キーパーソンインタビュー
冬モデルやXiはどうなる? ドコモ加藤新社長に聞く
6月、NTTドコモの新社長に加藤薫氏が就任した。「スピード&チャレンジ」を掲げる同氏は、ドコモをどう導いていくのか。冬モデルやXiなどの取り組みを含め、今後の戦略について聞いた。
■「スピード&チャレンジ」を掲げた理由
――社長就任にあたり「スピード&チャレンジ」を掲げ、七分で良しといった説明が行われました。これはどういった考えから発したことになるのでしょうか。
個人的に目指していた部分、ドコモ全体として変えなければいけない部分が見えているということの両方からです。個人的という点については、大阪の八尾出身で、と言いつつ巨人ファンですが、関西人ですからせっかちなんです。
そうした個人的な部分もありますし、山田(前社長)が「変革とチャレンジ」を掲げてきたなかで、どういったメッセージを出そうかと考えたときに、どんどん変化するモバイル業界ではスピードを重視すべきだろうと。
――具体的にドコモのどの点が課題と考えているのでしょうか。
「大企業病」と表現すると簡単過ぎるかもしれませんが、やはり人は叱られたくないものです。何かトラブルがあったときに、報告が1日遅くなると、余計な労力が必要になる。そうした点が散見されるのです。
また情報発信力が弱い。社内にはいくつかルールがありますが、部署ごとにルールは異なる。そうなると何らかの発表、説明を行うとき、各部署に配慮して表現を整えていくと、わかりにくくなりますよね。
ドコモショップについても、もっと「値下げしている」とアピールするべきではないか、という話がある場合、店外に向けて値下げを知らせる案内を店舗の窓に貼れ! となっても、「ドコモショップはそういったものを貼る形にはなっていません」という話になる。またドコモのコーポレートカラーにマッチしていない箱があれば変えなさい、という話がある。「そんなん、もう辞めようや」ということです。
■基本、底力を重視
――スピードを重視しつつ、それを支える力も重要、と就任会見で説明がありました。
NTTドコモには、横須賀リサーチパーク(YRP)に研究所があります。NTTにも研究所はありますが、研究所を抱える通信事業者は、世界的にあまり多くありません。アンテナや基地局などの研究を行っていますが、研究所があることで通信事業の底力となる「音声」と「電池」が強みとなります。どちらもモバイルの基本で、たとえば音声は品質を保ちつつ、無線リソースをいかに節約するか、コーデックの開発などを行います。これは永遠の課題です。省電力化もずっと研究しています。
この延長線上に実は「しゃべってコンシェル」があります。音声認識、音声合成という周辺技術を組み合わせたものですが、2年間の熟成期間を経て生み出されたサービスです。2年間寝かせたとはいえ、あと2年かけて“供給者側にとって100%”にしてから提供する、という考え方もありますが、今回は7割の出来で今年3月にリリースしました。“供給者にとっての100%”はユーザーにとっては100%とならないことが多いですから、“PDCA”(Plan Do Check Act、業務管理手法の1つ)として、いかに磨き上げていくかがポイントです。ちなみに「しゃべってコンシェル」はリリースから約4カ月で、300万ダウンロード、利用件数が1億2000万弱になっています。このサービスは大事に磨き上げていき、ゆくゆくは「取扱説明書のいらない携帯電話」や山田が唱えた「アラジンの魔法のランプ」に繋がっていくと思います。
――モバイルで音声と聞くと、通話のほうを思い浮かべてしまいます。しかし音声通話の収入は減少傾向にあります。
そうです、減少していきます。しかし品質は重要です。VoIP(IP通信での音声通話)も回線の品質によっては遅延が発生します。リアルタイム性の高い通話は、ごく当たり前のことですが、それをVoIPでも実現する。基本中の基本です。
――LTEのような高速通信の導入は、ユーザーにとって、「さくさくインターネットが利用できる」などイメージしやすいところですが、通話品質の維持は伝わりにくいかもしれませんね。
そうですね。しかし、ドコモとしてはそうした基本をきちんと保っていくということです。電池についても、ずっと研究していきます。私自身も、かつてはショルダーホンの開発に携わっていましたが、当時、大きなサイズのバッテリーを搭載しながら通話時間は数十分だけでした。
■エリア作りは、電波があればいいわけではない
――苦労を重ねて今がある、それを今後も、ということですね。加藤さんはずっとモバイルを担当されたのでしょうか。
(当時の電電公社へ)入社したときにはコードレス電話を担当しました。技術総括や人事なども担当しましたが、技術の現場としては移動体ばかりでした。
