インタビュー
生活者をリア充に~NFCを活用した街のIT基盤「+fooop!」
生活者をリア充に~NFCを活用した街のIT基盤「+fooop!」
最後の一等地で始まる街内ソーシャルグラフ、海外展開も視野に
(2013/2/25 09:00)
残された最後の一等地――と言われる場所がある。大阪(梅田)駅の北口駅前がそれだ。現在、再開発事業が進められており、4月にはいよいよ、先行開発地域がオープンを迎える。
大規模な街作り計画の中で、ITを活用した意欲的な取り組みが始まろうとしている。今回、実空間向けITプラットフォーム「+fooop!」(プラ・フープ、愛称フープ)を使った実験的な都市空間デザインの取り組みを取材した。
大阪駅北口エリアが「ソーシャルシティ」に
JR大阪駅と周辺の阪急・阪神・地下鉄駅は、1日辺りの平均乗降数が250万人に及ぶ西日本最大規模のターミナルだ。関西の中心と言えるこの大都市圏において、「梅田北ヤード」と呼ばれる駅の北側地区の再開発事業が進められている。
貨物駅だったこの場所が開発エリアに指定され、駅前一等地ながら24ヘクタール(東京ドームの約5.1倍、甲子園の約6.2倍)という広大な土地の都市開発が計画されている。特急「はるか」が停まる新駅も置かれる予定で、関西空港と直結するという。
梅田北ヤードのうち、駅にもっとも近い7ヘクタールの地域が先行開発エリアに指定されている。「グランフロント大阪」と呼ばれるこの地域は、不動産デベロッパーや銀行など12の事業者で開発が進められている。オフィスや商業施設のほか、研究機関などの最先端技術が集まり、このほかにホテルや分譲住宅などもある。
このグランフロント大阪では、街全体が1つのITプラットフォームを採用し、いわば「ソーシャルシティ」として機能する。
いわゆるソーシャルグラフという言葉は、Web上でのさまざまなコミュニケーションの相関関係を描く。つまりそれは、Web上における人間関係の縮図だ。グランフロント大阪では、街が1つのIT基盤を採用することで、「街内ソーシャルグラフ」を構築するという。
このプロジェクトの一端を担うのが、電通国際情報サービス(ISID)のオープンイノベーション研究所、通称イノラボ。2013年4月、グランフロント大阪のオープン時には、イノラボの+fooop!を使った新たな都市空間のあり方が示されることになる。
イノラボの位置測位技術
イノラボは、これまでに立命館大学やロームとともに、屋内向けの位置測位システム「Place Sticker」を開発している。これは、GPSでの位置測位が困難な屋内や地下エリアで、スマートフォンなどの位置情報サービスを提供する技術だ。
Wi-Fiの基地局(アクセスポイント)の仕組みを利用し、装置から送信されるビーコンをスマートフォンで受信することで位置を特定する。通信設備ではなく、Wi-Fi基地局を位置特定装置に限定利用することで、電力消費を抑えて運用できるという。
また、ISIDはソニーコンピューターサイエンス研究所のメンバーらが設立したクウジットにも資本参加しており、同社の技術も利用できる。クウジットは位置測位技術「PlaceEngine」をライセンス提供している。これは、スマートフォン側でWi-Fiの電波強度を検知し、アクセスポイントの場所と電波強度で位置を特定するというものだ。
イノラボでは、こうした位置測位技術などを活用して、スタンプラリーやナビゲーション、AR(拡張現実)コンテンツが提供できる街やイベント施設向けガイドアプリ「まちナビβ」を開発した。利用者の位置が把握できるため、導入する側も利用者の滞留時間やユーザーの行動解析が可能になる。
NFCを活用したIT基盤
――大阪駅の再開発事業で面白い取り組みが始まるそうですね。
ISID オープンイノベーション研究所 CPSフェロー 鈴木淳一氏
デパートなどの商業施設や病院などには、バラバラにITインフラが存在しています。大阪の先行開発区域の計画は、街全体に共通のITインフラを導入し、街を1つの大きなプラットフォームとして考えましょう、というものです。土地開発の最初の段階からITの利活用の検討に取り込んでおり2008年から参加しました。
ISID 執行役員 オープンイノベーション研究所長 渡邊信彦氏
スマートフォンが普及し、Wi-Fiの位置測位を使ってさまざまな情報が提供できる状況にあります。そのためのITプラットフォームを街がオープンする時点から配備し、ポイントカードとか、街の中の会員組織のようなものをすべてそこにリンケージさせていこうと取り組んでいます。いろいろなところでケータイを使った情報提供の基礎実験はされていると思いますが、おそらく常設でこれだけ大規模に、街自身が主導していくのは初めてではないでしょうか。
鈴木氏
大阪駅の北口から街の中を通る幹線には、およそ20m間隔でデジタルサイネージを並べます。サイネージ自体にNFCのリーダーライターとマルチタッチ対応のタッチパネルを装備しており、Webカメラも用意されています。インタラクション性のある、会話できるようなサイネージにしたいのです。
