インタビュー

なぜ携帯電話事業者が野菜を作るのか?

沖縄セルラーの湯淺社長に聞く

 ネットワークセンターの敷地内に野菜工場を作ったり、家庭用のIoT水耕栽培キット「やさい物語」を販売したり、携帯電話とはかけ離れたように思える事業を展開する沖縄セルラー電話。同社 代表取締役社長の湯淺英雄氏に、その背景を伺った。

沖縄セルラー電話 代表取締役社長の湯淺英雄氏

地元の企業として地元の役に立つ事業を

――沖縄セルラーの社長になられて10カ月弱になりますが、沖縄に来られていかがですか?

湯淺氏
 やっぱり元気があるし、いいですね。観光業を中心にすごく経済的に盛り上がっていますから。

――その中で沖縄セルラーをどうしていきたいとお考えですか?

湯淺氏
 元々生い立ちの関係もあり、携帯電話というコア事業はほぼ半分ぐらいのシェアを取っているということで順調に来ています。今後、MVNOとかいろんな戦いの中でこのシェアをどんどん増やさないといけないのですが、それだけでは将来ずっと成長をし続けるのは難しいので、社内で新規事業はないかと公募をした結果、農業、野菜工場はどうか、観光のお役に立てるようなものはどうかというアイデアが出て、それをいろんな形で形にしていって新規事業が膨らんできたということになります。

 3年ほど野菜工場をやってきて、そのノウハウを活かしたのが「やさい物語」です。野菜工場はあくまでも法人だとか自治体に提供するという売り方はできるのですが、個人のお客様にも野菜工場の楽しさと新鮮な野菜を食べられるという部分をぜひ経験してほしいということで、こちら(のキット)に凝縮しました。

 今後も新規事業を考えているのですが、我々は増収増益で成長を続け、なおかつ増配という3増を会社の経営目標としていますので、そのためにも新しい事業をどんどん興しながら全体で伸ばしていくということをやっています。今年度はこのキットが中心になって新規事業を引っ張っていくという風に考えています。これを引っ張りながら、次の手を考えているのですが、まだそれは言えません(笑)。

――通信ど真ん中というものではないということでしょうか?

湯淺氏
 通信ど真ん中のサービスではありません。通信をIoT、ICTの部分でサポートしたような形の事業です。我々が通信と全く離れたことをやってもなかなか相乗効果が出ませんので、やはり通信をメインにした形での展開です。昨年、ネット通販の会社を買収したりしてきましたが、基本的にM&Aでただ全体の金額を上げるということは全くやる気はありません。コア事業とシナジーが出て、なおかつちゃんと血肉になるようなところをグループの中に入れていきたいと考えています。

 昨年が創立25周年で、私どもの取締役に残っていますが、稲盛和夫が沖縄に来て、地元に携帯電話の会社を作りませんかというお話をしました。銀行さん、電力さん、オリオンビールさんなど、地元の43社がそれに賛同して作られました。つまり地元の企業としてスタートしました。他の地域はKDDIとして合併したのですが、沖縄セルラーだけは合併しませんでした。地元の企業としてやってきていますので、KDDIとして大きくなることはこちらでは良いことではありません。地元の企業だから皆さん応援していただける。KDDI全体が3割弱のシェアでも、ここ(沖縄)では5割を取れています。そうした背景がありますから、通信事業でも貢献しなくてはいけませんが、それ以外でもまず地元のお役に立てるような事業かどうかというのが一つの基準になります。ですから、不動産で土地を買って売ったら儲かるというようなことはしません。あくまでも地元の皆さんに喜んでいただけるという条件をクリアしないと新規事業をやらないということになります。

 今回の野菜工場にしろ、やさい物語にしろ、沖縄は亜熱帯気候なのでなかなか路地物で野菜を作れないので、台風が来ると1週間ぐらい新鮮な野菜が入らないということになります。新鮮な野菜をいつでも食べられるというのは皆さんに喜んでいただけるだろう、というような流れなのです。大東島や与那国などの離島がありますが、台風が来ると1週間は海が荒れたりしますから、スーパーの店頭から野菜が無くなってしまうのです。という状態が続いていたので、それを何とか解決するためにも、野菜工場を離島にプラントで販売し、遠隔で運用管理するということで皆さんに安心して育てていただければと考えています。

