インタビュー

訪問サポートで顧客を手厚くフォロー、75万回線突破のMVNO「J:COM MOBILE」が描く独自戦略とは

 ケータイ Watchの愛読者の方はともかく、世間の方が「J:COM」と聞いてまず思い浮かべるのは、CATV(ケーブルテレビ)や固定インターネット回線サービスだろう。

 だがご存じのとおり、同ブランドではMVNO事業「J:COM MOBILE」を2015年に開始。約9年をかけて、加入契約数を75万回線にまで伸ばした。

 このJ:COM MOBILE、いわゆる“販路”が競合事業者とは全く異なる。リアル店舗でも見かけるし、Webサイトでも各種申込みはできるが、主軸となるのは顧客の自宅やオフィス。興味を持ってくれた客先に直接お邪魔し、商品説明を経て、契約してもらう。つまりは訪問型販売が主戦場なのである。

 よって客側は店に行く必要がない。それだけに、モバイル愛好家であってもJ:COM MOBILEについて詳しくない方も多いはずだ。そこで今回は、J:COM MOBILEがどんな狙いで、どんな想いでサービスを展開しているのか、関係者に話を聞いた。

 独自の販売戦略、そして先ごろスタートしたという法人向けビジネスの舞台裏がインタビューからは浮かび上がってきた。

左から鈴木麻悠氏、小川龍人氏、山口英記氏。「J:COM MOBILE」について話を伺った
左から渡邉祥太氏と安藤孫堅氏。法人向け事業のあらましを聞いた

加入者の94%がセット契約特典「データ盛」を適用、2024年度末には80万回線へ

 J:COM MOBILEについて解説してくれたのは、商品企画本部 モバイル事業部の3氏。まずは鈴木麻悠氏が、サービス誕生の背景、そして現状を説明した。

 J:COM MOBILEサービスの開始は2015年。

 JCOMが手がけるCATV(ケーブルテレビ)や固定型インターネット回線サービスの加入者向けに、au携帯電話網がベースのMVNOサービスをセットで提供しようというのが原点だ。

 市場のMVNOサービスを俯瞰してみても、“他サービスとのセット販売”に注力する事業者は少数派。またMVNOとして通信料金の安さを追求するだけでなく、端末価格についてもセット販売による割引を実現した。

 そして2021年2月には、端末と回線の分離販売プランの提供を開始。ここで通信回線の料金をさらに一段引き下げた。そして2022年5月には、JCOMの他サービス加入者向け特典「データ盛」をスタートした。

 例えばCATVサービスを契約していて、さらにJ:COM MOBILEの月額1078円/通信容量1GBのプランに加入すると、料金はそのままで月間通信容量が5GBへと大幅に増量される。月額2178円/10GBのプランでは、増量幅が10GBとなり、合計20GBまで通信できる。

 データ盛の存在感は大きい。鈴木氏によれば、J:COM MOBILE利用者の実に94%がデータ盛の適用を受けている。

 契約獲得での大きな武器になっているのは明らかだ。2%台だったJ:COM MOBILE解約率が、1%台前半にまで軽減する効果もあったという。

(JCOM公式サイトより引用)「データ盛」の適用によって、毎月5~10GBの通信容量が上乗せされる

 なお累計契約数は2023年度末時点で70万回線で、6カ月後の2024年9月末には75万回線を突破した。2024年度末までに80万回線を達成する見込みという。

 JCOMのサービスのうち、CATV、インターネット回線、電話のいずれか1つ以上を契約している世帯数は571万7500世帯に上る(2024年9月末時点)。これに対してJ:COM MOBILEは、1世帯で複数回数を契約しているケースもあるため、“加入済み世帯数”という意味では75万という数字を下回るが、それだけに成長余地は大きい。

 J:COM MOBILE単体の新規契約を獲得するのは重要だが、JCOMサービスをすでに利用している顧客に対してJ:COM MOBILEやデータ盛をしっかり周知し、加入増へ繋げたいという。

