石川温の「スマホ業界 Watch」

Hondaが“アップル”になる日は来るか

 2025年1月7日よりアメリカ・ラスベガスで開催された世界最大級のテクノロジー展示会「CES」。今年、世間の注目を集めたものの一つとして挙げられるのが、ホンダ(Honda)が発表した車載向けOS「ASIMO OS」ではないだろうか。

 同社が長年、開発してきた人型ロボットである「ASIMO」を車載用OSの名前にした。ASIMOの技術を直接、OSに導入したわけではなく「ASIMOは人に寄り添うロボットとして開発されてきた。今回の車載用OSも人に寄り添うことを目指していることからコンセプトが合致するASIMOの名前をつかった」(ホンダ担当者)のだという。

 そもそもASIMO OSというのはどんなものなのだろうか。

 ホンダ関係者によれば「iPhoneにおけるiOSのようなもの」と例える。

 2026年に発売になるEV「ホンダ 0シリーズ」では、SDV(Software Defined Vehicle)として、ソフトウェアでの制御が主体となる。ホンダとしてはiOSのように、今後、継続的にASIMO OSをアップデートしていき、機能の追加や強化を行っていく方針だ。

 まさにクルマがスマホのにように、毎年、進化していくというわけだ。

 SDVが当たり前になっていく中で、ホンダが現在、取り組んでいるのが「内製化」だ。

 これまで自動車業界は、EV化が進む中で、垂直統合から水平分離が進むのではないか、といわれていた。将来的に車体、モーター、バッテリー、SoCなど、それぞれ別のメーカーが手がけるものを組み合わせることで、EVが組み上がってしまうのではないか。まるで、パソコンやスマートフォンと同じ業界構造に変わっていくという強い危機感があった。

 一方でホンダは水平分業とは逆の方向、内製化に舵を切っている。

 例えば、ASIMO OSを開発していく上で、ホンダはAWSとパートナーを組んだ。AWS上に車両開発の環境を構築し、クルマを製造する前にクラウド上で設計、テストを行うことを可能にした。こうすることで、ASIMO OSなどソフトウェアの開発スピードを爆速化できるだけでなく、大幅なコスト削減も期待できる。

 EVにとって、バッテリーこそが他社との差別化するための重要なパーツとなるが、ホンダではアメリカ・オハイオ州にEVバッテリーの工場をLGエネルギーソリューションとともに建設。またカナダにも工場を建設していく。

 自社でバッテリーを製造すれば、長期的には調達コストの面で有利に働く。そもそもホンダとしては、EVの生産台数は自社で計画するのだから、大体、必要となるバッテリーの数は見込める。バッテリーを他社に依存していてはコスト面で不利に働いたり、必要なときに調達できないなどのロスを生みかねない。自社でできるだけコントロールできる方が柔軟な対応ができるというわけだ。

 現在、ホンダは日産自動車との経営統合の動きが出ている。ホンダとしては日産の経営状況を精査したいのだろうが、ただ、日産自動車と組むことで販売台数の大幅な増加が見込めるのは、内製化を進めるホンダにとっては魅力的なはずだ。

 バッテリーの自社生産も、EVの生産台数が多ければ、大量生産によってコストを抑えられるのは間違いない。

 もうひとつ、今後のSDV化において重要なパーツとなってくるのがSoCだ。特にクルマにおいても生成AIの波が来ており、将来的にドライバーは生成AIにいろいろとサポートしてもらう時代がやってくる。しかし、ホンダが今後、クルマを生成AIに対応させようと思うと、いまの車載向けSoCでは全く処理能力が足りない。本田技術研究所 先端技術研究所の小川厚所長によれば「あと1000倍の処理能力が必要」なのだという。

 そこでホンダではSoCの開発に目を向けている。実際、今回、発表となったコンセプトカー「ホンダ 0シリーズ」では、ルネサスの汎用車載半導体「R-Car X5シリーズ」SoCに、ホンダ独自のAIソフトウェアに最適化されたAIアクセラレータを組み合わせたシステムを実現。AI性能としては2000 TOPS、20 TOPS/Wの電力効率で実現することを目指している。

 まさにホンダとしてはSoCも自社開発していく方針なのだろう。

 はじめは水平分業だったが、他社に勝っていくには内製化にシフトしなければならない。まさに、スマートフォン業界で起きたことが、そっくりそのまま自動車業界にも起きようとしている。

 アップルはスマートフォン業界で差別化するために、SoCの自社開発を行うようになった。そのノウハウを武器にMacBookも自社設計SoCに切り替えた。いまではスマートフォンに重要なモデムもなんとか内製化しようとしている。

 アップルとしては、スマートフォンやパソコンにとって重要なパーツであるSoCをクアルコムやインテルに依存しては、調達コストやタイミングの面で不利なのは間違いなく、生き残るために自社設計のほうがメリットが大きいと判断し、これが成功した。

 OS、バッテリー、SoCなど、着実に内製化を進めるホンダは、まさに自動車業界でアップルになろうとしているのではないだろうか。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。