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バーゼルワールドを見て歩き 2017~スウェーデン発のHybrid Watchはソニーからのスピンアウト
2017年3月31日 13:21
スマートフォンと腕時計の関係を確かめに「Basel World」(バーゼルワールド)を初めて取材してから、およそ1年が経過した。継続して注目しているカテゴリーとはいえ、その進化は現時点のスマートフォンにくらべると明らかに緩やかである。バルセロナで開催される「Mobile World Congess」のように毎年取材に訪れるかどうかは悩ましい選択肢だったが、とあるタイミングで別件の取材予定が入り、あわせてスケジュールを調整したところ、1日だけだが昨年に続いてのバーゼル現地取材が実現した。
バーゼルは時計製造を基幹産業とするスイスにある都市のひとつ。ここで開催される世界最大の宝飾品と時計の見本市が「Basel World」(別名バーゼル・フェア)。展示ホールに並ぶ各ブランドのブースは、ブースと呼ぶよりもほぼブティックに等しい。
今回筆者は会期2日目にあたる3月24日の早朝に、ベルリンから会場近隣のバーゼル空港に到着。空港からの専用シャトルバスを使って会場入りし、取材終了後の夕刻に電車でチューリッヒに向かった。バーゼルワールドにともなう宿泊施設の高騰はバーゼルに限らず近隣の都市にも及んでいるが、バーゼル市内に宿泊するよりも帰国便の出発地であるチューリッヒのほうがはるかに経済的だったからである。ちなみにバーゼルからチューリッヒまでは電車で約1時間。二等車で34スイスフラン(4000円弱)の旅だった。
スマートウォッチ専業、スウェーデンの新興ブランド「KRONABY」
昨年も紹介したが、いわゆる総称としては「Connected」が使われることが多い。展示内容がわからない展示ブースでは「Connected Watchはありますか?」と聞いたほうが、スマートウォッチと言うよりも通じやすいようだ。さらにConnectedにも分類があって、ひとつはApple WatchやAndroid Wearに代表されるようないわゆる「Smart Watch」。そしてもうひとつが、主にクオーツ式の時計にBluetoothやセンサーモジュールを加えて様々なセンシングや通知をスマートフォンなどと相互に行えるようにした腕時計で、こちらはおおむね「Hybrid」と呼ばれている。
「Smart Watch」がIT機器から時計に近づいて行くのに対して、「Hybrid Watch」は時計の側からスマートデバイスやPCへと近づいて行くイメージで捉えるといい。
前述のとおり今回は取材時間が限られていることから、事前のニュースリリースや出展情報、Basel Worldの公式サイト、そして公式アプリなどを駆使して、取材すべきブースは事前にピックアップしていた。展示会取材は様々なブースを眺め、足を使って意外な発見をすることも醍醐味だが、今回のように効率を重視せざるを得ないこともある。そんな駆け足のなか、事前のピックアップもなく偶然出会ったのがスウェーデン発のスタートアップ企業だった。
ブランド名は「KRONABY」。創業から18カ月を迎えるという新興ブランドだ。Basel Worldにも初出展。新興らしく、と言っては変かも知れないがConnected専業だ。
それもそのはず、共同創業者をはじめとするコアメンバーはソニーからのスピンアウトだという。本誌の読者であれば、現在は紆余曲折を経てソニーモバイルコミュニケーションズとなっている企業が、発足当初は「ソニーエリクソン」としてスウェーデンを開発拠点のひとつとしていたことを覚えている方も多いことだろう。全体で70人ほどというKRONABYの従業員のうち、ソニーエリクソンはもちろんのこと、さまざまな形で現地のソニーに関わっていた共同創業者や従業員は25~30人ほどにも及ぶという。
そのKRONABYの最初の製品が、ブランドと同じ「KRONABY」シリーズ。スイス製のクオーツムーブメントを使うHybridで、ウォッチフェイスやベゼルの素材と仕上げ、ベルトなどが異なる4モデル24種類が用意されるが、機能自体はすべて同一。価格帯は345ユーロ~595ユーロとなる。
