インタビュー

アプリビジネスに乗り出したカシオの目算

アプリビジネスに乗り出したカシオの目算

20年来のコミュニケーションサービスへのこだわり

 時計、デジカメ、電卓、楽器など、ハードウェアメーカーとして知られるカシオ計算機が、2013年からモバイルアプリビジネスにも取り組み始めた。以前から同社ハードウェア製品の販促、機能補助という位置付けでスマートフォン向けのサポートアプリを提供してはいたが、利益を追求する形でアプリ単体でビジネス展開する動きはこれまでになかったものだ。

 2013年10月に曲のコード譜面作成を支援するiOSアプリ「Chordana Viewer」をリリースしたのを皮切りに、楽器演奏のテンポと音程をチェックするiOSアプリ「音楽練習ツール」と、往年のシンセサイザーCZを再現したiPadアプリ「CZ App for iPad」を立て続けに発表。さらに鼻歌から作曲できる「Chordana Composer」の公開が大きな話題となり、2015年3月にはテキストで頭出しできるiOS向けの「キーワード頭出し ボイスレコーダー」と、顔写真からキャライラストを自動生成する「撮ってキャラスタジオ」の2本も新たにリリースした。

 なぜここまでハイペースにオリジナルアプリ開発を進めているのだろうか。アプリ事業を主導する同社コンシューマ事業部 企画部 部長の石田氏にその理由と狙いを聞いた。

20年近く前に実現していた“誰から着信”が作曲アプリの礎に

カシオ計算機株式会社 羽村技術センター コンシューマ事業部 企画部 部長 石田 伸二郎氏

――直近では3月26日に「キーワード頭出し ボイスレコーダー」と「撮ってキャラスタジオ」の2本をリリースされましたが、そもそも単体ビジネスとしてアプリ開発を始めた理由は何だったのでしょうか。

石田氏
 以前、ケータイ Watchを見ていて、「OTT(Over The Top:通信事業者やISP以外のコンテンツ・サービスを提供する事業者)」という言葉を目にして、かなり衝撃を受けたんです。2013年までカシオ日立モバイルコミュニケーションズやNECカシオ モバイルコミュニケーションズでケータイやスマートフォンを開発してきましたが、ずっとキャリア向けの商品開発でしたので、そういう発想すらなかったんですね。

 キャリアのサービスを活用する端末を作って、その上でそれを活かしたアプリ・サービスをプリインストールする。そういう考えで取り組んでいたのに、スマートフォン開発から離れてみると、「OTT」というのがあって、すごいアプリが一杯あるじゃないかと。アプリ市場がどんどん伸びているので、そこにチャンスを見い出したいと考えました。

――具体的にはどのような戦略でアプリ開発をスタートしたのでしょう。

石田氏
 カシオとしては、アプリは自社ハードの機能補助や販促という考え方でやってきたものをビジネスにするわけなので、売れる物を考えなくてはいけない、というのが出発点でした。そこで、アプリビジネスを始めるにあたって、どういうやり方で、何をすればうまくいくか、大きく3つの視点で考えました。

 1つ目はアプリの企画。どのジャンルにどういうアプリを作ったらいいか。2つ目は開発面。どういうものをどういう作り方をしたら競争力があるものになるか。3つ目はマーケティング。お客様に情報を届けるにはどう拡散させればよいのか、というものです。

 ジャンルについては、カシオの既存事業にゆかりのある楽器、音楽、教育、そしてコミュニケーションが近しいと考えました。次にビジネスモデルですが、現在のアプリ市場を見ると、有料アプリは市場がシュリンクしている。そうすると、無料でアプリ内課金にするか、広告モデルのどちらか。

 有料アプリの市場規模は年率マイナス成長です。しかし、中身を詳しく見ていくと、音楽系、教育系、生産性向上系はまだ有償率が高いんですね。ここについては有料アプリでもいいかなと。

 そういう中で弊社の製品でもある電子辞書などに関係している教育・学習というジャンルで、競争力と市場性があり、スタンドアローンで使えるもの。それともう1つ、ハードウェア連携も大事です。カシオのいろいろな商品群との連携で相乗効果を狙っていくことも考える必要があります。

 そういうテーマでいくつか案出しした中で、今回公開した「キーワード頭出し ボイスレコーダー」や「撮ってキャラスタジオ」といったアプリの形になりました。

 「撮ってキャラスタジオ」については、スタンプの作成に止まらず、次世代のコミュニケーションアプリを目指したいとも思っています。

――携帯電話開発やモバイルコミュニケーションの経験をしてきたこともあって、コミュニケーションにはこだわりたいということですか?

