インタビュー

コロナ禍でも黒字化を達成、ドコモ・バイクシェア武岡新社長インタビュー

ドコモ・バイクシェアの武岡社長

 全国各地の都市部、観光地などで広がりを見せてきたシェアサイクル。そうした中、2020年春ごろからの新型コロナウイル感染症の影響で、社会全体で、密を避けて会食は控え、リモートワークが推奨されるようになってきた。

 人々の移動を支える仕組みのひとつとして利用されるシェアサイクルは、今、どのような状況にあるのか。

 東京や大阪など全国さまざまな場所でサービスを支える、NTTドコモ傘下のドコモ・バイクシェア代表取締役社長に就任した武岡雅則氏に、同社の最新状況を聞いた。

シェアサイクルはコロナ禍でも伸びている

武岡氏
 ドコモ・バイクシェアが提供するシェアサイクルは昨年度(2020年度)の利用実績が1400万回を超えました。弊社のサービスは2011年にNTTドコモ社内の一事業としてスタートし、当時の利用回数は年間で4万回です。

ドコモ・バイクシェアの年間利用実績

 その後、自治体との連携や投入する自転車の車両台数の拡大により認知度も向上し、利用回数が徐々に増えたことに加え、最近では新型コロナウイルス感染症の拡大もあって、利用回数が伸びているんです。

 ビジネスモデルは、サービスの運営を含めてドコモ・バイクシェアが行う直営モデルと、主に地元のパートナー企業と組んでドコモ・バイクシェアがシステムを提供するASPモデル、大きくわけて2種類あります。たとえば、(ASPモデルで提供する)金沢市のシェアサイクル「まちのり」では、金沢市の日本海コンサルタントさんと連携して提供しています。

直営モデルとASPモデルを組み合わせて各地へ展開

 携帯電話事業を行うドコモでは総務省とのやりとりが多いのですが、シェアサイクル事業では国土交通省や環境省など、"街づくり"に関する省庁とやりとりします。自転車は移動手段なので、各自治体のからは交通の中で担う役割について期待されている面もあり、完全に民間型で行う"乗ってもらったら儲かる"というビジネスとは異なる要素が多いんです。

 弊社の最初のサービスも、横浜市と組んだ「baybike(ベイバイク)」です。自治体としっかりと連携した上で、街づくりや社会の課題解決にどう貢献できるか?という観点で事業を進めています。

 2021年6月末現在の登録会員数は約110万人、単月の利用回数が約380万回、車両台数は約1万5800台、ポート数は約1940か所、提供エリアは直営モデルが19エリア、ASPモデルが16エリアの合計35エリアに展開しています。

 この登録会員数は、たとえば東京都内では千代田区の「ちよくる」に会員登録し、札幌市では「ポロクル」にそれぞれ会員登録をすると、システム上は会員登録2件としてカウントしてるため、利用者数とイコールではありません。

ドコモのアセットを活用、連携しやすいフォーメーション

武岡氏
 たとえば、自動車をシェアする「dカーシェア」はドコモ・バイクシェアのサービスに近い部分もありますが、「dカーシェア」はNTTドコモ自身が提供するサービスで、ドコモの予算を使いながら事業計画の達成が求められます。

 「dカーシェア」ではドコモのオウンドメディアやドコモのコールセンターを活用しますが、ドコモ・バイクシェアは別会社なので、原則として自社でこれらのリソースを確保しつつも、AIやビッグデータなど、ドコモのアセット(資産)を活用しています。これらの技術を外部委託や外部企業とのパートナーシップに基づいて調達しようとすると、ランニングコストの負担も大きくなりますが、この部分でドコモのアセットを活用できるのは大きいんです。

 シェアサイクルは、NTTドコモが開発したシェアリングプラットフォームを、ドコモ・バイクシェアが利用料を支払ってシステム提供を受けています。私自身がドコモ本体のスマートライフ推進部 モビリティ事業の担当部長を兼任しているので、ドコモ・バイクシェア事業に必要となるパーツを全て持っているのと、ドコモ本体にも在席しているので、ドコモ社内の連携がすごくやりやすいフォーメーションが整っています。