ネットワークセンターの敷地内に設置された野菜工場

 観光サイトで「沖縄CLIP」という事業もあるのですが、そちらも沖縄が観光県で、年間1000万人近くの観光客が訪れますので、その人たちが来た時にどこに行ったらいいかわからないという中でこのサイトを見てもらおうと思いました。通常の雑誌に載っている情報ではなく、地元ならではの情報を提供することで、観光を振興できます。それを作る中で、どこそこの食べ物がおいしかった、手に入らないのか、という声があったので、ネット通販もやりましょうということで、ネット通販の事業も買って、観光サイトとネット通販をセットにすることによって、一つのビジネスになりました。地元の皆さんのお役に立とうと思ってやったことが、だんだんそういう形になりました。

「やさい物語」の魅力

――やさい物語は沖縄県外にも売られるということになりますが、それは沖縄セルラーにとっては初めてになるのでしょうか?

湯淺氏
 そうですね。これまでは沖縄に閉じた形でした。ネットを使うと良いものはどこでも売れます。できればこれは東南アジアだとか中国だとか、国内の野菜を食べたくないという人たちに自分で作ってみてはいかがですか、安全・安心ですよという風に、本当は輸出もしたいかなと考えています。日本に閉じたものではありませんから、Wi-Fiの環境があり、スマートフォンさえあれば同じように使えます。

同社が3月下旬に発売する家庭用のIoT水耕栽培キット「やさい物語」

――家電量販店での販売の予定はありますか?

湯淺氏
 今はあまり考えていません。携帯電話と同じでお金の問題がありますので、ちょっと厳しいなといったところです。こうした水耕栽培キットというのは、我々のもののようにIoT機能が無くても4万円前後するものが売れています。私はそれでも皆さんの家庭で使っていただくには高いと思ったので、2万9800円(初回限定5000台)という値付けをしました。できる限り安くしたので、その値段で皆さんに売りたい、ということで、基本はネット販売になります。沖縄ではauショップで売ります。現物を置いてもらって、お客様が機種変更に訪れたら、「あれ何?」と言われたら「こういう物ですよ」ということで、フィーチャーフォンを1台買っていただくような感覚で買ってもらえるといいな、と。

 だいたい1カ月で育って収穫となりますので、追加で種を買っていただけますので、その種を継続して買っていただくというのもビジネスになります。要はそちらを狙ったビジネスです。キットはインフラとして皆さんに持っていただいて、追加で種を買っていただく。そのために種もレタスだけでは飽きるだろうということで、ハーブだとかいろんなものを開発して、最終的には20種類ぐらい用意できればいいな、と考えています。ハーブだとかバジルだとか、スーパーに行っても高いですから、自分で育てられて無農薬で安心感もあります。

――育てることがコンテンツということでしょうか。

湯淺氏
 そうですね。そういうイメージです。

――沖縄ではauショップに置かれてデモ展示されるということですが、食べてみたいというお客さんがいたら食べられるのでしょうか?

湯淺氏
 どんどん食べてくださいということにしています。水耕栽培だから水っぽいんじゃないかと思うかもしれませんが全然違いますので、やはり食べてみないと分からないという面もあります。えぐみが無く、食べやすいのです。無農薬で育てていますので長持ちします。スーパーで野菜を買ってくるのとは新鮮さが違います。今、うちの社員も育てていますが、だいたい3~4週間で外の葉っぱが食べられるようになって、それを切って食べると、下から次の葉っぱが膨らんできて、長ければ2~3週間は新鮮なレタスを食べ続けられます。それが普通になって、外でレタスを買うのは嫌、となってくればいいな、と考えています。

 追加の種は通販サイトでなるべく安く送ってあげたいなと考え、3カ月分の種とスポンジなどのキットを1000円レベルでと考えていますから、毎月300円で新鮮な野菜が食べられます。水耕栽培の種とLEDの相性などもありますから、我々のキットと種であれば確実に育つ、誰でもおいしい野菜を作れるというのがミソだと思います。

――やさい物語の販売台数の目標は?

