ケータイ用語の基礎知識

第929回:MECとは

ETSI(欧州電気通信標準化機構)が標準化すすめるエッジコンピューティング

 MECとは、マルチアクセスエッジコンピューティング(Multi-access Edge Computing)の略です。

 サーバーを「端末の近くに分散配置する」することで、今までクラウドで行っていた処理(の一部)を超低遅延で使えるようにするネットワークコンピューティング技法「エッジコンピューティング」は第823回で紹介しました。

 この技術の規格として最もよく知られているものが、ETSI(欧州電気通信標準化機)が標準化を進めている「MEC」です。

 もともと5G携帯端末のエッジコンピューティングの規格標準策定目的から進められたこの技法ですが、現在では、「マルチアクセス」という名前の通り、5Gモバイル端末だけではなく、LPAに接続されたIoT機器、固定網、Wi-Fi端末からなどのアクセスも考慮に入れられています。デモとしては4G LTEを利用したケースもあります。

 ETSIのMEC産業仕様化グループ(MEC ISG)には2019年10月現在、90社近い通信事業者、テクノロジー産業、IT企業、アプリケーションベンダーが参加しています。

まだ実装上の課題も

 エッジコンピューティングの考え方は、簡単に言うと、ある区切られたエリアごとにクラウド上のサーバの代わりをするコンピューター(MECプラットフォーム)を置くことで、そのエリアにいる端末へのレスポンスを早くしようというものです。

 データをできるだけMECプラットフォーム側で処理することで、処理の遅延を小さくし、端末への応答時間を短縮するのです。

 また、エッジプラットフォームでは統計処理したデータだけをクラウド側に上げます。こうすることで、プラットフォームからクラウドへのデータ通信量の減少にもつながります。

 端末により近い場所、「エッジ」から端末からの要求に応答することで、超低遅延、超広帯域のモバイル通信を実現する候補技術として検討されています。

 ユースケースとしては、エッジコンピューティングが可能になることで、これまで端末内部で行っていた演算を外部にオフロードや、あるいは地域性のある通信、たとえば競技のスタジアムなど、人が密集し一斉にスマートフォンで同じ画像を見たいというような場合、それから、自動車の自動運転で道路に何があるのか(トラフィックシェイピング)、データ処理といったことにも使われるでしょう。

 なお、ETSIのMECの規格では、MECプラットフォームは携帯電話事業者のネットワークのどこに配置するかは厳密には定めておらず、技術仕様では「基地局」、基地局からの信号を集まった「集約局」や「コアネットワーク」などといった候補が挙げられていて、通信事業者が行いたいサービス内容やコストなどを考慮して選択するものとされています。

 ただし、実際問題としては、基地局は数的にあまりに多すぎてその一つひとつにサーバーが載るのは現実的ではないですし、最近は基地局側ではIPベースでは信号を扱っていないケースも多くあります。となると、サービスで許容できる遅延時間によって、集約局かコアネットワーク上に置くのが一般的になりそうです。

 また、実装として決まっておらず、課題になっている問題もいくつかあります。たとえばハンドオーバーがその一例です。

 MECプラットフォームと通信していた端末が移動して他の局のエリアに入ってしまった場合、プラットフォームが提供していたサービスはどうすればいいのでしょうか。実は、ETSIの規格では決まっていません。

 このような技術的な課題がクリアできたとしても、たとえば全国の集約局全てにMECプラットフォームを配備するのはかなりコストのかかる事業となります。

 当面、スタジアムやイベント会場などでのVRやAR映像、リプレイ映像などといった、このような課題をクリアする必要のないデモでの利用には使われることが予想されますが、このような課題がクリアにならないと、なかなかそのほかの用途への道のりは険しいかもしれません。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)