インタビュー

なぜ“新興国に日本デザイン”か、「ARATAS」が開拓する新たなブルーオーシャン

Gooute CEO 横地俊哉氏に聞く

 中国のODMメーカーと連携し、「日本のデザイン」のスマートフォンを東南アジアなど世界各国で展開していくプロジェクト「ARATAS」(アラタス)をプロデュースするGooute(グート)。スマートフォンのデザイン監修とプラットフォームビジネスという2つの柱を持つプロジェクトはどのようにして生まれたのか。立ち上げのきっかけやビジョンについて、GoouteのCEO 横地俊哉氏にお話を伺った。

Gooute CEO 横地俊哉氏

「ハードウェア+プラットフォーム」の構想はニフティ時代から

――まず、Goouteの会社としての生い立ちを簡単に教えてください。

横地氏
 Goouteは、ニフティ出身者が作ったベンチャー企業です。とはいえ、私がニフティを退社したのは2006年ともう10年も前の事ですし、「元ニフティの」と言うのも、そろそろ違和感もありますね。

 ただし、今のGoouteに繋がる最初のきっかけはニフティ時代からの取り組みにあります。私はニフティを退社した後、トランスコスモスに移りまして、そこで事業立案し、スピンアウトしたミルモ(millmo)を、Gooute設立前の2013年春まで指揮しました。ニフティ時代から今のGoouteに至るまでで実現しようとしていたことは一貫して「ハードウェアと連携したコンテンツのプラットフォーム化」でした。

――ニフティではどのようなことをされていましたか。

横地氏
 ニフティを退社するまでの3年間(2004年〜2006年)は、SDカードの著作権保護技術「CPRM」に対応した音楽・動画配信プラットフォームを手がけていました。

 「着うた」の全盛期の当時、ニフティに「SDカードをコンテンツのハブにして、キャリアの特定の端末に縛られる着うたよりもオープンなプラットフォームを作りたい」という持ちかけが、SDカードのパテントオーナーでもある松下電器(現パナソニック)と東芝からありました。

 その頃は国内の他社ネット系企業もアップルのiTunes Storeの成功に習い、パソコン向けの音楽配信サービスをこぞって展開していました。その中でSDカードのCPRMで参入したのは、それまでの経験や市場調査の結果から、「コンテンツを普及させるためには連携するハードウェアの存在が不可欠」と確信していたからです。

 ただコンテンツだけがあっても、音楽や動画をパソコンで楽しむ人は多くはないので、パソコンだけでなく、携帯電話や音楽プレーヤーで音楽を聴けたり、テレビやカーナビで動画を観れたりしないと意味が無いわけです。そういう点では、SDカードは挿さればいろいろな端末でコンテンツが再生できるので、「マルチプラットフォームになり得る」と考え、松下電器と東芝との連携で、独自のプラットフォームを開発しました。

 また、私は松下電器からの推薦もあり、SDアソシエーションの日本のマーケティング・チェアを2年間務め、その時に多くの日本のメーカーの方々と交流させていただきました。その頃の日本の携帯メーカーはまだ活気があって「キャリア主体のサービス以外にもメーカー独自のサービスを提供していきたい」という強い思いがありました。そして海外へ行こうというマインドもあり、「まずは海外向けからでもいいから自由なプラットフォームを作りたい」という話さえしていました。

 しかし、当時はキャリア主体の「着うた」「ガラケー」全盛期ということもありまして、パソコンからスタートしたCPRMの取り組みも、結果的には実ることはありませんでした。

――その後、ミルモとして再びプラットフォーム作りを目指すわけですね。

横地氏
 はい。それが2010年頃です。SDカードの取り組みで関係も深かった携帯メーカー各社との連携を活かし、その時に作ろうとしていたのは「ガラケー」ではなく、Androidスマートフォン向けのコンテンツ配信プラットフォームです。

 SDカードのCPRMの経験から、世界中の権利者から認められている著作権保護技術(DRM)は限られていることに気づいていました。その中の1つだったマイクロソフトの著作権保護技術「PlayReady」を採用して、新たなプラットフォームに挑戦しました。メーカー各社や、キャリア、マイクロソフト、グーグルなどと調整し、Androidスマートフォン向のをプラットフォームを開発しました。

 しかし、ちょうどその頃にドコモからソニーのXperiaが登場し、そのXperiaがブームになったことをきっかけに、ドコモをはじめとするキャリアの開発体制が一気に「ガラケー」からAndroidに集中していきました。

 結果として、SDカードの時と同様に、キャリア主体のサービス以外のプラットフォームを、メーカー端末に搭載することが難しくなり、ミルモで目指していたハードウェアと連携したプラットフォーム化も諦めることになりました。

