インタビュー

動画配信の通信量無料~J:COMの新モバイルサービスのインパクト

訪問サポートは他社が真似できない武器

 13日、「動画配信サービスの通信量は無料」という新形態のモバイル通信サービス「J:COM MOBILE」を発表したジュピターテレコム(J:COM)。大胆な料金プランを提示した狙い、なぜ折りたたみ型スマートフォンを選んだのか、他社には真似できないJ:COMならではの戦略とは……。サービスの企画を担当したJ:COM 商品企画本部 副本部長の中馬(ちゅうまん)和彦氏にお話をうかがった。

J:COM 商品企画本部 副本部長 中馬和彦氏

――まずは、御社のサービスについての特徴を教えてください。

中馬氏
 大きく2つあります。1つめは、当社のモバイル向けの動画サービス「J:COM オンデマンドアプリ」を利用した分のデータ通信が、データ利用量のカウント対象外となります。ケーブルテレビのお客さんであれば、パケット代を無料で、外出先でもJ:COMのコンテンツをお楽しみいただけます。

 もう1つは、サポートの充実です。購入時には、Google IDやJ:COM IDの設定など、お客様がモバイルを利用するために必要な初期設定を無料で行います。ご利用開始後も、「おまかせサポート」(月額500円、税抜)に加入いただければ、スマートフォンについて何か困ったことがあったら電話で、もしくはお宅にお伺いして直接サポートします。万が一故障した場合には、大手キャリアと同じような故障時の補償サービスによって、安く交換できます。

 まとめると、お客様のライフサイクルすべて人手でサポートする安心サービスがついています、というのが、ケーブルテレビ事業者らしい、2つめの特徴です。

――ケーブルテレビのJ:COMが、モバイル通信サービスの提供を決めた背景には、どのような思いがあったのでしょうか。

中馬氏
 私達ケーブル事業者は、あくまで映像コンテンツのサービスが主体となっています。しかし、映像コンテンツを楽しむスタイルは、ここ数年で確実に変化しています。具体的にはご自宅のTVでの視聴に加えて、場所を選ばずスマートフォンで動画を観るというスタイルです。

 J:COMでも、スマートフォンやタブレットで「J:COM オンデマンド」のアプリを提供しています。モバイルで動画を見るという行為は、今までは詳しい人たちがやっていた行為でしたが、今では一般的になりつつありますね。

 いかに場所を選ばず僕らのコンテンツをみていただくという意味で、モバイルへの対応は避けては通れない課題でした。携帯ビジネスをやりたかったというわけではなくて、自社のサービスを拡充していく上で、モバイル環境を自社で構築せざる得なかったという特殊な事情がありました。

――サービス提供のタイミングに、MVNO市場が盛り上がってきたこの時期を選んだのは、どのような意図がありますか。

中馬氏
 モバイルシフトは2011年から急速に進んできたので、もう少し早く提供したかったという思いはありました。準備に十分な時間をかけていたために、この時期になりました。IT業界的な発想でいくと、「ベータでもいいから早めにリリースして、お客様の反応を見ながらサービスを改善していけばいい」というアプローチになるのですが、対人ベースのフルサポートを前提とするケーブル事業者においてはなかなか同じアプローチは難しいものです。

 他社がどんどんサービスを出していく中でのもどかしさはありましたが、ケーブルテレビ品質で提供すると決めた以上、じっくりと時間をかけて、準備万端の状態で提供します。

 もう1つの理由としては、au VoLTEに対応したことです。今回のターゲットユーザーが既存のガラケ―利用者であることから、音声の聞き取りやすさについてはこだわりたかったので、au VoLTEでの提供が可能となるこの時期を待っての提供となりました。

――外で動画を観られるようにするという意味では、動画配信サービスだけでも実現できるように思いますが、あえてMVNOとして参入された意図についてお聞かせください。

中馬氏
 数年前まで、携帯電話の通信サービスは完全定額でしたよね。そのおかげで、今まではYouTubeなどの動画サービスでも、気兼ねせずに観ることができたと思います。しかし最近は、一部のヘビーユーザーのトラフィックが全体に与える影響が甚大となった結果、キャリア各社がトラフィック制限を導入せざるを得えなくなり、料金プランも「準定額」といえるような形に移行しつつあります。

 その一方で、動画コンテンツは高画質になってきて、その分データ容量を使うようになっています。例えば、私達がお客さんに推奨している「高画質モード」で毎日1時間動画を見ると、単純計算で1カ月18GBのデータを使ってしまいます。

