インタビュー

「使っていないのなら退会をオススメすることさえある」、auが進めるCX向上のいま

KDDIの木村カスタマーエクスペリエンス推進部長インタビュー

 2016年夏の「大きく、変わります」宣言から1年。ユーザーの顧客体験(CX、カスタマーエクスペリエンス)を高め、ひいてはauを長く使ってもらう――そんな目標を掲げ、KDDIと沖縄セルラーは、ユーザーとの接点や、ユーザー体験の改善を進めている。

 たとえば18日からは、携帯電話の故障時、関東・関西であれば即日で代替機を送ってくれるサービスの受付時間を拡充。これまで10時までだった受付時間を、12時までとして、その日のうちに代替機を送るようにする。わずか2時間、されど2時間というわけで、その裏には即日宅配(勤務先でも受け取れる)を実現するために、それなりの労力が必要なことは容易に想像できる。こうした細かな積み重ねをして、何かユーザーが困る場面になっても、できるだけトラブルに接する時間や機会を減らすのが、CX向上のひとつだ。

端末を買ったらアドバイス

 そんなauのCX部門を率いるカスタマーエクスペリエンス推進部長に、この4月、木村奈津子氏が就任した。「ひとつひとつは小粒、新機種と比べると地道な取り組みかもしれない」とCX関連の施策を評する木村氏は、かつて原宿にあった「KDDIデザイニングスタジオ」の初代館長を務めたほか、au初の直営店舗である「au NAGOYA」(愛知県名古屋市)の立ち上げや、auスマートサポートをはじめとしたカスタマーサポートの差別化にも携わってきた。いわば、auとユーザーを繋ぐ部分を、長くリードしてきた人物だ。

KDDIの木村氏

 木村氏が取り組む「体験価値の向上」とは、どんな場面で感じ取れるのだろうか。たとえばサポートセンターでは、以前から、端末を買った後のユーザーには定期的にメッセージを送っているという。端末購入から2カ月目、初回請求のころは、手数料や割賦代の支払いの時期で、毎月割の適用のタイミングがよくわからない時期でもある。そこで「支払いはこうなる」という説明のメッセージを送ることで、ユーザーが予想外と捉える出来事をなくして、不満に繋がらないようにする。購入から3カ月目、4カ月目となれば、端末を紛失したり故障に出くわしたりするケースもあるため、データのバックアップの仕組みを事前に伝えておくといった具合だ。

「オプション、解除しませんか」

 体験向上のため、auショップでは、新たなリコメンドシステムも導入した。ユーザーが購入した機種、利用するサービスの情報や、auで提供するスマートフォンやフィーチャーフォンの情報がまとめられており、来店客に向け、最適な言葉をかけられるようショップスタッフ向けに提供されているシステムだ。そう聞けば「店内で売り込みが増えるのか……?」と疑問を感じる人がいるかもしれない。

 もちろんauの提供する新サービスを売り込みに来る場面があるかもしれないが、取材時に驚いたのは「サービスを使っていないお客さまには退会をオススメすることも、店頭では始めている」という木村氏の言葉だ。つまり、ユーザーがあまり使ってないオプション、あるいは利用状況にマッチしていない料金プランであれば、そのユーザーに適した形を提案するというものだ。

 「解除させる」だけ見ると、企業にとってはマイナスの行動だ。だから、木村氏も「バランスがあるので無邪気にやめましょうとは言えない」と語る。だが過去を振り返ると、店頭での営業活動でいったんオプションなどを契約しても、その翌月になると解約が一気に増える、ということもあった。

 「その場は良かったけど、ユーザーにとって面倒な出来事が発生する」(木村氏)という流れを変えて、ユーザーの利用実態にあわせて喜ばれるサービスだけを薦めていくことで、顧客満足度の向上に繋がり、サービスの解除率、au回線の解約率を抑えることに繋げていく。au回線やauの各種サービスを使い続けてくれることになれば、KDDI、沖縄セルラーという企業にとって安定した収益へと結びつく。

 木村氏が「ポジティブなループ」と呼ぶこの一連の流れには、KDDIが3月、アクセンチュアとともに設立したデータ分析の新会社、アライズアナリティクスによる知見も活用される見通しだ。ユーザーからの同意を踏まえて得られるさまざまな情報を分析、店頭でのリコメンドシステムでも利用されるという。

田中社長の“テザリング”発言どうでした?

 取材の直前、KDDIの決算説明会会場で、代表取締役社長の田中孝司氏が、取材陣から大容量プランにおけるテザリング料金について問われて「深く考えていなかった」とポロっとこぼした。

 これってどうでした? という筆者の問いに、木村氏はほんとにもう、といった雰囲気を漂わせつつ、「社内では、以前からアラートは上がっていたんです」とコメントする。

木村氏
「競合他社さんの状況を踏まえてではなく、カスタマー部門から『これはまずい』という指摘は挙がっていた。もちろん(企業活動として収益源にする判断はあり得ることから、テザリングの有料化という)あのプランに戻すとしても、しれってあげてはいけない。お客さまには『ご確認の上、お使いください。ご利用されなければ解除ください』と、きちんと周知をはかろうということで確認はしていた」

 料金プランの一環であるため、auの大容量プランにおけるテザリングの料金設定がどうなるかは、今後の検討次第。それでも木村氏は「auユーザーの残存率に影響することであれば、知見を出していかなければいけない」とCX部門としての役割を説明する。

店舗とWebの連携でさらなる改善はかる

 「いわば“もう紅白には出ません”というくらいのレベルまで目指したかったんです。このたとえ、若いスタッフには伝わらないんですけどね」と笑う木村氏。これは調査会社の顧客満足度調査で、競合他社を圧倒的に差をつけたい、という意気込みを社内で共有するときに表現したワードだ。

 そんな同氏が、auにおける「CX」で参考にしたというのが航空会社の事例だ。現場からの発想を実現するボトムアップの流れ、空港内の導線や機内での体験など、航空会社が手がけた事例は、端末販売~日々の利用まで、長くユーザーと接していく携帯電話会社と共通する部分を感じたのだという。

 取材で具体的な数値は明らかにされなかったが、長期契約者を対象に特典を提供する「au STAR」の加入者と、非加入者からの反応を見ると、加入者は「長期契約者は大事にされている」と感じる割合が明らかに多いのだという。

 ユーザー体験を考えると、店頭スタッフも自信を持って来店客に勧められる料金、サービスも必要だと木村氏。コールセンター、ショップのスタッフが心から「auっていいよね」と思ってもらえるようにしなければ、ユーザーの体験価値も向上していかない、との考え方だ。

 また最近では、年中無休だったショップでも、月に一回、お休みにしたり、開店する時間を短くしたりするといった取り組みも始めている。その一方で、Webサイトを通じて提供するサポート系サービスの拡充をはかり、逐一、店舗に駆け込まなくてもいい仕組み作りを進めている。

 「課題はたくさんある、それでもauにしかないサポートサービスができあがってきた」と語る木村氏によれば、万が一の紛失時、警察に携帯電話が届けられれば、「My au」でメッセージが出るようにしたり、即日で代用機を送るといったサービスが独自の取り組みの1つだ。

 格安SIM/格安スマホと呼ばれるMVNOが台頭してきた今の時代だからこそ、大手キャリアにとって自社が手がけるサポートサービスの重要性が増している。さまざまな手段でサポートをしていくのは、MNO(大手キャリア)がやるべきことだと木村氏は説明。「大きく、変わります」宣言から1年を経たauの次の一手にもまた注目したい。