 ただし、そこは世界で展開しているAndroidです。海外のメーカーやキャリアに、このプラットフォームのビジネス連携を掛け合ってみたところ、多くの企業が興味を示しました。そこで、2013年に、海外市場をターゲットし、新たにシンガポールで立ち上げた会社がGoouteです。

国内向けの企画から始まった

――「ARATAS」というプロジェクトはいつ頃から具体的な形になったのでしょうか。

横地氏
 Goouteの創業期から、プラットフォームビジネスに加えて、ODMと連携してデバイスの企画開発をするビジネスについても構想がありました。

 その当時は、デバイスの事業は日本で展開するつもりでした。海外ではプラットフォームを、日本ではデバイスをという両輪で進めていく計画でした。2013年当時は「格安SIM」が流行る直前のタイミングで、SIMロックフリーのスマートフォンはほとんど販売されていないような状況です。

 当初のデバイス事業は、タブレット端末として企画していました。当時ヒットしていた「Nexus 7」に続くAndroidタブレットを求めていた、ある国内の量販店と組んで「日本のデザインとブランド」で提供する、というプロジェクトが、「ARATAS」の発端となったものです。

 その年の年末は、国内のMVNO各社や量販店が格安SIMを計画しているような状況で、MVNOや量販店側から「SIMカードはすぐ用意できるけれど、肝心の端末が用意できない」という相談を受け、「ではSIMロックフリーのスマートフォンにしよう」という方針へと変わっていきました。翌年2014年まで、MVNOと格安スマートフォンの市場は好調でした。

 しかし、2015年に入ると、この市場の風向きが変わってきました。「どうやら格安SIMを買っている人たちは年配の人で、40〜50代の人たちがガラケーから乗り換えているようだ」という市場の実情に、当社と各社が気づいたのです。こうなった時に、ITリテラシーが高いアーリーアダプター層を想定していた端末を出すには、国内の市場とマッチしておらず、端末の仕様を変更する必要がありました。

 そして、国内の「SIMロックフリーのスマートフォン」そのものが想定していたよりもあまり売れていないという状況が判明するにつれて、MVNOや量販店側から提示された取扱台数も徐々に減っていきました。そうなると、「日本ではオリジナルのデバイスは、ビジネスとして成り立たない」という事態となりました。

 協力していた中国や台湾のODMメーカー各社から「企画やデザインがいいので、先に海外で売ろう」というアプローチを受け、当社のプラットフォームビジネスと合わせ、デバイスのビジネスも海外での展開を主軸として提供することを決めました。この時に「ARATAS」というブランド展開を考案しました。

ARATASスマートフォンの第1弾「KAZE01」(左)と「KAZE02」(右)。製造・販売は中国キングテックモバイル社が手がける

――日本での展開は完全に諦めてしまったのでしょうか。

横地氏
 諦めたわけではありません。ただし、国内では、それなりにボリュームをさばけないとビジネスとしては成り立たない状況ではあります。海外での販売実績と日本の市場やユーザー動向を見極めて、この春頃までに、年内に「ARATAS」を日本にも投入するかを判断できれば、という考えです。

日本デザインのハードと最適なコンテンツで新興国に差別化されたスマホを

――「ARATAS」では端末デザインのほかに、搭載アプリでニュースなどのコンテンツを配信する「メディア化」の取り組みも特徴的ですが、どのような意図があるのでしょうか。

横地氏
 Goouteが目指すのは、ハードウェアを販売するビジネスだけでなく、ハードウェアに搭載されるプラットフォームとサービスを総合的な事業展開です。新興国で爆発的に売れるスマートフォンは、「メディア」としての価値も高いと考えています。

 低価格スマートフォンの多くが販売される新興国のユーザーは、まだ、ブランド力のあるスマートフォンを選ぶという選択肢がないような状況です。もちろん、新興国でも富裕層や一部の中間層の人達は、サムスンやファーウェイ、レノボ等のグローバルメーカーの製品を買うことができます。

 しかし、我々が意識しているターゲット層は、平均月給が数万円程度の中間層の人たちです。現状、この人たちは、価格の問題からデザインやスペックが類似する「Made in China」のスマートフォンから選ぶしかないのです。
そういったスマートフォンを買ってみると、Google Playは入っていますが、メーカー主体のサービスは皆無という現状です。メーカーにしても、薄利な低価格スマートフォンの利益しか得る事が出来ません。

 そこに我々の「ARATAS」のスマートフォンや「ARATAS.NET」が搭載されたスマートフォンを並べます。すると「同じくらいの値段とスペックだけど、ちょっと見慣れない変わったデザインのスマホがある」「デザイン性がよくてスペックに最適化されたサービスがある」となります。

