インタビュー

新デザイン採用の「AQUOS R9」開発者インタビュー、ユーザーに寄り添い世界を見据えたスマホ開発の舞台裏

 シャープのハイエンドスマホAQUOS Rシリーズの最新モデルとして「AQUOS R9」が発売された。前モデルのR7/R8では、本体中央軸にレンズを配置するカメラが強調されたデザインも特徴だったが、今回のモデルはmiyake design監修の自由曲線を使った新しいデザインを採用する。

 このほかにもベイパーチャンバーやデュアルボックススピーカーなど、シャープとして初めてとなる取り組みもなされていたり、Snapdragon 7シリーズを採用したり、グローバル展開を前提として開発されていたりと、これまでの同シリーズとは異なるポイントも多く、いろいろ注目点の多いモデルだ。

 これらのポイントをなぜ変更してきたのか。今回は「AQUOS R9」の商品企画を担当したシャープ通信事業本部 パーソナル通信事業部 商品企画部の鎌田 隆之主任と篠宮 大樹係長、AI関連の企画を担当した同事業部 新規プロジェクトAの原 泰祐主任、パフォーマンスや放熱の開発を担当した同事業部 回路開発部 技師の宮原 健氏、音響開発を担当した同部の三島氏に話を聞いた。

――まずは商品のコンセプトからなのですが、5月の発表会ではグローバル展開についても言及されていたことが印象深かったです。

シャープの鎌田氏

鎌田氏
 なぜグローバル展開か、と感じられる方もいらっしゃるかも知れません。

 いまの日本のスマホ市場を見渡すと、グローバルで取り組まれているメーカーが参入していて、グローバル市場との違いがなくなってきています。こうした状況下で、日本市場だけで戦うのか。グローバルに出て行くことで、海外も含めたトレンドを取り込みつつ、AQUOSを磨いていく必要があります。

 とくにアジア圏では、日本製品の信頼性や丈夫さは高く評価されています。グローバル展開は、まだ階段を半歩上がった程度ですが、一昨年に比べれば成長しており、まだまだ伸ばしていけると思っています。

――日本市場向けとグローバル市場向けを別ラインでやろうとはなりませんでしたか。

鎌田氏
 正直に言うと、まったく議論がなかったわけではありません。ベースの設計を日本でやっているところがあるので、海外展開するとなると、カバーしないといけないことが増えます。

 でも「グローバル展開するべき」となったとき、(日本向けと海外向けで)バラバラに最適化するべきなのか、と。やるなら一斉にやった方が良いという認識です。

――いつ頃からグローバル市場を意識されていたんでしょうか。

篠宮氏
 「AQUOS R9」でいうと、2023年1月くらいからコンセプトを考え始めましたが、何をするか決まっていない、開発の初期段階から、「グローバルスタンダードな商品作りをする上で何をしたら良いのだろうか」という議論は始まっていました。

 たとえば今回のモデルでは、スピーカーをかなり強化しています。シャープの以前のモデルではスピーカーに対して、厳しいお声があると認識していました。一方のグローバルメーカーはスピーカーを強化していてレベルが違うよね、と。

 そうなるとスピーカーは、設計の初期段階で「強化する」と決めて開発を進めないとダメです。そうした部分は覚悟して進めました。

――スピーカー以外にもグローバル展開にあたり、手を加えた部分はありますか。

シャープの篠宮氏

篠宮氏
 いちばん大きなポイントは、やはりデザインです。

 カメラ部分だけが注目されがちですが、全体のデザインの完成度で他社のグローバルモデルに引けを取らない物になったと自負しています。ベゼルの均一感やパーツの配置などにはこだわると最初に決め、設計や商品作りに取り組みました。冷却のためのベイパーチャンバーも採用しています。

 こうしたポイントは、最初にしっかりと「やるぞ」と決めないと、開発途中で気がついたらなくなっている、ということが往々にしてあります。途中から追加することも困難です。スピーカーやデザイン、ソフトウェア技術も、今回はやるぞ、と強く主張しました。

――意地悪な見方をすると、「従来モデルにはグローバル市場では足りない部分があった」となりそうですが……。

篠宮氏
 これまでも海外向けをやっていくなかで、ディスプレイや丈夫さ、防水などシャープや日本の強みは評価されていて、そこは継承しています。

 「AQUOS R9」では背面パネルに強化ガラスを採用しています。その上でMIL規格にも対応しており、これはグローバルスタンダードを取り入れつつ、タフネスな性能を実現するシャープのノウハウも両立させた形です。

