インタビュー

ドコモ阿佐美氏に聞く

ドコモ阿佐美氏に聞く

“サービスの一事業者”を目指す新戦略とは

 「スマートライフのパートナー」――2013年度に入ってNTTドコモが掲げる、新たな方針だ。

 iモードの誕生、そしてパケット通信料の定額制導入、数年を経てスマートフォンの普及と拡大と、段階的に発展してきた国内の携帯電話市場は、1億以上の契約数に達して飽和状態となり、その伸びは鈍化した。携帯電話事業者にとっては、以前契約数が伸びるほど収益の増加に繋がったが、環境の変化によって、成長が頭打ちになる。

 こうした状況の変化は以前より予測されていたものだが、さらにスマートフォンの広がりが、携帯事業者をいわゆる「土管化」と呼ばれる状態、つまり通信インフラだけを提供する存在に追いやってしまう可能性が高まった。単なる“土管”になってしまうと、他社との違いを打ち出すことが難しくなり、収益増をはかることも困難になる、との危惧がある。

 こうした環境の変化に対してドコモは、新領域への進出を模索する。そして2010年頃から取り組んできた動きが、1つ1つ、具体的なサービスとなって、さらに加速しようとしている。

ドコモの阿佐美氏

 その加速をドコモ内でハンドリングするのが、7月1日に設立されたスマートライフビジネス本部であり、本部長を務める阿佐見弘恭氏は、かねてより、スマートフォンの普及によって、映像や音楽、電子書籍といったデジタルコンテンツの広がりが期待できると指摘。さらに、ショッピングやヘルスケア、教育など、新たな領域への展開を進め、昨年には通販サービス「dショッピング」をスタートさせた。そうしたドコモの動きを、阿佐美氏は「iモード時代のようなプラットフォーマーのままでいいのかと考えていた。ドコモが、各種サービスを提供する一事業者として勝負するということ」と一言で表わす。

 通信事業者でもあるドコモが、1つのサービス事業者になるとはどういうことなのか。そして次の秋冬モデルにあわせてどんな動きがあるのだろうか。

iPhoneでも使えるサービスを

 今回、取材を行ったのは9月6日だった。一部の報道機関から「ドコモがiPhoneの取り扱いを開始する」と報じられ、それに対してドコモは「当社が発表したものではない。現時点で開示すべき決定した事実はない」とコメントしている。

 ドコモにおけるサービス事業部門を率いるたる阿佐美氏もまた、今回の取材では、iPhoneの取り扱いについては、それ以上のコメントはない、としていた。

 ただし一事業者としてサービスを提供する、という姿勢であることから、現在も、そしてこれからもドコモの提供するサービスはマルチデバイスで利用できる説明。阿佐美氏は、懐から他キャリアのiPhoneを取り出して、「既に提供されているドコモのソーシャルゲームプラットフォーム「dゲーム」は3キャリア対応です。iモードはドコモの携帯電話しか利用できませんが、ポータルサイトの「dメニュー」もマルチデバイス対応で、コンテンツをまとめて提供する『スゴ得コンテンツ』も他キャリアのiPhoneから利用できます」と語り、iPhoneを含め、さまざまなデバイスから利用できるサービスを提供する姿勢を紹介した。

 このマルチデバイスの中には、今後、登場する予定のプラットフォームである「Tizen」も対象に含まれる。同氏は「TizenもAndroidもマルチOS向けに提供していく。やはりサービス、コンテンツはマルチデバイスで使えるほうがいい。そうした構造で頑張っていく。もちろんネットワーク、回線は、通信事業者として疎かにせず品質を高めていく」と述べ、通信サービスは従来通りに取り組む一方で、サービス事業者としての取り組みを強調した。

今秋には「docomo ID」がキャリアフリーに

 かねてよりドコモでは、ユーザー向けに「docomo ID」を発行。たとえば映像配信サービスの「dビデオ」もこのIDとパスワードでログインすると、パソコンから利用できる。

 当初は料金などを照会できるユーザー向けWebサイト「My docomo」を利用する仕組みでもあった「docomo ID」は、これまでドコモの回線に紐づくものだった。しかし今秋には、ドコモ回線を利用していなくても、つまり他キャリアのユーザーでも「docomo ID」を取得し、ドコモのサービスを利用できる環境が整う、と阿佐美氏は語る。