――3年前に、エリア設計について800MHz帯と2GHz帯の違いはあまりない、という説明がありました。先の社長就任会見でもいわゆるプラチナバンドとエリア設計についてもコメントされていましたね。
3年前の説明会は、本音(の内容)です。(ソフトバンクモバイルは)「900MHz帯」「プラチナバンド」と良い物のように表現していると思いますが、それだけで電波環境が良くなることはありえません。ただ、10MHz幅、15MHz幅と、使える電波の幅は重要です。いかに基地局を密に配置して、容量をアップして電波を有効利用するか。これも基本中の基本です。できるだけ近い周波数を繰り返して使うことで、有効に活用することになりますが、その上で干渉を抑え込むという取り組みが必要です。通信技術が発達しても、その基本は変わりません。
■夏モデルについて
――山田前社長がチップセット不足を認めていましたが、夏モデルの発売時期は例年より2週間ほど遅れているような印象です。販売数への影響は出ているのでしょうか。
はい、確かに遅れています。しかしそのまま時期が後ろへシフトしたと思っています。たとえば6月28日に発売した「GALAXY S III」は、販売数が21万台に達しています。
――加藤さん個人の端末もGALAXY S IIIでしょうか。
現在使っていますが、またXperiaなど新機種が登場すれば変わると思います(笑)。現在もGALAXY S IIIには手応えがあります。予約も28日の時点では6万と言いましたが、実際は10万ほどありました。品質には自信があり、画面が評価されています。一方で大きすぎるといった意見も寄せられていますが、スムーズに動くといった評価もいただいています。
――他の機種についてはいかがでしょうか。
夏モデルはこれから出てきますから、それを含めて、完成度が高まってきて手応えがあります。
――夏モデルではiモード端末がありませんでしたが、ユーザーからはどういった反響があったのでしょうか。
発表直後は、「なぜないのか」といった声が寄せられることもありましたが、今は「フィーチャーフォンをもっと」「早く出して」といった声はあまりないのです。
――そのあたり、今後のラインナップにはどう影響するのでしょうか。
冬モデルでは、さほど多くはありませんがiモード機を投入します。しかし主力はスマートフォンになりつつあると思います。
――iモード端末は徐々に姿を消すことになるのでしょうか。
そうかもしれませんし、1機種あたりの寿命が長期化するのかもしれませんね。
■今冬モデルについて
――次の冬モデルはどうなるのでしょうか。
同じくらいの数になるのかなと思っていただければいいのではないでしょうか。Xi対応機種はもっと出るでしょうし、NOTTV対応も増えます。
――たとえば昨冬モデルではXi対応スマートフォンの登場が目玉の1つだったと思います。次はどういった点がウリになるのでしょうか。
防水、NOTTV、ワンセグ、FeliCaなどを入れつつ、一部にはTypeA/TypeB対応のNFCを搭載するモデルが登場します。いわゆる全部入りが増えてくるのではないでしょうか。基本は幅広いユーザー層に向けたラインナップですね。
――海外メーカーと国内メーカーで期待する部分に違いはありますか?
いえ、全く違いはありません。たくさん良い物を作っていただくのがいいのです。それは昔から変わりません。ただ、iモードのときは国内メーカーに一日の長がありました。そこへLGさんもずいぶんトライしていただきましたし、ノキアの高級サービスとして「Vertu」などもありましたが、それほど成功だったとは言えません。そのノキアも今は……ですから、時代は早い、移ろっていくんだなと思っています。
――たとえばサムスンのGALAXYシリーズは発表から日本市場への投入まで、ある程度時間がかかっているときがありましたが、今回のGALAXY S IIIはスピーディでした。
早かったですね。ありがたいです。我々も早く出してください、○○に対応してくださいとリクエストを出しています。早くリリースされたのは、(サムスンが)日本の市場を重視しているのだろうなと思います。iモード時代は、従来の国内メーカーがスピーディに対応していた、ということなのでしょう。
■iPhoneに対する考えから見たドコモのプラットフォーム戦略
――端末関連でいくと、どうしてもiPhoneについての取り組みが興味深いところです。ここ最近は「ラインナップの1つとしては歓迎するが、条件が折り合わない」といった説明が行われますが、そのスタンスは変わらず、と言うことでよいでしょうか。
全く同じです。
――ドコモとしてコントロールできる部分をある程度確保したい、という説明もありました。ただ、通信料収入をもたらす機種として、AndroidもiPhoneもさほど違いはないという見方もできます。
