本日の一品

Temuで買った500円のウォーターサーバーが実用性皆無でも物理法則の最高教材になった

 何かおかしいな……と、胸の奥で小さな警報が鳴っていた。しかし、海外の格安ECサイト「Temu」の画面に表示された、ワンコイン以下(500円未満)という価格の誘惑には勝てなかった。今回紹介するのは、市販のペットボトル飲料を逆さまに取り付けるだけで、手軽にホームパーティーやホームバー気分を味わえるという「ウォーターディスペンサー(飲料サーバー)」である。

リビングを彩るはずだった真っ赤なウォーターディスペンサー。実用性はいかに。

 高価なウォーターサーバーを導入するほどではないが、リビングにちょっとした非日常のエンターテインメントが欲しい。そんな軽い気持ちで購入したチープなプラスチックガジェットだったが、まさかこれが、現代の利便性を全否定し、筆者のリビングを「16世紀の物理実験室」へと変貌させる恐るべきブツだとは、その時は知る由もなかったのである。

 届いた製品は、目が覚めるような真っ赤なプラスチック製。構造は極めてシンプルで、キャップを外したペットボトルを逆さまにして本体のベース部分にねじ込むことで、初めて自立して安定するウォーターサーバーとなる。

ペットボトルをねじ込むことで安定する、極めてシンプルなベース構造。

 要所要所には、一応水漏れを防ぐための白いゴムパッキンがセットされている。蛇口の透明なハンドルを押したり引いたりすることで、内部のプラスチック製の扉(弁)が開閉し、ドリンクが地球の引力に従って流れ落ちていくという計算だ。

パッキンや弁の仕組み。一見するとよく考えられた設計に見えるが……

 対象となるのは、一般的な500mlから1500ml程度の水や炭酸飲料。筆者はまず、手元にあった1500mlのお茶のペットボトルをセットしてみることにした。

まずは500mlと1.5Lのボトルを用意。今回は大容量の壁に挑む。

 ところが、ボトルを逆さまに取り付けただけでは、内部のお茶は一滴も流れ出してこない。不審に思ってWeb上の説明書を確認すると、なんと「ペットボトルの底に画鋲で小さな穴(ピンホール)を開けよ」という、凶悪なインストラクションが記載されているではないか。

 お茶などのペットボトルの中には画鋲が刺さる薄手のものもあるが、1500mlクラスの大容量ボトルは、炭酸用でなくともかなり頑丈で分厚いタイプが多い。結局、画鋲程度では歯が立たず、キリなどの工具を持ち出して力技で穴を開けるハメになることもある。

ボトルをセットした状態。この後、底面への「開孔の儀式」が待っている。
分厚いボトルの底にピンで穴を開ける。この瞬間、引き金は引かれた。

 穴を開けて蛇口をひねると、ドクドクとお茶がコップに勢いよく流れ出てきた。最初は「おお、大成功だ!」と感動したのだが、すぐに異変に気づく。なんと、蛇口のレバーを元の位置に戻しても、ドリンクの流れがスッキリと止まらないのだ。


成功かも

 この蛇口ハンドルは、真上と真下が「閉鎖」、閉鎖位置から90度倒すと「開放」、さらにハンドルが真下にあるときはコップの縁でレバーを前方奥に押し出すことでも「開放」となる、極めて常識的で使いやすいイメージの設計である。

レバーの操作方向を示した図。設計思想自体は非常に一般的なものだ。

 しかし、真剣に検証すべく、今度は1500mlの水を入れたペットボトルを取り付けて同じように蛇口の開閉をテストしてみたが、やはり蛇口をどれだけカチッと閉じても、相変わらずの勢いで水が垂れ流しになる状況は変わらない。


止まらない

 これは流体力学における「水頭圧(すいとうあつ)」の敗北である。水が静止しているときの圧力は、水の量ではなく「水面の高さ」で決まる。1500mlの背の高いボトルを大気開放(底に穴を開けた状態)にすると、チープなプラスチックの弁が耐えられる限界圧力を遥かに超えてしまい、隙間から水が押し出されてしまうのだ。

 本来なら、ボトル内を密閉して陰圧(真空に近い状態)にすることで水を止める「マリオットの瓶」の原理を使うべきだが、この製品は自ら底に穴を開けさせることで、その機能を完全にドブに捨てている。

 ところが、この「全くお構いなしに水を垂れ流す不良品」には、もう一つの顔があった。蛇口を全開にしたまま放置していると、最後はペットボトル内部の水面の高さが、蛇口の吐水口と完全に同じ高さになった瞬間、もっと出てほしいのに勝手にピタッと止まるのである。

蛇口を開放していても、左右の水位が美しく揃った瞬間に放水は停止する。あとはボトルを指先で強く挟むしか放水手段はない。

止まる理由は物理学

 これこそが、16世紀末にオランダの数学者・物理学者であるシモン・ステヴィン(Simon Stevin)が証明した「連通管の原理(法則)」そのものである。蛇口という文明の利器が完全に無力化した空間で、大自然の物理法則だけが淡々と仕事を成し遂げているのだ。

 ネット上に溢れる「星5つ」の絶賛レビューは、おそらく届いた直後に500ml以下の軽いボトルで試し、表面張力の奇跡的なバランスで漏れを防げた人たちが、嬉々として書き込んだものだろう。欲張って大容量に手を出した瞬間に、流体力学の神様からお仕置き(水浸し)を受けるという人生の教訓まで教えてくれる。

 実用性という意味では完璧な不良品であり、キッチンやリビングを大惨事にする危険性を孕んだマイナスプロダクトであることは間違いない。しかし、見方を変えれば、これほど知的好奇心を刺激するガジェットも珍しい。

 現代のブラックボックス化したハイテク機器とは異なり、このディスペンサーは「なぜ1500mlだと漏れるのか?」「なぜ水面が揃うと止まるのか?」を、身をもって床を濡らしながら教えてくれる。

 週末に家族でタオルを持ち寄り、「おい、これがシモン・ステヴィンの法則だぞ」と床を拭きながら物理学の勉強をするには、これ以上なく素晴らしく面白い素材だ。実用性は星1つだが、体験型科学教材としては文句なしに星5つ。そんなおバカで愛おしい一品であった。

物理学の偉大さと、格安ガジェットの甘い罠を教えてくれる愛すべき一品。
商品名価格購入元
デスクトップ・ウォーターサーバー500円前後Temu