 阿佐美氏は「これまでdocomo IDは、ドコモの契約数を上回ることはあり得なかったが、これからは回線契約よりも多くなる、という状況を実現できる。こうした形に違和感があるかもしれませんが、(ドコモが買収した)らでぃっしゅぼーやのユーザーの中には、当然ドコモ回線を利用していない人もいます。しかし、子会社ですから間接的に、そうした方もドコモのユーザーです。これから何らかの事情でドコモ回線を解約されたとしても、ドコモ提供のサービスは利用できるという形になります」と述べる。

次の新機種ではファッション、トラベル

 そして次の新機種発表会にあわせた新サービスとして、「dファッション」「dトラベル」が登場することも明らかにされた。

 dファッションは、ドコモが今年1月に買収したマガシークとともに提供する。またdトラベルはJTBの協業で提供されるサービスだ。詳細は新機種発表会で明らかにされる予定だが、阿佐美氏はドコモの既存サービスとの連携を特徴の1つとする。

 たとえば、ドコモではアニメ配信サービス「dアニメストア」を提供している。こうしたサービスから他のドコモが提供するサービスへリンクを貼る形で、送客することになる。「dアニメストア」から「dトラベル」にもリンクして、旅行ツアーを案内する、といった形が検討されている。

 「(アニメなどの作品の)ファンの行動として“聖地巡礼”という言葉がありますよね。かつての作品なら涼宮ハルヒ、最近では氷菓などでは、現実の街を舞台にして、現地の風景を忠実に描いている。ファンとしては現地へ行きたくなるわけですよね。そうした方々に利用してもらえるツアーを提供したい、橋渡しをしたいと考えています」

阿佐美氏インタビュー

 今回、阿佐美氏には、ドコモのサービス事業へ考え方についても話を聞いた。

――通信事業だけでは大きな成長が期待できない、ということで新領域に踏み込んだドコモですが、昨年は、通販サービスを開始。最近ではJTBと連携する方針も示されました。

 かつてのiモード時代には、プラットフォーマーとしてコンテンツプロバイダのサービスを多く用意して、ユーザーに利用していただく形でした。しかしオープンなスマートフォンの時代が到来した。そこで2011年に提供し始めたのが、iモードコンテンツをそのままスマートフォンへ移行できる「dメニュー」であり、ドコモ自身がコンテンツを提供する事業者として展開する「dマーケット」でした。いわゆる“土管化”(通信インフラだけ提供する形態を指す言葉)を避けて、ユーザーに望まれるようなコンテンツを提供しようと考えたわけです。

 たとえばSNSやゲームを提供する事業者のビジネスモデル、ユーザー情報の質を考えてみると、広告モデル、課金モデルであったり、ユーザー情報はニックネームしか把握していなかったりします。ドコモは、課金モデルで口座やクレジット情報があり、さらにユーザーの氏名や住所がありますので、どちらかと言えば物販系の事業者に近い構造です。であれば、直接ユーザーへ何かを提供できるサービスをしっかりやっていこう、ということで、まずは先述したようにデジタルコンテンツに取り組みました。そして昨年にはdショッピングとして通販を開始しました。

 デジタルコンテンツについては、dビデオが460万人、dヒッツが150万人、dアニメストアが100万人に利用されています。競合のサービスと比べても安価で、内容もこだわっていて競争力があると自負しています。一方、dショッピングの利用件数はまだ開示できるほどの規模ではありませんが、衣食住にまつわるリアル系の事業は市場規模がデジタルコンテンツより遙かに大きい。まだまだ経験は浅く、試行錯誤を重ねていますが、前月比で見ると成長し続けています。

――しかしたとえば既に通販ではAmazonや楽天があります。ドコモがリアル系のサービスを提供しても、既存の大手サービスを利用するユーザーをドコモ側へ誘導するにはハードルがあるのでは?

