インタビュー

これからのARグラスは軽く小さく――クアルコム「Snapdragon AR2 Gen1」担当者に聞く、その特徴とは

 米クアルコムは、ARヘッドセット/グラス向けの最新チップセット「Snapdragon AR2 Gen 1」を発表した。すでに、VR製品もカバーする「Snapdragon XR2」も提供されてきたが、このタイミングで、AR向けに特化したチップセットが提供されることになった。

 はたしてどのような特徴を持つのか。米クアルコムでXR/Metaverse分野をリードするヒューゴ・スワート氏(Hugo Swart)に聞いた。

ヒューゴ・スワート氏

眼鏡をスマート化するための「AR2」

――(Snapdragon AR2 Gen 1のチップを入れたケースを手にするスワート氏に)小さなチップですね。

スワート氏
 ケースから出していただいてもいいですよ。とても小さいですよね。メインチップとコプロセッサー(補助プロセッサー)のセットで用いることになります。

 グラス(眼鏡)タイプですと、メインチップを眉間のところに、コプロセッサーをこめかみのあたりに内蔵します。コンパクトにする必要があるわけです。

 ARデバイスの場合、これまでとは違う発想が必要でした。とはいえ、AR向けの小さなフォームファクター(形状)では、電力も限られます。

 携帯電話では5W程度、パソコンですと10~15W、VRヘッドセットも同程度の電力が必要です。一方、グラスタイプのARヘッドセットは1W以下にする必要があります。小さいスマートなメガネのためのプロセッサーをどう設計するか、実にさまざまなことを考えなければならないのです。

 今回、いい仕上がりの開発用プラットフォームにすることができたと思います。好例が今回、発表されたナイアンティックが開発中のARヘッドセットです。

ナイアンティックが開発中のARヘッドセット

 XRヘッドセットで、頭をぐるりと回る固定用のバンドがある形状の場合、バンド背面(後頭部に位置するところ)にバッテリーを搭載できる可能性があります。バッテリーの革新もまた、ARグラスには重要なポイントです。

 私たちが行った重要なことは、新しいアーキテクチャーを本当に作り出したことです。

 手法のひとつは、処理を分散させることです。スマートフォンやパソコンのようなデバイスをホストにして、GPUやCPUで重い負荷を処理します。

 一方、ARグラス側では、極めてレイテンシー(遅延)の低いタイプのアルゴリズムや、ディスプレイ関連の機能を処理します。

 私たちは今回、こうした分散処理において、Wi-Fi 7でARグラスとホストであるデバイスをつなぐことにしました。Wi-Fi 7への対応は、スマホとARグラスで処理を分散することを実現する面で、重要な仕様なのです。

 ディスプレイへの出力は、4つのプロセッサーで担います。コプロセッサーは、いわばARプロセッサーとでも言いましょうか。

ディスプレイ・インターフェイスは、ARプロセッサーにつながっています。そしてセンサーを集約し、ヒンジに多くの配線を通さずに済むようにしています。

AR2という名前になった理由

スワート氏
 また「なぜAR2」なのか、という点もご説明しておきましょう。

 これまで「Snapdragon XR1」「Snapdragon XR2」を提供していますが、VR/MR向け製品で用いられています。しかし、洗練されたARグラスには適していませんでした。だからこそ、ARのために用意されたソリューションが必要だったのです。それが今回「XR」ではなく、「AR」を名称にした理由です。

 それは新たな製品シリーズということです。今回は第1世代ということで「Gen 1」です。今後、「Gen 2」「Gen 3」と続きます。

日本との関係

スワート氏
 日本企業とは、デバイスのハードウェアだけでなく、コンテンツも一緒に作っていきたいと思っています。というのも、このプラットフォームは本当に革命的だと思うんですね。

 つまり、使いたいと思ってもらえるようなデバイスが存在すれば、そこにはコンテンツも必要です。

 そこで、開発者向けプラットフォームである「Snapdragon Spaces」を用意しました。「Snapdragon Spaces」対応ARグラス向けのコンテンツを提供するため、日本企業の皆さんとより緊密に連携していきたいですね。

 数週間後には、日本に行く予定です。より多くの日本企業の力が必要です。シャープとNTTコノキューが今回の取り組みに参画しています。

 新しい産業はすべて、日本が本当に主導権を握れると思うんです。これはそのいい例だと思います。たとえば、ゲーム産業における日本企業のような存在です。日本として活用できる存在ははたくさんあります。

――どのような分野の企業をターゲットにしていきますか。

スワート氏
 私たちの技術は、さまざまなターゲット、ユースケースに展開できるプラットフォームです。たとえば、フィットネス、運動のようなコンテンツです。インストラクターがいて、ARでインストラクターで、エクササイズやスカッシュなどをレクチャーしてくれると。

