法林岳之の「週刊モバイルCATCH UP」
IFA 2015から考えるスマートフォンのこれから
(2015/9/18 22:26)
9月4日から9日まで、ドイツ・ベルリンで開催されていた欧州最大の家電展示会「IFA 2015」。毎年1月に米国・ラスベガスで開催される「International CES」、2~3月に開催される「Mobile World Congress」(MWC)などと並び、モバイル業界にとってはもっとも重要な展示会の一つだ。9月2日から本誌に掲載された速報記事を振り返りながら、国内市場と関係の深い各社の話題を中心に、今後の流れを考えてみよう。
転換期を迎えた各社の取り組み
毎年9月、ドイツ・ベルリンで開催されるIFAは、昨年までのレポートでも触れてきたように、1924年にスタートした「大ドイツ放送展」を始まりとする展示会で、ラジオやテレビをはじめとするコンシューマー(一般消費者)向けAudio&Visual製品のお披露目の場所として、発展してきた経緯がある。近年はスマートフォンやタブレット、パソコンなど、通信機器やIT製品も増えているが、他のコンシューマー製品を取り扱う展示会に比べ、冷蔵庫やコーヒーメーカー、掃除機といった生活家電も展示されているあたりがユニークだ。今回はスケジュールの都合上、早く帰国することになったが、展示会場をじっくり見る時間があれば、米国や日本の展示会とはひと味違った雰囲気を楽しむことができそうだ。
一方、モバイル業界やIT業界にとって、IFAは冒頭でも触れたように、CESやMWCなどと並び、重要な展示会に位置付けられている。中でもIFAは開催時期が9月ということもあり、日本市場にとっても秋冬から春商戦、グローバル市場にとってもクリスマス商戦へ向けたラインアップを発表するタイミングとして、重要なイベントとされている。同時に、ここ数年は9月にAppleがiPhoneを発表しているため、その直前となるIFAでは各社とも強力な新製品をぶつける形を取っており、ソニーモバイルのXperiaシリーズ、サムスンのGalaxy Noteの発表が恒例になりつつあった。
ところが、今年はそんなIFAに関連する業界の様相も少し変わってきている。例年、IFAのタイミングでGalaxy Noteシリーズを発表してきたサムスンだが、今年は8月半ばに米国ニューヨークで「Galaxy Note 5」と「Galaxy S6 edge+」をフラッグシップとして発表し、IFAではウェアラブル端末の「Gear S2」を発表する形を取った。ソニーはフラッグシップモデルの「Xperia Z5」シリーズを発表したが、単一機種ではなく、3つのフラッグシップモデルという位置付けで発表している。
また、ウェアラブル端末は昨年来、急速に出品が増えたが、Apple Watchが登場したこともあり、腕時計型は腕時計としてのデザインを追求するようになり、シンプルな活動量計はランニングなど、より明確にスポーツシーン向けの製品に進もうとしているようだ。このウェアラブル端末の分散と入れ替わるようにして、急速に増えてきているのがIoT製品だ。IFAの会場だけでなく、同時に開催される複数の企業が出展するプレスイベントにもユニークな製品が出品され、注目を集めていた。ただ、正直なところ、IoT製品はまだ玉石混交の状態で、どういう製品が受け入れられていくのかが見えにくい状況ともいえそうだ。
さらに、PC業界では僚誌PC Watchの充実したレポートを見てもわかるように、ここ数年、IntelがIFAの時期に合わせて、重要な発表をしてきており、中でも今年はIntelが「Skylake」の開発コードで噂されていた第6世代Coreプロセッサーを発表し、今年7月のWindows 10のリリースを受ける形で、各社は新しいWindows 10搭載パソコンを発表している。もちろん、これらも冬商戦へ向けた新製品ラッシュという位置付けになる。
XperiaとHuaweiが指すスマートフォンの方向性
