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グーグルのピチャイCEOが語るAI戦略、Gemini 3が切り拓く新たな段階と2027年宇宙TPU構想

 グーグル(Google)は、AlphabetおよびGoogleのスンダー・ピチャイCEOとGoogle DeepMindチームのローガン・キルパトリック氏との対談を収録した動画を公開した。この対談では、ピチャイ氏が同社のAI戦略、フルスタックアプローチ、そして将来に向けた長期的ビジョンについて語られている。

スンダー・ピチャイ氏

“同時出荷”が示す「スルーライン」で統合された日

 グーグルは、19日(日本時間)、最新の生成AIモデル「Gemini 3」を発表、同時に提供を開始した。

 そのローンチについて、対談では「Sim-shipping(Simultaneous Shipping=同時出荷)」について触れられている。これは、モデルをGoogleの全てのプロダクト群に対して同時に展開する(デプロイする)というもの。

 かつてのGoogleは、巨大であるがゆえにサイロ化が進んでいた。たとえば検索、クラウド、そして自動運転サービスの「Waymo」といった製品群は、それぞれが独自のロードマップで動いていた。しかし、今回のGeminiは違うと両氏は語る。

ローガン・キルパトリック氏

 キルパトリック氏は、Geminiがグーグルの文字通りすべてのプロダクトを貫く「スルーライン(一本の背骨)」検索からYouTube、クラウド、Waymoに至るまで、あらゆるものを改善していると指摘する。これは、Googleの全サービスが、単一のAIモデルを介して同期し、有機的に連携し始めたことを意味するという。

 フルスタックアプローチにより、インフラストラクチャ層の改善や、深層学習における事前学習(Pre-training)のイノベーションが、最上位の製品層にまで及んでいくという「乗数効果(multiplicative effect)」が生み出されている。

外部とのシンクロ

 ピチャイ氏が強調した点のひとつは、外部のエコシステムも同時に動いたこと。デザインプラットフォームの「Figma」、オンライン開発環境の「Replit」、発表からやや時間は経ったがAdobeのサービスと、外部の主要プラットフォームが、グーグルと同じタイミングでGemini 3を実装した。ピチャイ氏はこれを「スケールしたイノベーション」と呼ぶ。

 グーグル内部だけでなく、世界の開発者コミュニティ全体が同時に次の段階へシフトする現象であり、Gemini 3がもたらした非常に非凡な(extraordinary)インパクトであるという。

「Nano Banana Pro」とインフォグラフィックがもたらす“情報の圧縮”

 Gemini 3と共に展開された軽量かつ高性能なモデル「Nano Banana Pro」は、ピチャイ氏に個人的な興奮をもたらしたようだ。

 ピチャイ氏は、長きにわたるビジネス上の習慣として「PowerPointの登場以降、人々はスライドの枚数を増やし続け、情報は肥大化する一方でした」と指摘。その上で「しかし、Nano Banana Proは逆のことをしています。情報を『圧縮』し、より消化可能な(digestible)形に戻しているのです」と語る。

 キルパトリック氏は、特にテキストデータを視覚的な「インフォグラフィック」に変換する機能について、エンターテイメント用途を超えて、Googleのミッションである「世界中の情報を整理し、アクセス可能にする」ことのAI時代における明確な形だとした。

対談のYouTubeから、NotebookLMが生成したインフォグラフィック

潜在的創造性(Latent Creativity)の解放

 ピチャイ氏は、これらのツールがもたらすもう一つの大きな功績として、人々の奥底に眠っていた「潜在的創造性(Latent Creativity)」を呼び覚ましたことを指摘する。

ピチャイ氏
「人々はずっと、表現したいアイデアを頭の中に持っていました。しかし、それを形にするためのツールによって制約を受けていたのです。私たちは、その制約を取り払っています」。

