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5Gで独自の体験も、新しい街を作る産学官民組織「渋谷未来デザイン」設立

 渋谷を新たな形に作り上げていくことを目指し、渋谷区や企業、有識者らによる一般社団法人「渋谷未来デザイン」が設立された。パートナー企業には、東急電鉄など渋谷とゆかりのある企業のほか、NTTドコモ、日本マイクロソフトなどが名を連ねており、デジタルテクノロジーの面でも、渋谷が新たな体験ができる街へ進化していく。

 代表理事を務める小泉秀樹氏(東京大学教授)は、新団体のコンセプトが「渋谷の可能性から世界の未来を考え、実行するためのハブになること」と説明する。都市における先端性や、渋谷への愛着の育み方、海外の大都市にも負けないブランド力の構築といった中核となる価値観を踏まえつつ、5つの事業を進めていく。そうした事業のうち1つが「都市体験デザイン」と呼ばれるもので、たとえば2020年の商用化が見込まれる携帯電話の5Gネットワークを活用するプロジェクトのデザインなどが含まれる。

小泉代表理事が渋谷未来デザインを紹介
最先端テクノロジーの社会実証実験も進められる

 NTTドコモ取締役常務執行役員で、法人ビジネス本部長の古川浩司氏は
「渋谷は斬新な情報発信の基地。5Gを十分に活用できる空間で、スポーツや音楽イベントでも5Gを活用して、渋谷を盛り上げて行けたらと考えている。先進的な事例を東京だけではなく全国にも展開したい」と意気込んだ。具体的なプロジェクトはまだこれからだが、渋谷未来デザインの2018年度における重要プロジェクトの1つに含まれている。

渋谷のこれからを語るパネルディスカッション

 25日の記者説明会では、新団体でアドバイザーとして携わる“フューチャーデザイナー”のうち、ロフトワーク代表取締役の林千晶氏、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授の夏野剛氏、EVERY DAY IS THE DAY共同代表の佐藤夏生氏によるパネルディスカッションが行われた。司会は渋谷未来デザイン理事の1人で、渋谷区観光協会理事長の金山淳吾氏。

――まずは大きな題材として「社会の未来」はどう作るべきか、3人の意見を教えてください。

林氏
 今は「毛細血管をデザインする」時代だと思っています。これまでは新幹線や大きなビルを作ってきましたが、今は1つ1つの毛細血管からいろんな情報が来る。渋谷で言うと路地裏みたいなものが“毛細血管”であり、それらと中心が繋がっていく。技術的、社会インフラ的にも多様だということで、どれだけロスせずに社会を面白くできるのではないか。

佐藤氏
 「課題より可能性」と未来を捉えている。企業経営にしろ行政にしろ、課題はわかりやすく予算や人員をあてやすい。それは間違いではなく進めていくにしても、課題解決よりも、「今見えていないことがあるはず」という可能性が社会を前進させるのではないか。課題よりももっとわくわくすることを考える思考になれれば、見えていなかったことが見えてくる。そこに注目したり興味を持つことで、なかったものが生まれる。

夏野氏
 未来の作り方は20世紀と21世紀で完全に異なっている。20世紀は積み上げで、できることが増えていって、その結果だった。しかし今はテクノロジーの進化が早く夢を描くといくらでも実現できる。つまり「未来の社会をどうしたいか」という意思のほうが大事。これまでの日本の組織は佐藤氏が触れたように課題を解決する形で昔はいち早く何かを解決するためにテクノロジーを描いていたが、これからは未来図を描けていないとテクノロジーを活用できないし、テクノロジーに圧倒されて社会制度が追いついていかない。フィーチャーデザイナーとして、こういう社会にしたいと描いていきたい。

――今回台本がないのですが、さすがですね。消費されるために場を作り、飽きるとアップデートしていくといういたちごっこだった。今度は使われる場を作るという、デジタルで言えばアジャイル的な形のように思える。

夏野氏
 需要にミートするというか、「欲しいものを実現する」では遅くなる。

林氏
 課題がもうない。海外から観て日本がなぜイノベーション起きないかというと生活がそこそこ豊かだから。イノベーションを起こさなくても不満がない。これまでは、お手本があってそこへ向かっていくのは得意だったが、これからはお手本がなく作っていく時代で、発想がまったく変わってくる。

夏野氏
 ビジョンだよね。こうしたいという意思が大事。

林氏
 そうなると誰がビジョンを作るのか。今まで国や行政だったとすれば、21世紀は誰が作るのか。

佐藤氏
 みんなうまいこといいますね(笑)。昔は、税金でどう整備するということが多かった。しかし税の限度があって、どう街作りしていくか。誰かがリーダーではなく、ビジョンのもとに共創という考え方ではないか。区長が偉いのではなく、アイデアのもとで社会が前進していくのかなと思う。

――では次のキーワード「渋谷の可能性」を考えたい。

夏野氏
 渋谷はカオス的な感じが素晴らしい。若干、東口のビルのデザインがバラバラだと思うけど、テクノロジーの進化で、カオスのままでも秩序を保てる。センサーをたくさん置けば安心できるし、グーグルマップでナビされて導線もわかる。

