インタビュー
データ通信用eSIMを購入・入手できる場所が増えるかも? 楽天コミュニケーションズが法人向けに展開する「eSIMプラン予約」機能の意外な効能
2025年1月21日 00:01
楽天コミュニケーションズ株式会社は1月15日、法人向けサービスでとある機能の追加を発表した。楽天モバイル回線網を利用したデータ通信サービスにおいて、eSIMをより手軽に、効率よく発行できるようになった。用途はさまざまだが、例えば通信事業を本業としないインバウンド関連の事業者が、訪日する観光客や労働者に対してプリペイド式の通信サービスを供給しやすくなったという。
新サービスの狙いについて、同社代表取締役COOの金子昌義氏、営業本部モバイルソリューションビジネス部の田中計氏(企画グループ マネージャー)にお話を伺った。聞き手はケータイ Watch編集長の関口聖。
在庫リスクなしでデータ通信専用eSIMを準備、課金は回線を有効化してから
まずインタビューの前提として、楽天コミュニケーションズの立ち位置を確認しておこう。同社は、固定回線式のIP電話サービスなどで知られるフュージョン・コミュニケーションズを源流とする企業で、現在は楽天モバイル株式会社の100%子会社にあたる。
楽天モバイルは、基地局建設を含めて独自の携帯電話網を構築し、一般消費者や法人向けに広くサービスを提供している。これに対して楽天コミュニケーションズは、楽天モバイルから回線の供給を受けつつ、独自の料金プランや機能でサービスを展開する、いわゆるMVNO(Mobile Virtual Network Operator)としての側面を持つ。
そして同時に、MVNOになりたい事業者向けに各種支援を行う、MVNE(Mobile Virtual Network Enabler)事業でも実績を積み重ねている。
今回発表された新機能「eSIMプラン予約」は、楽天自身によるMVNO事業、そしてMVNE事業を通じて間接的にエンドユーザーとも関係する機能である。詳細については別記事でも伝えているが、これまでも提供していたデータ通信サービスにおいて、eSIMの発行方法を拡充・改善するという部分が最大のトピックだ。
MVNO事業者はあらかじめ専用サイトなどでeSIM回線の発行を予約。その際に発行されるIDとパスワードを元に、エンドユーザーがeSIM発行手続きを行うと、その段階ではじめて各種料金が発生する。通常はeSIMを仕入れる段階で事業者にコストが発生するが、eSIMプラン予約ではユーザー手続きに連動しての課金となるため、在庫管理リスクはほぼない。
金子COOが強調、「eSIMプラン予約」でMVNOを在庫管理リスクから解放
──本日はよろしくお願いいたします。まずはサービスの概要をご説明いただけますか。
金子氏(以下、敬称略)
弊社では、楽天モバイル回線をベースに、楽天コミュニケーションズとしてのモバイルデータ通信サービスを広く提供しています。ごくシンプルなモバイル接続はもちろん、監視カメラやIoTでの運用を想定したプランなども用意していて、課金手段はポストペイドとプリペイド、どちらもサポートしています。
通信サービスをご利用になるにはSIMカードが必要になる訳ですが、従来からの物理SIMだけでなく、eSIMにも対応しています。このeSIMは、外国人の方を中心に、使い慣れている方が増えていると、最近感じています。
我々の顧客にあたるMVNOは、エンドユーザーの方々にサービスを提供するためにSIMを郵送したり、手渡したりしなければなりません。この点においてeSIMは、物理SIMと比べて輸送の手間も、在庫の気配りも不要です。ユーザーだけでなく、MVNO側もeSIMのメリットを感じはじめています。eSIMにどうやって付加価値を付けていこうか、今まさに考える段階になってきています。
──eSIMはすでに提供されていますが、今回の発表はどの点が新しいポイントになるでしょうか?