 コーディングを含む表現活動が、「Vibe Coding」のような手法によってより多くの人々にとって手が届くものとなり、ユーザーはAIによって「よりクリエイティブになる」ためのパートナーを得た。ピチャイ氏は、AIツールは今が最も劣っている状態であり、「今後さらに良くなる一方だ」と述べている。

2027年宇宙データセンター構想

 ピチャイ氏は、長期的な視野を持つことの重要性を強調しており、現在のAIシフトが起きる基礎は、2016年に会社全体を「AIファースト」にすると決定したことや、その前の2012年のGoogle Brainの取り組み、2014年のDeepMind統合に遡る長年の賭けに基づいていると説明する。

 そして、現在のAIへの取り組みのほかに、Googleは常に未来へに向け、長期的な賭けを進めているという。

ピチャイ氏

 その一例として、ピチャイ氏は「Project Suncatcher」を挙げた。これは、宇宙にデータセンターを建設するという構想だ現時点では「ムーンショット」であり、クレイジーに見えるかもしれないが、将来必要となる莫大な量のコンピューティングを考えると理にかなっていると語る。

 ピチャイ氏は、「2027年には、宇宙のどこかにTPUを設置できれば」とマイルストーンを設定している。

 また、量子コンピューティングも今後の重要な賭けであり、ピチャイ氏は「おそらく5年後には、今日私たちがAIについて抱いているような、息をのむような興奮を量子について抱いているだろう」と予測している。

「Vibe Coding」への期待

 対談の中で、両氏が意気投合した話題は「Vibe Coding(ヴァイブ・コーディング)」という新しい開発スタイルの台頭だ。

キルパトリック氏

 「Vibe Coding」とは、厳密なプログラミング言語の構文を覚えるのではなく、AIに対して「こんな感じ(Vibe)で動くものを作って」と自然言語で指示し、対話しながらソフトウェアを構築する手法を指す。コーディングをより楽しめるものにし、多くの人々にとって親しみやすい(approachable)ものにしている。

 対談のなかでピチャイ氏は象徴的なエピソードを披露した。広報チームのスタッフで、コードを書いた経験がない人物が、息子のスペイン語の活用を教えるために、「ワンショット(一回の指示)」アニメーション化されたHTMLページをGemini 3で作成したという。

 これまで「エンジニア」という職種に限定されていた「ソフトウェアを作る力」が、すべての人に民主化されつつある。ピチャイ氏はこの変革を、インターネットの登場によってブログが普及し「誰もがライターになれた」瞬間や、YouTubeによって「誰もがクリエイターになれた」瞬間に匹敵すると捉えている。

 さらにピチャイ氏は、これらのツールについて、「これは、これまでで最も劣っている状態(worst it'll ever be)である。今後は良くなる一方だ」と、Waymo(自動運転)を例に出しながら、今後の飛躍的な進歩に期待を示している。

シリコンバレー文化の回帰

 「誰もが作り手になれる」熱狂は、グーグル社内の文化にも影響を与えているようだ。

 Google DeepMindのオフィスにある「青いマイクロキッチン(Blue Micro Kitchen, MK)」は、グーグルが「小さく、親密である(small and intimate)」と感じられる場所であるとキルパトリック氏は語ると、ピチャイ氏は、その光景が「初期のGoogleを強く思い出させる」と応じる。

 「マイクロキッチン」には、ジェフ・ディーン氏やサンジェイ・ゲマワット氏といった著名なエンジニアが集まり、エスプレッソを楽しんでいる姿が見られる。ピチャイ氏は、そのエスプレッソ作りの様子こそが、同社の文化を最もよく表しているものだと語り、自身もそのグループの中では気後れしてしまうほどだという。

 この場所は、才能のある人々が絶えずアイデアを交換しており、QPS(Queries Per Second)のようなダッシュボードを確認しながら、何が起こっているかを理解する場にもなっている。この「アイデアの交換」の場こそが、人々をオフィスに引き戻す価値を生み出している。