 21世紀にふさわしい街だと思う。世界のベンチマークになる大都会。ここでビジョンを提唱するのはシンボリック。日本や東京の前に渋谷の未来を語るのはリアリティがある。

――台本もないのに、ここまで描いてくださってありがとうございます(笑)。

林氏
 今まで何かをしたときに、いわゆるマーケティングでは、一番中心の8割が良いことを知りたかった。でも、今どうやってイノベーションを起こすのか。それはエクストリーム(極端)を拾うこと。それはものすごくこだわっていること、逆にものすごく不満に思われていることからイノベーションが生まれる。区長は大変だと思う。一件矛盾しているけど「違いを力」と言ってるから仕方がない。

長谷部区長
 「違いを力」に換えるのはまさにそう。未来を語るときにテクノロジーは外せないが、アナログ的なものがどう交わるか。たとえば昔から各神社にはお祭りがある。文化をどうテクノロジーと混ぜ合わせていくのかも課題。両極端が交わるのが渋谷の力。

佐藤氏
 私は文京区生まれで、よく母からは戻ってこないかと言われる。今は子育てに優しいとか、街の価値と土地の価値が分かれている。たとえば地方の駅前は、画一化しつつある。テクノロジーや経済は、違いをなくしてしまいそうなイメージがあるが、渋谷は流行の街のようでいて、子育てや音楽、おいしいものがあるなど、いろんなものがある。それが多様性の正体。いろんな文化が共存できることが未来への熱量になる。

――林さんも、別の場で似た話をしていましたね。

林氏
 クレームや苦情という言い回しを、渋谷区では、名称を変えたらどうでしょう。“違いの種”とか。なぜバスが遅いのかというクレームがあったとする。そうなると、バスの乗り方とか運行が変化かもしれない。クレームがイノベーションのネタ。クレームから変わっていく気がする。

――昔は“問題”と言われると答えを探したりイヤな気持ちになったりした。でも今は、たとえば「環境問題」と言えば、関心があるかどうかという見方になる。さて、次は「企業と行政の関わり方、周囲にいる市民の関係性がどう社会を前進させるのか」という話題を。

佐藤氏
 税金は住んでいる人をもとにしたもの。でも渋谷にある洋服屋に通い、渋谷が大好きという方の力をどう活かしていくのか。一般的に企業は、株価や売上が重要だが、世界ではテスラのように企業が社会をどう前進させるか、声高に言う面がある。ビジョンやクリエイティビティのようなものが、新しく政治やマーケティングを超えた街作りになるのではないか。

林氏
 いろんなもので、明確にあった(区切りの)線を解決してきたのが20世紀。でも線を引きすぎたと思う。取り払ってみると、意思を持った個の主体が浮かび上がってくるのではないか。意思を持ったグループがどれだけ動きやすくなるか。そのための基盤を提供できるか。行政や企業が引っ張っていく時代から、ゆるやかにシフトしていく。シェアリングエコノミーで言われているような形。今回、どこの線をなくせるか、実験できるのが楽しみ。

夏野氏
 企業にしかできないこと、行政にしかできないことはある。でもコラボレーションしたらものすごい力を発揮する。企業と行政の距離がもっと近く一体化していい。でも、活用していかないと、単なる癒着になる。そこはビジョンを掲げ、何を目指すのか確認して発信していく。渋谷未来デザインが「未来に対して、こうしていきたい」という意思を共有できる場になれれば、渋谷から新しい企業と行政の形を発信できるのではないか。

小泉代表理事
 「ビジョン」が重要なキーワードになっていく。いろんな人が適応していく。ビジョンをどう描くのかが、良い問いになっていく。僕が思うビジョンは、渋谷区が「違いは力」というコンセプトを打ち出す中で、どういう力を持つのか、具体的にどう描くのかが問われている。毛細血管の例があったけど、リゾーム(地下茎)構造というか、企業発、市民発、ワーカー(働く人)発のどれであってもビジョンを提案する。みんなで共有されたものが力強くなっていくことが重要。我々がやりたいことをするよりも、さまざまな人たちのアイデアや考えを戦わせて、共有できる強いコンセプトやビジョンを作っていくこと自体が、渋谷未来デザインに課されたテーマだと思う。

長谷部区長
 僕自身、企業で働いた経験があり、NPOを運営し、現在は行政。企業の時は行政は「お上」というイメージがあった。NPOのときには企業へもっと資金面での支援が欲しいと思ったり、行政に緩和を求めたかったりしたけど、壁があった。行政側に入ってみると、企業には思うままにやられちゃいけない、というディフェンシブな空気を感じる。しかしそれぞれのリソースを掛け合わせることが必要だとあらためて感じる。守るべきものは守りつつ、ディフェンシブな思考ばかりでは新しいものは生まれない。得点を取りに行くというか……今回、あえて言えば区としても投資している。企業からの投資もある。今後、それを食いつぶすのではなく、いろんなところから渋谷として収益を上げて、街に還元していく、というところまで踏み込めれば、かつての「壁」がなくなる。今回の話でみんなそう思っているんだなと感じた。

――渋谷未来デザインはまだ設立されたばかり。今後、何かあればぜひ教えてほしい。