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バーゼルワールドを見て歩き~モンディーンが腕時計で決済の「PayChip」発表

 AppleとGoogleが相次いで参入したことで注目が高まっているスマートウォッチ。時計業界サイドでも、スマートデバイスとの連携は無視できない状況になっており、2015年からは高級腕時計の展示会においても「Connected」がひとつのキーワードになりつつある。時計業界にとっての黒船であるスマートウォッチの登場を時計業界がどう捉えているのかを確かめるため、宝飾品と時計の見本市「Basel World」が開催されるバーゼルへと足を運んだ(第1回レポート、第2回レポート)。

MONDAINE

 2015年にはアクティビティトラッカーを搭載する「Helvetica No.1 Smart」を発売(国内未発売)をしたMONDAINE(モンディーン)。旅好きには、“スイス国鉄で採用されている時計メーカー”としてもお馴染みだろう。ちなみに、スイス国鉄の駅に掲げられている時計は、秒針が12時位置では約2秒停止、その後に分針が1歩進むというちょっと変わった動きをする。つまり秒針は約58秒で一周するという独特なものだ。この機能を腕時計で実現した「stop2go」というモデルもMONDAINEは販売をしている。

MONDAINEのバンドにNFCチップを挿入することで、NFCを使った決済サービスが利用できる「PayChip」

 そのMONDAINEは、2016年のBasel Worldでペイメント(決済)機能をもつ「PayChip」を公開した。ペイメント機能はNFC Type-A/Bによるコンタクトレス(非接触)決済となる。NFCのチップは時計本体ではなく、バンド側に収納される。プラスチックカード型のSuicaや他のNFC決済においては、使用時に微弱な電力を必要とする。この微弱な電力は、プラスチックカードの場合、カード内にあるごく小規模なコイルで決済側(リーダー・ライター)端末から供給される仕組みが取られている。MONDAINEのPayChipの場合は、このコイル部分をPayChip周辺に集中して配置することで、動作に必要な微弱な電力は決済側端末から受け取っている。

 チップサイズは、読者の皆さんにも馴染みのあるmini SIMと同サイズ。おそらくnanoやmicroでは十分なコイルのスペースが取れないのだろう。そのためバンド幅によっては直接挿入できないことがあるので、細いバンド用のアタッチメントも合わせて用意されている。

PayChipは専用のバンドに挿入して利用する
mini SIMサイズが挿入できないバンドで利用するときにはアタッチメントを使う

 ペイメントに必要なPayChipはスイスの「Cembra Money Bank」が発行するので、同銀行に口座が必要になる。当初はスイス国内のみのサービスとなり、他の国で展開する場合にはそれぞれの国ごとにパートナー銀行を決めることになるとのこと。決済の仕組み自体にはMONDAINEは殆ど関与してないようで、MONDAINEのブランドと腕時計バンドを使った決済ソリューションのパテント(申請中)を提供している形だ。

 デモに使われていたのは、現地のスターバックスの「on the go」というセルフサービスのエスプレッソマシンである。液晶ディスプレイを使ってラテやカプチーノなどコーヒーの種類とサイズを選び、腕時計のチップ部分でタッチする。写真では外した時計をタッチしているが、もちろん腕につけたままでタッチするのが正当だ。チップが時計本体ではなくバンド部分にあるので、腕を必要以上に返す必要がない。

手順としては日本のおサイフケータイと大きな違いはない。商品を選んだ後で、NFCの部分を決済端末へとタッチする
MONDAINEのブースで行われたデモンストレーションにはスターバックスが協力している
ブースには、2015年に発表・発売されたアクティビティトラッカー搭載の「Helvetica No.1 Smart」も展示された

