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ドコモが取り組む「林業向け自動運転草刈機」、その仕組みとは
2024年8月30日 00:01
NTTドコモ、筑水キャニコム、千葉県森林組合は、林業における下刈り作業の省人化・自動化を目的とした「自動運転型下刈機械の植栽フィールド運用実証」を2024年8月26日から開始した。8月27日には、実証実験フィールドの1つである千葉県君津市の「ドコモ君津の森」において、実証実験の模様がプレス向けに公開された。
過酷で負担の大きい林業の下刈り作業
林業において、植樹前や植樹直後に苗木の成長を阻害する植生を刈る作業を「下刈り」と呼ぶ。下刈り作業は、苗木が雑草の高さを超えるまで必要なので、植え付け後、3年くらい継続する必要がある。
下刈りは、主に雑草が成長する夏季に実施される作業だ。雑草の生育が早い場合、1シーズンに複数回の実施が必要になる。人力でやるとなると、保護のための長袖や手袋、保護面を着用しつつ、不安定な山の斜面で5kgくらいの刈払機を振り回すという、かなり過酷な作業となる。刈払機自体も、しばしば受傷事故を起こすが、ほかにも熱中症や蜂被害などの危険が伴っている。
林業というと、木を切り倒して運ぶのも大仕事だが、伐採は機械化が進んでいる分野でもある。たとえば、重機が入れられる環境なら、「ハーベスタ」などの重機により、伐木から丸太加工までを人力とは比較にならないくらい効率化できる。
下刈りに使えるような自走式の草刈機もある一方、現状の効率とコストを考えると、先に説明したような刈払機を使う人力作業も多い。植林のコストの約半分は下刈りのコストとも言われているし、春に入社した新人スタッフは、夏の過酷な下刈り作業で林業から離れていくとも言われている。
この負担が大きい下刈り作業を効率化し、林業をサポートしようというのが今回の実証実験の目的となっている。
開発しているのはどんな草刈機?
斜面の草刈りに対応した自走式の草刈機は、珍しいわけではない。そもそも今回の実証実験で使われている機材は、キャニコムが市販している自走式草刈機の「アラフォー傾子」をベースに作られている。
ベースとなっている「アラフォー傾子」は、有視界で操作するラジコン草刈機だ。近くにいる操縦者が、専用リモコンで前進や転回など全制御を行なう。斜面に特化した性能を持っていて、780ccのガソリンエンジンを搭載し、クローラー(履帯、キャタピラ)により、最大登坂は25度、最大左傾斜45度での作業も可能となっている。機体前方に幅1.1mのハンマーナイフ式の草刈り機構が搭載されていて、ちょっとした薮でも突っ込むだけで粉々に粉砕する。重さは720kgと軽自動車並みだが、750kgトラックに搭載できるサイズ感となっている。
今回の実証実験では、「アラフォー傾子」を改造して制御ユニットを搭載し、半自動運転を可能とするとともにインターネット経由でオペレートできるようにしている。
作業の流れとしては、まず事前にドローンで作業エリアの地形写真とGPS座標を収集する。切り株や残材の位置情報も解析するという。さらに、植樹の際にはGPSを搭載する穴掘り機器を使うことで、どこに苗木があるかも地図データに登録しておく。
オペレーター用のiPadアプリには、これを元とした地図が表示され、オペレーターはこの地図上に避けるべき苗木や地形を考慮しつつ経由ポイントをプロットし、自動運転のルートを作成する。自動運転中、傾斜などによりクローラーが左右に滑ってルートを外れた場合、ルートに戻るように制御がかかる。
制御は、位置情報をベースとする。GPSなど複数の位置情報衛星システムを組み合わせたGNSSの測位アンテナが前後に2個搭載され、より高精度な位置情報を得られるようにしている。四方にカメラを搭載するが、映像はオペレーターが視認するためで、画像処理などは行なわれていない。そのほかのLiDARなどのセンサも搭載していない。