契約者の自宅に訪問して、電話帳コピーなど徹底サポート。セット購入なら無料で

 J:COM MOBILE契約者の傾向として1つ特徴的なのが、60歳代以上の契約者が約6割に達するという点だ。CATVなどJCOMの主要サービスは世帯単位での契約であり、世帯主が一般的には親・祖父・祖母世代であることを踏まえると、統計としての契約者平均年齢は高くなりやすい。

 だが、J:COM MOBILEが60歳代以上の世代に人気を博す背景として、手厚いサポートの存在が大きいのも、また確かなようだ。鈴木氏は「お客様のご自宅に弊社の営業員がお邪魔してご要望を伺う際、ガラケー(フィーチャーフォン)からスマホへ乗り換えができず困っているというお話を聞き、その場でJ:COM MOBILEをオススメする機会は多くあります」と説明する。

 JCOMでは日々、DSR(Direct Sales Representative)と呼ばれる担当者が地域の顧客宅を実際に訪問するなどして、営業やサポートにあたっている。これはJ:COM MOBILE誕生以前、CATVや固定インターネット回線の提供が主力だった時代から変わらない、同社ならではのビジネス体制。CATV契約の更新、視聴用機器の交換・メンテナンスなど、契約者の自宅に訪問する機会は少なくない。

 携帯電話の購入や契約手続きは、キャリアショップや家電量販店で行うのが一般的だが、J:COM MOBILEは顧客の自宅が販売の最前線、という訳だ。もちろん、CATVなどJCOMサービスをすでに利用している顧客に対しては、J:COM MOBILEの紹介もスムーズにいきやすい。

 小川龍人氏は、現部署へ異動となる前は、DSRとして現場を駆け回っていた1人。インタビューの場には、DSRが実際に顧客宅へ持ち込むサポート用機器を持参してくれた。ガラケーからスマホへの電話帳コピーなども、これらの機器で完結させられるため、機器を預かって営業所で作業するというような手間もかからない。

小川龍人氏(商品企画本部 モバイル事業部)
こうした機器を客先まで持参し、サポートにあたっているという

 販売する端末については、機種別に操作ガイドなどを豊富に用意しているが、初期設定サポートを条件付きで無料としている点は、J:COM MOBILEの大きなセールスポイントとなっている。

 「最近は、スマホの設定サービスが他社様含めて有料化されてきています。ですがJ:COM MOBILEの場合は、端末と回線をセットでご契約いただいたお客様には、基本設定、データ移行、LINEの引き継ぎ作業などはご自宅に訪問して無料で実施しておりますので、安心して乗り換えていただけると思います」(小川氏)

 J:COM MOBILEでは、SIMカード取り付けやJ:COMパーソナルIDの取得、基本的な操作説明などをセットにした「基本設定パック」、LINE関連設定作業などを各5300円(税別)と設定しているが、これらが無料になる。キャリアショップでも予約制が広がる中、スマホ利用に明るくない層にとっては、面倒な作業を自宅で済ませられるという点は大きな魅力だろう。

eSIM発行にもすでに対応。訪問&安心サービスを着実に

 小川氏と同じく、DSRとしての勤務歴もある山口英記氏によれば、J:COM MOBILEの登場以降、見込み客への商品提案スタイルも変わってきている。

 「以前は、お客様への説明にあたってまずはテレビやネット(固定インターネット回線)を中心としていましたが、いまはJ:COM MOBILEを主軸に置きつつ、その上で固定系サービスをご説明するようになってきています。これだと(MVNOは競合が多いので)価格差を説明しやすいんですね」(山口氏)

山口英記氏(商品企画本部 モバイル事業部)

 また今後は、eSIMの提供にも力を入れていく。J:COM MOBILEでは訪問サポート・販売を重視しつつも、本人確認も含めたオンライン完結型の受付体制を整備。最短60分でeSIMの音声通話プランが新規契約できるようにしている。

 技術としてのeSIMは、海外渡航者向けに短期利用型通信プランを提供できるなど、さまざまな応用が期待される分野。JCOMとしても有効な活用方法を模索していきたいという。