 NFCを使った決済の仕組みは、スイスでも近隣の欧州諸国と同レベルで普及しているようにみえる。このスターバックスの「on the go」で決済の仕組みを提供する「Selecta」は、スイス国鉄駅の自販機などにも導入されており、デモと同様にNFCを使った決済が可能だった。最初にスイス国内でのサービスと紹介しているが、あくまでこれはPayChipの当初の発行国がスイスという意味で、VISAやMastercardなどの国際ブランドに対応した既存のNFC対応のカード、あるいはiPhoneやApple Watchなどでも、Selectaにおける支払いは可能。実際、デモに使われていたon the goのエスプレッソマシンに、手持ちのApple Payアクティベート済みのiPhoneをかざしてみたところ支払いが成立した。

 コンタクトレス決済に関してのセキュリティは、他のプラスチックカード型のNFC決済と同等と紹介されている。具体的には、40スイスフラン(約4600円)の支払いまではPINコードが不要だが、それ以上の決済においてはICカードに準じてPINコードの入力が求められる。

 PayChipのサービスは、MONDAINE製の腕時計のいずれかを新規に購入することによって導入が可能だ。サービスの開始時期は明らかにされていない。

山岳列車がモチーフのMONDAINEの新作

 MONDAINEのBasel Worldにおけるもう一つの目玉は、世界限定2016本が発売される腕時計「MONDAINE SBB GOTTARDO 2016 COLLECTION」の発表である。

 スイス国鉄は、アルプス山脈を貫く「Gotthard Base Tunnel」において、2016年6月1日から営業運転を行う予定。このトンネルは約57kmにも及び、開通後は日本の青函トンネルを抜いて世界最長のトンネルとなる見通し。これまでのアルプス山脈越えとなる山岳ルートと比べると、チューリッヒ~ミラノ間では50分短縮できるほか、積載可能な貨物量を倍増して10%のエネルギー削減が可能という。

「MONDAINE SBB GOTTARDO 2016 COLLECTION」はstop2goの機能を持つムーヴメントのベゼルに往年の気動車の車体を打ち抜いたベゼルをあしらう

 その完成を記念して発売されるのが、MONDAINE SBB GOTTARDO 2016 COLLECTIONだ。スマートウォッチではないのでさらりと紹介するが、ムーヴメントには冒頭に述べたstop2goの機能を持つクオーツ式のムーヴメントを搭載。ベゼル部分には、山岳列車として親しまれた気動車の車体を打ち抜いて作成した薄緑色のメタルをあしらう。限定数は開通年に合わせた2016本で、ケースにはシリアルナンバーも記載される。予約はオンラインで3月17日から受け付ける。価格は750スイスフラン(約87,000円)。

 3月16日には、スイス国鉄バーゼル駅の1番プラットホームにて、製品発表会とセレモニーも開催された。セレモニー半ばでは、特別塗装された気動車が入線するなど、同社とスイス国鉄の関係の深さを示す内容となった。セレモニーの様子は写真で紹介する。

バーゼル駅のプラットフォームで開催された発表会

REVUE THOMMENのストラップ

 スマートウォッチは取れないポジションの取り合いだ。最初から筆者はそう言い続けてきた。パソコンやスマートフォンは2台持ち3台持ちが可能だが、腕時計となるとそうはいかない。レギュラーポジションは1カ所のみで、宝飾品でもある機械式腕時計ともなれば、液晶画面のスマートウォッチがとってかわれようはずがない。今もそう信じている。だからこそ、アプローチすべきは本体ではなくバンドで、そのぐらいならデジタル機器にもちょっと(場所を)貸してくれるかも知れない、と考えてきた。

 やはり同じことを考えていたところはあったらしい。スイスのREVUE THOMMEN(レビュー・トーメン)は「SMART STRAP」を出展していた。同社は1853年創業の時計メーカー。出展の中心はやはり腕時計そのものだが、ブースの一角に「SMART STRAP」を展示していた。

 詳細は非公開ながら、一般的なアクティビティトラッカーの機能を一通り備え、Bluetoothでスマートフォンとの連携を行うという。今回はどちらかと言えば開発表明に近いもので、動作モデルや可動時間、発売時期などの具体的にアナウンスできる内容はないとのこと。