石田氏
 キャリアごとにLinuxやSymbianなどをベースにプラットフォームを一生懸命作っていた時期があるじゃないですか。それがスマートフォン時代になって吹っ飛んでしまった。でも、LINEやFacebookなどのコミュニケーションアプリはOSにほとんど関係なくみんな使っていて、世界的に伸びている。であれば、そこを考えればいいんじゃないか、という風に今は思っています。実績を積み上げて強みを作り、それを活かしたコミュニケーションサービスにしたいなと。

――最終的にはそのコミュニケーションサービスを狙っていきたいと?

石田氏
 そうですね。カシオは、ポケベル、PHS、ケータイを通じて、モバイルでのコミュニケーション文化を作ってきたという自負があります。今日小道具を持ってきたんですが……。

ここで、1996年に発売されたポケベル「ArKiss」や、ダイヤルトーンを発声できるポケベル「NICOTO(ニコット)」、1997年発売のPHS「PH-450」、Pメール対応端末「PH-10(TeTe)」を取り出した石田氏

石田氏
 周波数がなくなっていたので電話をかけても使えないんですが(笑)、このArKissは絵文字対応のポケベルで、絵文字が送れるポケベルはカシオが一番最初に出したものなんです。高校生に大人気で、しかも“うんこマーク”が出せるのは我々の製品だけだった(笑)。テレメッセージのポケベルだけが出せるということで、高校生などはみんなテレメッセージにしたというくらい。これはマジメな話ですよ(笑)。

 それと、NICOTOというポケベルは、あらかじめキー入力して作っておいたメッセージを、電話の受話器に近づけてダイヤルトーンとして発声させて半自動入力できるようにする機能をもっています。これは“上級者”には人気のあった製品です。

 ArKissの話に戻ると、「自作メロディ機能」というのもあります。呼び出しがあった時にメロディを流せるんですけども、そのメロディを自分で作曲して鳴らせる。メロディを鳴らせるようにしたのもカシオが最初で、しかもメロディを自作できるようにしたんです。

「ArKiss」では呼び出し時のメロディの自作機能を備えていた
PHS「PH-450」は発信元の電話番号によって着信メロディを自動作曲して再生する機能をもつ

 さらにPHSでは、「テレネーム」というメッセージ機能を搭載し、ポケベル世代に人気になりました。さらにPH-450には「テレメロディ」という機能があって、発信者番号通知の番号に応じて着信メロディが自動で作曲されて流れるようになっています。実はこの機能を作ったのが、1月に発表した鼻歌から自動作曲するアプリ「Chordana Composer」の開発者なんです。

 1998年3月に発売した「PH-10 TeTe」では、3段階に動く絵を送信できる「エミーロ」機能を搭載し、人気モデルになりました。

――当時のノウハウが今に活きているわけですね。

石田氏
 何かをキーに曲を仕上げていくというのが共通しているわけですけれども、当時はまだ何らかのデータをダウンロードするという概念や仕組みがなかったので、着信メロディはプリセットしかなかった。でも、番号通知でメロディが変わるので、いわゆる“誰から着信”ができていたんです。決していい曲が作られるとは限らないのですが、電話がかかってくるとそのうち「このメロディは○○さんだ」というのが分かるようになる。そういう機能の走りだったわけです。

 こんなことをずっとやってきたこともあるので、いつの日かグローバルに通用するコミュニケーションアプリを提供したい。個人的にはそこがゴールとしてイメージしています。いろんなアプリを作る時にも、必ずそういうコミュニケーション的な要素を入れるようにしているんです。

 コミュニケーションという意味では、多くのスマートフォンユーザーの電話帳の連絡先一覧や友だちリストなどが、「撮ってキャラスタジオ」で作成したキャライラストで埋め尽くされて、着信画面にもみんなこのキャラが表示される、というのも実現したいですね。

