【MWC19 Barcelona】
「5Gはマラソン。これからも進化を続けていく」KDDI古賀氏インタビュー
2019年3月4日 12:28
2月25日からスペイン・バルセロナで開催された「MWC19 Barcelona」は、世界中の携帯電話事業者によって構成される「GSMA(GSM Assosiation)」主催のイベントだ。
GSMAでは携帯電話事業者が抱える課題などが話し合われる一方、通信技術の規格化や標準化も進められており、今回の「5G」の標準化にも関わっている。KDDIのGSMAでのさまざまな活動に携わる技術統括本部 技術企画本部 標準化推進室長の古賀正章氏にお話をうかがった。
――今年のMWCはいよいよ本格的に5Gが見えてきたという印象で、各社の説明も具体的になってきました。その説明の中で、よく耳にするのが「SA(スタンドアローン)」と「NSA(ノンスタンドアローン)」という言葉です。これを少しわかりやすく教えていただけますか?
古賀氏
5Gは新しい通信技術、通信規格ですが、多くの通信事業者は既存のLTEによるネットワークも運用しています。SAは5Gのみでネットワークを構成するモードで、NSAはLTEなどの既存のネットワークと併用するモードになります。
ほとんどの事業者はLTEのサービスをすでに10年近く運用していて、非常に良い品質のサービスが提供されています。5Gのネットワークも既存のLTEの運用設備で制御することで、サービス開始の初日から安定して利用できます。
5Gという新しい技術が登場したことですべてが置き換わるわけではなく、現在のLTEの端末も設備もそのまま使い続けられ、徐々に移行していくと思われます。LTEについては2030年頃でも普通に使われているんじゃないかという人もいるくらいなので、「NSAだからダメ」といったことはないと思います。
――そうなると、5Gの特徴である大容量や低遅延を最大限に発揮するには、SAでの運用が必要ですよね? たとえば、コンシューマーが利用するネットワークはNSA、スタジアムソリューションのようなB2BのサービスはSAといった使い分けをするのでしょうか?
古賀氏
そうですね。そういった使い分けをすることもできます。ただ、世界中の多くのオペレーター(携帯電話事業者)は、どちらで構築するのか、どのように運用していくのかは決め切れておらず、とりあえずはNSAではじめてみようかと考えているのが実状だと思います。
――SAの方がきれいなネットワークというか、効率がいいので、通信方式が10年周期で変わってきていることを考慮すると、今から十数年後に置き換わっているかもしれないという解釈でいいのでしょうか?
古賀氏
そう見てもいいと思います。よく「5Gはマラソン」と表現されることがあるのですが、5G一色になるのはだいぶ時間がかかるだろうと考えられています。
――長い目で見ると、いずれ5G一色になっていくものなんですか?
古賀氏
そこはハッキリと言えないのですが、過去の技術を振り返ってみると、LTEを標準化するとき、我々は最大1Gbpsを目標に作ったんです。
当時、そもそもの話として、「1Gbpsの通信速度なんて使うの?」と言われたこともありましたが、CA(キャリアアグリゲーション)の技術が登場したことで、1Gbpsを達成できました。CAについても、当初は「せいぜい2CA(2波を束ねる)くらい」と考えていたら、今や5CAも登場している。
こうした流れを振り返ると、5Gが今掲げていることも、10年後であれば実現できるのかなという気がします。個人的な見方ですけど、通信技術が標準化されて、10年で実現されて、その頃には次の世代の技術が動きはじめていて……という感じの流れになりそうですね。
――コンシューマーとしては、5Gがスタートして、徐々に身近な存在になっていくと思っていればいいんですよね?
古賀氏
そうだと思います。5Gで描いている世界は、時間をかけて徐々に実現し、世代交代していくというイメージですね。我々も一歩ずつ、5Gをより良くしていこうと考えています。
――昨年のMWCでは世界データ定額の海外の携帯電話事業者での反響などもうかがいましたが、auのサービスとして、この1年間の反響や利用動向はどうでしょうか?
