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巨大なパラボラが立ち並ぶKDDI山口衛星通信センター、開所50周年を迎える

 5月8日、KDDIは、山口県山口市にあるKDDI山口衛星通信センターの開所50周年式典を現地にて開催した。式典に合わせ、プレス向けに施設内部も一部公開されたので、同センターの様子をレポートしたい。

式典で挨拶をしたKDDI高橋社長

 式典には主催者としてKDDIの高橋誠社長が出席したほか、来賓として総務省の総務審議官の鈴木茂樹氏、山口市長の渡辺純忠氏など、多くの関係者が出席し、50周年を記念した植樹も行われた。

23基のパラボラ

 KDDI山口衛星通信センターは通信衛星と通信するためのパラボラアンテナが立ち並ぶ、衛星通信専門の大規模な施設だ。およそ16万平方メートルの敷地内に現在は23基のパラボラアンテナが設置されている。

式典で祝辞を述べる総務省の鈴木氏
式典で祝辞を述べる山口市の渡辺市長

人工衛星と通信するパラボラアンテナ

KDDI山口衛星通信センター。KDDI山口衛星通信所とも呼ばれている

 これらのパラボラアンテナは、基本的に静止衛星軌道にある人工衛星と通信を行っていて、各種衛星通信システムの地球局などとして運用されている。インマルサットやインテルサットの地球局になっているほかには、たとえば放送衛星の放送に使っていない帯域を使った通信の地球局なども担当している。

 静止衛星とは赤道上空の高度約3.6万キロ、静止軌道を周回する人工衛星で、その公転(周回)は地球の自転と同期し、地球上から見ると常に同じ位置に静止して見える。「高度」とは言うものの、地球の赤道面の半径は約6378キロなので、半径約4.2万キロの周回軌道の中心に地球がいる、というイメージにも近い。非常に遠いため通信は容易ではないが、その反面、1つの衛星で広い範囲を見渡せるのも特徴で、3個の衛星でもほぼ全世界のカバーが可能となる。

インマルサット用のハンドセット端末「IsatPhone Pro」。背景に写っている直径18mパラボラアンテナ(中央よりの方)はインマルサット用だが、現在は使われてないとか。なお端末は筆者がたまたま持ち合わせていた私物(壊れてて動かない)

 静止衛星を使った衛星通信サービスでも、たとえばインマルサット端末には卓上サイズやハンドセット型のものもあるなど、通話程度の狭い帯域の通信ならば小さな指向性のないアンテナでも通信ができる。しかしKDDI山口衛星通信センターは携帯電話ネットワークにおける基地局からの有線バックボーン回線に相当する役割を担っているので、大容量で精度・安定性の高い通信をするために、巨大なパラボラアンテナが必要になっている。

 パラボラアンテナは極めて指向性が高いため、基本的にKDDI山口衛星通信センターにある23基のパラボラアンテナは、それぞれが1個の衛星と通信するために設置されている。新しい通信衛星のためにパラボラアンテナが新設されることもあれば、通信衛星の廃止とともにその衛星を担当していたパラボラアンテナが廃止になることもある。通信衛星が世代交代したときも、新しい仕様に対応するために地球局側のパラボラアンテナの更新もある。

 たとえばKDDIが端末・サービスの販売も行っているインマルサットは、最新世代では地球局を集約する方針をとっていて、現在はKDDI山口衛星通信センターでは最新世代の地球局業務を行っていない。同センターは開所以来、たくさんのパラボラアンテナを新設してきたが、廃止・撤去されたアンテナも少なくなく、増える一方というわけではないのだ。静止衛星は赤道上空の静止軌道に並ぶのだが、静止軌道はすでに過密状態でもあり、通信衛星が際限なく増えるというようなこともない。

電波望遠鏡に転用

国立天文台(NAO)に譲渡された第1電波望遠鏡

 なお、例外的にKDDI山口衛星通信センター内の2基の大型パラボラアンテナは、現在は通信には使われておらず、改修されて電波望遠鏡として使われている。直径32メートルの第1電波望遠鏡は国立天文台に譲渡されていて、直径34メートルの第2電波望遠鏡は所有こそKDDIのままだが、研究機関に貸し出されている。この2基は同センターのほかのパラボラアンテナに比べ、パラボラおよび基部の大きさが桁違いに大きく、同センターの顔のような存在となっている。

 ちなみに電波望遠鏡というと、今年4月に日本の国立天文台も参加する国際プロジェクト、イベントホライズンテレスコープが世界各国にある複数の電波望遠鏡を束ね、ブラックホール(に落ち込むガス雲)の観測に成功している。しかし同プロジェクトの最終的な観測には、南米を中心とする、日本とは反対側の電波望遠鏡が使われたため、KDDI山口衛星通信センターにある国立天文台の電波望遠鏡は、最終的な観測には参加していないという。