 このように、グローバルスタンダードの取り込みと日本の良さを伸ばすことの両方に取り組み、一方でスピーカーなど、グローバルスタンダードに劣っているところは真摯に受け止め、成長させています。

――ここは「やるぞ」と決めたから実現できたところなのですね。

篠宮氏
 商品作りをしていると、開発中に技術側からデザインの制約が生じてしまう可能性があり、そこが難しいところです。しかし、今回はデザインのディティールにもこだわると決めていたので、技術側からそれをひっくり返すことがないように開発を進めました。

――そうしたデザインと技術のせめぎ合いは、フィーチャーフォン時代から続いているところですね。デザインは最初からこう変えると決めていたのでしょうか。

鎌田氏
 最初からこのデザインが決まっていたわけではなく、いくつかの候補が挙げられ、そのなかから議論しました。

篠宮氏
 複数のパターンがあり、いままでのモデルから違和感のないデザインもありましたが、違和感を覚えるようなこのデザインを採用しました。

必要な性能を手頃な価格で提供するためのSnapdragon 7+ Gen 3

――変わったところで言うと、プロセッサーにはハイエンド向けのSnapdragon 8シリーズではなく、今回はSnapdragon 7+ Gen 3が採用されています。この意図とは?

宮原氏
 まず、性能としては、昨年のフラッグシップ向けのSnapdragon 8 Gen 2と今回採用されたSnapdragon 7+ Gen 3はほぼ同等の実力を備えています。

 決して劣化したわけではなく、昨年の最高モデルと同じくらいの性能があります。

鎌田氏
 昨年は、「AQUOS R8」と「AQUOS R8 Pro」の2ラインを展開し、一定の評価をいただきました。一方で、「AQUOS R8」は値段的に頑張ったプロダクトとして提供したつもりでしたが、「もう一声」という声を頂戴しました。そこで、CPUの性能を調査した次第です。

篠宮氏
 ご時世的に「もう一声」というのは予想していました。

 フラッグシップやハイエンドを開発するとなると、まず最初にSnapdragon 8シリーズありき、で始まりがちです。しかし今回のモデルに関しては、グローバル視点で考えることにもつながりますが、これまで当たり前とされていたことをそのまま進めるのではなく、あるべき姿はどういったものか、イチから議論し、調査も進めたんです。

 その結果として、Snapdragon 7+ Gen 3は、7シリーズと思えないほど性能が高い、と判断しました。このゾーンのモデルを買う人には十分なパフォーマンスを発揮するだろう、と。

 あとは買う人が「7+」という名前をどう捉えるか、です。

 開発していればわかりますが、Snapdragon 7+ Gen 3は性能が良いチップセットです。スタンダードなフラッグシップスマホを購入される方が、必ずしもSnapdragon 8シリーズの性能を求めるわけではありません。AQUOS Rシリーズを購入される方にもそうした傾向があります。

 「8」にこだわらない人に届けられるハイエンドとして、今回は「7+」で行こう、となりました。

――あらためて、「AQUOS R9」はどんなユーザー体験を求める人に向けた製品ですか?

鎌田氏
 「AQUOS R9」は、「生活に密着したハイエンドモデル」として企画しました。

 価格面でも手に取りやすいハイエンドモデルです。“効率的に使えるハイエンドモデル”としての性能・機能を搭載しつつ、空いた時間はしっかり楽しめるように、と。「スキマ時間をスキナ時間に」がキャッチコピーになっています。

 まず、映像と音響を進化させました。ディスプレイとしてPro IGZO OLEDを搭載し、従来モデルに比べて“面の明るさ”も強化しました。これにより、全体で点灯したときの明るさは前モデル比で4倍の1500nitを実現しています。屋外などどんな時間でも映像が見やすく楽しめます。

左からAQUOS R7、R9、R8

 音響については、かなり力を入れています。従来から口元側のスピーカーはボックススピーカーだったのですが、今回は初めて、耳元側のスピーカーもボックススピーカーを採用しています。

 これにより、従来機種の2.5倍の音量が出せるようになりました。従来のAQUOSで良いとは言い切れなかったポイント、音量不足や低音・高音の再現性についても、グローバルで対抗できるレベルにまで向上しています。

