石川温の「スマホ業界 Watch」

「AI-RANで儲かる基地局に」、NVIDIAジェンスン・フアンCEOのアイデアから生まれるソフトバンクの未来

 ソフトバンクは開発中の「AI-RAN」をメディアに公開した。ソフトバンクでは全国にある基地局にGPUを搭載し、無線アクセスシステム(RAN)とAI処理を一緒に走らせることを目指している。

 日中、トラフィックが多い時間帯はRANの処理を最優先し、夜間などトラフィックが減ったタイミングでAIの処理を行わせる。ソフトバンクの商用ネットワークに導入することで、企業などは最も近い場所でNVIDIAのGPUを使ってAI処理ができるというわけだ。

 ソフトバンクは長年、NVIDIAのGPUを使ってRANを動かそうとしていたこともあり、今回のAI-RANもソフトバンクのアイデアなのかと思っていた。

 メディア公開の翌日、NVIDIAがイベントを開催し、CEOであるジェンスン・フアン氏に「AI−RANのアイデアをソフトバンクから聞いたときにはどう思った?」と質問したところ、ジェンスンCEOからは「いやいや、このアイデアは私がソフトバンクに持ちかけたものだ。私たちはCUDAというプラットフォームで5Gネットワークを稼動させ、さらにAIサービスを提供できるAerialというライブラリを作った。我々がこの技術を開発し、ソフトバンクの孫さんと宮川さんは彼らは先見の明があり、これらを見せたところ『これは日本でやるべきだ』と行ってくれた」と語る。

ジェンスン・フアン氏

 ソフトバンクとNVIDIAといえば、孫さんが肝煎りのビジョンファンドでNVIDIA株を買ったり売ったりする間柄のように見える。実際、イベントでもフアン氏が「想像してみてください。(孫さんが)我々の最大株主だったら(いまごろ…)」と語れば、孫氏はフアン氏にうなだれながら「3回試みた」と何度も買収を仕掛け、上手くいかなったと嘆いていた。

 2016年から5年ほど、表向きにはソフトバンクがNVIDIA株を取得する、できないという話が続くなか、株で儲けるのではなく、一方でソフトバンクは「NVIDIAの技術で儲ける」方向に舵を切り始めたようだ。

 フアン氏は「彼らは日本にAIインフラを構築する素晴らしいテクノロジーを見出しただけでなく、ビジネスチャンスも発見した。単なるRANではなく、AIも処理できることから、設備投資に対する利用効率が上がり、ROI(投資利益率)は8倍、良くなると試算している」と語る。

 これまでのRANは単なる無線設備でしかなかったが、GPUを搭載し、MECとしてAIサービスを提供できる設備にすることで、「儲かる基地局」にできると、ソフトバンクは気がついたわけだ。

 フアン氏は「(基地局が提供する)AIソフトウェアの価値、AI機能の価値はさらに高くなっていくだろう。私がこのアイデアを紹介したとき、マサさん(孫さんのこと)と宮川さんはとても興奮していた」と振り返る。

NVIDIA CEO のジェンスン・フアン氏とソフトバンクグループ 代表取締役 会長兼社長の孫正義氏

ソフトバンクとNVIDIAのタッグ

 基地局にGPUを搭載し、RANとAIを動かすというこの技術、単にソフトバンクだけでなく、世界のキャリアが導入したいと思っても不思議ではない。

 実際、AI-RANアライアンスのメンバーにはT-MobileやSKテレコムの名前も入っている。ソフトバンクではAI-RANをソフトバンクの商用ネットワークに導入するだけでなく、2026年以降は海外への展開も視野に入れている。

 宮川社長は「確かにT-MobileもNVIDIAと組むという発表があったが、まだまだコンセプトレベルに過ぎない。一方、ソフトバンクが日本でAI-RANを実装できて、有効であることが証明できたら、輸出のモデルを模索したい。無線システム全体の一員として、サービスを含めて輸出したい。実証実験は世界への第一歩といえる」と抱負を語る。

代表取締役社長の宮川潤一氏

 世界中のキャリアで基地局にGPUを載せるようになれば、NVIDIAにとっても大きなビジネスチャンスと言えるだろう。実際、NVIDIAとしては日本以外の国や地域への展開を考えているのだろうか。

 フアン氏は「もちろん、AI-RANを世界に展開することは可能だろう。しかし、世界のキャリアが導入するには実行力のあるリーダーが不可欠だ。その点、マサさんは未来を見据え、未来を想像してきた人物だ。私は素晴らしい人とパートナーになって本当に幸せ者だ」と語った。

 ソフトバンクは国内20万の基地局をすべてAI-RANにする意気込みがある。それくらいに自前のネットワークをすべて刷新する覚悟を持てるキャリアというのは、世界広しといえども、いまのところはソフトバンクだけなのかも知れない。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。