背景右奥に写っているのも第1電波望遠鏡。このように直上に向けることもできる

 この第1電波望遠鏡と第2電波望遠鏡は設置当初はロケットの打ち上げ後の追跡にも使われていたため、全方位に旋回し、仰角も直上から水平近くまで動かすことができる。そのため、電波望遠鏡に転用が可能だったのだが、こうした作りのパラボラアンテナは、KDDI山口衛星通信センターでは例外的なものだ。

 現在運用されているほかのパラボラアンテナは、前述の通りそれぞれが通信相手の衛星を固定して運用されているため、大きく角度を動かせない構造になっている。また、最近は技術の進歩により人工衛星も大きくなって通信出力が向上し、通信技術自体も進歩しているので、30m以上のパラボラアンテナは必要なくなっていて、同センターでもほかのパラボラアンテナは18m未満となっている。

こちらは第2電波望遠鏡。スケール感がわかりにくいが、直径34mと同センターでも最大サイズで、フレームを含めて430トンもある
第2電波望遠鏡の背面。小さな(といっても数メートの大きさ)パネルが張り合わさっている構造
第2電波望遠鏡を旋回させる構造。円形のレールで旋回する仕組み。ちなみにこれは建物の屋上にある
第2電波望遠鏡の背面。仰角を付ける構造部分もかなり巨大。メンテナンスなどのために登っていける構造
こちらは第1電波望遠鏡。基本的な構造は第2電波望遠鏡と似ている。こちらは200トン程度と軽量化されている
特別に見せていただいた、同センター内のパラボラアンテナと本棟を接続する地下トンネル。さまざまな信号線や電源線などが通っている
ダンジョン感の強い地下トンネル。こうしたトンネルが主要なパラボラアンテナと本棟のあいだに何本か走っている
こちらはちょっと特殊なパラボラアンテナ。受信のみで送信機能はないが、複数の衛星からの電波を受信できる。静止衛星は赤道上空に一直線に並んでいるので、パラボラアンテナの焦点となる受信部は点ではなく線のようになっている
こちらは比較的小型なアンテナ群。それぞれが別々の衛星と通信している。同じような大きさでも、いろいろな形状のものがある
やや分厚いタイプ。傘の焦点部分にさらに反射板があり、傘の中央に送受信部がある
シンプルなタイプ。水平近くに向いているせいか、融雪装置のようなものは見えなかった。大きさもそんなに大きくはない
静止衛星も少しだけ動くので、調整するためのアクチュエーターは搭載している。しかし大きくは動かせない構造をしている
ちょっとわかりにくいが、中央に移っている土台は撤去されたパラボラアンテナの跡地。このように使わなくなり流用もできないアンテナは解体撤去されていく
10メートル級のパラボラアンテナに囲まれて携帯電話の基地局鉄塔も建っていた

南極との通信デモンストレーションも

南極昭和基地とのテレビ電話デモンストレーション

 50周年式典では南極にある昭和基地とのテレビ電話のデモンストレーションも行われた。

 昭和基地にはKDDIの協力により、インテルサットによる衛星通信設備が設置・運用されている。さらにKDDIの社員が1名、南極に出向して通信環境の維持に努めている。「宇宙よりも遠い」とも言われる南極なので、究極の左遷にも思えてしまうが、社内選考や年齢制限のある応募制で、左遷どころか希望してもなかなか就けない職種となっている。

KDDIからの出向社員は衛星通信だけでなく、基地内外の有線・無線ネットワークや映像配信機器まで担当するとか

 インテルサットはインマルサットとは異なり、ハンドセットなどの小さな移動機端末は存在せず、比較的大きなパラボラアンテナを使い、ケーブルを引けない環境での固定回線代わりに使われている。テレビの中継車などでも使われることがあるが、パラボラアンテナを正確に衛星に向ける必要があるので、移動中は使えず、基本的には固定環境で使われる。

 昭和基地では直径7.6mのパラボラアンテナが、アンテナを保護するレドームの中に設置されている。これがインテルサット衛星を経由し、KDDI山口衛星通信センターに接続している。これにより、最大で6Mbps程度のインターネット通信回線が確保され、南極からの観測データの送信から隊員の私用通信にまで利用されている。

通信の概要図

 6Mbpsを昭和基地全体で共有しているので、いまどきの固定・無線ブロードバンドに比べると低速にも思えてしまうが、2000年代に普及していたADSLに近い速度で、贅沢に使わなければそこそこな速度でもある。式典でのテレビ電話デモでは映像の解像感こそそれほど高くなかったが、コマ落ちやブロックノイズが発生することなく、安定した映像と音声が送られていた。

