ケータイ用語の基礎知識

第805回:ゴリラガラス とは

スマートフォンに使われる、コーニングの化学強化ガラス

 「ゴリラガラス(Gorilla Glass)」は、米国に本社をおくコーニングが製造、販売する強化ガラスのブランド名です。IT機器向けで非常にシェアが高く、多くのスマートフォンで使われています。最近のものをピックアップするだけでも、シャープ製の「AQUOS U SHV37」、サムスン電子の「Galaxy S7 edge SC-02H/SCV33」、ファーウェイの「P10」などがそうです。スマートフォン以外でも、スポーツウォッチ「Polar M600」などで採用されています。

 「ゴリラガラス」は、非常に堅く、傷のつきにくい化学強化ガラスとして知られています。そのため、スマートフォンやスマートウォッチであれば、液晶タッチパネルの最も外にある部分で使用されることが多いです。

 他社からも同様の強化ガラスが提供されており、たとえばAGC旭硝子が製造しているDragontrailシリーズもスマートフォンでよく使われています。

1.56倍のエネルギーに対応するゴリラガラス5

 このゴリラガラスには、いくつかのバージョンがあります。「P10」で使われているのは「ゴリラガラス5」、「AQUOS U」や「Galaxy S7 edge」で採用されているのが「ゴリラガラス4」です。また「Polar M600」では「ゴリラガラスSR+」という製品が使われています。

 最新の「ゴリラガラス5」と、その前の「ゴリラガラス4」の最大の違いは、衝撃への強さです。

 「ゴリラガラス4」は、1mの高さからアスファルトのような荒れた地面に落としたとき、80%程度の割合で傷や割れがない程度の強さを持つガラス板です。これに対して「ゴリラガラス5」は1.6mの高さから同じように落下させた場合、同じように80%程度、無事でいられるとのことで、より高い(より強い)衝撃に耐えられるようになったと言えます。

ゴリラガラス4と5の違い。5では粗い路面から1.6mの高さから落下しても80%以上の確率で傷や割れが入らないほど丈夫になった

 1mと言うと、たとえば身長が1.7m程度であれば、ズボンのポケットや腰のベルトあたりの位置でしょうか。対して、ゴリラガラス5基準の1.6mというと目の位置くらいの高さになります。カメラとして使っていたら手を滑らせたという状況だと、このくらいの高さでしょう。

 わずかな差のように思えますが、計算してみると、1mの高さから物を自由落下させた場合、重力加速度gを9.8m/s2とすると、0.45秒、約16.0km/hで路面にぶつかります。対して、1.6mの高さから自由落下させると時間にして0.57秒、速度は20.2km/hになります。速度で1.26倍、位置エネルギーは1.56倍にもなります。これだけ大きくなった衝撃にゴリラガラス5で耐えるようになったのです。

 ちなみに、ソーダ石灰ガラスでは、ゴリラガラスの実験と同じように1mの高さから自由落下させた場合、無事でいられるガラス板はほぼありません。

 ゴリラガラスには損傷抵抗特性の違いによって、他のバージョンも存在します。「ゴリラガラスSR+」という製品がそれで、先述したようにスポーツウォッチなどウェアラブル機器向けのガラスのブランドです。これは、サファイアガラスに近いレベルでひっかき傷に強くなっていて、ガラス生成の際の素材を変えることで、特にひっかき傷、そして衝撃のダメージに強い素材となっています。

 一口にガラスと言っても、このように多様な製品があるのは、用途によってユーザーが持つであろう不満の種類が違うからです。たとえばスマートフォンでは、画面を保護するガラスは薄く広いため、「落としたら割れた」ことに不満を持つ人が多いのです。一方、ウェアラブル製品は常に身に着ける製品ということで、「ガラスに傷がついた」ことに不満を持つ人が多いのです。そこで組成を変えることで、スマートフォン向けのガラスは落ちたときにも割れにくいように、ウェアラブル向けはひっかき傷ができにくく作られています。

なぜ、普通のガラスは割れ、ゴリラガラスは割れないのか

 本来、ガラスというのは理論的には強度が高いはずなのですが、実際には鋭利な物体に当ったりすると簡単に割れてしまいます。これは、ガラスの表面には目に見えない微細な割れ目やすき間があり、物が当たると、その部分を起点として一気に破壊が進むためと考えられています。

 ゴリラガラスが、高い場所から落ちても割れにくいとされているのは、表面の微細な割れ目・すき間ができるのを、さまざまなな工夫で防いでいるからです。

 まず表面に近い部分の組成が、一般的なガラス(ソーダ石灰ガラス)とは違います。たとえばソーダ石灰ガラスは、その名の通り、ケイ砂、ソーダ石灰(水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムの混合物)が原料です。一方、ゴリラガラスは、通常のガラス材料を融かす際に、圧力をかけて原子の大きなカリウムイオンなどを、ガラス中の小さなナトリウムイオンと一部置き換えます。これにより、ガラス表面の微細なすき間をより狭くしているのです。

コーニングのWebサイト掲載されている「組成の組み替えによる、ゴリラガラスの強化」のキャプチャー画像。ガラス中のカリウムイオンをナトリウムイオンに置き換えることで表面のすき間をできにくくする

 このような化学的な処理で強化したガラスのことを「化学強化ガラス」といいます。ガラスを強化する方法には、他にもいくつかあります。たとえば、熱処理したあとで冷やすことでテンションをかけて強くする「熱強化ガラス」などがそうです。

 また一般的なガラス板は、作るとき一定の厚みになるよう、ローラーを使った圧延という工程を経ます。これを行うとガラス表面にローラーの跡が残るので研磨、つまり磨き上げる作業も行います。しかし、磨き工程により、ガラスの見た目にはきれいにできますが、ミクロレベルになると微細な割れやヒビを入れてしまうことになります。ゴリラガラスの場合は、融解した材料がミクロン単位の板になるまで他のものに触れないよう工夫しています。こうした工夫により、見た目はただの薄いガラスでも、衝撃や力に強いスマートフォンやウエアラブルデバイスのディスプレイの保護に役立つようになるのです。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)