 あとは使っているあいだに発熱して性能が低下してはダメ、ということで、冷却機構にベイパーチャンバーを採用しました。従来はプロセッサーなどの発熱をカメラ部分から放熱するデザインでしたが、今回は端末全体に熱を拡散し、全体で放熱することで高いパフォーマンスが持続させます。

篠宮氏
 全体を強化した印象があるかも知れませんが、社内の会議では「レーダーチャートがきれいになる商品にしたい」と話していました。

 グローバル市場で人気のあるモデルは、各性能をレーダーチャートで見ると、全ての面が美しく高いレベルでそろっている状態です。今回はレーダーチャートで欠点となっている部分を最大限に引っ張り上げ、美しい形にしたいと考えました。妥協のない中身になっていると思います。

熱を拡散することでピークパフォーマンスを持続させるベイパーチャンバー

左側基板の中央のシルバーの部品がベイパーチャンバー。右側にあるメインボード上のプロセッサなどからの熱をボディ全体に拡散させる

――ベイパーチャンバーはパソコンなどで使われているヒートパイプと似たものと思いますが、熱さ1mm以下の部品に水が入っているのですか?

シャープの宮原氏

宮原氏
 中の空間に水が入っていて、気圧を低くすることですぐに発熱側で気化し、放熱側で水に戻るようになっています。内部はメッシュになっていて、水に戻りやすくなっています。

鎌田氏
 ベイパーチャンバーは熱の拡散が役割で、ボディ全体で熱を逃すような仕組みです。

――ベイパーチャンバーはAQUOSシリーズでは初採用ですか?

宮原氏
 初めてになります。前々から入れたいとは言っていたのですが……

鎌田氏
 ここは覚悟の問題です。今回は最初から「やる」と決めたので実現できました。

――「AQUOS R8」ではカメラ部から熱を逃す発想がユニークな仕組みでした。その発想をなぜ今回は取り入れなかったのでしょうか。

宮原氏
 まず、これまでシャープが培ってきた熱に関するノウハウにより、カメラ飾りより、ベイパーチャンバーで端末全体に熱を拡散させる方が、効率的にピークの熱を抑えられることが明らかになりました。

 端末の上部だけでなく、下部も含めた全体で冷やす考え方を採用しています。今回は「デザインをやりきる」ということも決まっていたので、そのデザインを実現するために、発熱の問題にどうやって対応するか、ということを検討しました。

篠宮氏
 カメラリングを使う放熱手法を使わないのは惜しい、という意見もありましたが、より価値のあるものをお届けした方が、ということでベイパーチャンバーを採用しました。

従来モデルで評価の低かった音響を改善させる上側のボックススピーカー

――音響についても、実物を聞き比べて違うな、と感じたところです。

シャープの三島氏

三島氏
 我々の認識として、従来モデルでは「音に課題がある」と考えていました。他社のフラッグシップはボックススピーカーを搭載しているので、まずハードとして不足している、と。

 スマートフォンでもっともよく利用され、注目されるカメラは、端末の上側に密集しています。そこに大きなボックススピーカーを配置するのは難しい。そこで、小型デバイスを作るのが正解なのでは、という考えに行き着いたのです。

 2年ほど前からスピーカーデバイスメーカーと共同で検討し、今回のスピーカーデバイスが完成しました。

 今回、新スピーカーデバイスの搭載を、開発の初期段階で決めておきたいと思い、社内で試聴会を開催し、「これだけ音質が良くなるので搭載させて」とアピールした場面もありましたね。

篠宮氏
 普段はなかなか構造検討の段階で試聴会まではやりません。サンプルを作るのも大変ですから。

――2年前というのはきっかけがあったのでしょうか。

三島氏
 「AQUOS R6」のとき、音について、お客さまからかなり厳しいお声をいただいたことがあります。

 「AQUOS R7」では、初めて下側(口元側)にボックススピーカーを搭載しました。しかしそれでも他社から遅れがあり、ステップアップを実現したものの、まだまだ距離があった。上側(耳元側)もボックススピーカーを採用しないといけないということで、2年前から検討を進め、技術を検討し、材料を揃えてようやく実現しました。

右が耳元側、左が口元側のスピーカーユニット。右側のボックススピーカーが今回、新規開発・採用

――上下のスピーカーで形状が違い、上側のスピーカーはシンプルな四角い箱になっているのですね。

三島氏
 これは機構担当と検討し、四角が良い、四角にしないと入らない、となりました。中にバスブーストのビーズ状の粉が入っていて、それが容積を広げる効果があります。

――音の出る方向が違うのでは?