街の中には、お店の店長さんが持っているタブレットやスマートフォン、そして一般のお客さんの持っているスマートフォンもあります。持っていない人であれば、会社の入館証や、NFC対応のSuicaやPASMO、大阪でいうとICOCAなどをかざすことで本人の識別が可能になります。
街の悩み、価格コムで調べて楽天市場で買われてしまう
鈴木氏
これは長期の計画になりますが、常にNFCによってID認証されるような街になれば、WebにおけるECの発展のように、かなりCRM(Customer Relationship Management、顧客関係管理)に考慮したサービス設計ができるのではないかと思うんです。
不動産デベロッパーが、街を工夫して魅力的なものにしても、結局、価格比較サイトで調べてネット通販で買う、という消費パターンが浸透してしまっているために、街来客にとって街がショウウィンドウに過ぎない存在になりつつあります。
どうしたら街の中で消費してもらえるか。これまでの不動産開発は、商活動の活性化が重視され、欧州型の帰属意識の高い街のファンが生まれにくかった面があります。固定ファンがいないため、新しい施設ができるとみんなそっちに流れてしまいます。ならば、消費だけを目的とするのではなく、街ぐるみで好きになってもらうような出会いや気づきのある場所を作っていこうと考えました。
街内ソーシャルグラフを構築するIT基盤「+fooop!」
――そもそもどういったきっかけでプロジェクトが始まったのでしょうか。
渡邊氏
未来の街を作ろうという話になった時に、来街者向けのサービスを真剣にやっているところはありませんでした。スマートフォンの普及によって、今までcookieさえも嫌がっていたのに、なぜかチェックインしてタグ付けするという、これまでの感覚だとちょっと怖い機能を使うようになりました。もっとも全員使っているわけではありませんが、ある条件の中で情報を街に預けることを容認するような世の中になるのではないか、と考えたのが研究のきっかけです。
Facebookなどのおかげで位置情報を使ったいろいろなサービスが流行ってきて、いよいよ街を作ろうというのが今の状況です。
グランフロント大阪では、「街内ソーシャルグラフ」というものを取り入れています。Facebookで「いいね」したものが街の中で発動されても困ってしまいますよね。バーチャルで支持しているものを、仕事の同僚に知られたくないし、彼女と食事したいのに男同士で行くようなガッツリ系の店を紹介されても困ります。混雑している場所や、雨なのにオープンテラスも嫌ですよね。
要するに、リアルタイムの状況を加味してレコメンドしなければO2O(Online to Offline)は広がりません。また、O2Oの目的は最終的にコミュニティを作ることだと思うので、ちゃんとコミュニティが発生するようなインフラでないと使われません。そのためのソーシャルな仕組みを街全体に具備するのが+fooop!です。
街に入ると情報が自分好みに変化する
――+fooop!の街内ソーシャルグラフによって、どんな世界が生まれるのでしょうか。
渡邊氏
将来的な話になりますが、たとえば、いつも一緒にいてどうやら行く店が同じ。しかもちょっとオシャレな店で、たまにしか行かないところに行ったとすれば、友達ではなく恋人や家族、もしかして記念日かもしれないと類推できるようになります。
もちろん最初は気持ちが悪いので、いろいろ入力してもらう形になると思いますが、実はやろうと思えばかなりのことができる状況にあります。会員の人達に慣れてもらいながら、気持ち悪くないようにどう見せていくか、がポイントです。
目標としているのは、クーポンが飛んでくるのではなく、街に入るとサイネージやスマートフォンから得られる情報が知らないうちに自分好みのものになっている世界です。街ぐるみでそういった取り組みをやっていこうとしています。
モノからコトへの消費転換
――街と消費者をどうやってリンクさせるのでしょうか。
鈴木氏
大阪の街では、まずは街に来てもらって、会員の皆さんに気軽にタッチしてもらうことを考えています。NFC対応のカードでは、現実的に貸し借りも可能ですが、そこは、スマートフォンとカードのユーザーで情報のフェーズを分けて提供します。街を訪れた友達同士で、シェアや「いいね」できるような環境を構築します。
例えば、美味しいコーヒーを飲んだとして、これまではお店とコーヒーに「いいね」ができましたが、やっぱりコーヒーを飲んだベンチにも「いいね」したいですよね。コーヒーというモノを消費するだけではなく、コーヒーを飲むこと、つまり「コト消費」に繋げていけたらなと思っています。
これまでは街から客へ、一方通行でクーポンを提供していました。それが友達や彼氏彼女経由で情報を届ければ、スパムとして捨てられることなく試してもらえたり、見てもらえたりするのではないか、と思っています。
行動を類推する
――ユーザーの行動を類推して判定するのはなぜでしょう?
