インタビュー
「povo」のオープン化戦略とは? 海外展開も含めて広がる未来
2024年2月29日 17:37
povo2.0を運営するKDDI Digital Lifeは、MWC Barcelona 2024に合わせ、povoのオープン化計画を発表した。
具体的には、SDKを用いて外部企業のアプリやサービスからpovoのトッピングを購入できたり、回線を持っていないユーザーが新規でeSIMを契約できたりする仕組みを指す。
たとえば、音楽配信サービスのアプリがこのSDKを組み込み、自社のユーザーがそこで音楽を聴く際のデータ容量を直接販売することができる。povo2.0はあくまで黒子のようにふるまい、ユーザーが意識せずに通信できるようになるというわけだ。
この仕組みは、povoを共同で開発しているシンガポールのCircles.Lifeとともに開発していく。日本国内だけでなく、海外展開も目指す。
MWCに出展したのもそのためで、この仕組みを活用するパートナーや、各地域の回線を提供するキャリアに提携を呼び掛ける狙いがあるという。ライフスタイルに合わせたサービスを行うことで、Z世代にアプローチする計画だ。
その戦略を、KDDI Digital Lifeの代表取締役社長、秋山敏郎氏がグループインタビューで語った。
――取り組みの概要や狙いを教えてください。
秋山氏
povoはZ世代向けで、そこにこだわることは今後も変わりません。ただ、Z世代といえば、国内だけではありません。世界で同時に起こっているので、日本の外でもパートナーを募っていきたい。
何をやろうとしているのかというと、簡単に言えばオープン化です。今もパートナーに我々のアプリに来てもらっていますが、キャリアが持っていた機能をオープンにして、パートナーに自由に使ってもらうというのが今回の趣旨です。
たとえば、どこかの遊園地がワンデーパスのようなものを販売する際に、アトラクションに並んでいる間の顧客体験を上げたいとなったとき、やはり通信がついていたほうがいい。
チケットを売るサイトや遊園地のアプリ、そういった情報が集まるサイトにコネクティビティを組み込んでいただくことができるようになります。
こうしたことは、IoTの通信でやっていますが、人を中心にしたスマホの通信でも同じことが起きるのではないか。そのときに、通信会社だけで考えていても、次の世界には行けません。日本だけでもダメです。
この取り組みはGSMAでもプレゼンしましたが、米国や日本にまたがるコミュニティに回線を提供しようとすると、米国でのコネクティビティが必要になり、キャリア同士の連携も必要になります。ですから、これをおもしろいと思ったキャリアには、ぜひ一緒にやっていただきたい。そういう営業活動も始めました。
実は先週、パイロット的にライブ配信サービスの「SHOWROOM」で、SDKベースのトッピング購入ができるようになりました。契約者は、povoのアプリに行かなくてもSHOWROOMの中で完結します。
今回はトッピングですが、そこから先はpovoの名前を入れず、ホワイトレーベル的にしていきたい。使い方としては(さまざまな施設がユーザーのために設置している)Wi-Fiに近いと思います。
これは私の造語ですが、「キャリアフリーのコネクティビティ」というポジションが取れると面白いと思っています。
――海外展開のスケジュール感を教えてください。
秋山氏
24年度中に、1つの国ではビジネスやユースケースを展開したいと考えています。
――逆に、日本のアプリの中で海外の通信をそのまま買えるようになったりもするのでしょうか。
秋山氏
できますね。
――シンガポールのCircles.Lifeとはどのように住み分けているかを教えてください。事業がバッティングしないのでしょうか。
秋山氏
システム的には「Circles X」というSaaSベースのプラットフォームがあり、テレコ(通信事業)イネイブラーというSDKのセットがあります。
また、ノンテレコ(非通信事業)イネイブラーもSDK化する予定で、実際の開発はCircles.Lifeがやります。ベースとなる商品にKDDIのカスタマイズを入れ、グローバルのキャリアと一緒にビジネスをやっていくという流れです。