そういう面はあります。ですから金輪際イヤだとは言っていません。iPhoneを主力にすることはない、という考え方です。ラインナップの1つとしては入れたいですよ。ただ条件が合わないのです。それから、ドコモとしてコントロール、というよりも、我々が目指しているのは「端末はいろいろと選べる形にして、ネットワークはきっちりと品質を保ちつつ、ネットワーククラウドでよりスマートに賢くしていく。クラウドを活用しながら心地良いサービスを提供する」というものです。
現状、サービスとしてはdメニューとして、信頼できるコンテンツプロバイダさんに“場”を提供しています。AndroidにはGoogle Playがありますが、「何でもできますよ」ということは、「何をして良いかわからない」という人には難しい。そこへdメニューとして、動画、電子書籍、音楽、そして最近始めたアニメストアを用意し、今後はゲームも提供します。デジタルコンテンツだけではなく、物販もやりますが、この“スーパーマーケットみたいな場を安全に利用できる”という環境を提供していく方針です。
これに対してアップルの垂直統合的なサービスがあります。それがいいという方はいると思います。しかし、その垂直統合の外で、さまざまなイノベーションが起こってくることがあります。たとえばアニメの配信は、日本ならではのサービスではないでしょうか。そうしたサービスが世界にも受け入れられるかもしれない。一方で、1社独占の世界はどうなのでしょうか、という考え方なのです。
――ドコモでは、らでぃっしゅぼーやの買収、オムロンとの健康関連子会社の設立などを通じて、新規領域への進出を図る方針を打ち出しています。Androidを中心にするのは、そうした新規領域での展開も踏まえてのことでしょうか。
dマーケットのような、自らがサービスを提供する窓口は絶対必要です。ドコモでは総合サービス企業になると宣言しましたが、それは物販も含まれますので、だかららでぃっしゅぼーやを買収し、タワーレコードも子会社化しました。デジタルで音楽を買ってもなおCDが欲しいというニーズがあるでしょう。書籍も映像も同じです。そうした総合的な環境を整えて提供するのは我々の使命だと思っています。将来像として、らでぃっしゅぼーやの野菜ジュースを1カ月分、スマートフォンから手軽に購入する、といったサービスが実現できるかもしれません。国内市場で展開する当社としては、日本的な心配り、緻密さがあるサービスをやっていくことになります。
■Xiのエリア展開
――4月下旬の決算説明会で、Xiの高速化が明らかにされています。現在、Xiは、LTEのカテゴリー3で、多くのエリアで5MHz幅を使って下り最大37.5Mbpsとなっていますね。これをカテゴリー4にして、さらに帯域幅を用意することになるのでしょうか。
Xiの高速化は、今年度中に、下り最大112.5Mbpsにしようと計画しています。しかし、この速度を実現するには15MHz幅が必要です。その帯域幅を確保できる地域で、ということになります。現時点では、仙台、新潟、金沢、高松、那覇で予定しています。
――東名阪ではないのですね。
15MHz幅を確保しようとすると、FOMAの帯域が減る地域では難しいのです。現在、夕方18時くらいに混み合っているような地域で、3Gをさらに圧迫するようなことはできません。
――Xiのエリア拡充について教えてください。先の決算説明会では、2012年度末に約2万1000局、人口カバー率を約70%(当初予定は約40%)にするとされています。しかし他社には、もっとスピーディな展開を計画しているところもあります。
あんなに早く展開できるのかな、(KDDIが唱える)実人口カバー率って何だろうとは思います。我々は1年半前からエリア整備を進めてきており、他社より先んじています。それを半年でキャッチアップできるのか疑問です。
――ではXiのエリア拡大のスケジュールは変更ないと。
もちろん競争として、当初の予定より前倒しして、設備投資額も増やしています。
――料金面についてですが、Xiのプランには無料通話分がないことを懸念する声があるのではないでしょうか。
Xiでは、ドコモ内24時間定額オプションの「Xiトーク24」(タイプXiにねんとの組み合わせで月額1480円)という大胆な提案をしています。一方で、無料通話分に対する懸念の声は確かにありますので、今後、検討しなければいけないと思っています。
FOMAでは、タイプSS、タイプLなど、さまざまなプランを用意していましたが、複雑化してわかりづらいという指摘も多くいただきましたのでXiではシンプルな形にしました。