 ゲームですと、たとえばナイアンティックのような存在があります。「Pokémon GO」をARグラスでプレイすると、ポケモンが目の前にいて、テーブルがあれば、その周りを回ったりテーブルの上にジャンプしたりする。

 ポケモンが動き出し、それを捕まえてと想像すると、本当にクールでしょう。

 はたまた(パソコンの)仮想デスクトップのようなものも作れます。医療、教育、3Dデザインもあります。

 モバイルインターネットの黎明期に3Gスマートフォンが登場した際にも、似たような議論がありました。「これから何が起きるのか」「キラーアプリは何なのか」といった点です。今、ARに対して、同じような議論、疑問がありますよね。

 その後のモバイルインターネットでは、答えはひとつだけではなく、さまざまな用途、サービスが登場したわけです。(配車サービスの)Uberもその後登場しましたし、モバイルゲーミングも発展しました。

AR2対応デバイスとは

――AR2プラットフォームを活用できる基準のようなものはありますか?

スワート氏
 AR2搭載デバイスは、スマートフォンのようなデバイスとつなげて利用します。スタンドアローン(単独)では使えません。

 接続は、有線でもワイヤレスでもかまいません。個人的にはワイヤレスがいいかなと思いますが有線という選択肢も求められるでしょう。

――レンズが透明かどうか、といった点はどうでしょう。

スワート氏
 たとえば外に出ると、(明るさをさえぎるために)暗く色が変わるレンズがありますよね。外で使うにはサングラスのようになる。屋内ではまた戻る。そういう点は、メーカーが差別化できるポイントです。

 レンズだけではなく、バッテリーなど、メーカーはさまざまなフォームファクターを選べます。

ナイアンティックが開発する意義

――参画する企業のうち、ナイアンティックは自身でゲームコンテンツを手掛けています。なにか違いを感じますか?

スワート氏
 彼らのミッションは、「人々を外に連れ出すこと」です。それが彼らのハードウェアの設計に影響を与えています。アウトドアでのゲーム体験を充実させるために、装着するレンズ~デバイスの人間工学に至るまで、さまざまな工夫がこらされています。

 ナイアンティックには、ハードに加えて、「Lightship VPS」と呼ばれる仕組みがあります。スマホのカメラで捉えた被写体をマッピングするというものです。これは、SnapdragonのARプラットフォームである「Snapdragon Spaces」と本質的には統合されています。もしSnapdragon Spacesで開発するなら、Lightship VPSのAPIを利用できます。

 ハードに注目が集まりがちですが、Snapdragon SpacesとLightship VPSのコラボレーションはもっと大きな価値があると思っています。

最終製品の価格は

――このタイミングになった理由はありますか。

スワート氏
 ディスプレイの進化やコンテンツの拡充があるでしょう。VRも良い方向に進んでいます。そして、グラスタイプのデバイスも求められている、ということだと思います。

 「Snapdragon AR2 Gen 1」のようなソリューションがなければ、ARグラスは開発できません。我々は賭けに出なければならないのです。私たちは先行投資をして、市場が広がるようにしなければならないんです。

 これは、クアルコムにとって、かねてから続くテーマです。私たちクアルコムの技術でエコシステムを実現するのです。今、まさに取り組まねばならないと感じています。そうでなければARグラスは現実のものになりませんよ。

 もうひとつの背景としては、マイクロソフトの存在があります。彼らは(HoloLensで)ARヘッドセットの頂点とも言える立場にいます。

――XR市場について、今、どう見ていますか。

スワート氏
 新しい技術には浮き沈みがあるものです。私たちは、中長期的な成功を信じていますし、やめるつもりはなく、投資を続けるつもりです。

 新しい製品、新しい体験、そして空間コンピューティングを市場に投入していきます。

 どの業界にとっても、2023年は本当に有望だと思います。各社の取り組みもそうですし、XRやメタバースに対する各国政府の戦略、携帯電話会社などの動きも心強い。

 小さな浮き沈みを気にすることはありません。

――ユーザー向けの価格はいくらになるでしょうね。

スワート氏
 難しい質問ですね。サングラスでも、10ドルのものもあれば、300ドルのものもあります。素材やブランドの違いがありますよね。安い素材を使えば、安いデバイスを作ることができます。ハイエンドのディスプレイを使えば、高価になります。さまざまな種類のディスプレイが登場することになると思います。

 Meta社の「Quest 2」(5万9400円~、Snapdragon XR2搭載)と「Quest Pro」(22万6800円、Snapdragon XR2+搭載)のチップセットは近しいものですが、価格は大きく異なります。その理由は、デバイス全体の方向が異なるためです。

 AR2やXR2の違いも、主要な変数ではありません。最終的な価格に影響を与えるような、ほかの要素が多くあるのです。

 ビジネスモデルの違いもありますよね。もし医療用アプリであれば、保険を効かせて利用することもあるでしょう。

――ありがとうございました。