インタビュー
「AQUOS K SHF31」開発者インタビュー
「AQUOS K SHF31」開発者インタビュー
Android搭載の新しいフィーチャーフォンが生み出す可能性
(2015/2/18 10:00)
1月にKDDIから発表されたシャープ製の携帯電話「AQUOS K」は、OSにAndroidを搭載しつつも、端末としてはフィーチャーフォンという一見すると風変わりなモデルだ。テンキー付きのAndroidスマートフォンとしては、過去に同社がAQUOS PHONE IS11SHをはじめ数機種が発売されているが、今回は画面をタッチパネルとはせず、キー操作にこだわった、Google Play非対応のフィーチャーフォンとしている。
なぜ今このタイミングで、新しいプラットフォームのフィーチャーフォンを開発する必要があったのか、なぜそこにAndroidをOSに採用することになったのか、さらにはAQUOS Kに込めた思いとは何なのか、開発に携わったシャープ通信システム事業本部のマーケティングセンター副所長の河内巌氏、グローバル商品企画センター第二商品企画部の西郷光輝氏、濱田実氏の3名にお話を伺った。
フィーチャーフォンユーザーの困りごとを解決する端末に
――さっそくですが、AQUOS Kの開発背景から教えていただけないでしょうか。
河内氏
すでに新聞、雑誌などで書かれていますように、現在のフィーチャーフォンの契約数は6000万件ほどで、全体の50%をちょっと切ったくらいの数。出荷台数はずっと減っていたのが、1000万台ほどで下げ止まりを見せてきました。現に2014年の出荷台数は1058万台(MM総研による調査結果)ということで、若干上がっています。
そういう方たちがなぜスマートフォンに買い替えないのか。費用の問題や操作性の慣れもあるでしょうが、もっと大きな理由もあるだろうということで、我々も独自に調査を行ってきました。それによると、ユーザーは大きく2つに分かれています。ケータイを使いこなしている方と、電話・メール・カメラでいいという方です。
我々は、その方たちが「スマートフォンは知識がないと使いこなせない」と考えているのではないかと思っていました。ただ、そういう方でも実際にはPCが使えますし、ECサイトでショッピングもされています。リテラシーが低いわけではないということで、我々に誤解と先入観があったわけです。
――スマートフォンほどの機能は不必要だと考えているわけですね。
河内氏
そうです。ただ、いろいろヒアリングしてみると、そういう方たちが重視しているのは、ネットのコミュニケーションだったんです。LINEのグループに入っているけれどフィーチャーフォンだと使いにくい、あるいはそもそもLINEがフィーチャーフォンでも使えるようにしていることをご存じない方もいらっしゃいます。
そういうお客様の声を拾っていくと、逆にその困りごとを解決すれば欲しい機種になるんだな、という考えに至ったんです。だいたい1年半くらい前からこの議論をスタートして、調査をしっかりやって、今のネット環境に合わせたフィーチャーフォンを作るべきということになりました。
――その際にはどういった課題が挙がったのでしょうか。
河内氏
フィーチャーフォンユーザーは、スマートフォンっぽくしたいと思っているわけではないので、「スマホのようなケータイ」というと、「便利なもの」ではなく、逆にネガティブなイメージをもってしまいます。ウイルスに感染するのでは? 個人情報が流出するのでは? とか。けれど、困っていることはいくつかある。それを解決できればいい。
なので、我々は「スマホのように」とは言っていません。スマートフォンとは比較しないようにプロモーション上もコミュニケーションしようとしているんです。スマートフォンと一緒になった、ではなく、フィーチャーフォンに最新の技術を取り入れることによって、今までできなかったことができるようになった、と。スマートフォンユーザーから見ると、プラスの面がマイナスに映ってしまいます。
――具体的にはどういったユーザー層をターゲットにしているのでしょうか。
河内氏
我々の調査では、携帯電話を買い替えようと思っている人のうち、スマートフォンに変えたい人が25%、一方でフィーチャーフォンから動かない人たちが同じくらいの数いらっしゃいます。その間の、次にどうするか迷っているという方も20~25%いらっしゃるので、その人たちに向けて提案していきます。
今回の商品はメッセージが大事だと思っています。今までは「こんなに便利な機能が付きました」と訴えてきたんですが、この商品はその存在自体に、ある程度意義があるのではないかと。「ケータイをスマートに生まれ変わらせます。」というキャッチコピーは、どちらかというとメーカー寄りの言葉なんですけれども、そういう姿勢に共感いただきたいなと思っています。
――これまでは、新しいフィーチャーフォンに買い替えたいけれど欲しい機種がないと嘆くユーザーも少なくなかったと思います。
河内氏
慣れた操作感のフィーチャーフォンに買い替えたいと思っても、店員がスマートフォンばかりを勧めてくるし、最新のフィーチャーフォンでも自分の機種より性能が落ちていたり、バリエーションが少なくて結局買わずに帰る、という人もいます。我々としては、いわゆる「ケータイ」はもうダメなのか、という声に対して、いや違いますと、今までは進化が止まっていましたが、これから再開発します、ということなんです。