REVUE THOMMENは、バンド部分にアクティビティトラッカーの機能を搭載した「SMART STRAP」を出展した
一般的なアクティビティトラッカーの機能を備える腕時計用のバンド。センサーの他にボタン電池なども内蔵するため、通常のレザーバンドと比べるとやや厚めに見える

SOPROD

 また、やはりスイスのSOPRODは、自社ブランドでもスマートウォッチを発表する一方で、スマートウォッチ用のムーヴメントを他社に提供する。第1回のレポート記事でも紹介したように、ムーヴメントからデザインまですべて一社で行うブランドがある一方で、ムーヴメントは他社製を用いて、デザインと製造をインハウスで行うブランドが市場の多くを占めている。「SWISS MADE」を冠する条件のひとつである“ムーヴメントのスイス製”を守っていくうえで、スマートウォッチ機能を備えるスイス製ムーヴメントの存在は大きいはずだ。

SOPRODのスマートウォッチ。一般的なアクティビティトラッカーの機能に加えて、スマートフォンからの通知を受け取る機能も備えている
SMSやメールなどの通知に対応しており、ボタンの操作で秒針の反対側が示した項目の未読数が、通常時は日付を示すエリアに表示される仕組み
SOPRODでは、サイズや機能の異なるスマートウォッチ向けムーヴメントを提供する

老舗ブランドも動き始めたスマートウォッチの波

 正確さやその技術でスイス国内の基幹産業のひとつだったスイス製の機械式腕時計は、日本製品によるクオーツ式ムーヴメントの台頭によって、一度コテンパンにやられた過去がある。その後、機械式の宝飾品あるいは工芸品として価値観の再創造を行い、またスイス製クオーツの導入によって再生を果たした。

 悪く言えば、クオーツなどという味気ないものに負けようがないと、伝統に胡座をかいていたら危機に陥ったという、腕時計業界以外でもよく聞く失敗の例である。しかし一度苦い経験をしただけに、おそらくはクオーツ化に匹敵する大波の、昨今の半導体化(≒スマートウォッチ)には敏感かつ対応が早い印象があり、またそれを受容したうえでさらなる発展を目指す意志が見える。

 さすがにFossilなどのアメリカンブランドのように大胆にはいかないが、2015年の半ばからは、主にアクティブトラッカー機能を取り入れる形で、老舗ブランドが展開を始めていいる。

 その出荷数も筆者の想像以上に多く、本数を発表しているところではTAGHeuer(タグ・ホイヤー)のスマートウォッチが現時点での2万本に追加で6万本を生産すると表明。またFrederique Constant(フレデリック・コンスタント)も、同社製の「Horological Smartwatch」が6万本を出荷したことで、今年新たにウォッチフェイスのカラーを追加して増産するという。

 今回のBasel Worldで新たに発表された製品の多くは、2016年後半ぐらいから市場へと出荷される。スマートフォンをはじめとするデジタル製品に比べると、やや時間の流れが緩やかではあるものの、高級腕時計のスマート化はこれからも注目が必要なカテゴリーと言えるだろう。

TISSOT(ティソ)は、風防をタッチすることで操作が可能な同社のT-TOUCHシリーズに「Smart-TOUCH」モデルを追加する
「Smart-TOUCH」モデルはアクティビティトラッカーのほか、Find-Itと呼ぶ追跡ユニット、パーソナルウェザーステーションユニットなどを追加して、スマートフォン以外の機器とも接続して様々な情報が得られるとしている。想定価格は1200ドル程度
Frederique Constantの「Horological Smartwatch」は、同社のプレスカンファレンスによれば、昨年来6万本を出荷したという。これを受けて、ネイビー系のウォッチフェイスを追加した。日本国内でも購入が可能でレザーバンドの製品が15万円から
Frederique Constantの「Horological Smartwatch」

矢作 晃