鈴木氏
まず、ソーシャルとの連携については、ユーザー側でその度合いを決められます。+fooop!には類推機能があり、ユーザーの属性について行動によって類推します。Gmailなどを登録する際も人は嘘をつきます。年齢や性別もそうです。であれば最初から類推してしまおうと考えたのです。
街には利便性だけでなく、心が通っているからこそ消費があります。ある人にとっては、店長からのクーポンはいらないが、同じクーポンが彼女経由で届けば受けるかもしれません。
また、たとえば上司とランチに行こうとなったとき、本人は肉が大好きでもベジタリアンの上司とはそこに行きません。両者の属性は異なりますが、この人はある人と一緒のときにはいつもと違う行動をする、それはどんな状況に置かれているからなのか、といったデータが取れることで、ECサイトのような購入履歴でレコメンドするだけでなく、ライフログに基づいた提案ができるようになります。
Facebookの友人が今どこにいるか
渡邊氏
こうしたデータが個々に解析できるようになるには、まだ時間がかかりますが、それを許してくれる街が大阪にできるんです。
これは打ち出していこうと思っているんですけど、公開範囲を街とすることで、Facebookの友達が街のどこにいるのかがわかるという仕組みを提供します。友達リストを公開してくれる人については、家族や友達のいる場所がわかります。待ち合わせする際にアイツまだここにいるよ、とかわかるわけです。予約した店舗側でもそれがわかります。
このようなツールを使った取り組みを続けていくと、たぶん1年ぐらいすれば慣れてくると思います。その頃にはデータも貯まってくるでしょうし、さらにいろいろなサービスが提供できるようになるのではないかと思います。
APIを公開してバリューチェーンを構築
渡邊氏
「+fooop!」には、「+」という文字が入っています。我々はAPIを公開しながら、どんどんサービスしたい事業者と繋がっていこうと思っています。5年間、街と契約していろいろなものを接続していく実験を展開していきたいと思っています。来年度は車を接続させようと思っていて、ネットワークに繋がったモビリティを提供していきます。
――街に来たくなるような仕掛けについて、どんなことを考えていますか。
渡邊氏
何度かキャンペーンをやっていくことで、周囲の人達を誘因していこうかと思っています。街を使った宝探しなども計画しています。
鈴木氏
タッチするハードルを下げるために、ソーシャルインスタレーションのようなものを展開していこうかと思っています。サイネージが30数個並んでいるので、どういう人がどこに集まっているか、ついに100歳の人がこの街に来たぞ! とか(笑) タッチするとそれに連動してアートっぽく見せるような工夫をしていく予定です。どういったインスタレーションであれば人が惹きつけられるのか、それも実験しながらやっていきたいですね。
スマートフォンとサイネージ、店長さんが持っている端末を連携して、Aさんが今から店に来るという情報を得て、Aさんはいつもどこに座っていたっけ? 誰と来ていたっけ? あ、Aさんはまだここにいるから、他のお客さんを長居させてもいいかもな、といったように、情報を把握すれば客単価を踏まえた展開も可能です。お店側にメリットがあるし、お客にとっても空間の広がりがある便利な街になるはずです。そこまで持っていけたらいいと思っています。
MWC2013に出展、世界へアピール
――今回、バルセロナで開催される「Mobile World Congress 2013」(MWC2013)で紹介するそうですね。この意図を教えてください。
渡邊氏
そもそも、このプラットフォームを横展開していこうと思っています。バルセロナに出展するのは、+fooop!を新興国の新しい街にしっかりアピールしていこうと考えたからです。
ISIDはこれまで、POSシステムやネットバンキング、CADといったエリアの違うところをやってきたので、モバイル分野でのネームバリューはありません。携帯電話ベースのアプリケーションを作っている企業とは違う立場にあるので、プラットフォームを一気に立ち上げたいと思います。まず、業界に知ってもらうためにも出展を決めました。
鈴木氏
我々は、スマートフォン単独での設計ではなく、街ぐるみでの開発となります。MWC2013はモバイルに特化したイベントですが、モバイルの利用方法を一緒に考えるためにも、今回不動産デベロッパーと一緒に参加します。そんなことって今までありませんでした。