povo2.0はZ世代向けと言いながらも、実際のお客様はそこまでZ世代に集中していません。Z世代の気持ちは年齢によらずと言えるのかもしれませんが、僕らのアプローチの仕方やマーケティングが芯を捉えていないのかもしれない。今までは通信キャリアのアプリに来てくださいということをやってきましたが、それは違うんじゃないかという気もします。
それだけだとサチってしまいますし、限界もある。髙橋(KDDI代表取締役社長CEO)もよく言っていますが、「通信が日常の中に溶け込む世界」を目指し、人を中心とした通信をやっていくということです。
――ワンショットでeSIMを発行して、使えるようにするというのは非常におもしろいのですが、その短期間の利用のために今のような首振り(eKYC)を毎回やるのはちょっと厳しいのではないでしょうか。
秋山氏
おっしゃるとおりで、そのソリューションはいくつかあります。レギュレーションはきっちり守っていきますが、そこはテクノロジーを含めて乗り越えていきます。今のままだとUX(ユーザー体験)が悪くなってしまうので、改善していこうと考えています。
最大の問題は首を振らなければいけないことで、それはさすがに私も「ない」と思っています。ただ、今はマイナンバーカードもありますし、想定しているような使い方であれば、音声通話はいりません(※音声通話がない場合の本人確認は自主規制で、簡略化することも可能。ただし、法規制の強化が検討されている)。
――そういったレギュレーションは、国や地域によっても異なります。海外展開では、どうしていくのでしょうか。
秋山氏
プラットフォーム部分で吸収できるようにしていきます。eKYCの部分は各国で違いますからね。
――コミケで契約が増えたというお話がありましたが、ああいった場面でできたらおもしろそうです。
秋山氏
おっしゃるとおりで、コミケのときもオンラインでがんばろうとしていましたが、先方のサイトなどで「povo」と強く言いすぎるとユーザーは「ん?」となってしまう。
Webサイトなどに、「何かのときのための通信」というような形であれば、もっと推しやすいのではないかと思います。eKYCの問題はありますが、そのカスタマージャーニーを改善できれば元々povoが目指したかった世界に近づけます。
――海外渡航時の通信というのもありそうですね。
秋山氏
インバウンド、アウトバウンド両方があると思います。たとえば米国で一緒にやってくれるところがあれば、アプリ経由でローカルな電話番号を取るといったことができます。
――航空会社と連携してもおもしろそうです。
秋山氏
それが業界の正常進化の仕方だと思っています。ローミングでもいいのですが、電話番号がローカルのIDの1つとして機能している以上、現地の電話番号は大事で、どうしても必要なケースはあります。そういったことが正常進化だと思っています。
そう思って僕が抵抗したために、ローミングを入れるのが遅くなってしまいましたが(笑)。
――グローバル展開した場合は特にそうですが、その仕組みでどうやって稼いでいくのでしょうか。
秋山氏
商業的な仕組みはまだまだこれからです。ただ、お客様にとってバリューがあり、その対価が入ってくるのであれば、あとはシェアの仕方だけになるので、自然と落としどころはあると思っています。
――MWCでの成果や反響はいかがでしたか。
秋山氏
営業というか、広げるための活動はKDDI Digital Lifeとしてやっていますし、Circles.Life側もやっています。
合わせてMWCでは、現時点(会期3日目午後時点)で20程度のキャリアのCEOとお話しをする機会がありました。皆さん、「おもしろいことを考えているな」と言ってくれます。
もちろん、キャリアごとに導入レベルや関心は異なりますが、このプラットフォームに入っていただければ、その先に行けます。
Z世代をどうしていくのかは、各国、各キャリアの関心事項です。オープンな通信キャリアというのも、一度はみんな考えることです。でもみなさん、自分たちのアプリに集客してなんぼだと思っているので、「本当にやるのか」という反応もありますね。総じて関心はすごく高いと感じています。