バイクシェア事業モデル

自社設計・開発の新型アタッチメントで機会拡大

武岡氏
 ドコモ・バイクシェアでは自転車に搭載する、アタッチメントを自社で設計・開発しています。今年度は、新型のアタッチメントを開発・投入しました。

 従来型のアタッチメントも使い慣れれば使いやすいのですが、最初のハードルが高いんです。アタッチメントはこれまで、センサーの変更や通信モジュールのLTE対応など、小さなバージョンアップは何度か行っていますが、リニューアルと言えるような、大きな変更はこれまでありませんでした。

ドコモ・バイクシェアの新型アタッチメント

 新型アタッチメントでは、LEDでどのボタンを押して操作するのかを解りやすくしているほか、日本語と英語でアナウンスを読み上げる機能にも対応しました。これまでは一体化していたカギの部分を分離できるようにもなり、さまざまなモビリティに搭載できます。実は、コスト面も抑えられるように設計されているんです。

 私がドコモ・バイクシェアの社長に就任した直後の話です。自社の倉庫で新型アタッチメントの動作確認をしていると、新型アタッチメントの注意音やアナウンスの音量が大きく、また注意を引きつける音になっているので、夜間の住宅街などでは迷惑になるのではないか…。と考えて、アタッチメントの出荷停止も検討したのですが、実はアタッチメントのハードには手を加えずに、OTA(Over The Air)でソフトウェアの書き換えで対応する仕組みが備えられていました。この音量変更については既に準備が完了しています。

 新型アタッチメントは、8月末の時点で東京、横浜、大阪、名古屋に合計650台、さらに今年度中に1000台程度を追加する予定です。

 また、アプリについては2020年に刷新し、アプリを起動するとすぐに近隣のポートの自転車台数やバッテリー残量を表示するなどの改善を行いました。新アプリに関する悪い声は極めて少なく、良いバージョンアップが行えたと考えています。

サーバー側システムはAWSへ移行、APIで他社連携も

武岡氏
 ドコモ・バイクシェアのアプリを使って直接私たちのサービスを使っていただくこともありますし、JR東日本さんの「Ringo Pass」、トヨタ自動車さんの「my route」などと連携し、電車や自動車で移動した後に最終目的地までの移動手段として、シェアサイクルを使ってもらえるようなシステム連携に対応しています。

 サーバー側のシステムはAWSへの移行が完了し、APIによってポート検索や自転車の車両情報、レンタルや返却が、先方が管理する顧客IDで行えるようになっています。

API提供で他社連携も拡大

 ドコモ・バイクシェアのコア事業は自転車ですが、新型アタッチメントは将来的には電動キックボードなどにも搭載できます。シニア向けの電動車いすや電動三輪車へ搭載する可能性もあり、さまざまなパターンにあわせて、多様なモビリティに柔軟に対応ができるように開発しています。

 ドコモ・バイクシェアの自転車をレンタル・返却するポートは、Bluetoothビーコンとラックを設置しています。ラックはある意味"単なる目印"で特別な機能は持っていませんが、ラックがあれば整列して返却してもらえるので助かっています。

 ドコモ・バイクシェアのポートはかんたんに設置、撤去できます。最近では、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会など大規模イベントの開催にあわせて、一定期間ポートを撤去するなどの運用をしています。

シェアサイクルはインフラビジネス、月間2000台を修理

武岡氏
 デジタルコンテンツや決済手段と同様に、ドコモ・バイクシェアのサービスは基本的にはインフラビジネスなので、自転車の台数やポートを充実させて初めて価値を生み、お客さんに使ってもらえるんですが、自分の自転車ではないために乱暴に使う方もいるためか、使われる度に自転車が壊れていく問題があります。

 ドコモ・バイクシェアの修理する自転車の台数は月に2000台を超えていますが、これでも利用回数とそれに伴う故障件数に追いつけていない状況です。昨年度から、壊れる前に予防的なメンテナンスも行うようにしました。

サービス運用体制

 再配置については運営コスト面での負担が大きく、全てのシェアサイクル事業者が再配置業務を行っているわけではありませんが、私たちは当初から自治体と組んで展開していることもあり、できるだけ特定のポートに自転車が偏ることが無いように、再配置をしています。

 再配置には、NTTドコモのモバイル空間統計と近未来人数予測によって人流の予測に基づいたポート需要予測を行い、自転車が溢れる可能性があるポートや、反対に足りなくなるポートを予測し、この需要予測に基づいて自転車の再配置(AI再配置)を行っています。ただ、利用者数の増加によってこれでも再配置が追いつかない状況が発生しているので、さらなる対策を検討中です。