――LINEにも対応するとのことですが、端末発売時には利用できると考えてよいのでしょうか。
西郷氏
はい、その予定です。ショートカットからダウンロードする形になります。LINEさんとは、KDDIさんも含めてお話させていただいて、本当にギリギリのところでやりましょうということになりました。
河内氏
ここまでスマートフォンが世に浸透している中で、まだこだわってフィーチャーフォンを使われている方に対しては、その(LINEが簡単に使えないという)障害を取り除くことはメーカーにとっての責任だろうと考えます。
Android採用は安定供給への布石
――端末の開発に当たって難しかったところを教えてください。
河内氏
フィーチャーフォンユーザーはキー操作に慣れているわけですから、Androidにしたからといって、ユーザーに対してAndroidではこうだから、このように解釈してください、とAndroidの作法を強制するのは通りません。とはいえ、本来キー操作を前提にしていないAndroid OSをカスタマイズして、キー操作にするというのはかなりハードルが高いんですね。
なので、まずAndroidをフィーチャーフォンとして使えるところまでのギャップを埋める進化、つまり、当たり前に普通に使えるところまでもっていく進化、という部分に苦労がありましたし、そこからさらにLTE対応や処理速度の向上、省エネの実現など、どう魅力的にしていくか、といったところが今回の開発の困難なところでした。
――au向けに最後に出したフィーチャーフォンは4年前でした。それと比べて開発の難易度はいかがでしたか。
西郷氏
前回までのモデルはKCP+というプラットフォームの仕様がありましたので、開発内容としてはそれに落とし込んでいくことでした。今回はできればシャープの仕様を今後のフィーチャーフォンにおけるスタンダードとしていただく、という狙いをもって開発をスタートしています。
ですが、ターゲットであるキー入力に慣れたユーザーは、イコール文字入力にこだわりをもっている人と言えます。改行の作法、絵文字の配列など、それをどう落とし込むのかが難しかったですね。我々としては、KDDI向けの開発はしばらくなかったのですが、他のキャリアでは継続していたので、そこに3~4年分の乖離がありました。それをどう収めるかがけっこう大変でしたね。
――4年前と比べて例えば状況はどんな風に変わっていましたか?
西郷氏
ポータルサイトが減っている、増えていかない、と話す人は多かったですね。乗換案内や地図などのサービスは必要十分ではあるけれど、「新しい感が全くない」という言い方をする人もいらっしゃいました。それを解決するには、(キャリア公式サイトではない)オープンサイトをいかにフィーチャーフォンユーザーに使いやすく提供するか。そこに注力しましたね。
――4年の歳月を経て、なぜKDDIから発売することになったのでしょう。
河内氏
フィーチャーフォンユーザーに対してどのようにしてスマートフォンに移行してもらうか、という課題は、おそらく他のキャリアさんも事情は一緒です。しかし世の中の流れがスマートフォンにシフトしていく中で、例えばフィーチャーフォン(の部品やソフトウェア)をいつまで生産できるか、という問題があります。需要が減ってくればデバイスメーカーが生産を打ち切る判断もあり得るわけで、そうなればキャリアさんも困ったことになります。
そういうこともあって、各キャリアに我々の方から(部品面での共通化を図りやすい)Androidベースのケータイの話をさせていただきました。その中でもKDDIさんができるだけ早く積極的にやりましょうというお話だったのかなと思います。
――部品については業界を通しての基本的な課題の1つだと思っています。壊れて修理に出したところで、「部品がない」というのは避けなければいけませんよね。
河内氏
スマートフォンの場合、通常は数カ月分の需要を見込んで部材の手配をするというやり方を取ります。ただフィーチャーフォンの場合は部品の生産が終わるかもしれないというリスクがあるのでメーカーによっては長期分に部品を確保しているところもあるかもしれませんが。
我々はどちらかというと、次の世代を作っていって安定供給するという方向性です。キャリアさんにも迷惑をかけず、部品の心配もない。従来のキャリアさんのケータイサービスは使えませんが、新しいコンテンツやサービスを楽しめるんだというプラスの方で努力していった方が建設的だと考えています
キーにハードスイッチを使わない新技術を採用
――以前のフィーチャーフォンと比べ、中身はガラッと変わっているのでしょうか。
西郷氏
中身については、チップセットはごっそり違いますし、アンテナに求められている仕様も違います。ただ、外観はもちろんのこと、卓上ホルダーを用意していることもあり、そういったフィーチャーフォンらしさについては変えていませんね。
卓上ホルダーは、家に帰ってきて、“カチッ”とはめるのがフィーチャーフォンにとって普通と思われているのではないかなと。そのあたりの配慮はメーカーとして必要だと思っています。キャップレス防水についてはスマートフォンの技術をもってきていますが。
――デザイン面ではどんなところに工夫されましたか?
