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「歩きスマホ」とそのリスク、人間工学の実験から考える

 歩きながらスマートフォンを操作する、いわゆる「歩きスマホ」。駅などで啓発ポスターが掲げられ、少なくない人が「歩きスマホ」の危うさを感じている中、なぜ人は歩きスマホをしてしまうのか。そしてなぜ危険視されるのか。

 9日、人間工学の学術団体である日本人間工学会の安全人間工学研究部会が立教大学で「“歩きスマホ”に関する研究会」を開催。そこで披露された研究者の考えをご紹介しよう。

自分だけは大丈夫、とつい思ってしまう理由

加藤准教授

 これまで自転車に関する研究を続け、派生する形で、歩きスマホの研究にも着手したという加藤麻樹准教授(早稲田大学、人間工学)は、歩きスマホで事故に遭った経験がなければ、結果的に「まぁ大丈夫だろう」とバイアスがかかりがち、と指摘。危険視されながらも、「歩きスマホ=事故」にならないことがあるのは“周辺視野”、つまりなんとなく周辺を見ることができているためと解説する。

 そこで加藤准教授は、目に視野が狭くなるよう、穴を開けた黒いゴーグルをかけ、あえて周辺視野を遮った状態にして、歩きスマホでもまっすぐ歩けるかどうか検証してみた。もしスマートフォンを手にしていなければ、ゴーグルをかけていてもいなくても、ほぼまっすぐ歩けた。ところが視野を狭めてスマートフォンを操作しながらという状況であればどんどんズレが大きくなっていった。もちろんゴーグルをかけない場合でもスマートフォンを操作していれば、蛇行してしまうこともあらためてわかった。

 つまり周辺視野が制限されていても前が見えていればズレないが、歩きスマホが加わればまっすぐ歩けなくなる。普段の生活では、夜のような暗い環境ではリスクが高まると加藤准教授は語る。

 都心部などで暮らしている中では、周囲の風景に変化があり、なんとなく周辺を見ていることで、歩きスマホでも事故を避けてきた可能性がある。それでも操作に夢中になれば視野が狭まることはあるだろう。周辺視のおかげで、なんとなく気配を感じてうまく事故を避けてきたからとしても、やはり歩きスマホは安全とは言えないことが実験を通じてあらためて証明された形だ。

ひとりでもスマホがあれば

 何かをしながら、別のことをすると、それぞれへの注意は細部まで行き届かなくなる。芳賀繁教授(立教大学、心理学)は、いくつかのことを同時にこなす場合、注意力の資源には限りがある、と解説する。

芳賀教授
いくつか行った実験のひとつでは歩行とスマホ操作の注意力低下について交互作用がなかったという

 芳賀教授は、ここ数年、携帯電話と注意力に関する実験を重ねてきた。たとえばガラケーとも呼ばれるフィーチャーフォンと、タッチ操作のスマートフォンでは、スマートフォンのほうがより注意力を奪われることを実験でも確認した。そうした実験のひとつとして、歩きながらスマートフォンを操作する場合と、歩かずにスマートフォンを操作するという比較をしてみたところ、明確な違いが出なかった。

 ではなぜ歩きスマホが危険視されるのか――これに芳賀教授は、「ノートパソコンは歩きながら操作できないがスマートフォンは歩きながら使える。また友人と話しながら歩いていると注意力が下がることはあるが、スマートフォンは1人で居ても友人とコミュニケーションが取れる。これがスマートフォンの影響ではないか」と見解を示す。

 これまでの実験結果から、歩きスマホそのものが周辺への注意力を下げてしまうことは明白であり、これから社会に伝えていきたい、と芳賀教授。一方で、2014年頃から本格化した社会全体での啓発活動はあまり大きな効果を挙げていない。たとえば歩きタバコは禁止条例などもあって激減。歩きスマホについては、米国ハワイ・オアフ島でこの10月から一部地域の道路横断時に禁止されたものの、日本ではまだ法的な規制が取り入れられていない。芳賀教授は、迷惑だからやめよう、という働きかけも必要ではないか、としつつも、人間工学的なアプローチで「歩きスマホ」を抑制できる効果的な一手を模索したいとも語っていた。