 デバイスやサービスには、「Designed in Japan」と入っている。もちろん、日本デザインというだけで、スマートフォンが売れる訳ではありませんが、各国のキャリアや販売店の反応としては、デザインに加え、製品に「Japan」と入っているだけでも、十分に販売力が増すと好感触でした。

 「ARATAS」が競合するプレイヤーは、日本で展開しているようなハイエンド機のメーカーではありません。デバイスに関しては、スペックを上げようとすればいくらでも上げることはできますが、その分値段も上がってしまう。結果、我々が狙うターゲット層のユーザーのお小遣いで買える値段ではなくなってしまうわけです。低価格でデザイン性があり、「メディア化」されたスマートフォンが多く販売される事が我々のビジネスでは大事なのです。

――プロジェクト全体を俯瞰すると、さまざまな要素が絡み合って複雑に見えますが、成功の鍵となるのはどういった要素でしょうか。

横地氏
 「ARATAS」は、我々が連携するODMやメーカーが製造・販売する「ARATAS DEVICE」と呼ばれるスマートフォンと、「ARATAS DEVICE」含む低価格スマートフォン上で展開するプラットフォーム「ARATAS.NET」から成り立っています。

 「ARATAS DEVICE」は、我々の「ARATAS」ブランドを採用してもらえるメーカー、販売国、販売台数がどの程度まで伸びるかがポイントになると思っています。「ARATAS.NET」については、アプリやSDKがどれだけ多くのスマートフォンに採用してもらえるかが鍵です。「スマートフォンを買ったら入っている」ということは、マーケティング上で優位に立つ事ができます。

――「ARATAS DEVICE」では、端末デザインをGoouteが担い、実際の製造販売は中国のメーカーが製造する形ですが、彼らODMメーカーの実力はどの程度あるのでしょうか。

横地氏
 生産品質では、長年アップルやサムスン製品のODMを手がけてきた台湾メーカーが勝っています。しかし、製造単価や最低生産数の面では、既に台湾ODMメーカーよりも、中国のODMメーカーの方がはるかに小回りの利いた生産が可能です。

 加えて、中国のODMメーカーはここ数年で、ローエンドやミドルレンジのスマートフォンに限っては、十分に勝負できるレベルにまで製造品質を上げてきており、年間で数千万台を販売するメーカーも続出しています。

 しかし、製品の独自の企画力、デザイン力という意味では、中国だけではなく、台湾の大手のODMメーカーでさえアップルやサムスンの後追いのような製品を作ってしまうくらいで、ODMメーカーにはスマートフォンのプロデュース力は、まだ無いと言えます。

 Goouteは、ニフティやヤフーなどのIT企業の出身者に加え、イー・モバイル、NEC、富士ソフトなどで携帯電話端末の製造に深く関わったスタッフが揃っています。また、携帯や家電の筐体デザインを担ったデザイナーのパイプも豊富です。

――今後、Goouteがメーカーとなって、「ARATAS DEVICE」をイチから設計することはありえるのでしょうか。

横地氏
 現状では、その考えはありません。今の状況では、生産設備や製品の在庫を持つことのリスクは大きいと考えています。

 実は、当初の国内向けの機種の企画段階では、Goouteがファブレスメーカーとして機能して、試しに1機種作ってみるという検討もしていました。Goouteとして技適を取得する検討もしましたが、結果的には、当社の強みを活かした役割に徹し、製造はメーカーに任せています。

 ただし、企画当初に得た製造に必要なノウハウは、ODMやメーカー各社との端末の企画・開発の業務に活かされています。

――「ARATAS.NET」で配信されるコンテンツはどういったものになりますか。

横地氏
 春頃には「ARATAS.NET」を提供する世界各国の現地のメディアやコンテンツプロバイダーと提携を進めていき、また自社でも各地に編集運営チームを立ち上げるなどして、現地の情報を現地で編集して提供する体制にしていきます。

 ネットバブル当時、アメリカのネットメディアが日本にどんどん進出してきましたが、その中で多かった「現地で編集権を持たせないメディア」が、ネットバブルの終焉とともに軒並み閉鎖していく状況を見ているので、「ARATAS.NET」の各サービスは徹底して現地のチームに編集、編成を任せ、各国毎にローカライズさせようと決めています。

 コンテンツについては、最終的に「現地生産・現地消費」の方針でいきたいという考え方です。また、データ管理システムやレコメンドシステムのようなコンテンツを扱う仕組みは、日本やシンガポールで開発したものを柔軟性をもたせて各国に提供していく予定です。

――本日はどうもありがとうございました。

石井 徹