 リビング以外でも動画を観ていただきたいとなると、データ容量の話は避けては通れなくなってきます。となると自社ベースでインフラを抱えて、課金やトラフィックコントロールのスキームも含めて用意することで、本当の意味でストレスフリーなテレビ視聴環境が作れるのではないか、と考えた次第です。

――「J:COM オンデマンドアプリ」利用分については課金しないという条件で、3GBプランが月額2980円という料金設定がされていますが、収益的は成り立つものでしょうか。

中馬氏
 私達のサービスは、J:COMサービス利用パケット無料やサポートサービスのなど充実などが売りとなっており、いわゆる「格安SIM」のような、安さだけを売りにしたサービスを提供するつもりはありません。とはいえ、スマホ移行の障壁の一つに料金があることも事実ですので、厳しいですが、この水準で頑張りたいと思います。

 ネットワークのオフロードについては、宅外ではWi2の公衆無線LANスポットが無料で利用できますし、自宅においては、宅内WiFiも含め固定通信サービスを自社で提供していますので、それらを活用する予定です。

 端末のWi-Fi設定も、J:COMのスタッフが初期設定を行い提供いたします。固定からモバイルまで全てを自社で完結することができますのでネットワーク面である程度のコントロールをできるという点が、モバイルだけを提供されているMVNOの他社とは違うところなのかなと思います。

コンテンツ展開では外部との連携も模索

――「外で観たい」と思われるようなコンテンツサービスは、どういった種類のものだと思われますか?

中馬氏
 スポーツなど、ライブで観たいコンテンツのニーズは高いと考えています。例えば、プロ野球では、12球団全ての中継を放送しているのがJ:COMだけ、というのが売りになっています。出先でプロ野球をチョイ見したいという場合に、今回のサービスは有効だと思います。ほかにも「ゴルフ ネットワーク」や「J SPORTS」でもライブ配信を行っていますので、グローバルなスポーツ中継についてもなどをリアルタイムで観ることができます。

 ニュースについても、一定のクオリティを担保した専門チャンネルのニュースを配信していますので、いつでも確かな情報を知ることができます。

 ライブで観る必然性があるコンテンツは、今後も、積極的にライブ配信を行っていきます。また、ライブ以外でも3万8000タイトルのアーカイブもラインナップしていますので、好きなものを選んでお楽しみいただけます。

――動画以外にも、音楽や電子書籍などのさまざまなコンテンツで、パケット通信料が無料となるとうれしいコンテンツがありますが、今後はそういった形でのサービス拡大の可能性はありますか。

中馬氏
 当社は音楽ライブなどのイベント事業に力を入れておりますので、音楽等は親和性が高いかもしれません。

 また、J:COMが提供する番組各社の中には、独自のオンデマンドサービスを提供しているチャンネルも多数あります。今回はショートカットのプリインストールにとどまっておりますが、将来的には条件が合うのであればそれらとの連携もぜひ検討したいと思います。

折りたたみ型を選んだ理由は……

――端末についても注目度の高いものを用意されていますね。さまざまなスマートフォンが登場している中で、あえて折りたたみ型の「LG Wine Smart」を選ばれたのはなぜでしょうか。

中馬氏
 商品企画の際は、ガラケー(フィーチャーフォン)からシフトするお客さまを意識した端末選定を行いました。

 昨年度の携帯電話出荷台数の調査では、スマートフォンの出荷台数の伸びが、登場以来はじめて前年割れしました。一方で、ガラケーは、ここに来て久しぶりに前年超えしています。これはすなわち、ここにきてスマートフォンの伸びが鈍化したということですよね。

 J:COMのケーブルテレビサービスのメインユーザー層は40~60代です。「auスマートバリュー」の固定サービスを提供してきた事業者としてこの世代にはガラケーユーザーがまだまだ多いということを実感しています。

 実は、スマートバリュー加入率は年代ごとに差あります。この差は、ガラケー利用率との間に密接な相関関係があります。若年層であればスマートフォンが多くスマートバリューに入っていただいています。一方で、40~60代のお客様はスマートバリューの加入率は低く、引き続きガラケーにとどまっておられる、という傾向が見られます。

 モバイルで動画を観るという体験を提供する際に、ガラケーでその環境を作るのはどうしても困難な部分があります。スマートフォンでコンテンツを楽しんでいただきたいという思いがある一方で、メインのユーザーさんはガラケーを利用されている、というジレンマがありました。

 J:COMとしては、場所を選ばないでテレビのコンテンツを提供したいというのが一番の目的ですが、そのために観られる環境を作りから行うのが重要だと考えておりガラケーからの移行でなじみやすい、テンキー付きのAndroid端末を選定しました。これまで日本では「ガラホ」という、Androidベースのガラケーが登場していますが、この端末はタッチパネルでの操作はもちろんのこと、Google PlayなどAndorid OSの全機能が利用できます。