これまでと少しメーカー各社の取り組み方が変わったIFA 2015だったが、それでも最も注目されるのはスマートフォンということになる。翌週にAppleの発表を控えていることもあったが、今年はソニーモバイル、Huawei、Lenovoなどが力の入ったプレス発表を行っていた。ただ、同日に複数のプレスイベントを開催するため、実質的にすべてのプレス発表を見ることができず、取材する側としては今まで以上に面倒な状況になりつつある。
IFAで各社から発表された製品で、まず、最初に取り上げるべきは、やはり、国内でも注目度の高いソニーモバイルのXperia Z5シリーズだろう。ソニーモバイルとしては昨年11月に十時裕樹氏が代表取締役社長兼CEOに就任して以来、ラインアップの再構築を含めた事業の見直しが進められており、どのような製品が登場してくるのかが非常に注目されたが、今回はこれまでのXperia Z4/Z3+の進化形となる「Xperia Z5」シリーズが発表された。これまでのXperia Zシリーズと違い、少し異例とも言えるのが「Xperia Z5」「Xperia Z5 Compact」「Xperia Z5 Premium」の3モデルを同時リリースし、いずれもフラッグシップモデルに位置付けていることだろう。
これまでソニーをはじめとする多くの端末メーカーは、一つの機種をフラッグシップとしてリリースし、その普及モデルを別にリリースする形でラインアップを形成していたが、昨年あたりからアップルのiPhone 6/6 Plusのように、ほぼ同等スペックの複数モデルをラインアップするケースが見え始めている。そして、今回はほぼ同スペックで、ディスプレイのスペックとサイズ、ボディサイズが異なるモデルを一気に揃えて、いずれも「フラッグシップ」をうたってのリリースとなった格好だ。これはスマートフォンそのものが完成の域に達してきた中、物理的な「大きさ」というユーザーのニーズに応えるため、ほぼ同スペックのモデルを並べてきたという印象だ。
ところで、Xperiaシリーズと言えば、GalaxyシリーズやiPhoneなどと違い、仕様もデザインも変更の少ないモデルチェンジを短期間にくり返してきたことに対し、一部のユーザーから疑問視する声が聞かれるようになってきた。かく言う筆者自身も正直なところ、最近のモデルチェンジのサイクルにあまりいい印象は持っていない。今回のXperia Z5はXperia Z4/Z3+と比較して、側面の電源ボタンを楕円に変更し、指紋センサーを内蔵するほか、Xperia Z5とXperia Z5 Compactは背面をフロストガラス(すりガラス)のように仕上げるなど、少しアクセントを変えてきた印象だ。カメラについてはCMOSセンサーも新設計のものが搭載されたが、もう少し根本的なところで比較すると、従来のXperiaシリーズに搭載されてきたカメラはソニーのCyber-shotシリーズの開発チームと協力する体制が取られてきたのに対し、今回のXperia Z5シリーズは一眼レフなどを手がけるαシリーズと連携し、CMOSセンサーの設計から関係しているという。デジタルカメラの市場的にも主役はコンパクトデジタルカメラからミラーレスを含む一眼レフに完全に移行しており、その流れがスマートフォンに搭載されるカメラの開発にも影響を及ぼしているところは、なかなか興味深い。
また、国内では2015年夏モデルとして、Xperia Z4が各社から発売されたが、その際、ソニーモバイルはインタビューなどで「Xperiaとして、一つの完成形」という表現を使っていた。ところが、今回、発表されたXperia Z5シリーズは多少のデザイン変更があるものの、Xperia Z4や海外で発売されたXperia Z3+などの流れをくむもので、わずか数カ月でモデルチェンジを迎えてしまったことになる。しかも今回のXperia Z5シリーズについては「Xperia Zシリーズの究極の集大成」という表現を使って、アピールしていた。Xperia Z4などを購入したユーザーにしてみれば、「完成形」と言われて購入したのに、こんなに早いタイミングで新機種が登場するのは、かなり裏切られた印象を持ってしまいそうだ。