――タッグを組むのはキャリアだけでしょうか。
秋山氏
2つのルートがあります。キャリアはどちらかと言えば、必要なコンポーネントです。もっと言えば、コミュニティが必要です。一番の主役はユーザーの価値を上げていこうとするパートナーだったり、コミュニティです。
MNOはMNOとして重要ですが、一足飛びに各国のZ世代のコミュニティに対して生活に溶け込んだ通信を考えてみないかという方が近道かもしれません。そういった布教活動のようなことも両面でやっていければと考えています。
――MNOとおっしゃっていましたが、海外MVNOもパートナーになりそうでしょうか。
秋山氏
なると思います。ここから先、どうやってMVNOやコミュニティにアプローチしていくのがいいのか。あまり考えている時間はないので、活動を始めようと思っています。
――povo2.0自体はどうしていくのでしょうか。povo3.0のようなものはありますか。
秋山氏
このコンセプトが煮詰まっていけば、それがpovo3.0になるのだろうと思います。
人は、いろいろな顔を持っています。たとえば皆さんだったら、ライター、モータースポーツ好きなど、いくつかのコミュニティに属しています。そのそれぞれに通信がエンベデッドされている体験があると、1つのところでコントロールしたくなります。
シーンごとにエンベデッドされた通信を統合する。そのためにpovoアプリをダウンロードしていただければ、その上でコミュニティを統合できる。それがpovoとしてのブランドの役割だと思っています。
――数勝負になりそうなところはありますが、どのぐらいのペースでやっていこうとお考えでしょうか。
秋山氏
来年度上期で、3つ、4つは入れていかなければなりません。パイプラインを入れ、50社、100社といった規模でお話はしています。
実際、興味を持っていただけるところは多いのですが、「こういうのはどこがやるの? マーケティング? ディストリビューション?」となってしまうこともあります。
どこ(の部門)が通信を使ってやればいいのかというところから始まるので、時間もかかってしまいます。
ただ、もうちょっとイージーに考えていただいてもいいと思っています。レストランにWi-Fiがあるのは、もう普通ですよね。なんでレストランにWi-Fiがなければいけないのかというと、自分のデータ容量を使いたくないからです。
その延長で考えれば、ストリーミングで映像を見る人にもWi-Fiを提供できた方がいいですよね。オンラインになったとたんにそこは無視されていますが、逆にバーチャルな空間で顧客体験を上げるには絶対に通信が必要です。
まだその感覚は広がっていませんし、時間がかかるかもしれませんが、どこかで世の中がこちらに動く可能性はあります。
――今のトッピングは1GB、10GBといった形のデータ容量ですが、そこも時間などの区切りに変えていけるのでしょうか。
秋山氏
変えていこうと思っています。テクノロジーとしてはできますが、やっていない状態です。それを今のpovoアプリ上でやると、えらいことになってしまいますから(笑)。
どんな通信のメニューをエンベッドするかは、パートナーが変えられるように設定しています。もっときめ細やかなものが、いよいよできるようになります。
――たとえば1時間だけ定額みたいなものも可能でしょうか。
秋山氏
できます。
――進め方として、まず成功事例を日本で作っていくようなイメージでしょうか。
秋山氏
モデルとしてうまくいくのかどうかは、各社が見ています。先ほどCEOとお話をしたと言いましたが、「ケーススタディが知りたいので、半年後にまた教えてくれ」という方もいます。
グローバルに行けなかったらやらないのではなく、グローバルに行けるプロダクトを日本で展開していきます。ただし、日本の中だけでとなると、Z世代向けという本質を見失ってしまうことになりかねません。
――それは日本が人口的に縮小傾向だからでしょうか。
秋山氏
はい。Z世代で大きくなろうというときに、日本に閉じるのはナンセンスです。ビジネス的には、世界に目を向けざるをえません。そうすればボリュームも出せますし、もっと大きな仕掛けができます。ここには、一刻も早く取り組んでいきます。