 確かにその通りです。ITリテラシーの高い方は、そのまま現在利用中のサービスをお使いになるのでしょう。もちろん、そうした方々に利用していただけるよう努力していきますが、ドコモにとってのメインターゲットはこれまでiモードを利用し、スマートフォンへ乗り換えた方々になるでしょう。iモードユーザーはまだ3000万人います。既存のスマートフォン向け各種サービスを「難しそう」などとハードルを感じる方々にとって、4桁のパスワードで利用でき、毎月の利用料と合算できるドコモのサービスは一定の利便性があるのではないか、と思っています。

 もちろん「dメニュー」「dマーケット」そして「dショッピング」などの形態が永遠にベストとは限りませんので、改善を続けていきます。

――サービスを提供する一事業者になると、何が競争力になって、ユーザーに利用してもらえるようになるのでしょうか。

 我々の強みの1つは、1社でここまでやっているところが他にない、ということでしょうか。デジタルコンテンツ、ショッピング、ヘルスケア、今後のトラベルやファッションまでやるようなプレーヤーはいません。たとえば昨年公開された映画で「悪の教典」という作品がありました。主題歌は「dミュージック」で配信し、原作は「dブック」で電子書籍として配信しましたし、「dビデオ」ではサイドストーリーを作って提供しました。ファンの方はドコモのサービスをぐるぐると回遊して、利用するという形になるんですね。

 またサービスを続けてきた結果、ユーザーの利用スタイル、傾向も見えてきました。「dビデオ」ですと、洋画を鑑賞する人は邦画も観る。しかし邦画のファンは洋画を観ない傾向にあります。韓国ドラマが好きな人は、継続的に新作が供給されなければ「dビデオ」を解約してしまいます。こうした事情は、ドコモ自身がサービス事業者にならなければわからなかったことです。

 もう1つは質の向上。でなければ価格競争になってしまい疲弊してしまいますから。付加価値を提供することが基本です。

――デジタルコンテンツは定額制のサービスもありますが、全てを利用するといくらかかるのか、不安になりませんか。

 なるほど。定額と都度課金のサービスがありますが、定額制の「dビデオ」「dアニメストア」「dヒッツ」を全てあわせても1200円程度です。自画自賛になりますが、コンテンツのラインナップと比べて割安感があるのではないかと思っています。たとえば「dアニメストア」も月額315円であれだけの作品を楽しめるサービスはなかなかないのではないでしょうか。マルチデバイス、キャリアフリーを進めていきますから、さらにお得感が増すのではと思っています。

――確かにどのデバイスからでも利用できる、というのは魅力的です。

 今春にはWi-Fiタブレットの「dtab」も提供しました。これもドコモにとっては1つのチャレンジでしたが、ユーザーに選択肢を提供すべきということで、“清水の舞台から飛び降りる”覚悟で進めたわけです。docomo IDという仕組みもサービスをより簡単に利用していただけるように必要なものとして提供します。

――阿佐美さんが統括するスマートライフビジネス本部には、クレジット事業も含まれます。クレジットサービスの「DCMX」は現状、対応機種がドコモのおサイフケータイだけですが、これもキャリアフリーになるのですか?

 私個人の考えとしては、そういう方向かなと思っています。ドコモには回線サービスもあり、デジタルコンテンツもある。ショッピングもその1つ……と(サービス1つ1つを切り分けて)考えていかないと広がりません。これまでは電話番号(回線)の上にサービスがありました。だから、サービス契約数は電話番号の数を上回ることがなかった。

 これはクレジットの話ではないのですが、たとえばdアニメストアはパリと台湾で実験的に提供しました。このような形でドコモのサービスを海外にも展開したいと思っています。

――ドコモでは、新規領域での売上高を2015年に1兆円にすると目標にしています。

 2015年までの期間は限られていますから、キャリアとしての資産、たとえばショップですとか、端末上のショートカットアイコンといったところを活かしてユーザーの利用を促進します。また他国の通信キャリアと比べ、後払い(ポストペイ)のユーザーがほとんどですから、月額制のサービスも提供できます。当社の出資先もあるインド市場は9割がプリペイドとのことで、月額制のようなサービスもできません。そうした資産を活かさなければ、他のインターネットプレーヤーと同じ立場で厳しい。キャリアフリー、マルチデバイスを進めつつ、同時に通信事業者とのしての強みを活かして、どれだけ上位レイヤー(通信上で提供するサービスなどの領域)をうまく囲い込むか、と考えています。

――なるほど。今日はありがとうございました。

関口 聖