濱田氏
今回、赤・白・黒の3色のバリエーションモデルを用意しました。フィーチャーフォンは、スマートフォンのように2年ごとに買い替えていくというより、もっと長く使っていただくものなので、飽きの来ない色、デザインにしています。たとえばサブディスプレイ側のカバーはインモールド成型という技術を使っています。これは、成型された部品にフィルムを転写してカラーリングを施すものです。
インモールド成型の利点は大きく2つあって、1つは塗装ではできない模様を付けられること。もう1つは、塗装の場合はコーナーなどに“湯だまり”ができたり、“ゆず肌”になってしまったりするのですが、インモールド成型だと平滑度がピシッと出るので、そうした問題が起きにくいことが挙げられます。
サブディスプレイ面にグラデーションを施していますし、キーのフォントもボディカラーによって変えています。中身にも、外観にも力を入れました。
河内氏
スマートフォンでは狭額縁にしたり、できるだけ薄くということで、デザインするところがだんだん少なくなってきています。フィーチャーフォンの場合は閉じた時の顔立ち、開けた時のたたずまい、表情とか、いろいろなところにデザイン要素があり、今の技術でできること、長年使っていただくためにはどうすべきか、というところで、スマートフォン以上にデザインにこだわれるところがあるなぁと感じています。
――その他のハードウェア面ではいかがでしょうか。
濱田氏
「タッチクルーザーEX」という機能が1つの技術的ポイントになります。タッチクルーザーEXは、キーの上で指を滑らせることで、画面をスクロールさせたり、画面上のカーソルを操作できるようにするものです。当然タッチパネルでも同じことを実現できるわけで、当初はその案もあったのですが、やはり片手でテンキーを打ったり、カーソル移動をするので、まずは「片手でできる」ことを重視しました。
タッチパネルにすると、キー側から画面側へ持ち替えたり、両手で操作することになりますが、フィーチャーフォンなら片手操作すべきと考え、キー部分にタッチを感知する仕組みを設けました。
タッチできる範囲をどうするのかも悩んだところです。カーソルキー周りのみにする、あるいはテンキー部分のみにする、という話もありましたが、アスペクト比16:9のディスプレイを採用していることもありますので、タッチクルーザーEXの範囲も16:9に合わせ、さらに指の届く範囲を最大限使えるように工夫しています。
――そのタッチクルーザーEXの内部構造を詳しく教えていただけますか。
濱田氏
まず基板上に静電センサーのパターンを実装して、その上にドームキーを内蔵したシートを貼り付けています。一般的にはこのドームの下にハードスイッチが入っているんですけれども、静電センサーにとってはそれが誤動作の原因となりますので、今回はハードスイッチはありません。ドームの形をした構造物のみ実装しています。
したがって、キー操作については、ドームが押された時の静電容量差を検出していて、ドームが押されていないのに静電容量が変化した時は、タップされた、なぞられた、という風に判断しています。実はこの端末の企画当初から静電キーを考えていて、ハードキーと静電キーを両立させるというのが、今回の開発における課題の1つでもありました。
――他のポインティング方法を考えはしなかったのですか?
