【Mobile World Congress 2017】

KDDIがグローバルで貢献する通信技術の標準化、その舞台裏とは

 MWC 2017において、NTTドコモはブースを出展し、ソフトバンクグループは孫正義代表取締役社長が基調講演に登壇するなど、表立った動きが目立っている。

 その一方でKDDIは、他社とは違った形で、MWCを運営するGSMAに携わっている。GSMAや3GPPといった業界団体で、さまざまな規格の標準化などに携わるKDDIの立場を、技術統括本部 技術開発本部 標準化推進室長の古賀正章氏に聞いた。

KDDIの古賀氏

5Gの標準化

――標準化という作業は、さまざまな通信などの規格作りをしているという意味ですか?

古賀氏
 わかりやすく言うと、そういうことになります。ただ、標準化はひとつのところで、すべてを決めているわけでなく、それぞれの規格によって、いろいろな団体が関わっています。

 たとえば、かつて、3Gの時代はW-CDMA/UMTS陣営は3GPP、CDMA2000 1X陣営は3GPP2といった形で分かれていましたが、現在は4G LTEが主流なので、3GPPの独壇場になり、ひとつにまとまりつつあります。これから本格化する5Gでは標準化のライバルがほぼ存在しない状態です。

 ちなみに、5Gは一般的に第5世代を意味する「“5th” Generation」の略称だと思われていますが、実は規格名も「5G」「5G NR(New Radio)」になっています。ただ、それだけじゃつまらないので、統一ロゴを作る話が持ち上がっていて、近々、お披露目されるはずです。

――標準化にはいろいろな作業がありますが、3GPPやGSMAは具体的にどういう分野を標準化しているのでしょうか。


古賀氏
 3GPPとGSMAでは標準化に関わる役割が少し違います。たとえば、通信の規格や技術的な仕様については、基本的に3GPPが標準化を担当しています。これまでもこのバージョンではこんな速度、このバージョンではこんな通信仕様を取り入れるといった形で進化を続けてきたので、みなさんもイメージしやすいと思います。

 これに対し、GSMAが担当しているのは事業者間の相互接続やローミングなど、事業者間のルール作りの部分が多いですね。GSMAは元々、GSMという第二世代の携帯電話の規格を採用するオペレーター(携帯電話事業者)の団体でしたが、3G、4G LTEと通信の規格の世代が進んだことで、世界中の携帯電話事業者が参加する団体へと成長しました。このGSMAで、会社で言うところの役員のような位置付けになるのがボードメンバーで、世界のオペレーター25社とGSMAの事務局の合計26名で構成されています。KDDIでは2013~2014年に取締役会長の小野寺正(当時は代表取締役会長)が選任され、今年1月から代表取締役社長の田中孝司が選ばれています。ボードメンバーは2年の任期で改選されるため、2018年まではボードメンバーの役割を担うことになります。

VoLTEの国際接続、今の課題は

――その他にはGSMAではどんな標準化が行われているのでしょうか?

古賀氏
 最近ではVoLTEのローミング推進に取り組んでいます。日本ではすでにVoLTEによる音声通話が提供されていて、海外でも音声通話は回線交換からVoLTEへの移行が進みつつあります。しかし、その一方で、IP電話やメッセンジャーなどの音声によるコミュニケーションンも増えてきているので、VoLTEの巻き返しを図ろうという考えですね。

 主な課題としては料金の精算をどうするかといったことが挙げられますが、技術的には国際接続の場合、回線交換に切り替えて接続しているのが実状で、VoLTE本来のIPネットワークによる接続ができていないため、その検証を続けているところです。

 また、eSIMもGSMAで標準化が行われている技術のひとつですね。eSIMについては3GPPでも標準化が進められていて、その一部は公開されていますが、GSMAで標準化が行われている部分については、契約情報などのデリケートな話題を含んでいるので、あまりお話ができません。簡単に契約情報などを書き換えられてしまっては、セキュリティ的にも問題がありますから、ある程度はオペ-レータ-側でコントロールする必要があるためです。

IoTとau ID

――最近の話題では、IoTの標準化もGSMAが関わっているのでしょうか?