湯淺氏
 5000台が限定販売になりますので、まず追加して1万台までは行きたいなと思います。ある程度数が出るとクチコミの効果も出てきますから、それぐらいを目指しています。

――当初、2万9800円で売るということですが、黒字にはなっているのでしょうか。

湯淺氏
 黒字になるように作りました。逆算で(笑)。ウチだけのノウハウじゃ無理なので、KDDI総合研究所にいろんなソフトウェアを作ってもらったりしましたが、彼らは基礎研究が得意ですが、皆さんの目に見える形で商品化に参画するのがすごく喜ぶんです。

――スマホの場合は売れると新色が追加されたりしますが、デザインを含めてバリエーションを出す可能性はありますか?

湯淺氏
 今のところ真っ白なので、黒だとか家具調だとかアイデアはありますが、金型を変えるとなると大変です(笑)。基本はやはりリビングだとかカウンターキッチンに置いてもらいたいというのがありましたので、デザインが悪いと絶対に置いてもらえないので、高級感を出そうよ、というのが元々コンセプトとしてありました。試作品ができあがって、「こんなのダメだよ」と言って改良を重ねたので、発売が遅れてしまったというのが正直なところです。

――ターゲットは主婦層でしょうか?

湯淺氏
 そうですね。基本は主婦層ですが、発表してから男性の方からも反響をいただきました。30~40代のガジェット好きの男性が多いのと、飲食店や病院のように癒しを求めるところや、ハウスメーカーさんなどからも問い合わせをいただいています。

――SIMカードを装着できるようなモデルも出たりしますか?

湯淺氏
 コストがどんどん上がって仕組みを作るだけでも大変になってしまいますので、それだったらSIGFOXやLoRa WANを使うとか通信モジュールを取り付けられるようにすればいいかなと(笑)。ただ、今は無線LANで動くシンプルなものに仕上げた方がいいと思っています。

IoTをもっと身近に

――沖縄セルラーがこうした事業をやることについては、面白くもあり違和感もありということだと思いますが、新しくブランドを作って、その下にまとめるという可能性はありますか?

湯淺氏
 いろいろな考え方があると思いますが、広がっていくと一つのイメージとしてまとめていかなければいけなくなるかもしれません。ただ、今は逆に沖縄セルラーという名前をあえて付けた方が皆さんにも沖縄セルラーにもプラスになります。沖縄県では沖縄セルラーと付いている方が信用力が相当高くなります。電力か銀行かセルラーか、と沖縄では言われていますので、知名度の面でも今はそれを活かしていった方が相乗効果が出ます。それがある程度浸透して、沖縄セルラーもこういう事業をやっているよというのが分かってくればいいと思いますが、今もリウボウさんというデパートで売っているレタスにも沖縄セルラーとあえて書いてあります。

沖縄セルラーブランドのレタス

 水耕栽培はいろんなところが実験レベルでちょこちょこやっていますが、JAですとか本格的な農業団体がちゃんとやってはいません。逆に実績がある我々に協力してくださいという風になります。実際にビジネスとして安定的に生産して売っていますので。これで事業をやろうと思えば、もっと大きな工場を作れば事業として成り立つのですが、我々は野菜を本格的な事業としてやるというよりも、そのノウハウを販売して、いろんな方たちに使っていただく。そうしないと我々が農業と競争するようになってしまい、それはまたまずいので、農業の方や市町村の方に使っていただく形を考えています。我々は先行型でいろんなことをやって、行けると思ったら皆さんに使ってもらう、それはできる限りIoTを含めたノウハウを詰め込んだ形で売っていき、我々自身の技術力を高めていくというようなことです。

 ですから、これから野菜工場を拡大していくことはありません。そのノウハウを離島の皆さんに提供していきます。そうなれば台風が来ても野菜が食べられます。最初、それを導入する時には自治体が導入するということになります。ビジネスとして導入するのではなく、住民のため、野菜が無くなるという課題を解決するためです。そうしないと過疎化が進んでいますから、最低限の食の環境を整備したいと皆さん思われていますので、その辺にお役に立てるのではないかと思っています。国や県からの予算も出ていますので、それを使ってプラントの建設を行って、その後の種は自分たちで買ってもらわなければなりませんが、天候に関係なく、安定的にできて、安定した値段で販売できます。

――県外の他の離島でもそうした野菜工場のソリューションを提供していくことはお考えですか?