 この端末と、J:COMのスタッフによる丁寧なサポートサービスを提供することによって、ガラケーにとどまっている方も、スマートフォンに変えてみようかな、と思っていただけるのではないかと期待を持っています。

「WINE Smart」の右上のキーには、ZAQのキャラクター「ざっくぅ」があしらわれている

――モバイル通信サービスである以上、「キャリアメール」など、動画配信以外に端末で利用できるサービスにも注目が集まりますが、こうしたサービスについては、どのような方針で提供されますか。

中馬氏
 コンセプトは明確です。「対面でのフルサポート」が売りですので、「サポートできないものは提供しない」。

 提供する以上は、完全なフルサポートとしたいので、「なんとなくサービスメニューとして並べました」というようなやり方は絶対に取らないつもりです。

 この線引きから、OTT(Over The Top)サービス的な位置づけのキャリアメールのサービスは今回提供いたしません。ただし、初期設定時にお客様のご要望があれば、固定回線向けに提供しておりますZAQ-ISPのメールアドレスをJ:COMのスタッフが設定をさせていただきます。

 またZAQ-ISPでは、アンチウイルスソフトやフィルタリングアプリもバンドルされています。今回のモバイルサービスの開始にあわせて、それらのAndroid向けアプリが提供されます。

――サポートの充実も、サービスの柱にされていますね。

中馬氏
 もともと地域のケーブル会社からスタートした企業なので、今でこそ合併して全国区の事業者となっていますが、地域に密着したサービス提供は最も得意とするところです。

 実は、2013年からからWi-Fi対応のタブレットを提供しています。これまでもTVの設定とあわせてサービスエンジニアがアカウント取得などの初期設定サービスは行っていました。

 提供を開始してから2年が経っていますが、約45万台程度出荷した中で今でも映像サービスのアクティブ利用率が50%を超えていまのは、この辺の初期設定サポートが功を奏しているものと考えております。

――今後の新機種は、どのようなタイミングで展開していきますか。

中馬氏
 具体的なライフサイクルは決めておりませんが、Android OSのバージョンアップにあわせて、一年くらいを目安に新機種を提供していきたいと考えています。ただし、いたずらに種類を増やさず、絞っていく方針です。多品種展開をしすぎると、営業マンやサポートスタッフが完全なサポートを提供できないという事態になりかねませんので。

 できるだけ選りすぐった機種を長く売っていき、その代わりに何を聞かれても完全に答えられる、という体制で展開していきます。
 個人的には作るのは大好きなのでどんどん作って出したいですけどね(笑)。グッと抑えています。

約7000名の個別訪問スタッフを持つCATV事業者の強み

――今回、au VoLTEを利用したサービスの他に、ドコモ網を利用したサービスも提供されるそうですね。

中馬氏
 今回提供するサービスは2種類あります。スマートフォンとセットのサービスは、auのVoLTE SIMを利用したMVNOとしてJ:COMが提供します。こちらのサービスがメインとなります。

 もう1つはSIMカードのみを提供するサービスです。こちらは、ケーブルテレビ事業者が加盟する業界団体、日本ケーブルテレビ連盟(JCTA)がIIJから借り上げたサービスを再販する形で提供します。

 au VoLTEを利用したサービスは、J:COMがauのネットワークにレイヤー2接続する形で提供するものですので、さまざまなカスタマイズを加えています。IIJを利用するサービスは、レイヤー3接続の再販という形ですので、独自サービスは一切なしで、料金も連盟の設定価格そのままで提供します。

――ケーブルテレビを契約した上で利用するのが前提となるサービスとなりますが、端末だけほしいという方への販売はありますか。

中馬氏
 J:COMのエリア内であればお売りすることはできます。ケーブルテレビを利用しない場合は動画サービスは利用できないので、サポートが充実したスマートフォンサービス、という形になります。

――最初にスマートフォンを販売して、セットトップボックスを利用してもらうという導線も考えられますが、いかがでしょうか。

中馬氏
 将来的には考えられますが、現時点ではあくまでテレビサービスが主体です。僕らケーブルテレビ事業者は、番組に独自のDRMをかけて再配信するという前提があって大量のコンテンツのお預かりしておりますのでそれをNetflixのように、オンデマンド配信を前提としたOTTサービスとして提供するとなると、全く別な話になりますし、そのような予定もありません。

 今後、いろいろなプレイヤーの参入による市場環境も徐々に変わっていくものと思われますが、僕らの前提としてはあくまで、「テレビ放送」をモバイルで楽しめる、というアプローチで進めていきます。

――本日はどうもありがとうございました。

石井 徹