【Mobile World Congress 2018】

auの「世界データ定額」が世界に評価された理由

 2月26日からスペイン・バルセロナで開催されているモバイル業界最大の展示会「Mobile World Congress 2018(MWC2018)」は、世界各国の携帯電話事業者などを中心に構成された「GSMA(GSM Assosiation)」によって、運営されている。GSMAでは携帯電話に関連するさまざまな通信技術の標準化や各事業者が抱える課題などについて話し合われているが、そこでauの「世界データ定額」が評価されているとのことで、KDDIの技術統括本部 技術開発本部 標準化推進室長の古賀正章氏にお話をうかがった。

昨年に引き続き、お話をうかがったKDDIの技術統括本部 技術開発本部 標準化推進室長の古賀正章氏

auの「世界データ定額」が海外で評価されている?

 毎年、この時期に開催されるMWCには、世界中からモバイル業界の関係者が訪れる。日本も携帯電話事業者ではNTTドコモが出展するほか、KDDIやソフトバンクの関係者も会場を訪れている。

 今回のバルセロナ取材のように、日本から海外に渡航したとき、気になるのがスマートフォンの利用だ。モバイルWi-Fiルーターをレンタルしたり、現地でプリペイドSIMカードを購入する人もいるが、やはり、もっともベーシックな方法と言えば、国内のスマートフォンをそのまま、海外で利用する国際ローミングだ。ただ、かつては1日あたり最大2980円の料金がかかったため、国際ローミングでの利用を敬遠するユーザーも多く、「海外で利用する=高額請求」といったイメージを持たれているケースも少なくない。

 こうした状況に対し、auが2016年7月から提供を開始した「世界データ定額」は、24時間980円という利用料で、データ通信量は国内で契約しているデータ定額のデータ容量から差し引くという仕組みを採用している。ユーザーがスマートフォンのアプリ、もしくはWebページで「利用開始」をタップしてから24時間利用でき、24時間後には自動的にデータ通信が終了するため、使いすぎる心配がないサービスとして、好評を得ている。本誌では何度となく、取り上げられているので、すでに海外で利用したことがあるユーザーも多いだろう。KDDIの古賀氏によれば、実はこの世界データ定額がGSMA内で評価されているのだという。

――世界データ定額はauが提供する国内向けのサービスですが、GSMAで評価されているというのは、どういうことなのですか?

古賀氏
 GSMAでは通信技術の標準化などのほかに、世界各国の携帯電話事業者などがそれぞれに抱える課題などを議論しているのですが、その取り組みの中で「世界データ定額が“ベストプラクティス”として評価された」という話です。

 携帯電話事業者はよく「レピュテーションが低い」と言われることがあります。レピュテーションとは企業に対する外部からの評価、評判といった意味で、つまり、これが否定的な評価を受けることが多いということですね。このレピュテーションを上げるために、GSMA内の各事業者の間でも「ユーザー体験が大切」「お客さんに対し、ペインポイント(頭の痛いこと、悩みのタネなどの意)があるのは良くない」と言われています。

――ユーザーが快適に使いたい、トラブルなく使いたいと思うのは、世界共通ということですか。

古賀氏
 そうですね。このレピュテーションを上げるための改善点のひとつに、ローミングが挙げられています。日本ではケータイ時代に「パケ死」(パケット通信料がかさんでしまい、高額の請求を受けること)という言葉が使われていましたが、実は海外でも「Bill Shock(ビルショック)」と表現され、現在でもよく問題になっています。

――最近ではデータパックで利用できるデータ量が決まっているので、「ギガが足りない」といわれますね。

古賀氏
 海外の場合、国と地域によって違いますが、欧州などは地続きでいろいろな国と地域があるので、実はローミングで「Bill Shock」が起きるわけです。かつて、日本で「海外で使ったら、高額請求が来て、驚いた」という話がありましたが、隣の国と地域が近いだけに、頻繁に起きてしまう可能性があるわけです。実は、携帯電話事業者の関係者も実際に高額請求を受けて、驚いたなんていう話もあるくらいです。

――なるほど。だから、「世界データ定額」が不満解消の好事例になっているということですか?

古賀氏
 そうなんです。好きなタイミングでローミングのデータ通信を開始し、24時間後に自動的に通信が終了するので、安心して使え、「Bill Shock」を回避できるわけです。しかも「高額請求を受けたくないから使わない。機内モードにする。電源を切る」という後ろ向きの回避策ではなく、「便利に使うためのサービス」であることも高評価の要因になっています。

――ローミングは日本だけでなく、海外でも課題になっていたわけですね。

古賀氏
 MWC 2018でも初日の基調講演で、GSMA議長のSunil Bharti Mittal氏がローミングに取り組んでいくと言及していましたが、それくらい共通の課題として認識されているわけです。こうした認識が持たれた背景には、元々、携帯電話事業者にとって、国際ローミングは収入源のひとつだったという事情があります。

 日本は3G以降に国際ローミングが一般的になりましたが、地域的な特性もあり、元々、ローミングの利用率はそれほど高くありません。これに対し、欧米各国では他の国と地域と隣接していることが多いため、ローミングは大きな収入源として認識されていました。

 ところが、欧州でも2015年にEU内ローミングの追加料金撤廃が決まっています。2017年6月からその運用がはじまったため、ローミングで収益を上げることが難しくなってきました。そこで、世界データ定額のような「使うための取り組み」が先行事例として、注目されたわけです。単純に料金体系だけでなく、アプリやWebページのユーザーインターフェイス、ユーザーが利用開始をしない限り、課金が始まらず、24時間で自動的に終了するという仕組みも評価されています。

――注目されたことで、具体的な影響はありましたか?