古賀氏
 そうですね。GSMA内では主に2つの規格の標準化があります。ひとつは「LTE Cat-M1」と呼ばれているもので、Low Power Wide Area(LPWA) 技術のひとつです。送受信共に最大1Mbps程度のLTEによる通信が可能で、消費電力や待機を組み合わせることで、年単位での動作を可能にしています。

 もうひとつの規格が「NB-IoT」とよばれるもので、これはごく少量のデータをやり取りするのに適しています。使われ方もさまざまで、現在、世界各国で行なわれている実証実験では、パーキングスペースに埋め込んでおき、クルマの有無を検出する活用が試されています。私たちの生活の中で言えば、電気やガス、水道などのメーターに搭載するケースなどが想定されています。

 また、GSMAではこうしたIoTの規格標準化にあたり、さまざまなテストスペックを作り、一定のスペックを守られるようにしています。携帯電話やスマートフォンなどと違い、IoTではこれまでよりも格段に多い企業が製品を投入してくることが考えられるので、テストスペックを作ることも非常に重要なわけです。

――KDDIがGSMAに関わるうえで、評価されているポイントというのはどんなところでしょうか。

古賀氏
 いろいろな要素がありますが、少し特徴的なのがPersonal IDですね。弊社で言うところのau IDなのですが、各携帯電話事業者と契約したユーザーに、ユニークなIDを持ってもらい、さまざまなコンテンツや決済サービスに利用できるというものですが、日本だけでなく、世界の国と地域の携帯電話事業者も通信事業の伸びが鈍化している中、その成功事例として、au IDが認知されています。弊社の田中(田中孝司代表取締役社長)がボードメンバーに選ばれたのもau IDが成功していることが広く認知されているためです。

――3GPPの標準化で苦労されていることなどはありますか?

古賀氏
 そうですね。KDDIは元々、CDMAネットワークで運用していましたからCDMAからLTEに移行する流れは苦労しました。世界中のCDMAのオペレーターと協力して、解決しました。逆に、UMTS(W-CDMA)を採用する他社は比較的、スムーズに移行や構築ができたのではないでしょうか。また、現在のLTEでは複数の周波数帯を束ねて、データを伝送する「キャリアアグリゲーション」が一般的ですが、世界中の携帯電話事業者は割り当てられている周波数が異なります。そのため、標準化担当とネットワーク担当が連携しながら、作業を進めています。

2020年以降も見据えて

――通信技術という意味ではいよいよ本格的に5Gのことが語られるようになってきました。読者にわかりやすく説明していただけないでしょうか。

古賀氏
 5Gは3GからLTEに進化したときのような通信方式としての劇的なブレイクスルーはないのです。変調方式として、LTEやWiMAXでも採用された「OFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access/直交周波数分割多元接続)」が使われますが、LTEでは利用しなかった高い周波数帯域にも対応するため、アンテナそのものが短くなり、複数のアンテナで同時に送受信する「MIMO(Multiple Input Multiple Output)」をはじめとしたアンテナの技術が重要になってきます。

 時期としては先日もKDDIやNTTドコモさん、クアルコムさんなど、世界の22社が早期策定をアクセラレートするというプレスリリースを出しましたが、2020年のオリンピックイヤーがひとつの目安になります。ただし、総務省の5Gに対する周波数の割り当てはこれから決まるので、そういう意味ではもう少し先という見方もできますね。

 実際の規格化の流れとしては、2025年など、少し先まで見通した状態で、話が進められています。ただし、予想通りに行くかというと、そうでもなく、スマートフォンが突発的に普及したように、新しいニーズが突然、生まれてくるかもしれないので、しっかりと情勢を見極めていく必要があります。

世界の橋渡しを

――KDDIはどうして標準化に関わっているのでしょうか?

古賀氏
 まず、ひとつは先にもお話ししたように、世界中の携帯電話事業者で割り当てられている周波数が異なり、それぞれに特性も違います。割り当てられた周波数を上手に活用し、品質をしっかりと向上させて行くには、それぞれの規格や仕様を十分に理解する必要があります。その意味でも標準化に関わることは重要なのです。もし、標準化に関わらないと、携帯電話基地局やネットワーク設備などのベンダーからブラックボックスを買うことになってしまい、いざというときに何も対応できなくなってしまいます。


――標準化に携わることは楽しいですか?

古賀氏
 実際に、さまざまな標準化作業に携わってみると、ここには世界中の精鋭と呼ばれる人たちが集まっているので、非常に刺激的です。技術的にも世界のトップレベルの人たちと伍していかないと、標準化作業には携われません。そういう意味では技術者冥利に尽きるという見方もできます。

 たとえば、何かを決めるとき、KDDIとして、どうしたいか、何を伝えたいかなどをハッキリと伝える必要があります。だから、すべてが技術のみで語られているかというと、そうでもなく、普段の会社での活動などと同じように、人々とのコミュニケーションやネゴシエーション、根回し、時には多数派工作といったことも必要になります。いろんな意味で楽しく、刺激的な世界だと思いますよ。

――ありがとうございました。