西郷氏
キーのみで実現できないか、というのも検討はしました。しかし、それだと進化感が全く見えません。「シャープは単なるAndroidベースのフィーチャーフォンしか作れなくなったんだ」と思われてしまう。なぜ今フィーチャーフォンをもう一度見直すのか、というところのメッセージ性には絶対につながらないと思いました。
アプリごとにモバイル通信のオン・オフを可能にし、ユーザーの不安解消へ
――2011年に発売したAQUOS PHONE IS11SHなども、テンキー付きのAndroidケータイとして売り出していました。その時とはどんな点で違いがあるのでしょう。
河内氏
あの時のコンセプトは、間違いなくユーザーをスマートフォンに移行させようとしていました。
当時のAndroidは、OSもCPUも電池をたくさん消費するものでした。しかもフィーチャーフォンのサイズ・形状は、電池容量の制約が大きいんですね。今どきの5インチスマートフォンなら3000mAh容量の電池を搭載できても、フィーチャーフォンでは当時の技術だと800mAhくらいになります。
純粋なフィーチャーフォンとしてはその容量でもいいんですが、そこにAndroidとタッチパネルを搭載したものだから、すぐに電池切れになっていました。電池もちが悪いせいもあって商品として長続きしなかった。あれは完全に「ガラケー型スマホ」でした。だから、そのアプローチと、今回のフィーチャーフォンユーザーに向けたアプローチでは全く視点が違うんです。
――今回の電池容量は1410mAhと、従来のフィーチャーフォンよりは大きくなりましたが、それでも不安のあるユーザーもいると思います。
西郷氏
チップセットの性能向上と、弊社がもつ制御技術など、小技を掛け合わせて省電力を実現しています。また、スマートフォンではアプリがバックグラウンドで動きますが、フィーチャーフォンのユーザーはそこを理解されないと思いますので、終話キーを押せばアプリが確実に終了するようにもしました。
これによって、徹底的にバックグラウンドの通信を抑止しようと。終話キーを押さずに端末を閉じるとアプリは動作したままなのですが、終話キーで終わらせさえすれば、そこでアプリは終了します。さらに、アプリごとにモバイル通信をする・しないを設定する項目を設けたりして、Wi-Fiのみである程度運用できる仕組みにもしています。
――ダウンロードしたアプリの通信は抑制しないということですが、そのようにした意図とは?
西郷氏
プリインストールアプリですと我々の方でルール作りはできるんですが、ダウンロードアプリだとどういう振る舞いをするかがわかりません。そこを制限するのは逆によろしくないと思いましたので、ユーザーの意図する操作において終了していただこうと。ただし、終了したつもりなのに動いている、ということはないようにしました。
LINEの場合はプリインストールではなくダウンロードになるので、インストール完了した段階で制限するかしないか、ユーザー側で選んでいただきます。制限するとWi-Fi下での運用となります。バックグラウンドの通信制御機能ではなく、アプリがモバイル通信を使うか使わないかを制限できる、という機能です。Wi-Fiが途切れた時は、モバイル通信を一時的に行うようにするかどうか、注意喚起するようにもしています。
カメラ機能はこれまでのフィーチャーフォンから大幅に進化
――他にはどんなところに力を入れていますか?
西郷氏
AQUOSのブランドを冠するモデルですので、そのAQUOSで非常に注力しているカメラが1つのポイントとなります。フィーチャーフォンでは500万画素あるいは800万画素程度が主流の中、AQUOS Kでは1300万画素としていますし、自動でシーンを判断してモードを切り替えるリアルタイムHDR、暗い場所でもきれいに明るく撮るNightCatch、ガイド線などで適切なフレーミングをサポートするフレーミングアドバイザーも利用できます。
フィーチャーフォンみたいなセンターフォーカスだけではありません。タッチクルーザーEXによる操作でカメラのフォーカス位置も選べますので、そこはフレーミングアドバイザーとの相性が非常にいいのでは、と思っています。他にも撮影した写真内の英語を日本語に自動変換する翻訳ファインダーもあり、カメラ機能は従来のフィーチャーフォンからの進化度合いがかなり大きい部分ですね。
河内氏
おそらく今までフィーチャーフォンを使われていた方からすると、カメラはすごく良くなっていて、かなり進化を感じていただけるのではないでしょうか。
西郷氏
あとは、タブレットとの連携機能にも注目していただきたいですね。今回新たに用意した「PASSNOW」アプリを使うと、Bluetoothであらかじめペアリングしておけば、AQUOS Kで写真撮影後、プレビューしてアスタリスクキーを押すだけで、その写真をタブレットに転送できます。
従来はPasstockという機能で2台のスマートフォン、タブレット間で画像などを共有できたんですが、Passtockは互いの端末上でアプリを起動しておかなければいけませんでした。PASSNOWではそういったわずらわしさは不要になっています。
それとPASSNOWには、AQUOS KのWi-Fiテザリングのオン・オフをタブレット側からコントロールできる機能もあります。フィーチャーフォンとタブレットの2台持ちをご提案するからには、こういったストーリーのある使い勝手をご紹介したいという気持ちがあります。
――最後に、今後のシリーズ展開についてはいかがでしょうか。
河内氏
Androidを採用することによって、フィーチャーフォンへの技術の転用もしやすくなりました。ソフトウェア開発にコストをそれほどかけなくて済みますし、世界的な大きな流れとしてAndroidスマートフォンを共通的なチップセットなどで開発していますので、全体的なコストとしては今後下がってくるでしょう。そういうところをにらむと、次もフィーチャーフォンにすると決めているユーザーにも受け入れられる新世代のケータイを、早くローンチしていくべきだと思っています。
――本日はありがとうございました。