古賀氏
 もちろん、GSMA内で事例や状況を説明したり、情報を共有したりといった動きはありました。実は、GSMA内で制作した広報的な冊子に、事例として取り上げられたこともあります。(冊子を見せながら)このグラフは世界データ定額を開始するまで、月に数十件の問い合わせがあったものが数件に減ったということを表わしたものですが、世界各国の携帯電話事業者の取り組みの一例として、紹介されているわけです。こういった評価を経て、世界的にもKDDIの事例に近い形の国際ローミングのサービスを提供する事業者が増えてきているのが実状です。

GSMA内で配布されたローミングを取り上げる冊子にはKDDIの世界データ定額が紹介されている

――GSMAで日本の事例が注目されたり、話題になることは多いのでしょうか?

古賀氏
 モバイルの世界において、日本や韓国が先進的な地域であることは十分理解されていると思います。LTEネットワークの充実ぶりなどもそうですが、改めて説明するまでもないレベルですね。日本についてはKDDIやNTTドコモがどういう経験をしてきたかということもよく知られています。なかでもKDDIは少しユニークな会社として見られている部分がありますね。というのもここ数年、「ライフデザイン」というキーワードを掲げ、水や米なども売ろうとしているからです。ただ、こうした取り組みは海外でも増えていて、例えば、フランスのOrangeという事業者は銀行を運営しています。世界的にも「“Non-Telecom”の取り組みをやっていきましょう」という流れになっていて、日本のオペレーター(通信事業者)は先行事例として見られています。

――話は変わりますが、今回のMWC 2018では5Gの話題が多いですよね。

古賀氏
 5Gについては、まだ正式なプレスリリースが出ていないので、具体的に何も言えることがないのですが、商用サービスへ向けて、世界中が動き出していることは確かです。一方で、途上国などでは今ようやくLTEのネットワークが立ち上がったばかりというところもあり、国や地域によって、5Gに移行するのはもう少し先の将来になりそう、というところもあります。そのため、世界中で一気に5Gが動き出すという感じではなく、各社とも慎重に開発やトライアルを進めているという印象です。最近、「Beyond Connectivity(コネクティビティを超える)」という言葉をよく耳にするようになってきたのですが、5Gはこれまでのようなネットワークに接続するだけでなく、それ以上の何かをもたらすと考えている人が多いですね。

――5Gと並んで、ここ数年、IoTも注目を集めていますね。

古賀氏
 IoTを支える通信技術にはいろいろな種類がありますが、携帯電話事業者を中心としたGSMAでは、免許を交付された周波数帯を使い、安定した接続が実現できる「LTE-M」や「NB-IoT」をプロモートしていこうという姿勢です。もちろん、KDDIも同様で、すでにいくつかのサービスや機器を発表しています。つい最近、この2つの通信技術のうち、LTE-Mのロゴが決まり、GSMA内のブログに掲載されました。著作権などで、他のロゴと混同しないようなものということで調整されたデザインで、右側の「M」(LTE-Mの「M」は本来、Machine(機械)を表わす)は地球を表わしています。余談ですが、このLTE-Mのタスクフォースは弊社のToshi Wakayamaという者が副議長を務めています。

つい最近、GSMA内で決まった「LTE-M」のロゴ

――LTE-MとNB-IoTはよく混同されますね。

古賀氏
 そうかもしれません。LTE-Mは通常のLTEよりも通信速度が少し遅いのですが、ローパワーで動作し、乾電池で10年くらいは使うことができます。ハンドオーバーの技術もあり、クルマなどの移動にも利用できます。オンラインでのファームウェア更新に対応するなど、一般的な通信デバイスに近い使い勝手です。

 もうひとつのNB-IoTは「Narrow Band IoT」の略で、通信速度は数十kbpsと遅く、ハンドオーバーやファームウェアの更新のような技術もサポートされていませんが、デバイスが小型で、安価に設計できるという特徴があります。ガスや水道のメーターなど、データ通信量も少ない用途には、NB-IoTが向いていますね。IoTで世の中が変わると言われていますが、これらの通信技術が裏方のように、しっかりと社会を支えていく存在になるわけです。特に日本の場合、LTEの人口カバー率が99%以上ですから、こういった機器によるサービスが展開しやすいというメリットがあります。

――その他に、最近のGSMAでのトピックがあれば、教えてください。

古賀氏
 最初にお話しした「レピュテーションを上げる」という話題で言えば、GSMAは昨年、国連が掲げるSDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)の達成に、モバイル業界として支援する「Case For Change」というキャンペーンを開始しました。詳しくはWebサイトをご覧いただきたいのですが、携帯電話事業者も事業として収益を上げるだけでなく、社会のため、人のためにも活動していこうという考えから、世界中の携帯電話事業者が連帯して開始したプロジェクトです。国内ではNTTドコモさんと弊社が参加しています。GSMAにとっては、規格の標準化、世界データ定額のような事例の共有など、事業としての取り組みも大切ですが、社会の一員として、世の中に貢献するための裏方的な活動も大切になってきているのです。

――お忙しい中、本日はありがとうございました。