三島氏
 下部は側面から、上部は前面から出ています。これで横に持ったとき、ちゃんと立体的に聞こえるようにチューニングしています。

日常的に使われる機能を目指したAI応用機能

――生成AIを使った留守番電話の要約機能など、AIの新機能も特徴となっていますが、これはいつ頃からどんなきっかけで開発されたのでしょうか。

シャープの原氏

原氏
 去年が生成AI元年のような言われ方をしていますよね。今回の新機能自体は去年から検討していました。

 とはいえ、そもそもそれ以前からシャープはエモパーなど、AIを活用した機能を長く手掛けてきています。生成AIを取り込むのは自然な流れでしたね。私が所属しているAIの開発チームは、そこには従来はスマホ開発をしていた人が入っていますが、たとえばカメラのAIを開発していた人やエモパーを企画していた人など、経験がある人が配属されています。

――留守番電話を生成AIで要約させる機能は、流行の生成AIに注目したくなりますが、実用性がありそうで良いですね。

原氏
 生成AIはさまざまな企業が応用製品を作っています。シャープとして、そうした他社と同じことを実現してもオリジナリティにはなりません。シャープらしい機能をどうやって提供できるか。スマホでできることと生成AIでできることの相乗効果が大きく、シャープならではの機能、ということで、留守番電話になったのです。

 つまり、ただ単に「生成AIを活用しました」ではなく、チームとして深堀りしました。

 まず電話について、最近の若い人はあまり使っていません。これは、若い人は知らない人からの電話に出ることに大きなストレスがあるからと。それなら「スマホが代わりに出てくれたら良いのに」という意見があり、なるほどな、と考えました。

 AIが代わりに応答して用件を聞き、要約をLINEのメッセージみたいに簡単にチェックできれば簡単だよね、と。単純に「生成AIを活用しました」ではなく、流れとして新規の機能として出せるかな、と。

――ここで使っている生成AI技術はベースがあるのでしょうか。

原氏
 SnapdragonのNPUで動作させているので、クアルコムが提供するライブラリーを使っています。アプリレイヤーは弊社で開発しました。生成AIまではクアルコムの技術をベースにしていますが、それでも苦労して実現にこぎつけました。

 あとは生成AIを使って何をする、というのが苦労するところで、ソフトウェアのチューニングにも苦労しました。

――どういったチューニングが必要なのでしょうか。

原氏
 ノウハウの部分なので説明が難しいところですが、単純に要約させるだけだと上手くいきません。プロンプトのチューニングが重要になっています。
 クラウド上で動作する生成AIでも、プロンプト次第でいろいろな結果が出ます。今回搭載したのはオンデバイスの小規模なLLMなので、チューニングがキモなんです。これが実際にやってみると難しく、ノウハウが必要な世界です。

――今回、留守番電話機能にAIを搭載できたことで、ほかの機能に広げる感触は得られているでしょうか。

原氏
 今回の留守番電話機能は、スマホの基本機能である「電話の効率化」の実現を目指したものです。

 生成AI関連の機能開発に携わって思うのは、生成AIの用途はスマホを使うなかにあるのかな、と。スマホを効率化する機能として、お客さまに提供できることを考えています。目新しい機能も大事ですが、身近なAIというか、日常生活で役立ち、継続的に使ってもらえることが大切です。

――通話環境や通話品質が悪いと人間でも聞き取りにくいことがありますが、そうした通話品質の影響はあるのでしょうか。

原氏
 正直なところ、環境には影響されます。これからも改良を続ける必要があると思いますし、最終的には録音を聞けるのでそちらで確認するような使い方ができます。

――そうした部分を含めてですが、ソフトウェアのアップデートはどういった予定なのでしょうか。

篠宮氏
 現時点で申し上げられることは多くないのですが、OSバージョンアップについては、最大3回のサポートを表明しています。新機能の追加については、対応できる範囲でアップデートしていきます。具体的なことが決まっているわけではありませんが、1年先、3年先と楽しく使い続けられるようにサポートしたいと考えています。

――本日はありがとうございました。