 課題の1つとして挙げられたのが、現場作業の効率化だ。DSRの1日あたりの訪問件数は平均して4~5件とのことだが、初期設定サポートなどには平均1時間程度かかっている。これを短縮化できれば、さらに多くの顧客へアプローチできる。

 知名度もまだまだだ。CATVやインターネット回線を提供しているのがJCOMだ、というイメージは強く、いざJ:COM MOBILEを紹介すると驚かれることが多いと小川氏も頭をかく。

 携帯電話業界は製品・サービスを巡る話題に事欠かず、インタビューを実施した10月上旬の時点では、ahamoの実質値下げ(料金そのままで月間通信容量を20GBから30GBへ拡大)がケータイ Watchの誌面を賑わせていた。

 また長期的な視点という意味では、2026年3月にNTTドコモの3G停波が控えており、各社のMNP施策が熱を帯びるとも予想される。

 こうした状況に対しても、J:COM MOBILEは冷静に臨んでいく。J:COM MOBILEは訪問型営業が主力ということもあり、キャリアショップ型の店頭販売とは客層に差異がある。

 最新料金プランなどにはそれほど興味がないが、しかしスマホは使ってみたい。できればお得に──そんな嗜好のユーザーをしっかりフォローしていきたいという。

 鈴木氏、小川氏、山口氏の話に通底するのは、“顔が見えるサービス”を提供する上での責任感だ。CATVや固定通信回線のサービスは、導入にあたって工事が必要なだけに、いったん導入してくれた顧客との間で、長期的に良好な関係を気付いていかなければならない。

 ましてや、人々のプライバシー意識が高まる中で、実際に顧客宅を訪問するDSRは責任重大。名刺などでしっかりと身分を証し、サービスを売る前の説明はもちろん、売った後のサポートも含め、誠実な対応が求められる。「売った後のことは知らない」は通じない。いかに安心して使ってもらえるか。そのために入念に準備していることがインタビューから伝わってきた。

法人向け通信プランは月額1078円で実質容量5GB。低価格を武器に、中小企業のスマホ導入を支援

 JCOMが6月に発表した中期経営計画では、法人向け事業を強化する方針が示された。その一環として、新ブランド「J:COM BUSINESS」が立ち上げられた。

 J:COM BUSINESSと一口に言っても対象は幅広く、全国各地のケーブルテレビ事業者とのパートナーシップ強化や、自治体向けの支援サービスも範疇に含まれる。一方で、小規模事業者向けJ:COM MOBILEと言うべき、法人向けモバイル回線サービスも展開強化することとなった。これが「J:COM MOBILE BUSINESS」である。

 基本となる料金プランおよびサービス内容は、J:COM MOBILEとは原則同じ。例えば、最も安価なプランは月額1078円で月間通信容量は1GBだ。

 ただし法人契約としての確認を行うことにより、開通翌月以降は同プランなら料金同額のまま通信容量が毎月5GBに増量される。つまり、月額1078円で実質5GBまで通信できる。

(JCOM公式サイトより)J:COM MOBILE BUSINESSでも、「データ盛」と同水準の容量上乗せを実施

 安藤孫堅氏(ソリューション事業統括本部 地域ソリューション推進部 ソリューション企画グループ グループ長)は、この実質5GBプランは業界トップクラスの低価格プランだとアピールする。また価格以外の部分でも、法人利用に配慮した。

「auのエリア展開に準じたサービスエリアですとか、データ容量の翌月繰り越しなど、サービスの多くはJ:COM MOBILEと共通です。ただし容量をアップさせたり、セキュリティ関連などの業務アプリケーションサービスをオプションで用意したり、法人の方に使いやすいようにしました」(安藤氏)

安藤孫堅氏(ソリューション事業統括本部 地域ソリューション推進部 ソリューション企画グループ グループ長)