湯淺氏
 建設した後のサポートはネットワークでできるとしても、建設するとなるとどうしても何度も行ってやらなければなりません。テレビ会議だけで済めばいいですが、そこは我々の行動範囲の中でとなってしまいます。そういう遠いところには、やさい物語のようなキットを販売するという形の方がいいのだと思います。

――新たな事業の可能性についてはいかがでしょうか。

湯淺氏
 エンジョイ・スマートライフということを考えています。IoTを含めてスマートライフを身近に楽しめるようなものを提供する企業になろうということです。IoTと言っても、新聞などには毎日出ますが、本当に自分に関係あるのかと思って見ている人は少なく、まだまだ一部の尖った人たちのもので、企業に必要なものなんだろうと思っている人が多いので、これがまさに簡単なIoTなんですよ、ということで、そういう物を皆さんに理解していただき、広げていくような、分かりやすいIoTをやっていかないとダメです。昔、ユビキタスとか言って全然ダメじゃないですか(笑)。そういうことにならないようにしたいと思っています。言葉先行はいけないなと。ARでもVRでもいいですが、身近なものを皆さんに使っていただく必要があります。

――これから新しいことをやっていく上で、沖縄にはどんな課題がありそうですか?

湯淺氏
 経済が好調な中で一番の課題は人手不足です。観光業も飲食業も非常にいいのですが、店員がいない、ホテルのスタッフがいない。だけどホテルはどんどん作っている。どうするんだというと高賃金で引き抜くということになります。それは全体の底上げではなく、新しいところが良くなれば別のところが悪くなるというだけです。観光メインなわりにはまだまだインフラが整備されていません。交通インフラもそうですが、実際の観光地もそんなに整備されていません。きれいな海と山と自然と食べ物があるというのですが、もう一度来たくなるというのは、そういうのを作らないとこのままずっと行けるということではありません。インバウンドの方が多くなるとホテルも取れなくなりますので、下手をするとハワイに行く方が安くなってしまいます。そういう人手を省力化できるようなこともできたらいいな、と考えています。

 携帯ショップも含めて、今後は働き方を改革していかないと、皆さん持たないかなと。オンラインでの販売も選択肢になってくると思います。

 ただ、沖縄で我々がこれだけシェアが高い一つの理由として、auショップを専業としている代理店さんがいらっしゃって、その人たちが頑張ってこれだけのシェアを取っています。その強みを生かさないといけません。たくさんショップがあることが弱みになるような時代になっては困ります。その差別化をしないといけないということでいろんな取り組みを行っています。

沖縄の携帯ショップ事情

――沖縄での格安スマホの需要はいかがでしょう?

湯淺氏
 我々は子会社でUQモバイル沖縄を昨年8月に立ち上げています。沖縄セルラーは品質が良く、エリアも広いというのは分かっているが、何しろ安いものがいいというお客様にはUQモバイルがウケています。

――地元企業というところではウィルコム沖縄のY!mobileは相当強いのでしょうか?

湯淺氏
 ざっくり言ってY!mobileのシェアは半分くらいです。急激にキャッチアップしようとしていますが、我々は4割弱ぐらいでしょうか。残りをドコモ系の格安スマホという感じです。

――沖縄では他社のショップでキャッシュバックが出始めているという話もあるようですが。

湯淺氏
 他社のことはコメントできませんが、我々はやっていません。ガイドラインを守っています。だから苦しい。ショップの皆さんにも不満があると思いますが、我々は地元の会社として品格が大事で、売るためにガツガツしたらよくない。悪く言うとやせ我慢ですし、本当に売れなくなったら代理店さんとしても死活問題ですから、そうなったら考えなければいけませんが、今は踏ん張っています。総務省のガイドラインもいいのですが、やるなら100%やる、やらないならやらないと、0か100にして欲しい。守るのは本当に大変ですから。

――ありがとうございました。