この点について、IFA 2015会期中、報道関係者向けグループインタビューの席において、ソニーモバイルのプロダクトビジネスグループ UXクリエイティブデザイン&プランニング・プロダクトプランニングの伊藤博史氏に聞いたところ、「製品サイクルは少しずつ伸びてきているが、キャリアと相談した上で、市場への投入のタイミングを計っている」「確かに、Xperia Z4からのは数カ月だが、長いスパンで見れば、このタイミングに、こういう仕様の製品が出てきたことは理解されると思う」「半年ごとと決めているのではなく、新しい技術が投入できる状況になれば、そのタイミングで新技術を活かした製品を商品化していきたい」と答えていた。話としては理解できる部分もあるが、比較的、新しい既存モデルのユーザーとしては、今一つ釈然としないところもあるだろう。
そして、Xperia Z5シリーズ3機種のうち、おそらく多くの人が注目しているのはXperia Z5 Premiumの4Kディスプレイだ。スマートフォンとしては世界初の4Kディスプレイ搭載モデルということになるが、果たして、4Kディスプレイが必要なのかという疑問を持つ読者も多いはずだ。今回のXperia Z5 Premiumに搭載されている4Kディスプレイは、基本的に静止画と動画再生時のみ、4Kで表示する仕様になっており、ホーム画面やアプリなどは従来と同じ表示になる。そのため、バッテリー消費などは心配するほど大きくないとしている。
コンテンツについては、大幅に強化されたXperia Z5シリーズのカメラで撮影した静止画や動画を楽しむほか、映像配信サービスなどで提供される4Kコンテンツを楽しむことを想定しているそうだ。ただ、それでも現時点で4Kコンテンツが豊富と言える状況ではなく、ソニー自身として、テレビやレコーダーなども含め、積極的に提供する姿勢を取っていく必要がありそうだ。
さて、ソニーとは違ったアプローチで、ラインアップを工夫してきたのがHuaweiだろう。国内では各携帯電話事業者向けにモバイルWi-Fiルーターなどを供給しながら、オープンマーケット向けにSIMロックフリー端末を相次いで投入している。もちろん、海外でも着実にシェアを伸ばしており、中でも欧州ではブランドとしての認知率も高まっているようだ。
今回、Huaweiが発表したスマートフォンは「Mate S」「G8」の2機種で、今年4月に発表された「P8」シリーズなどとラインアップを構成する形になる。Mate Sについては昨年9月に発表され、国内でも販売されたAscend Mate7の後継機種で、6インチという大きなディスプレイを搭載したAscend Mate7に対し、今回は5.5インチディスプレイを搭載し、もう少し持ちやすいサイズに仕上げている。注目は何と言っても最上位モデルに搭載された感圧式センサー内蔵のディスプレイで、押した強さを認識したり、重量を量るアプリを提供するなど、新しい操作や使い方を実現している。ディスプレイを押したときの強さ(圧力)を量るセンサーは、iPhone 6s/6s Plusにも搭載されたが、今後、スマートフォンに搭載されるディスプレイは解像度やサイズだけでなく、センサーを組み合わせた新しい流れが来ることになるかもしれない。
もう一台の「G8」についてはMate Sに近い仕様でありながら、もう少しボリュームゾーンを狙ったミッドレンジのモデルだが、こうした共通仕様、もしくは近い仕様でありながら、複数のモデルをラインアップする手法は、8月に発表されたサムスンのGalaxy Note 5とGalaxy S6 edge+でも取られているが、サムスンやHuaweiに限らず、スマートフォンが完成の域に達し、製品ごとの差別化も難しくなってきていることから、上位モデルに近い仕様で普及価格帯のモデルを投入したり、同じモデルをベースにしながら、デザインなどで別の方向を指し示した製品を開発するようになってきたわけだ。なかでもミッドレンジと呼ばれる普及価格帯の製品は、国内でもスマートフォンのユーザー層の拡大に伴い、今後、ラインアップが充実すると見られており、今年の秋冬モデルや年明けの春モデルで、各社がどのようなラインアップを構成してくるのかが注目される。