 おもな販売ターゲットは、JCOMがサービス展開するエリアの商工会議所やロータリークラブなど。JCOMは、こうした団体・組織とは、メディア事業における広告受託であったり、販売プロモーション支援、地元の魅力発信番組の取材などで日常的に接点があるため、サービスを提案しやすい。

 商工会議所がサポートする企業のうち、特に小規模なところでは、業務用の携帯電話・スマホの導入にまで手が回っていないのが実態だ。従業員の個人所有スマホを業務でも使う、いわゆるBYODにはメリットもあるが、しかしセキュリティ面で完璧とは言えない。そうした事業者に対しても、低コストなモバイル通信サービスを提供しよう……というのがJ:COM MOBILE BUSINESSの狙いだ。

法人向け事業の意外な発見? 「MNPより新規が多い」

 J:COM MOBILE仕込みのサポート体制も、J:COM MOBILE BUSINESSでは踏襲されている。法人専用のカスタマーダイヤル窓口を用意するだけでなく、初期設定サポートも、要望があれば納入先で実施する。あらかめじめ初期設定した端末を送付するのではなく、担当者が実際に訪問して設定してくれるという。

 また11月18日には、端末のレンタルサービスを開始する。J:COM MOBILE BUSINESSでは、iPhone SEをはじめとする各種端末の販売を行っているが、買い切りや割賦販売を希望しない事業者も一部いる。そこでレンタル制を設け、破損・故障時に代用機を素早く発送する体制とするなど、導入のハードルをさらに下げた。

 「こうした内容は、他の事業者でも当然やっているところではあります。ただ小規模と言いますか、地場のレベルで事業をなさっている企業にまでは、リーチできていない。J:COM MOBILE BUSINESSでは、そうした方々も支援していこうと考えています」(安藤氏)

 近年は、大手キャリアの間でも、法人向け事業強化の姿勢が鮮明だ。多くの事業者がなぜそこまで力を入れるのか? そのヒントを示してくれたのが渡邉祥太氏(地域ソリューション東日本営業部 JCOM ICT Task team アシスタントマネージャー)だ。

 「現在の携帯電話販売を巡って、特にコンシューマーの領域では、MNPでどの競合から切り替えてもらうかが重要視されます。対してJ:COM MOBILE BUSINESSの傾向をみると、(MNPではなく)新規契約がとても多いんです」(渡邉氏)

渡邉祥太氏(地域ソリューション東日本営業部 JCOM ICT Task team アシスタントマネージャー)

 携帯電話は国民の間で普及し、1人1台はもはや当たり前。そんな中で開拓すべき市場はどこなのか。その現実解が法人市場であり、仕事用に携帯電話をもう1台、会社名義で契約してもらおうというのは、実に納得できる話だ。

 ましてやJ:COM MOBILE BUSINESSは、三大キャリアより相対的に安価でサービスを提供しているので、価格競争力は高い。

 渡邉氏が得意先と日々接する中では、JCOMが法人向けモバイル通信サービスを手がけていたことに驚く声が、まだまだ多いそう。だが、それがきっかけで営業上の提案など幅広くなるという好影響も出ている。J:COM BUSINESSブランドの立ち上げには、一定の効果があったと言えそうだ。

 今回のインタビューでは、JCOMの意外な面に改めて気付かされた。J:COM MOBILEと、それ以外のCATVや固定インターネットサービスとの関係性は独特で、「ドコモ光セット割」「auスマートバリュー」「おうち割 光セット(ソフトバンク)など大手キャリアの施策とも近い。

 また60歳代にも広く利用されているという点も、価格に敏感な人たちこそMVNOを契約するのだろうという予想を裏切るものだった。

 そして個人向け・法人向けビジネスのどちらとも、訪問による加入促進・サポートを重視していた。これは専業MVNOはおろか、大手キャリアでもなかなか真似できることではないだろう。

 「携帯電話なんてどの会社と契約しても同じだよ」とつい軽口を叩きたくなるが、やはり細部を知れば知るほど、そんな表現ができなくなる。JCOMが今後、どのような独自路線を歩んでいくのか、注目だ。