ITと不動産デベロッパーが一緒になって街開発を未来的に変えて、これまで供給者目線だった街を、生活者の求めに応じた形にしていきたいです。それは、クーポンがあるし安いから来て! ではなく、20代女性ならこれを買いなさい! でもありません。街とモバイルが繋がることで、生活者が実空間で何を求めているのかがわかりやすくなり、おいしいコーヒーが飲みたい人に、よりおいしく飲めるベンチを伝えやすくなるのです。そのためには、より正確な位置測位が必要になります。
渡邊氏
+fooop!のようなプラットフォームは世界的にまだないもので、どこまでやるかは段階的になります。この仕組みを使って、アジアの新興国の街作りができたらと思っています。日本でも大阪だけでなく、名古屋や品川駅などの開発や、地域活性として、駅前地下街などですごく簡単に使えるツールが提供できるといいですね。スマートフォンは誰でも身につけているセンサーなので、これを使った情報サービスを積極的に展開していきます。
突き抜けるだけ突き抜ける
――ところで、なぜ大阪から始まるのでしょうか。再開発のタイミングと合致したということでしょうか。
渡邊氏
大阪の再開発事業では、世界の先端技術が集まる場所、というコンセプトがあります。それに対して、「だったら突き抜けるだけ突き抜けてみようよ」と言ってくれた担当者がいました。土地開発のデベロッパーはITに疎く、ITというとLANケーブルを引いておくといったところで終わってしまうような環境でした。
そんな中、たまたまITに明るい人がいて、突っ走ってみようと周りを説得してくれたのが大きかったですね。我々がちょっとヤバいんじゃないですかねぇ、と言おうものなら、「お前ら、責任とるのは俺たちだ」と言ってくれるんです。
とはいえ、このまま全てを実現すると我々は大赤字です。ある程度簡単に使えるプラットフォームにすることで、観光地やアニメの聖地巡りといった地域活性ツールとして、面白い展開ができるんじゃないかと思っています。
未来の街開発で街の復権なるか
鈴木氏
商業施設だけを作ろうとすれば、それこそクーポンやポイントを発行するだけになってしまいがちです。そうではなく、たとえば街に来たよということが病院でわかり、その待ち時間でカフェを利用したり、人間ドックを受けて1泊するためのホテルがあったり、といったようにサービスが連携していくのが便利です。
在勤者であれば、今日の会議の場所がわかり、呑み会の場所を検索することなく、NFCをかざせばわかる仕組みが便利です。スマートフォンを持っていない人でもカードをかざせば、あの人、今ここにいるからもうすぐ到着するね、というのがわかるなど、多くの人に優しくなれるんじゃないかと思うんです。
これはとても驚いたんですが、ホテルのルームキーを受け取り、それを街の他の場所でかざすと、スイートルームのお客さんなのか、過去に何十泊もしている常連客なのか他のお店の人がわかったらいい! と不動産デベロッパーから言われたことです。もちろん今、それを実現してしまうといろいろと厳しい面はあります。しかし、そういう我々が夢見るところは、実空間ではなかなか理解されにくいのですが、未来の街開発のモデルとして、大阪で実現できるわけです。
街を使っていて不便な部分はまだまだいっぱいあります。もちろん我々だけでは解決できませんから、得意としているベンチャーさんなどと組み、+fooop!でバリューチェーンを組んでサービス連携したいと考えています。
生活者を“リア充”に
鈴木氏
実は我々自身、街はなんでこんなに不便なんだろうと思っていました。ネットよりもむしろ実空間の方が便利だよね、人と会えるしね。というところを伝えていくことで、実空間が今よりも便利になり、街の復権ができるかなという想いもあります。それによって、最終的に満足するのは、“リア充”になる生活者なはずです。そこを目指して行きたいと思っています。
――最後に、バルセロナへの意気込みと、大阪での目標を聞かせてください。
鈴木氏
昔、ソニーのFeliCaがデビューしたとき、まるで無視されました。それを香港に持ちこみ、「Octopus」(香港のICカード型乗車券、八達通)として普及し、黒船的に日本に採用され、Suicaなどの今の状況があります。そういうモデルをバルセロナで描けるといいなと思います。
渡邊氏
大阪駅は1日250万人が乗降しており、1日10万人がこの街を訪れると想定されています。世界でもトップクラスの集客が見込まれる街です。その街の基盤として、目標としては100万会員を目指していきます。どうぞご期待ください。
――本日はありがとうございました。