古賀氏
おかげさまで順調に伸びてきていて、2017年に比べ、2018年は約6割増という状況です。お客さんからの反響も非常に良く、「実際に使ってみて良かった」「もう一回使ってみたい」という声を数多くいただいています。
――利用状況を見ると、やはり8月と9月が多いんですね。
古賀氏
そうですね。国際ローミングのサービスはどうしても季節変動が大きくて、夏休みシーズンはご利用が増えます。
――その時期を狙って、キャンペーンなども実施されているのですね。
古賀氏
それもありますが、今年は早速、2月22日から3月末までのシーズンにキャンペーンを実施しています。
――まるで、MWCを取材する我々をターゲットにしたようなキャンペーンで(笑)、非常に助かりました。
古賀氏
それもありますが(笑)、この時期は春休みで卒業旅行のシーズンでもあるのでぜひお使いいただきたいと思い、キャンペーンを実施しました。やっぱり、認知度を上げることが大切なんですね。「一度使ってみたら、こんなに便利だった」という声をうかがっているので、とにかく一度、体験していただくことが大事ですね。
――実際に、どのような方がお使いになっているのかは見えにくいのでしょうか? ビジネスが多い、個人旅行が多いなどの区分はわかりますか?
広報担当
ご利用いただいた旅行が個人の旅行なのか、出張なのかは把握できていないのですが、法人契約の場合は従来のダブル定額が多いという傾向があります。これは、法人契約は個人契約と内容が違い、au STARなどが利用できない側面も影響しています。
――昨年、auの世界データ定額がGSMAでも注目されたというお話がありましたが、世界的に見てこういったサービスは拡がってきているのでしょうか?
古賀氏
ローミングについては元々、欧州では根付いていますし、2017年からEU内ローミング料金の撤廃の話もありましたから、普段、自国で利用しているときと同じように、海外でも使えるという動きは拡がっていると言えます。
――最近、海外での利用については、eSIMでのサービスをはじめ、クラウドSIMなど、ローミングとは違う方法が注目を集めています。携帯電話事業者としてどのように見ておられますか?
古賀氏
eSIMについてはM2M用とコンシューマー用の2つがあるのですが、元々M2M用として作ったものがあり、そこからコンシューマー用を作った経緯があります。
M2M用については世界の規制でパーマネントローミング(安い国で契約して、自国に戻った後もローミングで使い続ける行為)ができないなどの制約があります。M2M用というか、実際の機器ではIoTということになりますが、これはeSIMを上手に活用して、どんどん普及させていきたいと考えています。
コンシューマー用については、現状のSIMカードによる運用でも利便性は確保されていて、eSIMにすることによるメリットがあまり見えていないので、それほど積極的ではないですね。
――ローミングについては契約国と渡航先の携帯電話事業者で利益を分配するような形になりますが、eSIMの場合、iPadなどを例に考えると、インバウンドのお客さんを狙える形になるので、携帯電話事業者間の利益の奪い合いのようなことにはならないのですか?
古賀氏
コンシューマの機器にeSIMを入れていこう、サービスを提供していこうという動きはそれほど見受けられないですね。今は各社が認知度を上げて、ローミングをより使いやすく拡げて行こうという状況だと思います。
――国内では昨年、RCSを利用した「+メッセージ」のサービスを主要3社で開始しました。今回のMWCではあまりRCSに関する発表や動きが見られないのが気になります。
古賀氏
これはGSMAとしての事情もあるようで、今回のMWCでは5Gにフォーカスしたので、RCSについての話題が少なかったんだと思います。もしかすると、GSMAが運営するMWC上海など、今後のイベントでは取り上げられるかもしれません。
RCSについては、今のところ、個人間のSMSの上位バージョンという位置付けになっていますが、今後は「A2P(Application 2 Person)」での利用が検討されています。
携帯電話番号を利用した二段階認証と同じように、サーバー上のアプリケーションからユーザーにメッセージを送ることで、何か情報を提供したり、操作をしてもらうといった使い方があります。
GSMAでは「MaaP(Messaging as a Platform)」などと表現されたりして、Googleさんやサムスンさんなども議論に参加されています。将来的に各携帯電話事業者がマネタイズするときのツールにならないかと考えているわけです。
――現在のプラスメッセージは主要3社間のみでやり取りができますが、今後、MVNO各社にも拡大できる可能性はあるのでしょうか?
古賀氏
検討はしていると思います。要望があれば、受け入れていくはずです。RCSは先ほども説明したように、世界中の携帯電話事業者に拡げて行こうという位置付けの技術ですから、特に制限はないと思いますよ。現在、欧米や韓国などでは着実に利用が拡大していますから、世界的に増えていくと思います。
――今、5Gのスタートが近づいてきたわけですが、次の世代、たとえば6Gの議論はもう始まっているのでしょうか?