パケット定額についても同様で、海外では従量制が出てきていますが、ドコモでは一定量まで定額、その後は選択することで従量に、という形です。もう少しバリエーションが必要だということであれば、また考える必要があります。極端な例の1つは、らくらくスマートフォン向けの「らくらくパケ・ホーダイ」(月額2980円)です。あまり複雑で煩雑な状況は避けたいのですが、要望にあわせて変えていくべきだと思います。
――それは今年度中に対応されるのでしょうか。
いや、そこまで早くはありません。Xiはこれまでキャンペーン価格ばかりで、3GB、7GBという基準を運用するのは、この10月からですから(笑)。
■MNPについて
――純減が続く携帯電話番号ポータビリティ(MNP)への対策ですが、今春から対策を強化する方針が示されていました。7月を迎えて、これまでの手応えはいかがでしょうか。
バシっと施策が当たっている部分もあれば、もうちょっと効いてもよかったなと思うところもあります。MNPの利用件数は、母数の大きな事業者には不利な部分もありますが、もう少しマイナスが少ないほうがいいとは思っています。その要因として、iPhoneがあるのか、auさんの「auスマートバリュー」があるのか、他社のキャッシュバックがあるのか。実際に調べてみると、他社のキャッシュバックが多過ぎるのではないかと思っています。健全かどうか、という点ではあまり健全ではない状況だと思います。
――2011年度の解約率は、0.6%(サービス終了のムーバ分を除くと0.58%)で、前年度の0.47%とから少し上がっていますが、そこまで大きな変化でもありません。
とはいえ、常態化してはいけません。現状は楽観視できる状況ではなく、もう少し改善はしたい。MNP純減をゼロにする、あるいは純増にするという短期的な話ではなく、ネットワークと端末を含めたサービス全体の取り組み、アフターサービス、心地よく利用できる環境作りを追求したいと思います。
MNPに一喜一憂しすぎるのはいかがなものか、だからと言って呑気にしてはいけないと。
■NOTTVへの取り組み
――4月にスタートしたNOTTVはいかがでしょうか。今年度の目標として100万契約を目指すということでしたが。
まだ始まったところで、当初、対応機種が2機種だけでした。今夏モデルでさらに5機種が追加されますし、今冬モデルではもっと増えます。NOTTVは1カ月無料という形ですが、そのまま利用し続ける方も少なくないのです。事前の想定通りにいけば楽ですが、現実はそうはいきません。番組の工夫もしつつ、修正すべきは修正して、ノウハウを溜めていきつつ、ということになります。
――ドコモとして、対応機種の増加以外で、どういった手を打つことができるのでしょうか。
1つは通信と放送の融合のような機能でしょうか。予約したり、保管したり、リクエストしたり、チャットしたりといった、新しい使い方がこれから出てくるのではないでしょうか。個人的には、先述した通りせっかちですから(笑)、七分で良しの姿勢でNOTTVでも取り組みたいですね。
――以前はデータ配信の負荷分散(オフロード)の活用という想定もありました。
動画サービスはこれからさらに伸びると思います。dマーケットのビデオストアは、8カ月で約180万契約です。BeeTV、NOTTVとあわせて300万契約近くまでになってきています。
■700MHz帯、周波数オークションについて
――データオフロードと言えば、スマートフォンの増加を受けた対策も……。
まだまだこれから頑張らなければなりません。エリア拡充もようやく地下鉄で利用できるようになりましたが、一定の時間がかかります。
――先日獲得した700MHz帯も早めに活用したいところですね。
そうですね。しかし、割り当てられた700MHz帯は現在、別の方が利用されていますので、移行措置が必要です。テレビへの干渉があり得ます。今回獲得した700MHz帯は、2015年1月から、LTE向けと言っていますが、これから一層頑張らなければいけません。
――周波数オークション法案(電波法改正案)が国会で審議中のままとなっていますが、どうお考えでしょうか。
ドコモとしては賛成、反対と一概には言えません。と言うのも、条件によって異なってくる場合があるからです。たとえばあっさり決まるのであれば入札でいい、という考え方があります。また電波利用料もどうなるのか。資産として計上するのか、損金になるのかなど、決めなければいけない詳細はたくさんあると思いますが(とりあえずの制度導入が)先行していると思います。
――ドコモとして、制度への強い要望はないのでしょうか。
現状ではありません。世界各国で、いろいろな形で実施されており、どういう形におさまるか、まだわかりません。我々から「これがいいんだ」と言えるわけでもありませんから。トータルとしては、あまり費用がかかりすぎないほうがいいとは思っています。
――なるほど、今日はありがとうございました。
2012/7/13 02:00