マンション住民限定サービス、自転車以外のモビリティへの取り組みも

武岡氏
 交通手段としての利用に限らず、マンションの住民限定で使うシェアサイクルとしてもシステムを提供している事例があります。

 マンションの住民が自転車でスーパーや近所の施設に出かける際の移動手段として、住民専用のシェアサイクルを提供することで、住民がそれぞれ自転車を所有する必要が無くなりますし、それにあわせた駐輪中のスペースも小さくなります。こうした提供形態は、マンションの他に病院などの施設からも引き合いがあります。

 自転車以外での取り組みの事例ですが、愛知県春日井市では、Future社の電動三輪車に新型アタッチメントを搭載した「春日井GOGO」を実証実験で提供しています。このほかにも、岐阜市のショッピングモール内を移動する電動モビリティ「ILY-Ai」にも、ドコモ・バイクシェアのアタッチメントが導入されています。

自転車以外へもアタッチメントを搭載

 また、ドコモの「d払い」では、事前の会員登録不要でシェアサイクルをレンタルできる「d払い ミニアプリ」にも対応しています。災害発生時には、区の職員が災害現場に駆けつけたりするための移動手段として、東京都品川区と協定を結んでいます。

 (筆者注:自治体との連携による対応ではありませんが、同社は2018年6月18日に発生した大阪北部地震に関連し、被災者の支援措置として地震が発生した日に開始したレンタル料金を無料としたほか、電車が止まるなどの影響でサイクルポートに返却ができなかった場合でも、回収に伴う料金などを無料として取り扱った)

アプリの活用でユーザーコミュニケーションを検討

武岡氏
 ユーザーに満足して使ってもらえるように、愚直にカスタマーファーストを続けていきたいと考えています。ユーザーとの新たなコミュニケーションの方法として、アプリを使って積極的にコミュニケーションが取れないか検討中です。

 たとえば、乗れたけどギアがおかしいとか、ブレーキの効きが悪いなど、メンテナンス不良の車両をユーザーに報告してもらうような仕組みがうまく回れば、コールセンターへの入電数も減らせますし、早期に回収対象とすることで車両のメンテナンスも効果的に行えます。

 想定していた台数よりも多くの自転車が返却されてしまうことがあるので、ポートによっては返却可能な台数に制限をかけ、近隣のポートに返却をお願いしています。ユーザーにはご迷惑をおかけしてしまうのですが、これを野放しにしてしまうと、ポート提供が終了してしまうことにも繋がりかねないので、ユーザーにもご負担をお願いしているんです。

"密を避ける"目的で自転車のニーズが高まっている、休日利用も増

武岡氏
 シェアサイクルのようなサービスが価値を発揮するためには、ある程度ポートの密度が必要条件と考えています。さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、"電車での密"を避ける手段として需要が高まっていることが数字にも現れています。

 ほかにも、電車では乗り継ぎが悪かったり、遠回りになってしまう区間をシェアサイクルで移動するなどの例もあります。利便性以外にも、自転車で街を見回すと電車とは違う景色が楽しめるというのもあります。

 ここ1年での大きな変化としては、休日の利用が特に伸びています。従来は平日の利用の方が多かったのですが、現在は平日と休日の利用が半々ぐらいになっています。家族で休日に出かける際に、自転車で近所に出かけよう…と思った時に、お父さんが乗る自転車が無く、そこでシェアサイクルを使おう。というような使われ方も多いようです。

 休日の利用が伸びている傾向は全国的な傾向ですが、一方で金沢市の「まちのり」や、大分市(と隣の別府市)の「おおいたサイクルシェア」など、観光需要が大きなエリアについては、1日パスでの利用は下がっています。

――利用される時間帯の変化はありましたか?