テレビ電話のデモにはiPadが使われていた

 しかしインマルサット衛星は赤道高度3.6万キロ上空にあり、南極から衛星、衛星から日本の距離を合計すると、8万キロくらいになってしまう。電磁波の速度は秒速約30万キロなので、往復だと少なくとも0.5秒程度の遅延が生じることになる。普通の会話だとはっきり知覚できるレベルの遅延だが、そこは昭和基地もKDDI山口衛星通信センターも慣れているのか、式典でのテレビ電話デモではほとんど遅延を感じさせないような対話が行われていた。

実は衛星通信の地球局に最適な山口市

50周年式典で行われた記念植樹。KDDI高橋社長、総務省鈴木氏、渡辺市長が代表してスコップを持った

 KDDI山口衛星通信センターは山口駅からJR山口線で3駅の仁保駅からは徒歩30分という位置で、山口市の中心街からもほど近いところにある。この立地、実は衛星通信の地球局に最適なのだという。

 まず山口県は、太平洋上の静止衛星とインド洋上の静止衛星、両方に通信できる本州ではギリギリの場所。それでいて中国地方は大きな地震の少ないとされる地域で、積雪や火山の降灰も少なく、デリケートな通信設備を安定的に運用しやすい。

山口市の優れた立地

 また、周囲を小高い山に囲まれていて、見通せる位置に都市や工場などもなく、ほかのマイクロ波通信で干渉を起こすようなことも少ない。周囲の山々はそれほど高くないので、インド洋上の衛星も太平洋上の衛星も、稜線ギリギリで通信できる。

 KDDI山口衛星通信センターは常駐スタッフが20名程度と、実はそれほど大きな施設ではない。しかしKDDIパラボラ館という一般公開されている見学用の施設もあり、観光や近隣からの社会科見学の場所としても親しまれている。地域行事への参加などの地域社会との交流もしているほか、山口市の切手やマンホールのデザインにパラボラアンテナが採用されたりもしているなど、地域との密接な交流が行われている。

 逆に同センターのために近隣では衛星通信に干渉するような電波の出力が禁止されていたり、地平線に近いインド洋上の衛星と通信するために、その近辺に高い建物の建設をしないようにしてもらうなど、同センターはその運用のために、地域の大きな協力を得ている。

 以前は関東地方の茨城にKDDI茨城衛星通信センターがあったが、そちらは2007年に閉鎖され、その機能の一部は山口に移行している。現在ではKDDI山口衛星通信センターがKDDIにとって唯一の大規模衛星通信施設であり、国内でも最大規模の衛星通信施設となっている。

KDDI山口衛星通信センター(開所当時は山口衛星通信所)の略歴

 ちなみに茨城の施設の方が歴史は古く、山口より6年ほど早い1963年に開所した。茨城のセンターは開所3日後に初の日米間テレビ衛星中継受信実験が行われ、本来はケネディ大統領からのメッセージが中継されるはずだったが、ケネディ大統領暗殺のニュースを伝えたという。海底ケーブルが普及する以前は、大陸間の通信や映像中継に衛星通信は広く活用され、さまざまな歴史的な映像を中継してきた。

大規模災害時には携帯電話を支える

 海底ケーブルが普及した現在は、大量の通信トラフィックに対応でき、遅延も衛星通信よりは小さい海底ケーブルが大陸間通信の主役となっている。しかしそれでも、衛星通信はケーブルが敷設できない場所や船舶・航空機などで引き続き活用され続けている。そして、日本では災害時の通信インフラとしても利用されている。携帯電話のネットワークが寸断・停止するような大規模な災害が起きても、衛星通信は通信が可能だ。

北海道胆振東部地震で運用された洋上基地局。実はオーシャンリンクも衛星通信も、KDDI内では同じグローバルネットワーク・オペレーションセンターという部門の管轄

 たとえばKDDIでは2018年の北海道胆振東部地震の際、衛星通信をバックボーンとした携帯電話基地局を搭載した船舶(海底ケーブル敷設船「オーシャンリンク」)を日高沖に停船させ、洋上基地局として運用した実績もある。陸上の臨時基地局のバックボーンとして衛星通信を使うこともできるし、インマルサットなどの小型で運用しやすい衛星通信機器は、自治体などでの緊急通信機器として準備されていることもあるという。

 多くの人にとっては、普段使うことがないであろう衛星通信だが、ほかには代えがたい重要な社会インフラでもある。

 そうした意義を知らずとも、巨大なパラボラアンテナが立ち並ぶKDDI山口衛星通信センターは、なかなかインスタ映えするスポットでもある。所内はさすがに一般人が入ることはできないが、見学施設のKDDIパラボラ館もあるので、山口市周辺をドライブする機会があれば、寄ってみてはいかがだろうか。