぶ変わっている

 今回取材したユーザーイベントが開催された日(9月某日)は、最初の量産試作機(PR1)の1台が日本でヤンコ氏の手に渡ったという段階だった。通常、こうした量産試作機を2〜3週間くらいテストし、その問題点を工場にフィードバックしてPR2を作り、それで問題がなければ量産に移行、というような段階を踏んでいく。

 10月4日にIndiegogo上で公開されたコメントによると、PR1までで指摘された問題を修正したPR2がすぐに届く予定で、それがほぼ量産機になるとしていたが、10月12日のコメントでは工場に生産が発注されたことが明らかにされた。

設定画面なども日本語化済み。フォントもちゃんとしている

 このまま順調にいけば、11月ごろにはIndiegogoで初期に出資した人たちへの出荷が開始されるはずだ。ヤンコ博士によると、最初の生産数は500台程度で、その中でも日本向けが一番多くなる見込みとのことだ(それだけ出資者が多いのである)。

 実際の初期出荷が何台になるかはわからないが、とりあえずContribution IDが100番台前半の筆者は、最初の出荷に間に合う可能性が高そうだ。実機を入手したら、またレビュー記事などをお届けできればと思う。

 Indiegogoで出資しなかった人の購入機会としては、日本ではmakuakeでクラウドファンディングプロジェクト が展開される。と言っても、もう量産も開始されているので、お金は払ったけど仕様が固まっていないとか製品が届かないということはない、一般販売に近いクラウドファンディングだ。

 クラウドファンディング後の一般販売がどうなるかは未発表だが、従来モデルも国内で販売代理店が付き、一般販売されているので、Astro Slide 5Gも普通に購入できるようになると思われる。しかしmakuakeのクラウドファンディングのほうが幾分か安い可能性が高いので、興味がある人は出資を検討してはいかがだろうか。