――スマートフォンになって、SNSなどとの連携でアドレス帳の情報量が増えて使いやすさが損なわれてきているように思います。そこにうまくはまるというのは想像されるところではありますね。

石田氏
 Chordana Composerの方も、スマートフォンの着信メロディに登録できるようにして、自分のテーマ曲を作ってみんなに配るとかして、もう一度「着メロブーム」が起こせればと思っています。

“エンジン+市場創造型”でオリジナリティを追求する

――ハードウェアを作るのは時間がかかりますが、アプリはユーザーにウケるかどうかを含めて試しやすいというのはありそうです。

石田氏
 実際にアプリを作ったことでそういうのも分かったので、まずはカシオとして自信のあるものをどんどんやってみようと考えています。自信のある技術やアイデアを社員自身がアプリに仕上げてみてはどうかなと考えました。それがユーザーにウケたら継続するか、カシオのハードウェアに取り込むという選択肢も出てくる。ウケなかったら考え直して、次の研究をしよう。それでいいんじゃないかな、と。

 羽村(東京都羽村市にあるカシオの技術センター)の中にシリコンバレーを作るような感じでしょうか。それだと自由な発想でアイデアが出てきて、今のアプリビジネスにはプラスに働くんじゃないかと思っています。

――シリコンバレーだと他社と横の連携があったりもしますが、周囲のデベロッパーとの連携はどのように考えていますか。

石田氏
 カシオ計算機っていろんな商品作っていて、技術が一杯あるので、そういうのを組み合わせるだけでもまだまだいろいろできる。デジカメとか、時計とか、手をつけていないところも多いので、まずは事業部の中で連携し、それがうまくいけば全社に広げていきたいですね。他社との連携は、ある程度実績が出てから考えたいと思っています。

 ただ、外部の協力会社との連携については、必要な部分はお願いしてはいます。「撮ってキャラスタジオ」では「梅村高ソフトウェアデザイン」に似顔絵エンジンの開発に協力いただいていますし、開発効率を向上するために「エンバカデロ」の開発ツールも活用しています。

――アプリ開発部隊は自社が中心ということですが、経験を積まれた方が多いのですか? それとも若い世代が?

石田氏
 我々はけっこうおじさん(笑)、というか経験者が多いですね。組込系やサーバーの技術者を集めてやっています。エンバカデロのような開発ツールを使う場合、経験を積んできた人は「これだったらいけるかも」という感じになりますね。

――そういえば、御社がリリースされているアプリには何らかのエンジンが必ずひもづいていますね。

石田氏
 そこはけっこう重きを置いていて、簡単にまねできないものを作っていかなければならない。エンジンだけに、時々回してあげないとさびついてしまうし(笑)。ただのボイスレコーダーを出してもカシオのアプリを使う理由が分からないということになります。

 こだわっているのは、“エンジン+市場創造型”というところなんです。例えばボイスレコーダーをまだ使ったことのない学生が、キーワード検索機能がきっかけで使うようになれば、その市場を独占できる。そういう戦略も考えています。

――エンバカデロの開発言語はC++ですが、アプリをC++で開発するメリットもあるわけですか。

石田氏
 そうですね、このアプリのためだけにエンジンを作るってことはなかなかないんです。でも、組込系のハードウェア製品のために作っているエンジンというのは一杯あります。それはだいたいC++で開発していて、流用しやすいんです。

 今回のようなアプリが大きく発展していけば、逆にハードウェア製品に反映する可能性もあります。アプリで受け入れられた機能を既存製品に搭載するかもしれないですね。

――ハードウェア連携という意味では、IoTへの取り組みはいかがですか。

石田氏
 各部門で言葉としては出ていると思いますが、全社的にIoT時代にどうするかはこれからかなと。我々の部署がアドバルーンを揚げて引っ張っていけるようになれればと思っています。アプリでヒットを飛ばせば信用が出てきて、一緒にやろうと言ってくれる時が来るだろうと。これは1~2年かけてやろうかなと思っています。

――最後に、今後の予定についてお聞きしたいのですが、どれくらいの頻度でアプリをリリースしていくのでしょうか。

石田氏
 2カ月に1回のペースで出していきたい。何かしらニュースを発信できる状態にできればいいですね。

――本日はありがとうございました。

日沼諭史