金子
これまではQRコード、メール配信、eSIMプロファイルのリンクダウンロードという、3つの発行手段を用意していました。例えばQRコード方式ですと、空港のカウンターなどでeSIMを販売する場合に適しています。規模の大きなECサイトであれば、プロファイルのリンクダウンロードを販売システムに組み込むこともできるでしょう。
これからは、4つ目の「eSIMプラン予約」がご利用いただけるようになります。エンドユーザーの見た目からすると、MVNO事業者からIDとパスワードを受け取り、専用のサイトにアクセスして、自ら手続きしてeSIM発行用のQRコードを取得してもらうかたちです。
従来の3つの方法では、MVNOの元へ我々がeSIMを納品したタイミングで、個別の課金が発生していました。しかし新しいeSIM予約であれば、(エンドユーザーが)QRコードを取得した時にはじめて課金が発生する仕組みになっています。
例えば普段は人がいないような場所で、なにか催事があった時だけ、プリペイド式データ通信SIMを販売したいとします。物理SIMでしたらその場まで輸送しなければいけませんし、(売れるかどうかに関わらず)SIM納品の時点で課金がスタートします。ですが新機能をご利用いただけば、eSIMの在庫リスクはありません。
最近ですと、海外からの旅行者の皆さんが、意外な観光地を訪れるケースも増えていますよね。そうした場所でもSIMを販売できるようになるかもしれません。(IDとパスワードだけなので)場所をとらず、在庫段階ではお金がかからない。これが新機能提供の目的です。
田中
他にも、例えば家電量販店などですと、吊り下げ式パッケージを店頭に並べておいて、お客様が購入時に物理SIMやeSIMとレジで引き換える仕組みになっているケースがあります。eSIMプラン予約があれば、そうした運用も変わるかもしれません。
金子の説明の繰り返しになりますが、普通ならMVNEからMVNOへのSIM引き渡し時に料金が発生するので、その時点で在庫リスクが発生します。どれくらい仕入れるかをきめ細かく、予測もしながら在庫管理をしないといけません。その点で頭が痛いとの声を、実際にパートナー企業の皆様から伺っています。
今回発表したeSIM予約機能であれば、MVNO事業者は“仮予約”をする感覚でIDとパスワードを取得しておき、これを実質的な在庫として扱えることになります。そして課金が発生するのはQRコードが専用サイトで発行された時──これが本サービスのユニークな点になります。
金子
ですので「3GBプランを沢山仕入れてみたけど、人気があったのは5GBプランだった」というようなことになっても、MVNO側は痛くないんです。
田中
空港でSIMを販売するシーンでは、これまでならカウンターでの対応が中心だったかと思います。ですがeSIM予約機能を応用すれば、空港の自販機でIDとパスワードを販売して、あとはお客様自身に手続きしてもらうといった運用もできる。そうした環境を作っていきたいと考えています。
販売システムの作り込みも不要、通信とは縁遠い企業がMVNOになれる道も?!
田中
もう少し付け加えますと、一般的にeSIMの提供にあたっては、販売システムの複雑な作り込みが不可欠でした。ですが、すべてのMVNO事業者がそれをできるとは限りません。高度な販売システムを準備しなくてもeSIMを提供できるというのも、新機能のポイントです。
──やはり、システムの構築はMVNOにとってかなりの負担なのでしょうか?
田中
そうですね、販売用に用意されているAPIなどを利用すれば、これまでもeSIM予約と似たサービスは実現できました。ですが、新サービスであればそうした手間がかかりません。
──この仕組みですと、通信のことをあまり知らない企業であっても、ある種、MVNOになることにも繋がりそうですね。もう少し具体的に、どんな事業者に使ってもらいたいか、エンドユーザーにはどんなメリットがありそうか、お聞かせください。
金子
まず、今は海外から来日・訪日される外国人の方が沢山いらっしゃっています。観光客、留学生、働かれる方…… そうした方々に通信サービスを提供しているMVNOは多くあって、弊社もお付き合いがあります。そうしたMVNOは、国内トップクラスのMVNOと比べてあまり名前は知られておらず、ITエンジニアの数も限られている。しかし、しっかりとビジネスを展開されている。そうした事業者が最大のターゲットです。
──例えば、ホテルの窓口などで宿泊客から「SIMが欲しい」と聞かれたら、周辺の携帯電話販売店を案内するのが普通だと思います。これが新機能を使えば、それこそホテル自らがMVNOとなって、eSIMを販売することもできますか?