腕時計で行くか、ウェアラブル端末を狙うか
スマートフォン以外のジャンルの製品も各社からさまざまな製品が発表されたが、昨年に引き続き、ウェアラブル端末もラインアップが充実してきた格好だ。ただ、昨年のIFA 2014の後、アップルからApple Watchが発表され、今年、出荷が開始されたこともあり、ウェアラブル端末も一つのターニングポイントを迎えつつあるようだ。
まず、Apple Watchと同じように、ウェアラブル端末でありながら、腕時計としてもしっかりとしたクオリティなり、質感を持つ製品が増えてきつつある。たとえば、Huaweiは今年3月のMWCで開発を表明していた「Huawei Watch」の詳細を発表したが、発表会のレポートでも触れたように、ケースやバンドの違いにより、「Classic-Leather」「Classic-mesh」「Active」「Elite」という4つのモデルをラインアップしている。実際の製品も非常に質感のいい仕上がりだが、発表会でもファッションモデルに着用させ、ランウェイを歩かせるなど、ファッションアイテムとしての「時計」を強く打ち出そうとしている。既存の腕時計メーカーのブランド力にはかなわないかもしれないが、従来のようなスマートフォンや携帯電話のアクセサリー的な位置付けではなく、身に着ける一つのアイテムとしてアピールしようと取り組んでいることは注目される。
同じAndroid Wearを採用した腕時計端末をいち早く取り組んでいるLGエレクトロニクスは、IFA 2015のブースにおいて、通信モジュールを搭載した「LG Watch Urbane」のバリエーションモデルとして、「LG Watch Urbane Luxe」を展示していた。アメリカの宝飾ブランドの一つ「REEDS」と共同で開発した製品で、23金のケースとワニ皮のベルトを組み合わせ、高級腕時計にひけを取らない仕上がりが印象的だった。残念ながら、米国向けに約1200ドルで500台が限定販売されるのみだそうだが、機能面で明確な差別化が難しいAndroid Wear搭載のデバイスは、腕時計としての質感やブランド価値などを追求することで、新しい道が開けてくるのかもしれない。
逆に、スマートフォンと同じように、機能性を重視し、新しいウェアラブル端末、新しい腕に装着するデバイスの方向性を模索しようとしているのがサムスンから発表された「Gear S2」だ。サムスンはご存知のように、これまでも「Galaxy Gear」などの腕時計型デバイスをいくつも投入してきたが、なかなか市場に定着することはなく、プラットフォームについてもTizenとAndroid Wearを別々にリリースするなど、今ひとつ統一感のない展開が続いていた。IFA 2015で発表されたGear S2はTizenベースのプラットフォームを採用しながら、Android 4.4以上のスマートフォンに接続できるようにするなど、より多くの環境で利用できるようにしている。ハードウェアとユーザーインターフェイスもユニークで、回転式のベゼルを回すと、画面内のメニューが動くという操作を採用している。国内での投入についてはわからないが、「e-SIM」を採用した3G対応モデルもラインアップされており、新しいウェアラブルの取り組みとして、注目される。
また、製品という形ではないが、ソニーが社内プログラムから生まれたウェアラブル端末「wena wrist」の開発を明らかにしたり、ASUSがAndroid Wearを採用したZenWatchの後継モデル「ZenWatch2」を発表するなど、腕時計型のデバイスは今まで以上に活気づいている印象だ。国内では活動量計を利用する人があまり多くなく、ウェアラブル端末がなかなか普及しないと言われているが、質感やデザインが一般的な腕時計と変わらないデバイスが増えてくれば、少しずつ市場が動き出すかもしれない。スマートフォンやタブレットに続くジャンルとして、今後の各社の取り組みが注目される。