草刈機とオペレーターは、近くにいてもインターネット経由で通信する構成となっている。草刈機の通信機能としては4G通信にも対応するが、林業の現場となる山間部だと電波が弱いケースも多く、今回の実証実験フィールドのドコモ君津の森も、ドコモ網のアンテナ表示は4本中1本と弱めだった。そのため、現場に高出力なWi-Fiアクセスポイントを設置し、Starlinkを元回線として作業領域全体をエリア化している。
ドコモが参加する実証実験だが、高品質な5Gネットワークを活用するとかではなく、もともと半自動運転なので、遅延OKな構成となっている。ただし現状では、通信圏外では停止するような運用としている。停止後は、近くにいる作業者が従来型のリモコンを使って通信圏内まで操縦する必要がある。
草刈機もオペレーターも、インターネット経由で通信するので、オペレーターは現場にいても遠隔地にいても構わない。ただし現場には運用中の安全確認やセッティング、そのほかさまざまな作業があるので、現場が無人になるわけではない。それでも半自動運転により、現場の負担は大きく軽減することが期待できる。
半自動運転が最大のメリット
このシステムだと、従来のラジコン式で必要だった「地形や苗木の位置を見ながらルートを考えながら操縦」という手間がほぼ自動化される。実のところ、自走式草刈機は、毎回同じルート辿るだけで問題ないので、自動化に適している。
公道の自動運転だと、ほかのクルマや人間、そのほか予測していない環境の変化に柔軟に対応しないといけないので、さまざまなセンサーと高度な情報処理が必要となる。しかし林地では、周囲に作業者しかいないし、地形が大きく変わることも滅多にない。なので、毎回同じルートを辿るような自動化で十分だ。それならばGPSなど位置座標を把握するためのセンサー以外は重要ではない。むしろ地形は変わらないのに雑草で見た目が変わるので、画像処理やLiDARといったセンサーは不要、とすら言える。
現場の作業者の負担は、主に安全確認だけとなる。この草刈機では苗木から安全マージンをとった範囲までしか刈れないので、現場の作業員が後で苗木の周辺を手作業で刈る必要がありそうだが、現場の負担は大幅に軽減されるはずだ。
オペレーターは現場にいる必要がない。現場近くの車両や遠く離れた屋内からも作業ができる。オペレーターの主な作業はルートの作成や修正になってくるので、遠隔地から複数の機体を担当したり、現場でほかの作業兼任したりしても良いだろう。
強く求められる林業の効率化
日本は森林が多い国だが、海外材との価格・品質競争、林業従事者の減少などに直面しており、林業による林地整備も活発ではない。林地の保全・整備は美観面だけでなく、土砂災害対策や二酸化炭素の吸収・固定、花粉症対策、耕作放棄された農地の利活用など、さまざまな副次的な効果もある。
2021年ごろからのウッドショックと呼ばれる木材高騰や近年の円安により、輸入材の価格競争力は一時的に低下している。しかし、だからからといって国産材の生産をいきなり増やせるわけでもない。また、たとえば住宅業界だと強度や供給面で輸入材を前提に商品開発されていることもあり、国産材が相対的に安くなっても、切り替えられないというケースも少なくない。
こうした状況に対応するために、林業を効率化して需要と供給を安定させることが求められている。そして前述の通り、伐採は機械化が進んでいるので、次は負担の大きい下刈りの機械化・効率化は重要というわけだ。
今回の実証実験は、千葉県と北海道の2か所で、それぞれ1ヘクタール(100m四方相当)の植栽フィールドで下刈り作業を実施し、自動運転の下刈りがどの程度の効率化に寄与するかを検証していく。千葉県のドコモ君津の森では、8月26日〜29日に植栽前の運用試験、12月9日〜12日に植栽後の運用試験が実施される。北海道では千歳林業が保有する山林で、9月30日〜10月3日に植栽後の運用試験が実施される。