金子
はい、おっしゃるように、(通信とは縁遠い)ホテル業界などの利用もあり得るでしょう。また、海外から労働者が沢山いらっしゃる企業が、MVNOになりたいというケースもすでにあります。「僕らも(誰でも)MVNOになれるのかな?」、そういう話に少しずつなってきています。
楽天モバイルが新規参入するごろの時期から、通信料金の値段を下げること、そしてMVNOの活性化が業界で大きな議論になってきました。通信料金の値下げは楽天モバイルが担い、MVNOの活性化は楽天コミュニケーションズで取り組む。そんな構図と言えるかもしれません。
田中
補足になりますが、取引のあるMVNOと意見交換する中で、海外ではeSIMの普及率が高いという話題は良く出ます。実際、訪日外国人だったり、長期滞在されてる海外労働者の方からは、物理SIMでなくeSIMを使いたい、そちらの方が慣れているという声は非常に多いようです。楽天コミュニケーションズがeSIMの提供を開始したのは2024年11月と遅めですが、そうした背景もありました。
MVNOを知る者として、きめ細かくMVNOをサポート
──従業員への回線提供を目的にMVNOになる場合の規模感ですが、それは1社で1000回線ぐらいを運用するイメージですか?
金子
いえ、(従業員向けは)もっと多いです。国際的な大企業が自社従業員向けに広く提供するイメージと言えばいいでしょうか。具体的な社名は出せませんが、実例はあります。
50、100、500回線くらいの規模でしたら、会社用の携帯を支給したりする方法もあります。しかし、それよりも多い数千の規模になってくると、どうしよう? という話になってくるようです。
ただ、eSIM予約機能を開発する上での直接のきっかけは、訪日外国人向けのサービス、という部分です。容易にMVNOになるための手段、としての狙いは、少し後になってからの発想でした。
──MVNOとしては、プリペイドeSIMを単に売ることもできますが、企業が従業員の福利厚生目的で無償で提供するとか、そうした運用もあり得ますか?
金子
はい、そこはもうアイデア次第で色々使ってみていただきたいです。
──MVNE事業を巡っては競合も多いと思いますが、楽天コミュニケーションズならではの強みとして、何をアピールされていますか?
金子
MVNOはMNO(Mobile Network Operator、楽天モバイルをはじめとした大手キャリア)と比べて、料金設定などの自由度が高いのが特徴です。通信量だったり、エンドユーザー向けのキャンペーンでこんな仕掛けをしたいとか、自由に発想できる中で、楽天コミュニケーションズは「サービスを一緒に作っていく」というスタンスです。これが強みだと思います。
もちろんMVNOにもそれぞれ個性があって、システムを自力でつくれるところもある。しかしその一方で、新しくMVNOにチャレンジされる企業も増えていて、それこそYoY(前年同期比)で10~20%増のペースです。そうした新しい方のご要望に、しっかり応えていきたいです。
田中
我々としては、(成熟企業か新興企業か)どちらかにサービスを振り切るよりは、各MVNOのスタイルにあったサービスをマルチにラインナップしていくという考えです。3GB、5GB、10GBのプランが通常であったとして、7GBや8GBがいい、いや50GBだとか、そうした要望にもスピーディーにお応えしている点が、MVNO事業者に喜ばれていると考えています。
──楽天コミュニケーションズとして、今後チャレンジしていきたい領域はありますか?
金子
楽天グループ内の色々な事業とのシナジーを活かすことです。(グループ代表の)三木谷(浩史氏)の意向もあって、かなり力を入れています。そうした中で楽天コミュニケーションズは、「携帯電話を使ってください」と単にアピールするのではなく、まず何かしたいことがあって、その実現のために楽天コミュニケーションズが使われている──そんな状態をクリエーションできないかと考えています。子供の見守りをしたり、訪問介護の為に機器が必要だというニーズがまずあって、そこで楽天コミュニケーションズやMVNOのサービスが自然に使われている。こういった事例を増やしていきたいです。
──数値目標を含め、もう少し具体的な目標はどのように設定されていますか?
金子
今ですと、楽天モバイルと楽天コミュニケーションズを繋いで出しているSIMはだいたい30万枚です。ポストペイドとプリペイドの比率は開示していないですが、このうちプリペイドを倍に増やす。そこは1つの目標です。
──つまり、プリペイドの成長余地はかなり高い?