特徴のひとつは表示パネルがないHybridの利点を生かした電池寿命で、想定する標準的な利用環境であれば内蔵するボタン電池で約2年間駆動するという。一般的なクオーツ式時計でも1~2年というのは妥当な数字で、スペック通りに2年も動けばバッテリに関してはまったく遜色がない。通知はバイブレーションで行うが、通知のフィルタリングをスマートフォン側から積極的に行うことで、バッテリーの消費を抑える。Connectedらしく、活動量計やオートマチックタイムゾーン、バイブレーションによるサイレントアラーム、運動のうながし、ミュージックコントロールやカメラリモート機能、現在位置の記録機能などを備える。GPSは搭載せず、時計側からの操作により接続しているスマートフォンで位置情報を記録する。iOSとAndroid向けの専用アプリケーションが用意される。
ムーブメント自体は自社開発ではなく、後述するスイス製の製品を使っている模様。おそらく同一のムーブメントを使っている老舗ブランドの各社が、Hybridに関してはiOSおよぶAndroid向けのアプリケーションも含めてムーブメントの製作企業に依存しているのに対して(言い換えれば、ソフトウェア開発部隊が存在しない)、KRONABYのアドバンテージは、独自の専用アプリケーションを用意していることにある。元ソニーのエンジニア達がこの点に携わってると聞けば、なるほど納得できるというものだ。
事実上のスピンアウトとは言え、話を聞いた共同創業者もソニー出身であることに誇りをもち、曰くソニースピリットは製品に生きているという。一方でAndroid Wearを搭載してきたソニー製の一連のSmart Watchは、(彼らがスピンアウトしたからか)やや、先行きに陰りが見えてきた。KNONABYは、ヨーロッパ諸国で4月中旬に販売を開始し、第三四半期の日本発売を目指すとしている。
老舗ブランドのHybridを支えるスイス製のムーブメント
時計産業であっても分業制だ。名だたる名門ブランドでも、心臓部であるムーブメントから最終製品まで一社完結でやっているところは決して多いわけではない。たとえば、世界三大高級時計メーカーのひとつに数えられるパテック・フィリップは、ムーブメントを自社開発して最終製品まで作り出すが、そのムーブメントを他社にも販売している。また、ムーブメントを作る専業メーカーも存在しており、機械式、クオーツ式を問わずスイス製、日本製、中国製と多岐にわたる。
一方で国内の基幹産業を守るべく、スイス製であることは同国にとって重要な基準だ。「SWISS MADE」を冠するために、使用する部品個々の製造国や組立工程に至るまで、スイス製を名乗ることができる割合が決まっている。間違った日本語ブランドとして一部のマニアに知られる「Superdry 極度乾燥(しなさい)」は、実際のところ英国ブランドなのだが、このブランドを冠した腕時計のムーブメントは日本製を使っていたりする。どこまで本気でどこから冗談なのか判断が難しいが、そんないい加減なことはスイスの時計作りにおいては許されないのだ。
Connectedの波にSWISS MADEが飲まれないよう、ムーブメント専業メーカーも、Hybrid向けのムーブメントを積極的に開発している。MMTことManufacture Modules Technologiesがそのひとつだ。Basel Worldにも商談を目的としたブースを出展している。同社製のモジュールは、シチズンによる買収で話題になったフレデリック・コンスタント(FREDERIQUE CONSTANT)、その兄弟ブランドのアルピナ(Alpina)、スイス国鉄時計で知られるモンディーン(MONDAINE)などに採用されており、最終製品もMMTブースに展示されている。
今回のBasel Worldにモンディーンは出展していなかったが、フレデリック・コンスタントとアルピナはブースを構えている。これらは高級ブランドなのでHybridはどちらかと言えばクオーツ式の廉価モデルなのだが(それでも10万円以上)、好調だと言う売れ行きと相まって、新しいウォッチフェイスを備える製品が登場している。特に注目すべきは、径の小さい女性向け製品が両方にラインナップされたことだ。
機械式はもとより、クオーツであっても本来の時計として必要なムーブメントに加えて、Bluetoothであったりモーションセンサーであったりする追加部品を収めるためには少なからず容積が必要だ。このあたりは、いまだ革新が続くIT機器の特徴が活かされていて微細化、小型化が順調に進んでいる。まだ始まったばかりとあって、実装の工夫など最適化の余地がまだまだ大きい。そのため、ほんの一年前までは男性向けでさえ、ごつい、大きいと思われた本体が明確に女性向けを訴求できるほど急速に小型化していることは、多いに注目すべき点と言えるだろう。
Android Wear 2.0搭載製品を中心としたSmart Watchについては、続報にて紹介する。