武岡氏
 ピークタイムには大きな変動はありません。平日の朝8時頃の出勤時間帯は引き続き利用のピークタイムです。ピーク時間帯が動くという意味でのタイムシフトは発生していないようです。家から会社までフルでシェアサイクルを使うというよりも、最後の1回の乗換をやめたり、途中の区間をシェアサイクルにしてみよう。という使い方が多いのではと考えています。

 (新型コロナウイルスの感染拡大後も)、月額会員が伸びていますが、それ以上に1回会員が大きく伸びています。個人/法人で言えば、個人会員の割合が圧倒的に多くなっています。コロナ禍にあってもシェアサイクルの利用が伸びている一因は、社会全体で見るとリモートワークができている会社ばかりではないことも要因ととらえています。

 そうした中で、フードデリバリーサービスの「Uber Eats」のデリバリースタッフ向けの特別プラン(月額4000円で最長1回あたり4時間まで利用可能)を2020年の12月に終了しました。

 終了に至った理由として、「Uber Eats」のデリバリースタッフは1台の自転車を長時間にわたって占有してしまいますが、新型コロナウイルス感染症の拡大後の需要増加に伴い、一般のユーザーが借りたいと思った時に借りられない状況が発生するなど、ドコモ・バイクシェアが本来目指すべきシェアサイクルとは異なる使われ方となっていたためです。この点については、十分な自転車を提供できなかった我々としても反省しています。

――非接触での充電や、ドコモショップでのバッテリー交換は拡大するのですか?

編集部
 「おおいたサイクルシェア」では、一部のポートで非接触充電に対応していますが、これは都内など他エリアには広がらないのでしょうか?広がらない場合は、充電速度の問題などがあるのでしょうか?また、東京都内では一部のドコモショップでバッテリー交換に対応を開始しました。こういった取り組みは、今後拡大していくのでしょうか?

武岡氏
 「おおいたサイクルシェア」の一部ポートで対応している非接触充電は、ポートの整備にかなりのコストがかかるんです。というのも、AC(交流)電源では給電能力が足らず、DC(直流)電源に変換する必要があるため、多くのポートに導入していくのが難しいという事情があります。本当は、ポートにソーラーパネルなどを設置して充電できれば良いのですが…。

 東京都内のドコモショップでのバッテリー交換は、充電ポートとしてドコモショップが機能する方式、近隣ポートに行ってバッテリーを交換する方式、ユーザーがドコモショップを訪れてバッテリーを交換する方式の3方式で協力してもらっています。

 バッテリー交換は、換えるだけで完了するという面ではシンプルですが、ポートが拡大していくと、運営上の大きなコスト課題になります。現在、ドコモショップでのバッテリー交換に協力いただいているドコモショップの中には、多いところでは月に数十回程度の交換をお願いしています。

――今後、ポートはどこに拡大していくのか?

武岡氏
 自治体さんと組んで社会課題を解決しながら、特に二次交通としての役割を担っていきたいです。完全な民間企業のサービスとして参入するパターンもありますが、民間の土地だけでポートを揃えようとすると、重要な場所にポートが設置できないケースがあります。交通として重要な役割を担うためには、役所など公の土地にもポートを設置する必要があると考えています。

――シェアサイクルは儲かるのか?ビジネスとして成立するのか?

武岡氏
 繰り返しにはなってしまいますが、シェアサイクルはインフラビジネスと言えます。きちんと投資して、ポートや自転車を拡大していく必要があります。

 ポートや自転車の台数を増やせば増やすだけ運営コストが上がるため、短期間での大量投入やポート拡大にはビジネスの面から課題がありますが、再配置コストをかけながらも昨年度は黒字化を達成できています。

――"壊れにくい自転車"にする取り組みはしていますか?

武岡氏
 現在行っている実験として、後輪のタイヤをパンクレスタイヤに変更して試験データを収集しています。ほかにも、パートナーが独自で空気を入れてタイヤの空気圧を調整したり、車両の壊れやすいか所をメーカーに報告しています。

 故障による修理が必要となる前に、ポートを回る際に車両のメンテナンスも実施しています。台数は月に1600台ぐらいが対象です。

――今後の発展として どんなことができるようになりますか?

武岡氏
 現在は自転車をメインに事業を展開していますが、移動するしないに関わらず、たとえばスマートロックのように、カギが必要になるもの全てでサービスを提供できる可能性があると考えています。

 アタッチメントの取り付けが非常に簡単なので、小規模、小台数で自転車などをシェアしたいというニーズにも対応できます。その先例として、JR西明石駅で実施している「スマート駅レン君」の事例があります。これは、非電動の自転車に新型アタッチメントを提供する形で提供しています。非電動アシスト自転車ですので、アタッチメント用の電源は外付けのバッテリーから供給しています。

――ありがとうございました。