金子
連日報道されていますが、訪日外国人は間違いなく増えています。それと留学生も、ですね。アジアの学生が、米国と比べて割安な日本を留学先に選ぶケースは増えています。明確に大きくなってきたマーケットを、やはり取りたいですね。
あと(国際的なサービスを提供したいというのは)楽天の社風かもしれません。オフィスでは本当に色々な国の方々が一緒に働いていて、お互いの力になりたいと頑張っている。それが発想の根っこかもしれません。
説明が遅れましたが、eSIM予約機能で使われる専用サイトは、英語表示にも対応しています。会社の公用語が英語ですから、そうした配慮はもう当たり前というか、わざわざ「他国語対応しよう」という以前に、自然に出てくる部分ですね。
業務で使ったデータ通信量の経費精算も、eSIMで簡単になる?
──eSIMプラン予約機能に限りませんが、今後はどのようなサービスを開発していきたいですか?
金子
弊社ではBYODサービスの「モバイルチョイス“050”」を提供しています。従業員の私有スマホに専用アプリを入れると、050の電話番号が割り当てられて発着信できるので、業務で利用した電話料金を個人分とは分けて計算できます。
最近は、このサービスをご利用になっている方から、「私有スマホで仕事目的のテザリングをしたとき、使ったギガを返してほしい」という声が多かったんです。
ですので、従業員の方はいつも通りスマホを使ってもらいつつ、楽天のeSIMを用意してもらって、そちらでテザリングして、請求を分けるのがいいのではないかと。
──物理SIMとeSIMの2枚同時運用ができるスマホは増えていますから、十分実現できそうです
金子
ここで使うeSIMを会社側が用意する方法もあります。実はeSIM予約機能の発表と同時に、eSIM対応のモバイルチョイス“050”もリリースしました。こちらもご注目いただければ。
……余談なんですが、官公庁の方はオフィスを出た先での仕事は出張という扱いになって、出張先での電話代も10円、20円という単位で経費精算するんだそうです。ある役所の方にモバイルチョイス“050”を紹介したら、(経理の手間が省けるということで)ビックリするぐらいのスピードで導入に至った、ということもありました(笑)
──サービスの提供価格だけでなく、利便性という別の価値が評価された、ということですね。
田中
我々は後発の事業者ですし、楽天モバイルのサービスの安さは大きなセールスポイントになっています。ただ、ユーザーの皆さんに便利に使っていたたくための工夫を精一杯、それもMVNOの方々のアイデアもお借りしながら形にしていきたいと考えており、eSIMプラン予約もその実例の1つになったと思います。そのスタイルで、競合他社とも戦っていきます。
──最後に、改めて金子さんから、楽天コミュニケーションズの中長期的な目標をお聞かせ頂けますか。
金子
楽天コミュニケーションズは多くのサービスを展開していますが、その1個1個が独立している面があります。これらをもう少し統合的に、点ではなく面でサービスをお客様に提案できるようにしてきたいですね。そのためには、技術に明るいプリセールス(受注前から技術サポートなどを行う人員)も増強する必要もあるので、少しずつ動き出しています。
──本日はありがとうございました。
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金子氏、田中氏が繰り返し指摘していたが、海外におけるeSIMの普及度は相当なレベルにあるようだ。eSIMは実際に利用してみると、複数枚を端末に保存して柔軟に切り替えられたり、ユーザーメリットは多い。物理SIMとeSIMを併用できる端末も増えた。「eSIMプラン予約」機能で事業者側の在庫管理リスクも減るとなれば、一石二鳥だ。
国内在住者としては、仕事に使うデータ通信を分離・精算する手段としてのeSIM利用が魅力的に映る。毎月数千円の一定額を手当として受け取るよりも、通信手段そのものの提供を受けられるなら、ことはシンプルに収まる。
いずれにせよ、事業者側がこれだけeSIMを推しているとなれば、これまでにない形態のサービスも生まれてくるかもしれない。楽天コミュニケーションズがMVNO各社と協力してが今後どのようにサービスを育てていくのか、注目だ。