2016年からの「フルスタック」戦略

 ピチャイ氏は、現在の成功は長期的な視点と長年の深い投資に基づいていると強調する。

 生成AIブームの初期、Googleは他社に後塵を拝していると見なされていた。しかし、ピチャイ氏は「外部から見れば静かであるか、遅れているように見えたかもしれないが、我々はすべてのビルディングブロックを配置し、その上で実行していた」と振り返る。実際、生成AIへの対応時には一時的にキャパシティ不足に陥ったが、自社インフラに投資して規模を拡大した。

 グーグルの強さは、AIに必要なすべてのレイヤーを自社で垂直統合している「フルスタック」構造にあるという。

チップ: 2016年5月に発表された自社設計のAIアクセラレータ「TPU」

インフラ: 世界規模のデータセンター

モデル: Google DeepMindによるGeminiの開発

アプリ: 検索、YouTube、クラウド、VHO(Waymoなど)を含むユーザー接点

 このフルスタックアプローチは、「AIファースト」時代を明確に形にしたもの。ピチャイ氏は、「2016年5月に最初のTPUを発表した時、多くの人は気づきませんでした。しかし、あの時からの投資があったからこそ、今があるのです」と語る。2016年には、それまでのGoogle Brain(2012年)やDeepMind統合(2014年)、AlphaGo(2016年1月)といった出来事から、次のプラットフォームシフトが起こることは明らかだったという。

 この垂直統合により、フルスタックの「各層におけるイノベーション」が、最上位の製品層にまで及んでいくという「乗数効果(multiplicative effect)」が生み出されている。たとえば、インフラの改善や深層学習における事前学習(Pre-training)の進歩が、そのまま検索やGeminiの能力向上に直結する。この強みが、Gemini 3の同時出荷(Sim-shipping)という形で完全に結実した。

「Project Suncatcher」と「量子」

 対談の終盤、ピチャイ氏は現在のAIへの取り組みに加え、常に未来への長期的な賭け(long-term bets)を行っていると強調し、さらに先の未来を見据えた「ムーンショット(壮大な挑戦)」について言及した。

 ひとつは宇宙データセンター構想(Project Suncatcher)だ。生成AIの駆動に求められる、莫大な量のコンピューティングを考えると理にかなっていると語るピチャイ氏は、必要とされるリソースから逆算して目標を設定しており、「2027年には、宇宙のどこかにTPUを設置できれば」とマイルストーンを設定している。

 これは、Googleが長期的プロジェクトとする取り組みの一例であり、AlphaFoldやドローン配送のWingといったプロジェクト(Isomorphic with AlphaFold and Wing)と並行して進められている。

 さらに、ピチャイ氏は量子コンピューティングについても強気な予測を示す。

ピチャイ氏
「おそらく5年後には、今日私たちがAIについて抱いているような、息をのむような興奮(breathless excitement)を量子について抱いているだろう」。

量子コンピューティングは「驚くべき賭け(amazing bet)」であるとピチャイ氏は述べている。

「これはまだ『最低の性能』」

 対談の最後にピチャイ氏は、現在のGemini 3や関連ツールについて評価する際、かつてWaymoの自動運転車についてチームに語っていた言葉を引用した。

ピチャイ氏
「覚えておいてほしい。これが、Geminiが今後経験する中で『もっとも最悪(性能が低い/worst it'll ever be)』の状態だということを」。

 この考えは、現在取り組んでいるVibe CodingやAI Studioを含む全てのツールに当てはまるという。ピチャイ氏によれば、現在のこれらのツールは「驚くべきもの」であると同時に「これから良くなる一方だ」という両方の側面が同時に真実である。

 ピチャイ氏は、今後の大きな進展に期待しており、これは「間違いなくエキサイティングな時期」であり、世界中の人々がこれらのツールを使って何を生み出すのかを見るのが待ちきれないと締めくくっている。

ピチャイ氏