古賀氏
KDDIとしては研究所があるので、そこで技術開発には取り組んでいます。世界的に6Gへ向けた動きがあるかというと、そうでもないと思います。
お話ししたように、5Gはこれから徐々に進化するわけですから、6Gはまだ研究をはじめる段階と見ていいと思います。5Gを作った側の立場として考えると、短期間でまとまって標準化したので、これから完成度を高めていかないといけないですね。オペレーターだけでなく、メーカーや関連各社で完成度を高めていく必要があります。
――今後、現在のLTEと同じくらい5Gが主流になるのは、世界的にいつ頃だとお考えですか?
古賀氏
今時点で、将来を予測することは難しいですけど、今回のMWCの各社のブースを見ても5G一色ですよね。GSMAは携帯電話事業者を中心に構成されていますが、日本のように4G導入済みのところもあれば、なかには4Gをまだ導入していない国と地域もあります。ただ、共通認識として、みんな5Gに向かおうとしているのが今までと違うところですね。
今までの世代と違って、みんながバラバラになっている印象がなく、展開するスピードに差があるものの、同じ方向を向いている印象です。これから5Gそのものが進化していきますが、どれくらいのスピードで進化していくのかによっても世界的な拡がりも違ってきそうです。「5Gマラソン」という言葉もありましたけど、今の時点で予想は難しいですね。
――3Gのときは日米欧で技術を争った記憶がありますが、今回はどうも米中の政治的な争いが背景にあるように見えます。5G導入の足かせにならないでしょうか。
古賀氏
なかなか答えにくい話で、みなさんが表で話すのは難しい感じになっていますよね。ただ、3Gや4Gの時代は標準化までに競争もありましたが、標準化の後も複数の陣営があって、お互いに競争することで進化を遂げることができました。ところが、5Gは競合の技術がないので、今ひとつ全体をドライブするようなスピード感が少ないかもしれません。
――他社の話になりますが、新規に参入される楽天が仮想化技術を活かして、携帯電話のネットワークを構築しようとしています。この仮想化はどう捉えればいいのでしょうか?
古賀氏
今回のMWCでは5Gのユースケースを説明するものが多いですね。でも、そのユースケースを実現するための技術があまり説明されていません。アピールが少ないというか、裏側があまり見えていないですよね。もちろん、意図的な部分はあると思いますが……。
そんな中で、仮想化は非常に重要な技術です。5Gでは高い周波数帯域を使うので、それを有効活用するために必要なのがアンテナ技術のMassive MIMO、もうひとつが仮想化になります。
5Gは新しい技術ですが、これまでの世代の技術と同じように、共通の電波をみんなでシェアしながら使うことになります。これをどれだけ柔軟に運用するか、法人や個人のお客さんにリソースを柔軟に割り当てていくかが5Gの肝になります。たとえば、5Gでは低遅延が謳われていますが、これも仮想化技術があって、実現できるわけです。
――4Gまでは3GPPのReleaseいくつが出たから、リプレイスしていくという感じでしたが、5Gではどういう形で進化していくのでしょうか?
古賀氏
モバイルのネットワークはコアネットワークと無線アクセスネットワーク(RAN/Radio Access Network)で構成されているのですが、コアネットワークは3GPPのRel.15で大きくアーキテクチャが変わります。
従来のアーキテクチャはGSM時代から引き継いできたものなのですが、最近の技術開発の手法などが変わってきていることを踏まえ、こうした標準化も合わせていこうというわけです。ただ、アーキテクチャの話はRel.15の議論の途中で出てきたので、引き続き、Rel.16でも見直されることになります。
一方、無線アクセスネットワークについては、今回のMWCでも「O-RAN(Open Radio Access Network)」が話題になっています。これは無線アクセスネットワークを仮想化することで、前述のように柔軟な運用ができるようにしようとしているわけですが、無線の部分はやはりハードルがかなり高いのです。
まず最初のステップとして、仮想化をはじめる前にインターフェイスのオープン化が必要だろうということで、現在は無線や制御などのインターフェイスをオープン化するための議論を進めています。
これがまとまってくると、いよいよ仮想化技術を本格的に取り入れることができます。部分的に仮想化することはすでに取り組んでいるオペレーターさんもいらっしゃいますが、ネットワーク全体を仮想化する標準は、今まさに議論が進められている状況です。冒頭からお話ししてきたように、5Gは進化を続けるというのはこういう部分も含まれているんですね。
――本日はありがとうございました。